衝撃は音より先に来た。空気がひと撫でされるみたいに薄くなって、肺の奥が一瞬だけ、空白になる。
 次の瞬間、天井の照明が一斉に揺れ、遅れて、ガラス片が床に降り注いだ。乾いた音が、やけに遠くで鳴っている。その中心に、赤い羽根が降り立った。ホークスだった。派手さはない。爆音も過剰な演出もない。ただ必要なだけ速度を殺し、必要な位置に足を置いた、それだけの着地。それなのに場の空気がはっきりと変わるのが分かる。
 彼は銃を持つ男性と私のあいだに自然に身体を差し込んだ。庇う、というより、最初からそこに立つべきだったみたいにして。翼は半分だけ広げられている。盾のようでもあり同時に、逃げ道を静かに塞ぐ檻のようでもあった。ホークスを目の前にした男の声が、擦り切れたようにかすれる。

「ああ……やっと、見つけたぞ」
「……」
「おまえ……あのとき——現場に来たな」

 ホークスは、視線を逸らさない。銃口の先を、真正面から受け止めるみたいにして、ただ静かにまっすぐ立っている。その横顔を私は、至近距離から見ていた。呼吸の仕方を、忘れそうになる。そして、短くはっきりとホークスは声を返した。

「行きましたよ」
「ヒーロー......ホークス......」
「まあ、覚えててくれたんすね。光栄です。そうです、俺ですよ」

 ホークスは、わずかに肩の力を抜く。その声は驚くほど、落ち着いていた。任務中の声。感情を削ぎ落として事実だけを差し出すときの、それ。
 それでも彼は銃口から目を離さないまま、立ち位置を、ほんの少しだけ調整した。私と、男性のあいだに、より確実に身体が入るように。半分に畳まれた翼が、私の視界を覆うように、自然と、背中側へと流れる。

「でも——」

 ホークスの声の調子が、わずかに、変わった。任務中の軽さでも挑発でもない。ただ、目の前にいる、一人に向ける声だった。

「この人は、関係ない」
「だって……その女が……」
「違う」

 その言葉に、男性の指が引き金にかかったまま小さく、震え出す。

「電話を取ったのは、彼女かもしれない。でも、判断したのはセンターで、飛んだのは俺なんで」
「……」
「間に合わなかった責任はすべて俺にあります」

 私は、思わず息を詰めた。胸の奥が、ぎゅっと縮む。私のほうこそ「違う」と、言いたかった。そんなふうに、全部を一人で背負わないで、と。けれど、喉が動かなかった。

「だから」

 ホークスが、男性に一歩だけ近づく。銃口が、反射的に上がる。その距離でも彼は怯まないし、止まらない。

「この人は、ここから逃してあげてほしい」
「……」
「俺が、全部引き受けます」

 低く静かな声だった。男の瞳が大きく揺れた。理解と混乱と怒りと喪失が、区別のつかない色で渦を巻く。その視線が、ホークスの背中越しに、私を探る。私は息を殺したまま彼の翼の影の中に立っていた。

「ああ……そうか。そういうことだったのか」

 男性は口角だけを歪めた。笑っているようで、笑いきれていない。顔の筋肉が、うまく動き方を思い出せていないみたいに見えた。

「おまえたち、グルなんだろ。そうやって市民を危険に晒してるってわけか」

 言葉が落ちた瞬間、空気の温度が、目に見えて下がる。ホークスは否定しなかった。ただ、翼をほんの少しだけ、広げ直す。その所作は静かで、けれど明確だった。私の姿を完全にその背に隠す角度。瞬間、彼の背中で、私の視界が塞がれた。

「ただ要請を受けただけです。最短で向かった」

 淡々とした声。事実を、事実のまま並べる声。男性の指が銃を握り直す。金属が軋む音がやけに大きく響いた。

「……じゃあ、知ってるはずだ」
「なにを」
「俺の、妻が……どう、なったか」

 ホークスは、ほんの一瞬だけ、視線を伏せた。それだけで、胸の奥が強く締めつけられる。彼が次に口にする言葉を、私は、知っている。何度も読み返した報告書の文面で。何度も受話器越しに聞いた、あの夜の声で——。それでもヒーローは逃げなかった。

「……到着した時点で」
「……」
「奥様は、すでに息を引き取っていました」

 空気が凍りつく。男性の喉から意味を成さない音が漏れた。それは、笑いでも泣き声でもなく、まるで、壊れた機械が出す、雑音みたいだった。

「あー、わかったぞ……ははっ、なるほどな」

 視線が、ゆっくりと動く。ホークスの肩越し。彼の翼の影に隠れている私のほうへと。男性が、不気味に、にやりと笑った。

「特別な、相手ってことか」
「……」
「お前……その女と、付き合ってるんだろ」

 喉が、ひくりと鳴る。心臓が嫌な音を立てた。ホークスの背中の翼が、わずかに揺れる。それは怒りでも、威嚇でもない。もっと本能的な、守るための反応だった。それでもホークスは、すぐに答えた。

「今は関係ない話ですね」

 表情を変えず即座に返される声。しかし男性はどこか、楽しそうだった。銃口が、わずかに揺れながら、こちらを向く。ホークスは相手の言葉を待たずに続ける。

「もし、そうだとして。だから、なんです?」

 挑発ではない。責めてもいない。ただ確かめるみたいな、静かな声音。

「……守るって、そういうことでしょ」

 男性の呼吸が荒くなる。吸って、吐いて、そのたびに、銃口が不安定に揺れる。私は彼の背後で指を強く、握り締めた。爪が掌に食い込む。その痛みだけが、今、自分がここにいるという感覚を繋ぎ止めていた。

「じゃあ、おまえも同じ目に遭わせてやる!」
「やめろって! 奥さんは——」

 ホークスの声が思わず荒くなる。怒号が、ひび割れた床を震わせる。静まり返っていたフロアにその一言が鋭く反響した。男性の眉が、ぴくりと跳ね上がる。

「……もう一度、言います」

 ホークスは、深く息を吸った。その背中越しに伝わってくる緊張が、こちらの皮膚にまで沁みてくる。逃げずに、濁さずに。そして、はっきりと言い切った。

「俺が着いたときには、もう……息を引き取ってました」
「……!」
「それは誰のせいでもない。あの日、あの時間に世界が、間に合わなかっただけです」

 沈黙が落ちる。重く、粘つく沈黙。男性の肩が小刻みに震え始めた。怒りなのか、寒さなのか、それとも感情の行き場を失った反動なのか、もう誰にも判別はつかない。

「ああ……思い出した」
「……」
「そうだ、その女だ。俺は、声で分かるんだよ。あのときの通報……忘れないぞ」

 掠れた声だった。それにつられるようにして、銃口がほんのわずかに角度を変える。また一度、ホークスの影から離れ、どうすることもできずに立ち尽くしている——私のほうへと。

「必死で、冷静で、善人のふりして……そういう女はな——」
「やめろ」

 ホークスの声が、空気を切った。さっきとは、違う。低く抑えられていて、それでも確かに刃を含んでいる声。

「それ以上、言うな」

 翼が、ゆっくりと、しかし、完全に広がった。赤い羽根が床を覆い男性の視界を塞ぐ。逃げ場を断つ配置。けれど、それは、追い詰めるためじゃない。——私に、その言葉を届かせないため。

「あなたが銃を向けるべき相手は俺だって言ったでしょう」
「……」
「受け入れてください。奥さんは、亡くなった。死んだんですよ」
「……うそだ」
「もう、この世にはいない」
「うそだ、うそだ……! じゃあ、俺は……!」
「あなたは、失った。それだけです」

 その言葉が、引き金だった。男性の顔が、音を立てて崩れる。泣いているのか、笑っているのか判別のつかない歪みのまま引き金にかかった指へはっきりと力が籠もっていくのが遠くない距離で見えた。それでもこのヒーローは逃げなかった。伏せもしなかった。ただ私を背中に隠したまま、凶器を持つ男性の正面に、立ち続けている。
 ああ、だめだと思った。その背中があまりにも無防備で。あまりにもすべてを引き受ける覚悟を静かに、含みすぎていて。
 声を上げようとして、喉がひくりと引き攣る。その瞬間だった。ホークスの翼が大きく開いた。赤い羽根が、嵐のように空気を切る。風圧が肌を叩く。視界が一瞬、深い赤に塗り潰されて世界の輪郭が揺らいだ。

「……ホ、っ」

 喉の奥で、声にならない音が弾けた、そのときだった。ホークスが、ほんのわずかに、首だけを動かす気配。振り返りはしない。視線も、寄越さない。ただ、翼の付け根が、かすかに脈打つのが分かる距離で。その隙間からこちらへ向けて短くはっきりした合図。指先が床を示す。もう一度、小さく。

 ——さあ、今です。逃げて。隠れて。

 声はなかった。それなのに、その言葉だけが、直接、頭の内側に落ちてきた気がした。命令でもお願いでもない。ただ、彼が「今」選び取った、唯一の選択。
 身体が、勝手に動いた。足音を殺すことすら、きっと意識できていなかった。羽根のざわめきに紛れるように、私は一歩、また一歩と後退する。薄暗い区画。半開きだった扉の影が、私を静かに呑み込む。背中を壁に預けた瞬間、膝が小さく、震えた。扉の隙間から見えるのは赤い翼と、ヒーロースーツの凛とした背中だけ。彼はまだそこに立っている。私を完全に遮る位置で。まるで世界そのものから、切り離すみたいに。

 一緒に、逃げよう——。

 言えなかった。言ってはいけないと、分かってしまったから。
 彼が守ろうとしているのは私ひとりじゃない。この場で引き金が引かれる未来ごと全部だ。私は唇を噛みしめ、音を殺して息を吸った扉のこちら側で、祈ることしかできないまま。
 赤い羽根が、ゆっくりと揺れる。その向こうで男性の荒い呼吸が、確かに近づいていた。私は、両手を、強く握りしめていることしかできない。彼の背中しか見えない。それでも、分かる。あの背中は今、私たちと世界のあいだに立っている。
 銃声は、まだ鳴らない。代わりに、遠くでサイレンが重なり始める。時間がようやく、こちらに追いついてきた実感があった。

「冷静になりましょう」

 ホークスの声は低く、相変わらず、よく通る。空気を刺激しない温度で、けれど、逃げ場を与えない声音。

「黙れ!お前は本物のヒーローなんかじゃない。俺こそが、本物のヒーローだ!」

 男性が吐き捨てると、赤い羽根が、わずかに、揺れた。それは威嚇でも攻撃の前触れでもない。彼が呼吸を整えているその合図のように見えた。

「結婚しようと、妻に言った。あのとき……妻に誓ったんだ」

 男性の声が震える。それでもホークスは一歩も動かない。男性の正面に立ったまま銃口と視線を真正面から受け止めている。

「俺が、お前を守るヒーローに、なると……」
「……」
「でも、おまえは、違った」

 男性の視線がわずかに泳ぐのが見えた。怒りの裏に、縋るような色が混じる。

「妻を、救ってくれなかった……」

 センターの空気がきしむ。私は扉の影で、息を詰めた。ホークスの背中がほんの少しだけ強張るのが分かった。

「これでも、平和だと言えるのか……?この国は安全なんかじゃない」
「……」
「誰かが、俺たちを守るべきだ……おまえたち、ヒーローからな」
「……」
「おまえらは、神のつもりか?まるで神みたいに審判を、くだしやがって」

 吐き出される言葉がどんどん鋭く尖っていく。ホークスは、遮らなかった。それでも、すべてを受け止めた上で、はっきりと言った。

「俺は、神なんかじゃない。ヒーローです」
「ヒーローなんかじゃない! 黙ってろ!」

 男性の銃を持っている方の腕が跳ねる。銃口がまた不安定に揺れる。私は思わず目を閉じそうになって、必死に耐えた。

「……分かってますよ」

 ホークスの声は、低く抑えられている。怒りを煽らないように、それでも、逃げない声音で。

「怒るな、とは言いません」
「……」
「失ったものが、大きすぎる」

 男性の肩が、小刻みに震え続けている。離さず銃を持つ腕だけが、異様に力んでいて、そのこと自体がひどく、危うく見えた。

「……分かる、だと?」

 男性は笑ったというより口の端だけを不自然に引き攣らせていた。まるで笑おうとして失敗したみたいな歪みが、そのまま顔に貼り付いている。

「おまえに、何が分かる。空を飛んで間に合わなかったって言えば、それで終わりか」

 湿った怒気が、床を這うみたいに広がる。私は息を殺したままホークスの背中を見ていた。彼は首を振らない。否定もしない。ただ、声の高さをほんのわずかに落とした。それだけで場の空気が静かに締まる。

「俺は、神を目指したわけじゃない」

 言葉は、穏やかで、しかし、逃げ場を与えない重さが確かに、そこにはある。

「神になりたくて、ヒーローになったんじゃありません。人の命を救いたかった。それだけです」

 男性は何も言わない。銃を握る手が目に見えてまた、震え始める。金属が微かに鳴る音がやけに大きく響いた。

「俺を見て。お願いです、この目を見て」

 ホークスの声が少しだけ近くなる。男の視線が揺れながらも、ゆっくりと持ち上がる。

「俺も、人間です。過ちを犯す。完璧じゃない」

 床に散った羽根が空調の風でわずかに揺れる。その赤がまるで心拍のように私の視界で脈打っていた。男の喉仏が上下する。息を飲み込む音まで聞こえてきそうな静寂の中で——。

「みんな同じです。あなたも道を誤った。失ったものが大きすぎて、どうしていいか、分からなくなった」
「……」
「でも——」

 ホークスはそこで一度、言葉を選ぶように間を置いた。逃げるためじゃない。むしろ、逃げないための沈黙だったのだと思う。

「そうですね。俺は、間に合わなかった」

 その事実を、彼は置き去りにはしない。静かな声のまま、言い切る。

「それは、事実です。だから……あなたがここで何をしても、奥さんは、戻らない」

 男の目が、ぎらりと光った。獣のそれにほんの一瞬だけ、似ていた気がした。思わず背中に嫌な汗が流れ落ちていく。

「戻らないからだ!」

 叫びが再び、センターの壁に叩きつけられる。天井に反響して、何度も跳ね返ってくる。

「戻らないから……俺は……!」

 男性の言葉にならない声が漏れ落ちる。怒りと悲しみが絡まり合って、どちらが先かも、分からない。思考が追いつかないまま、感情だけが暴走しているのが、遠目にもはっきり分かった。
 ホークスは翼をほんの少しだけ畳んだ。距離を詰めるためでも威圧するためでもなく、ただ相手の神経をこれ以上、逆撫でしないための、慎重な動き。それでも、彼は前に立ち続けている。その背中がひどく大きく見えて、同時にやはり、胸が締めつけられるほど無防備にも見えて。
 彼の名を呼ぼうと喉まで出かかった声は、音にならなかった。覚悟を含みすぎた背中を私はただ見つめることしかできなかった。

「……まだ、引き返せます。今なら」

 ホークスの声は、相変わらず低く、床に伏せる埃をそっと撫でるみたいに、刺激を極力、削いだ調子だった。

「あなたが欲しかったのは、復讐じゃない」

 向ける言葉は強くない。けれど、逃げ道も与えない。あのヒーローはいつも、こういう言い方をする人だと、私は知っている。

「分かってほしかったんでしょう」
「……」
「奥さんを失ったってことを。ちゃんと誰かに、受け止めてほしかっただけだ」

 男の眉が、わずかに動く。一瞬だけ男の表情が揺れた。崩れ落ちる寸前の、脆い歪み。銃口が、その手から、ほんのわずかに下がる。
 私はこの瞬間を、祈るような気持ちで見つめていた。息を止めたまま、ただ、その変化をだけを見つめていた。ここで終わってほしい。もうこれ以上、誰も傷つかずに。あの人も、ホークスも、そして、私たちも。だが、しかし——。

「……黙れ」

 男性の声の温度がふっと現実離れするほど低く下がった。凍てついた金属に触れたときのような冷ややかさが音そのものに混じり、その場一帯の空気に、薄く切り裂くように走った。

「分かったふりをするな!おまえも、あの女も」

 男の視線が鋭くこちらへ向く。私の隠れている場所を正確に、なぞるように。心臓が喉までせり上がる。そして男性の顔に歪んだ笑みが浮かぶ。

「結局、俺の話を聞いたのは、お前らだけだろ」
「……」
「だったら……責任取ってくれよ、ヒーロー」

 次の瞬間だった。乾いた音が空気を引き裂く。銃声だと理解するより先に、赤が視界を覆った。羽根が弾けて、風が巻き起こる。ホークスの翼が衝撃を受け、身体がわずかに傾ぐ。
 私は声を上げることすらできなかった。悲鳴の形すら喉の奥で凍りつく。しかし、銃声は一発。それだけだった。

「……さすがだ。よく、交わしたな」

 男の声が、どこか、感心したように響き渡る。ホークスが短く息を詰めた。それでも倒れない。踏みとどまり翼で床を打つ。その反動で、一気に距離を詰める。その途中で、何か赤いものが床に落ちたのが見えた。羽根、じゃない。血だ——。そう理解するまでにほんの少し時間がかかった。それでも彼はそれをかすり傷だと片づけるような拍子抜けするほど軽い声をあえて選んだ。

「いやー、急に撃つから。危なかったっすねー」

 お願い——もう、やめて。声にならない祈りが胸の内で絡まってほどけないまま膨らんでいく。それでも彼は振り返らなかった。ただ、銃を手に持つ相手と向き合おうとしている。背中に、守るべきものがあると知っている者の、立ち方で。

 男性は、もう完全に理性を失っていた。何かを叫び続けている。けれど、それは言葉じゃない。意味を持たない音の塊が、喉から、無理やり押し出されているだけだ。私は反射的に、口元を押さえた。声が漏れないように。喉の奥がひりついて息をするだけで痛い。目の前で、彼が撃たれた。その事実が少し遅れて氷水みたいに身体の内側へ落ちてくる。それでもホークスは逃げなかった。痛みから距離を取るより先に自分の役割を選んだみたいにして。
 彼は今もなお、背中をこちらへ向けたまま場を支配する位置に立ち続けている。乾いた金属音が床を転がった。弾殻か、銃そのものか、一瞬では判別できない。ただ、その音を境に、ホークスがわずかに距離を取ったのが分かった。退いた、というより、位置を調整した、という方が近い。
 羽根の角度を変えて、重心を落とし、呼吸を、整える。視線は相手の顔じゃない。手元だけを、静かに追っている。
 ——拳銃。古い型の、リボルバーだ。回転式の弾倉。装填数は六発。その知識が妙にはっきりと頭に浮かぶ。きっとホークス自身も、そのことを知っているだろうと思った。私は息を止めたまま男性の手の動きを見ていた。指先が、必要以上に力んでいる。引き金にかかった指がきしむ音まで想像できてしまうほどに。

「……それ、重いでしょう」

 ホークスの声はやや低く、荒立てる気配のない静かな調子だった。相変わらず相手を責めるでも挑発するでもない調子で。

「慣れてない手つきなんで。指、力みすぎてる」

 男性の手が、はっきりと震えた。怒りだけじゃない。恐怖も、迷いも、すべてが混ざった震え。

「黙れ……!」
「ねえ、聞いてください」

 ホークスはゆっくりと両手を広げた。武装していないことを示すためだけの動作。無防備さを、隠しもしない。

「弾を全部使い切ったら、もう、何も残らない」
「それ以上、こっちに来るなっ!」
「行かせてくださいよ」
「おまえ……死んでも、いいのか」
「どうしても撃ちたいんでしょう?そうしたら、少しは楽になる気がするから」

 その言葉に、男性の表情が歪んだ。怒りとも、絶望ともつかない感情が顔の奥でぶつかり合っているのが分かる。センターの照明が、揺れる影を床に落とし、赤い羽根の縁だけをやけに鮮やかに照らしていた。

「いいですよ。それで、終わりにしましょう」

 短く、真っ直ぐな声だった。そして次の瞬間。銃声が、センターの空間を引き裂いた。音だけが強く、長く残る。私は瞬きすら忘れたまま、その場に立ち尽くしていた。赤い翼の向こうで、何が起きたのかをまだ理解できないまま。ただ、胸の奥が、ひどく静かになっていくのを感じながら。

 ヒーロー緊急支援センターは、私にとっての、祈りの場所であり、聖地だった。学び舎であり、家でもあった。傷ついた心を癒やし合い少しだけ休んでまた歩き出すための、安全な場所。安息の地。そして——あのヒーローと、出会った場所。
 だから私は、ここが好きだ。……いや、訂正。好きだった(・・・)。


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