早朝、揺れる通知。『明後日楽しみですね!』と、周りにお花でも咲いているかのような浮立つ文面に朝から笑みが溢れた。
明後日——彼が東京に来る。それだけで今日の私は一日じゅう少しだけ浮いていた。まるで彼の背にある、あの、柔らかな羽根のように。自然と足音が軽くなる。無意識に、スマホを触る回数も増える。ああ、本当に楽しみ。早く会いたいな。
夜の九時。仕事を終えて帰宅してご飯も食べず寝落ちしてしまっていた。明日から、二連休だ。気怠い身体をやっとの思いで起こしてシャワーを浴びて、そろそろ寝る準備でも……と思っていた矢先。スマホがピロンと小さな通知音を立てた。画面に表示された名前を見て思わず、目を瞬く。
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相澤消太
突然の連絡で申し訳ない。
明日ヒーロー側の懇親会がある。人手不足で、他の関係者にも声をかけてる。来ないか?
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イレイザーヘッド……。思わず、背筋が伸びた。
続いて送られてきた参加予定のメンバーにはベストジーニストやファットガムらしき顔ぶれも並んでいる。あの二人に会えるのかぁ。なんだか少し楽しそうだ。あとは、エンデヴァーや、他数名。え……豪華。行きたい。正直に言えばすごく行きたすぎる。現場で連携してきた人たちの顔をこうして揃って見られる機会なんて、そうそうない。でも明後日には、彼がこちらに来る日を、控えている。そんな特別な日の前日に懇親会。なんだかホークスに悪い気がする。今までもイレイザーと飲みに行っただけで、嫉妬で大騒ぎだったのに、こんなイベントに顔を出したら……。
私はテーブルに肘をつき深く息を吐く。迷った挙句、正直に聞いてみることにした。ホークスとのトーク画面を開き、指が一瞬だけ迷ってから、文字を打ち込む。
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名前
お疲れ様。明日ね、ヒーローたちの懇親会あるみたいでイレイザーヘッドからお誘いの連絡がきたの

名前
イレイザーの他にもベストジーニストとかファットガムも来るらしいよ。あとあなたの大好きなエンデヴァーも

名前
行ってもいいかな?
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連続で送りつけてから約十秒。いや、体感では二秒くらいだったかもしれない……。瞬間、既読マークがついた。いやいや、速すぎやしないか?さすが��速過ぎる男�≠ナある。そんな、彼からの返事の中身は? と、言えば……。
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ホークス
ダメです
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即答だった。ほんとに、光の速度での否定文。私は思わずケラケラと笑いながら、返信をする。
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名前
あいかわらず速いね。
理由は?

ホークス
だって絶対俺の悪口言われるし

ホークス
あと単純に他のヒーローと話されるの嫌です
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「……子供か。」
思わず、口の端からこぼれた呟き。彼の言う、
『他のヒーロー』が、誰なのかなんて聞かずともわかる。そして、すこしの沈黙。ああ、これは。と、思った瞬間。案の定、追撃が飛んできた。
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ホークス
というか!!そのメンツにあなた一人を放り込むとか、俺の心臓に悪すぎるんですけど?

ホークス
俺、明後日行く予定でしたけど、急遽予定変更。前倒しします

ホークス
てか今からでも飛べます

ホークス
一緒に行きます。はい決定〜!
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『はい、決定〜!』じゃないから……と、私は深くため息をつく。するとその直後タイミングを測ったかのようにスマホが震えた。着信である。私はもうひとつ大きなため息を吐いてから、しぶしぶその着信を取った。
『もしもし!?ほんと、なんでこう浮気したがるんですかねっ、俺の愛する彼女さんは!!』
「ちょっとちょっと人聞き悪いこと言わないで」
『ほんと、浮気の心配で夜しか寝れんですよ』
「しっかり寝れてるじゃん、それ。」
なんて、くだらない冗談で笑い合って。はあ、と私は、本日何度目かわからない溜め息をはいたあと、そっと本題に戻す。
「てか、ダメって、秒で返すのやめてくれる?」
『いやいやいや!ジーニストさん、ファットさん相澤先生の三点セットとか俺の胃に穴空くラインナップなんですよ!?』
「へー」
『へー、やなか……だから俺も行くけん。それで全部解決です。今からチケット取ります』
「は、はぁ!?なにが解決なの、それ。あとエンデヴァー忘れてるよ、エンデヴァー信者さん」
『今はそんなことどーでもよか!あ、よくはないですけど……』
「明日、エンデヴァーにちくってやろう」
『う……、とにかく!俺が隣にいるという心理的安全性の確保ですから、これは!』
その言葉にふと胸の奥がやわらかく波打った。おどけた調子で言っているのにどうしてだろう。彼のそんな台詞が時々、まるで愛の告白のように聞こえてしまうのは。
「……それ、自分で言う?」
『言います。大事です。あと、その……』
「ん?」
『ほんとはちょっと、嫉妬してるので』
それは、ちょっとなのだろうか。最後の一言が電話越しでもわかるくらいに素直で胸の奥が少し痛んだ。なんだか、浮気現場を見られてしまったような感覚である。
私は通話をスピーカーに切り替えたあと、テーブルにスマホを置いて、ソファに背をあずけると天井を見上げた。
「……じゃあ、前倒しで来る?ほんとに」
『行きます。行かせてください。というか、行きます。二回言いました』
「でも、懇親会は……仕事の延長だからね?」
『はい、仕事の延長。だけど、あなたの隣は俺の定位置でいたいんです』
沈黙が一拍。私は不覚にもニヤリと笑ってしまった。末期だ、末期。
『明日昼には東京です』
「いやいやいや……!もうチケット取ったの?」
『はい。ヒーロー懇親会、一緒に行きましょう』
「……わかった。じゃあ明日。空港まではお迎え行けないから、改札前、いつものとこで」
『了解です。俺、スーツで行くんで、惚れ直してくださいね』
「はいはい。惚れ直したら、ちゃんと家に帰ってくれる?」
『帰りません。即答ですよ、そんなん。』
「あっそ。」
『ははっ、光の速度で返しましたねー?』
通話を切る。ほんのり嬉しいこのどうしようもない私の感情。でも、完全に勢いだけで動くその男気(?)に、頭を抱えるしかなかった。
私はひとつ息を整えてからイレイザーに『行きます、同席者一名を連れて』とだけ返した。
ほどなくして『了解、無茶はさせない』と、彼らしい簡潔な、けれども、こちらを気遣う文面が届く。無骨なその文字列を見つめながら私はようやく肩の力を抜いた。張りつめていたものが少しだけほどけた気がした。
遠距離は距離そのものよりも気持ちの��
*
駅の構内でひときわ目立つ金髪が改札の向こうから手を振っていた。黒いサングラスにキャップを被ってはいるけれど、あの笑顔で誰がホークスと気づかないだろう。通りすがりの女子高生たちが「あれ絶対さ……」とひそひそ囁いているのが聞こえてくる。
「こっちです、こっち!東京の恋人さん!」
頼むから……その声、ボリュームを落として。私は駆け寄るでもなく、速度をゆるめるでもなく淡々と歩を進めて彼の目の前まで行くとひとことだけ。
「スーツじゃないじゃん、嘘つき」
「あれ? 見たかったです?スーツ姿の俺」
「てか……来るの、早すぎ」
「愛ゆえです」
言うなり、彼はおどけた笑顔で手を差し出してきた。何を求めてるのかと思ったら、次の瞬間、さらりと放たれた言葉に、私の脳内が一瞬、停止した。
「じゃ、鍵ください♪」
「はい?」
「鍵、用意しとくよって……言いましたよね?」
「……は?」
「言ったんです!俺、ちゃ〜んと覚えてます。名前さんのお見舞い来たとき!あなたの部屋で!」
くちばし——じゃない、口先をちょっと尖らせて鳥みたいにピーピー言い張る彼に、私は乾いた笑いをこぼすしかなかった。
「あのさ、それ、言ったっていうか……そもそもなんか、あのときの流れ的に……」
「言質は言質です。録音こそ、してないですけど、記憶には刻みました」
「いや、記憶に刻まれても困るし……ていうか、ほんとに欲しいの?」
「欲しいですけど何か?」
ニコニコ。ニタニタ、ニヤニヤ……満面の笑みと共に、さらなる一言が飛んでくる。
「合鍵作って渡してくれるまで帰りませんよ?」
「交際を求めるの男子高校生か、君は……」
駅のざわめきのなか、私はため息まじりに彼の手をひとまず払いのけ、視線を逸らした。
「ホークス」
「はい!」
「今夜の懇親会、くれぐれも私たちの関係は口外しないこと、いい?」
「……………善処します!」
「なに、その
「懇親会のあとに鍵の話、またしましょうね♡」
「するか!」
けれど、そのときふと横目で見た彼の横顔が、心なしか少し照れくさそうで、それでも嬉しそうで。ああほんと、こういうところだよ。この人のずるいとこは……。
*
プロヒーロー・懇親夕餐会。薄暮の帳が下り、都会の街灯が順番に目を覚ましはじめた頃。その夜のことを、どこか、現実味のない出来事としてしか捉えられずにいた私だったが、今、こうして会場となる店の前に立ち尽くし、背後にプロヒーロー・ホークス、彼氏である彼の気配をはっきりと感じながら、それでも目の前の扉を開ける事に躊躇している自分に、ふと気がついた。どうにも鼓動のリズムが定まらない。高鳴りというよりも揺れている。小さく、けれど確実に。
「……緊張してます?」
後ろから、くすりと笑うような声がして、次の瞬間、あたたかな掌がそっと私の肘に触れた。
「俺がついてますよ。たぶん、その辺の酔っ払いよりは役に立ちますんで」
「それ、酔っ払う前提で話してるでしょ……」
反射的に言い返すと、彼は悪びれもせずにヘラっと笑った。スーツで来ると断言した今日の彼の装いは綺麗めな黒のジャケットに身を包み羽根を控えめにまとめた姿だ。普段の軽妙さは影を潜め少しだけ大人びた雰囲気に変わっている。なのにその眼差しはいつも通り、どこか、少年のように無邪気だった。
「じゃ、行きますか」
そう言って、彼はためらいもなく、私の手首をとった。まるでこれが当然だとでもいうように。思わず足を止めて待ったをかけた私に彼は小さな声で囁いた。
「腕、貸してくださいよ。こういうとき、俺も、少しだけ緊張するんで」
……嘘つき。
その声の響きは、どうしようもなく落ち着いていて、どこまでも、��余裕のホークス�≠サのままだった。彼の羽根のように軽やかで、風のようにどこか遠くを見ているような響き。それでも私は差し出されたその手を断れなかった。
結局私は彼に手を引かれながら、まだ見ぬ扉の向こう側へと一歩を踏み出した。目の前のガラス扉が、重たい静電気を帯びて開かれていく。その先に広がる眩しい照明と数十人分の談笑と、まばらな乾杯の音。ああ、なんて、きらびやかな世界だろうか。でも今夜だけは少しだけこのヒーローの隣で、その世界に触れてみたい。そんなふうに思ってしまった私はきっともう、ずっと前から、恋に落ちてしまっているのだと思う。