その夜、夕食を食べ終えた私たちはリビングで肩を寄せ合うようにしてソファに腰を落ち着けていた。静かな夜、ダウンライトのやわらかな明かりが二人をそっと包んでいる。そしてテーブルの上には箱が二つ。どちらもまだ紙袋の匂いがほんのりと残っていた。
「……えっ」
箱の柄に何か見覚えがあることに気づいて私が目を見張ると、彼は、にやりと得意げな顔で私の反応を見つめていた。
「ん? どうしました?」
その言い方が、どう考えても確信犯だったので私は問いかけの意味すら呑み込むひまもなく詰め寄る。
「もしかして同じの買ったの!? これ」
「はい!当然じゃないですかぁ〜。これはですね
「こっち、よう……」
「今後我々が住まう新居を象徴する、初代・記念カップ! で、ございます!」
さっきはこんな箱なかった気がする。どこから持ち出したのか、それとも、ずっと胸の中にしまっていたのか、声にまで妙な熱がこもっている。そうして彼は自分用に選んだ赤と黄色のグラデーション翼型マグと私用(?)の、風の花モデルを箱から丁寧に取り出してまるで何かの儀式のように、私の前へと滑らせてきた。その手つきが妙に慎重すぎて私は吹き出しそうになるのを堪える。
「そんなに大事そうに出さなくても……」
「いやいやこれは将来、俺たちが喧嘩したときにこのカップを見て初心に戻るっていう、そういう運命を背負ってるマグなんで」
おどけて言いながらもその横顔はどこか真剣でそしてどこか、照れていた。
「今日からこれで飲みましょう」
「え、いいよ!大丈夫、遠慮しておく」
「は!? なして!?」
「な、なしてって言われても……ほら、私さぁ、コップを選ぶ口してるっていうか」
「なんすかその、コップを選ぶくちって」
「慣れないコップとか、ダラダラと零しちゃう」
「掬い取って舐めますよ、俺が余す事なく全部」
「怖いよ……。それ組長が舎弟にやらせるやつ」
「その、ダラダラ零しちゃうあいらしいお口に、チューして良いです?」
なんでそうなる、と言い返す間もなく、ちゅ、ちゅと頬、鼻先、顎、瞼に、小さなキスを連ねてくるものだから、思わずやや強めの力で彼を押しやった。
「ちゃんと、一緒に住んだお家で使いたいの」
私のそのひと言に、我が国のトップヒーローは一瞬だけ、きょとんとした顔を見せたあと、じわじわと満面の笑みに変わっていき、やがて「わかりました」と嬉しそうに頷いた。そしてその手でふたつのマグカップを、そっと箱へとしまい直す。きっとこの先も彼はこうして、私の言葉を大切に包み直しながら何度でも笑って待っていてくれるのだろうと思った。
結局いつものマグを使うことにして、彼がコーヒーを淹れてくれた。目の前で揺れるマグカップから、夜の静けさに溶け込むような、深い珈琲の香りがする。確かに今ここにいる彼が福岡の暮らしをひとつずつ、形にしようとしてくれている。そう思ったら胸の奥がすうっとあたたかく、満たされた気がした。
「はい、どーぞ。飲んでください」
「ありがとう。家庭用のコーヒーマシンで入れただけなのに、なんか特別感があるね」
「それが愛の、旧型お揃いマグパワーですっ」
「なにそれ、旧型お揃いマグって」
「まだ開けてないですけど、新しい新型のお揃いマグが、お待ちかねってことで」
そうやって最終的にはいつものように、二人で顔を見合わせて吹き出した。その笑い声が、ああこんなふうに暮らせたらいいのになと、じんわり胸に沁みてくる。
リビングの上質なソファ。エアコンの風が一定のリズムで流れている中で私たちは、お気に入りのコースターの上にマグカップを置きそれぞれ膝を立てて向かい合っていた。テレビの画面ではぼんやりと映画のエンドロールが流れているけれど、もはや誰も見ていない。
「ねぇ、啓悟くん」
「はいはい、なんでしょう。転職の相談とかじゃなきゃ大丈夫です」
「しないよ、転職」
「なら、よかった」
「……私さ、不安なことがあって」
そう切り出すと、彼は真面目な顔に切り替え、ぐいっとこちらへ身を乗り出してきた。前のめりの構えだけは一人前である。
「浮気とかじゃなければ全部、大丈夫ですよ。借金?整形?実は悪のヴィランでした!とか?」
「違う違う。そんな、大それたことじゃなくて」
言い淀む私に、彼は、息をひそめるようにして「うん」と促してくれる。その姿勢がなんだか、逆に申し訳なくて、私は思わず目を伏せた。
「たぶんね、私たち……」
「はい」
「……金銭感覚が、合わないと思う」
「……えっ」
今度は彼が固まる番だった。目を数回瞬かせてそれから少しだけ、声を張った。
「ちょっと待って、俺、何かやらかしました?」
「ううん、なんていうか、啓悟くんってさ、いちいちお金の使い方が、規格外ていうか……」
「き、かく……がい? ああ!マグカップ!え、でも、あれですよ?あのマグカップたったの5,980円!」
「ジャパネットみたいな言い方やめて……いや、それが規格外なんだよ」
「どのへんが?」
「マグカップに6,000円出せる人なんて一部の上流階級か、ヒーロー業界の狂人だけだからね?」
「えー……なんか、ひどくないですかぁ?」
「不動産屋でも言ったけど、私……安い服とか、全然買うし。普通に喜んで活用するし……」
言いながら自分で少し恥ずかしくなって視線をコーヒーが揺れるマグカップの中へと落とした。
「逆に、ブランド物とかあまり買わないかも」
すると彼が両手でマグを持って、その縁に口をつけたまま目だけでこちらを見て、首を傾げた。
「俺もですよ?とくにこれと言って、贔屓してるブランドとかないですし」
「うーん……」
「言いましたよね?タオルとかしまむらで買ったことありますよー、って」
淡々と真顔でいうその様に私は思わず固まる。
「……いや、そういうことじゃなくて!」
思わず両手を広げてツッコミを入れると、彼はきょとんとしたあとでちょっとだけ困ったように眉を下げた。やっぱり、どうも、ズレている。
「違う……の?」
「うん、ちょっと違う。そう、そうなんだけど、そうじゃないの。例えば安いタオルを買ったあとルブタンの靴とか衝動買いするでしょ?」
「あー、履きやすいんすよ。疲れない」
「んー……そりゃあ良い靴だからねえ」
「つい、足も癒したくなっちゃって」
「ほら、そういうとこ!」
私はもう一度大きく息を吐いてから声のトーンを落として言った。
「つまり一般感覚を持ってるように見せかけて、急に高級ゾーンにジャンプするから不安になる」
「あー……」
彼は眉を下げて、少しだけ神妙な面持ちになる。そして、頬をぽりぽりとかきながら言った。
「じゃあ……今後はちゃんと、財布の温度差にも配慮します。あと無印良品も取り入れていきます」
「……なに、その無印取り入れる宣言は」
「暮らしに寄り添う感じで、ちょっとオシャレでしょ?」
「いや、あのね?私が言いたいのは、日常のちょっとした感覚とか価値観が違いすぎないかなってそういう意味……!」
「あぁー……なるほど。え、でも俺、スーパーの見切り品とか全然買いますよ?夜9時以降の値引きコーナー、熱いっすよねぇ」
とどめのように言われ、私はとうとう呆れから吹き出してしまった。
「ちょっとやめて、真剣に言ってるのに……!」
「いやいや、こっちも真剣ですよ。だって大切でしょ、生活力。名前さんと暮らすなら俺ちゃんと現場主義でいきますから」
そう言って胸を張るその横顔があまりに堂々としていて私はなんだかもう不安を口にした自分が馬鹿らしくて可笑しくなってしまった。
「だってさ、スーパーで500円の冷凍餃子が安くなってたら迷わずラッキーって言って買うのが一般庶民だよ?」
「はい」
「でも啓悟くんは、まとめ買いしましょう!とか言ってさ?業務用冷凍庫を買おうかなーって言い出すじゃない、ぜったいに」
「いや、冷凍庫はロマンっていうか、名前さんが料理してくれるからストック用にっていう愛なんですけど?」
「気持ちは嬉しいけど!それさ、部屋のサイズと財布のサイズに合ってないから!」
私は思わず声を張ってしまったが彼はポカンとしながらも、どこか、居心地悪そうに背もたれに沈み込む。
「えっと……つまり、俺の財力があなたの常識を飛び越えてしまっていると」
「なんか、言い方ムカつくなぁ……!」
「でも、じゃあどうしたら?倹約モードにすればいい?冷房28℃にして、お風呂も追い焚き使わず即入浴? シャワーは5分制限?」
「そこまでしろとは言ってないのよ!」
彼は、大げさに頭を抱える素振りをしながら、口元に、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
「……じゃあ、どうしたら安心します?」
今度は得意(?)の、甘えた顔をして私を上目遣いで見始めた。私はすこし考えてから、そっと言った。
「お金は……あってもいいと思う。大事だよね、経済力って。貯金もしていくべきだし」
「はい」
「それより、一緒に暮らす生活のバランスをちゃんと考えてるよって態度でいてくれたら……それだけでいいかな」
それを聞いた現役のプロヒーローは一拍置いてから、手のひらをパチンと打ち鳴らした。
「了解!じゃあ今後は、堅実な、生活感あふれるヒーローってタグで、売り出します」
「えっ、売り出すの?そういう。ブランディングなの?」
「雛鳥ちゃんたち結構そういうの好きだと思うんすよねー。地に足のついた推し?みたいな」
「いやいや、地に足つけてから言ってね?」
「すんません、飛ぶのが職業なんで……!」
二人の笑い声がリビングの静けさを破るように重なって響いた。金銭感覚も生活のスタイルも、もしかしたらまだ全部ぴったりじゃないかもしれない。けれどこうやって言葉にして笑えることがきっといちばん大事なのだと思った。たぶん私が思う不安は全部が全部解決できるわけじゃない。けれど、こうしてちゃんと話せて、ずれても笑い合えるのなら、二人のバランスは案外、悪くないのかもしれないね。
*
——数時間後。未だソファに腰をかけながら、私たちは二杯目として、今度は、気取らないインスタントコーヒーを啜っていた。カーテンの隙間からは夜の福岡の街灯が静かに溶けて入ってきて二人の影をじわりと床ににじませている。
「同棲したら週末の買い物とかも一緒に行けるんですよねー」
「うん。あと、スーパーのポイントカードとかも作ろうね」
「ポイント貯めてなんか買いましょう。おっきな冷蔵庫とか」
「スーパーのポイントは、せいぜい割引券だよ」
「えー、そうなんすかぁ?」
そんなふうに、二人で暮らす未来を語りながら私は何の気無しに、スマホを手に取った。通知にランプが点いていたのは知っていたが今は目の前の彼との時間を優先したかった。でも通知の送り主を見て少しだけ背筋が伸びる。所属先の管理者からだった。メッセージは簡潔だったがその意味するところは重かった。早い話が、転勤を延期。内容としては、急病で人員が一人欠けてしまったため、もうしばらく東京で業務に当たってもらいたい——と。
「……え?」
私はつい、声を漏らしてしまった。その小さな呟きに、隣にいた彼がすかさず振り向く。優しい顔だった。しかし目敏い彼のその柔らかい視線がほんの一瞬で翳るのを、私は見てしまった。
「どうしたんですか。……なんか、あった?」
私は言葉を選びながら正直に伝えた。福岡異動の話が急遽保留になったこと。正式には延期だけれどタイミングによってはどうなるかわからないこと。彼と一緒に住む話が、もう少し先になってしまう可能性があることを。その瞬間、彼は文字通り音も立てずに沈んだ。無音だった。あまりに静かすぎて、私は思わず息を詰めた。
「………………ふ、」
唐突に洩れた吐息に私は一瞬、何かのスイッチが入ったのだと察した。けれど、彼はうつむいたまま、床の一点を見つめるようにして呟く。
「……ふつうに、泣いていいですか」
その声音には、ふざけた調子も笑いもなくて、あまりに真顔だったから、私は返す言葉を一瞬、失ってしまった。そして次の瞬間には、彼はすくっと立ち上がり、逃げるように寝室へと向かう。バン!と戸を開けたままベッドへと身を投げ出し顔を枕に埋めた。
「おかしいとは思ったんですよ。センターの所長なのに、転勤してくる人の話なんて、全然入ってこんかったし」
「……」
「5分おきにリスト更新しても、ずっと追加されとらんし」
「……5分、おき……」
「無理。無理、無理、無理です。つら……え、今日二人でただいまの練習までしましたよね?」
「う、うん。したねぇ……」
「玄関で、おかえりって言ってくれて抱きしめてマグカップも公開して……え、うそでしょ?俺の人生のピーク、今日だったってこと?」
半泣きで、感情の振り幅が迷子になっている。膝を抱えてベッドの上を、ゴロンゴロンと転がるその姿はまるで思春期の男子高校生だ。スリッパは片方どこかへ吹っ飛び、そして気づけば彼は、なぜか、マグカップの箱をぎゅうっと抱きしめていた。
え……あれ?さっき、テーブルに置いてたはず。その一瞬で彼はそれを手に取ったってこと?いやちょっと待って。今のこの状況でその機動力。あ、剛翼か。個性を使ったのか……知らんけど。しかもそれって私用の��風の花�<cfルの方だなたぶん。
私は呆れたように溜め息をつきながらもそんな彼が少しだけ愛しくて、どうしようもなくなっていた。
「これどこで使うんですか!?風の花モデル!」
「あ……やっぱり私のやつだったんだね」
「我が家の象徴が!もう!箱のまんまじゃないっすかぁ!」
私はあまりの落ち込みぶりに、逆に笑いそうになるのを必死で堪えた。けれどその笑いの奥には胸の奥がじわりと温まるような、申し訳なさと、それでもなお嬉しくなるような感情が入り混じっていた。私は彼の隣に座り直して、そっと、そのふわふわした黄色の明るい髪を撫でる。
「……ごめんね。でも、すぐに……来るから」
「それ、あと何回、言うつもりなんですかぁ」
「ごめんって……」
「……いや、不条理なこの世の中が悪いんです」
「ふ、じょーり……」
「ヒーローが暇を持て余せないのがいけない」
「……」
そもそも人が体調を崩すことに、不条理もヒーローの多忙もあるものかとは思ったが、今は何も言うまいと心に決め、私はただ、彼の髪をそっと撫で続けた。沈黙の中、ぬくもりだけがやさしく流れていく。
「……ごめんね。ぬか喜びさせちゃって」
「退職してほしいなんて……言えんしね」
「そうだね。ヒーローホークスが怪我でもしたら私がそのぶん、稼がないといけないからねぇ」
「なんそれ。ほんと好きです……俺の負けです」
枕越しに伸ばされた彼の手が私の指をぎゅっと掴む。その力に、言葉以上の本音が宿っていた。
「名前さんが来るまで俺、心にでっかい穴空けたまま生活するんで。通風口くらい空けとくけん」
「え? なに、それ?」
「もはや、心にエアコンつけるばい」
「それ、逆に快適じゃん……」
彼は笑わなかったけど少しだけ息を吐くように小さく、くすっとした。それだけで十分だった。
彼がベッドからようやく半身を起こしたのは、それからだいぶ時間が経ってからだった。彼は、ソファで海外ドラマを見ていた私の隣に、そっと腰を下ろす。
「はぁ……俺、今夜は寝れる気がしないです」
そうぼやく彼に「それは大げさ」と笑って返しながら私は、ミネラルウォーターを、テーブルに置く。彼は素直にそれを受け取り一口啜ったあとふにゃりと眉を下げて言った。
「……間接キス、ですか。これ」
「うん、そうだね」
「名前さん」
「んー?」
「だって……俺、もう勝手に家具の配置まで妄想してたんですよ」
「うん」
そのまま、コツンと私の肩に頭をもたせかけてくる。私は自然にその重みを受け止め、そっと、自分の頭を彼の髪に寄せた。息をひとつ吸うと、彼の匂いがした。洗いたての柔軟剤とほんの少しだけ風の匂い。タイミング悪く、テレビの向こうではちょうど別れのシーンが流れている。涙声の女性のセリフが、静かに部屋の空気を揺らした。けれどそんなドラマよりも、この肩に預けられた体温のほうが、今の私にはずっと、真実だった。
「ソファはここで、テレビはあの角。名前さんの着替えはこっちの引き出し。で、ベッドはダブルの真ん中に俺──」
「ちょっと、ちょっとちょっと!」
「え? なんですか、健全な夢ですよ?」
「いや、配置の問題じゃなくて……全部あなたが中心にいるじゃん」
「だってぇ……恋人ですし? 俺の方が先に家に帰ってる確率高いですし……」
「仕事してよ。フリーターですか、あなたは」
彼はソファの背にもたれながら、あらゆる幻の新生活に未練をぶつけるように、低く、小さく、しかし執拗に呟き続けている。たとえば食器棚に入れるはずだったお気に入りのスプーンが、今は孤独に梱包されたままであることやネットでポチった室内用スリッパがまだ箱に入ったまま、彼のヒーロー事務所で健気に待ってること。更には、「この部屋に二人でいる時間が特別じゃなくなるはずだったのにぃ……」と、情緒の波がまったく安定しない。私はそんな彼の横に座り直し、肩がそっと触れ合うくらいの距離で、静かに笑った。
「……ねぇ。ぐちぐちモード、そろそろ、終わりませんか」
「いやです。もっと言わせてください。あ、でも、もう出尽くしたかも……」
少し間があいて彼は私のほうをちらりと見た。その目はさっきまでと違って子どものように寂しげで、でも甘えたがっているのがわかる、そんなやわらかい光を帯びていた。
私はそれに応えるようにふっと右手を差し出し彼の指先に、自分の指をそっと絡めた。ちょうどそれは、新型のお揃いのマグの持ち手みたいに、ぽこんとした丸みにやさしく収まる感覚だった。
「まだ正式な手続きもこれからだけど。でも私はやっぱり、一緒にいたいって気持ちに、変わりはないよ」
「ほんとに……?俺、なんかのフラグかと思ってたんですけど」
「まだ言う?」
「すみません……でも信じたいです。っていうか、信じます。絶対に、来るってこと」
その声に込められた決意は確かに本物だった。だから私も黙ってうなずいた。だが未だに表情が曇っている彼を見て、私は首を傾げながら言う。
「啓悟くん」
「はい……」
「今日ね?私、せっかく二人きりになれるなーと思ってさぁ?」
「……?」
「新型の下着、つけてきた」
わざとらしく、部屋着で着ていた彼の大きめのTシャツの襟元をクイっと引っ張って見せると、みるみるうちに彼の顔に血の気が増していく。
「し、しんがた……えっ、ど、どんな?」
目を丸くして聞き返す彼に私はわざと少し間をあけて、含み笑いを浮かべながら答える。
「んー……秘密。見せてくれたら、見せてあげる方式」
「み、見せてくれたらって、俺が?なんを!?」
「下心」
「あっ、あるに決まってるでしょ!? むしろ、出しっぱなしだったでしょさっきからずっと!」
「……じゃあ、証明して?」
わざと少しだけ距離を詰めて、首を傾げながら囁くようにそう言うと彼は一瞬で息を呑み、次の瞬間にはまるで、何かに火を点けられたように、真っ赤な顔で固まった。
「し、証明って、あの、えっと、それは、手段を選ばずってことで……?」
「うん、合ってると思う」
「いけん……これ絶対、俺、夢見てますよね?」
「もし夢なら、もうちょっと強気にきてくれてもいいんだけどなー? なんて。」
その言葉を合図に、彼は意を決したようにゆっくりと、でも、真剣な眼差しで私を見つめ、口を開いた。
「……じゃあ、ちゃんと見ます。大切に、大事に、ヒーローの未来の目で。」
その言い回しがあまりにも真面目すぎて、私は思わず吹き出しながら、彼の胸に、額をこつんと預けた。
「も〜、そんな顔で言われたら、照れ返しちゃうじゃん……。あーあ、恥ずかしかった」
そう言って彼の胸元に顔を隠すと、彼はくすぐったそうに笑って、私の髪にそっと口づけを落とした。
「……じゃあ、もっと照れてください」
「え、……?」
「だって新型の下着。まだ、ちゃんと見せてもらってない」
耳元で囁かれた言葉にぞくりと背筋が震える。目が合うと彼の瞳の奥には、まるで微熱のような色が宿っていた。さっきまで拗ねていたくせに、こんなときだけは抜群の集中力を発揮してくる。
「んー、じゃあ……ちょっとだけですよ?」
「ちょっとだけで済むと思ってます?」
「……もう。啓悟くんのスケベ」
「それ、名前さんにだけは言われとうなか」
顔が熱い。胸の奥が、じんわり甘く疼く。カーテンの外、街の灯りが少しだけ瞬いて時間が少しだけ進んだ。
どんなにぐちぐちと言っても、こうして並んで座っていられるなら、彼の心の奥底には、希望が灯っている。そう信じられるから、不安よりも、ぬくもりを抱いて眠れる──そんな、夜だった。