ねえ あなたに
 伝えたい事が まだ山ほどあるのに
 どこに行っちゃったの?

 どんなに月日が経っても
 心は繋がっているから
 忘れないでね



『神様は、絶対いるって』

彼は、いつも こう言ってた。

“神様”

一番縁が無さそうな顔して、彼は信じてた。




 P.S.
  あいらぶゆー






「バカじゃないの?神様なんかいないし!」

で、これが私の言い分ね。
神様なんか、絶っっ対にいないし。

「もし仮にいたとしたら、何で“幸”と“不幸”があるの?」

って、聞いたら

「それは、お前アレだよ、」
「あれって?」
「神様が人間に与えた試練だよ」

何ソレ、
そんなに神様を信じてんなら

何でアイツは負けたのよ。
それも試練だったの?

「アホくさー、だからアンタは童貞なんだよ」
「なっ……童貞じゃねーし、この永遠処女が」

アホだよ、わたしもアンタも。
毎日、毎日さ。飽きもしないで、こんな下らない事ばかり言い合ってた。

神様なんか居ないっつーの。

それでも、今でも。アンタは信じてるの?
私に試練を与えた“神様”って言うのを。

神様は私に一度きりの試練を与えた。
私、名字名前は18歳で人生を終えた。

私、死んじゃったんです。





「雨降ってるから気をつけて帰って来なさいね」

確か、そんな内容のメールだったと思う。
委員会の仕事で帰るのが遅くなって。雨が降りしきる中、自転車置き場で確認した母からのメール。

親バカだなー、なんて笑いながら自転車にまたがってペダルに両足を置いた。なんとなく耳をすませたら、体育館からバスケ部員の声が聞こえた。

雨の滴と冷たい感覚、不機嫌な雷鳴。
時々 聞こえる“親友”をヤジる、童貞男とその仲間たちの声をBGMにしながら私は自転車を漕ぎだした。

ちゃんとライトも付けてたよ、
自転車の時はイヤホンで音楽だって絶対に聴かない。
いつも通りの坂を下って、いつも通りの交差点。
事故多発の交差点だから、スピードもちゃんと落として、左右の確認だって怠らなかった。

眩しくて、雷かな?そのときはそう思ってた。
急に目に入り込んできた、真っ白くて痛い閃光。

目の前が一瞬、ほんの一瞬だけ白い世界。
その後は真っ黒になってしまった。

ああ…そっか
雷じゃなかったんだね。

“ヘッドライト”

車のヘッドライトだったんだ。

真っ黒、ただの真っ黒の世界。
雨は?雷は?自転車は?
見えなくなった。

何も見えない、音も無い。

真っ黒だからわたし、眠くなってきちゃったの。
だからわたしは、目を閉じた。
ちょっとだけだったら寝てもかまわないよね?って。次に、目が覚めたときの私の世界は180度変わっていた。

あー…よく寝た。寝過ぎて頭が痛い。
どんだけ寝てたのか分からなかったけど、私はようやく目を開けた。

自分の家だった。
リビングや、みんなの部屋。
いつ帰って来たんだろう?…とか、頭を駆け抜けて辺りを見回したら“私”が居た。

目を瞑っている。
化粧をしたそれは、紛れもなく“私”。

意味が分からなかった。
“私”はここにいるのに。
なんで“私”が見えるのか、その時は本当に分からなかった。両親の泣きじゃくる すがり声を聞くまでは。

目を瞑って、私は“アーメン”みたいな組み手。なにかの中に横たわって、少しも、ちっとも動かない“私”。

「名前…なんでぇ、何でよぉ…」

お母さんの声かな…あれ、泣いてる?…何で?

「名前…名前、父さんだぞ?」

お父さんまで…なんで泣いているの?
“ナウシカ”を見た時だって、家の愛犬が死んだ時だって泣かなかったのに。かすれ声で鼻だって、リンゴみたいに赤くなって“私”に縋り付いてオイオイと泣いている。

日頃は無口なお父さん。泣かないでよ、頼むから。
お母さん、お父さん“私”ココに居るんだよ?


「何で…何で死んじゃったのよ…っ」



死んだ……私が!?

違う違う!私、死んでなんかないよ!
お母さんお父さん私、ちゃんと“生きてる”!

ほら、見てよ!私…ココに居るじゃん!
そこに寝てる“私”。それは偽者だって!
見てこっち見て、私を見てよ!


 見え…ないの?


私、本当の本当に…

「名前、目を…開けてよっ…!」

死んじゃったの?




あのとき、私が入っていたのは棺桶だった。
マスカラとかアイラインの塗りは甘いけど、お母さんが化粧してくれたんだよね?

あんな美人に仕上げてくれて、ありがとうお母さん。
それから本当に、ごめんなさい。
親不孝で、流さなくてもいい涙まで流させてしまって。ごめんね、本当に。

それから一週間、私は家族と過ごした。

“私”のお通夜をして“私”のお葬式もした。
私も一緒に経験した。
何か、変な感じだった。

“私”の意識はちゃんとあるのに、“私”はもう死んでいて。そして、骨になった。

“私”が眠る棺が火葬場に入れられて出てきた“私”はサラサラの骨になった。やっと実感した。わたし、死んじゃったんだ。



『 人間の魂は死んでから49日間だけ、
この世にいられるって知ってるか? 』



童貞男、
水戸洋平がいつも言っていた。
どこまで奴は神様なんかを信仰してんだろーね。

洋平とは中学からの腐れ縁で。あの頃からヤンチャをしていた“彼ら”と私は、いつも一緒だった。

“不良”
そう言ってしまえば聞こえが悪いのだが、私たちの中ではそんなレッテルなんて気にしていなかった。だって、楽しかったから。

放課後のゲーセン。自転車に三人で乗ったり。
ジュースの空き缶で缶蹴りしたり。
意味もなく笑い合える、そんな“普通の中学生”をしていただけ。

喧嘩とか、タイマンとか、そんなの私には無関係だったし。(そういう時は、連れて行ってくれなかったから)

ただただ、みんなとの時間が楽しかった。
ただ、それだけの事。


「ふーん、くだらない」
「なんだ、その冷めた目はー」

で、またまた始まる毎度お馴染みの洋平との口喧嘩。

神様なんかいないよ、
そんな迷信、信じられない。信じてなかった。
けど今は、その迷信だったら少し信じられる。
(神様は信じないよ!?)

本当にこの世に神様がいるのなら
一瞬でいいから、もう一度会いたい。

この広い世界のどこかで
あの日と変わらず辛口聞いているのなら。

私が死んだあの日から今日で、丸々49日が経つ。
“私”はもう骨になってしまった。
けれど、“私”はちゃんと居る。

私の姿は誰にも見えないみたいだけど意識はちゃんとあって…これ、いわゆる幽体離脱ってやつだよね?

49日間、私は色んな所に飛ばされた。
初めの一週間は我が家、私の家で過ごした。

お母さんとお父さんとソファーに一緒に並んで座りながら、いっぱいビデオやらアルバムやらを見返した。
私の小さい頃のやつ、改めて見返したら、私は昔から美人だったね、なんて。鼻も高いし〜胸もボイン!目もクリンとデカいし。

「ふふ…見てよ、この子」
「ああ、こんな格好…」

ハハ、止めてよ抜けた前歯を拝んでる写真。恥ずかしい写真だけど結構ナイスな役目じゃん。

「こんな…ふふっ」
「そうだ…そうだな」

二人は私に笑顔を与えてくれた。
一週間ぶりに笑った、

お母さんとお父さん…やっと、笑ってくれた。


(ありがとう、私を産んでくれて)


二人の耳元で囁いたら二人共ね、私を見て…見えていないのに二人同時に振り返った。


「名前、ありがとう」


照れくさくて言えなかったけれど
心から思う、ありがとう。ごめんね。

涙を一粒残して私は、次の場所へと飛ばされた。




「名前のバカ!あたしを一人残して…!」

次の一週間は、親友の赤木晴子の所。

彼女とは高校で出会ってから、親友になった。
色んな思い出を共有した大切で大好きな友達。

晴子の声を聞いていたら涙が零れた。
心に空いた穴が塞がる事もなかった。

これからも、この広い世界のどこかで
あの日と変わらず笑っていてくれるのかな?

晴子は一週間、私と撮ったプリクラを眺めながら毎日、毎日泣いている。プリクラに向かってブツブツと文句を垂れながら。

学校から帰ってきたら部屋にこもりっきり。
大好きな“バスケット”も見に行かないで。

『マネージャー引退しても毎日行くんだからっ!』

あの言葉は聞き間違いだったのだろうか…

いつもは綺麗にセットされていたボブヘアーもボサボサで、瞼はほんのり赤く腫れあがっている。泣いて、泣いて、叫んで。

ごめんね晴子、本当にごめん。
……頼むから笑ってよ、ね?

『名前元気だしなさいよぅ!』

って。

鬱陶しいくらいの「流川くぅ〜ん」って、
いつもみたいに笑わせてよ。

お願いだからまた、笑って…?


「…名前?」


風が吹いた。
床に落ちたプリクラ手帳の開いたページを見て

「あは…変な顔、名前。」

笑ってくれた。

…ありがとう、ベッピンさん。
大好きだよ、晴子。

たくさん、たくさん、ありがとう。

心はいつも繋がっているから
忘れないでね。


それから、よく分からないけど宿敵の数学教師の所。委員でお世話になった高校の生徒会長。三軒隣に住んでいて小さい時からいつも優しくしてくれた老夫婦。

内緒だけど、洋平と親友で実は私の数少ない理解者の赤頭の所。

49日間、色んな所に飛ばされた。
みんな悲しい顔、泣きそうな顔、怒った顔、放心状態の顔。

私のせいで、私の為に…感情を動かしてくれた。
すすり泣く声から、笑い声。
悲しい顔から笑い顔に。

みんなが私に見せてくれたら私は消えて、次の人への繰り返しの49日間。

恩返しなのかな?
何も出来なかった私が最後の最後みんなに笑顔を与えてる。



『 人間の魂は死んでから49日間だけ、
この世にいられるって知ってるか? 』



童貞男、水戸洋平。
迷信、そんな迷信と思っていたけれど…
迷信じゃなかったね。

人は出会って いつかは“さよなら”するもの。
こんなに辛いと思っていなかったよ。


今日で49日目。

なら、
最後に行くのは アンタなんだろうね。








“49日目”

予想は大的中。
飛ばされたのは“水戸洋平”の家。

はい、まず一言。めえーっちゃ汚い!

誰だ、『水戸くんの部屋はめちゃくちゃ綺麗!』なんて噂を流したのは。

洋平は何故か、校内で密かに注目の的だった。流川にはもちろん敵わなかったけれど。

ちょくちょく告白なんて青春じみたものもされていたのを目撃した事がある。そんなときはすぐに残りの“4人”に告げ口した。

“バスケ馬鹿”の花道以外のメンバーが、イジられるのは毎回見物だった。しかもそれが、洋平ならなおさら。

そんな密かに人気を集めていた彼の本来のお部屋はと言いますと…服は脱ぎっぱなし。ごみ箱はパンク寸前、CDは割れてるし…最悪ですがな。

49日間の中で一番、最悪最低な部屋です。
だから“童貞”だって言うんだよ、バカ洋平。

誰だ、『水戸くんは絶対に女の子慣れしてると思う!』なんて嘘を撒き散らした奴は。
こんなだらしない奴の、どこが女慣れだよ。
おまけにこの“童貞”今、 何してると思う?

一応、今までお邪魔してきた皆さんは、涙の一つや二つ、悲しみの一つや二つは見せてくれたんですけど?
なのに、水戸洋平

「……チッ、なんだよこのボス。強すぎだっつの」

TVと睨めっこの洋平。
時折、ぶつぶつ文句を言って…

ゲームしてますよ、ゲーム!テレビに向かって文句言ってますよ、女慣れ疑惑の彼は。
アンタはマジで…何なの?

食いカスが散乱したテーブル。
その上に、一枚の“採用通知書”。

あぁ…そっか。
受かったんだ。志望していた、中学時代から洋平が憧れていた、あの大手車会社。
でもさぁ、受かったからって…ゲームかよ、バカ。

49日、
わたし、今日で最後なんだよ?


「クッソ…またやられたよ。」

“ガチャン…”
洋平がコントローラを投げ付けた…本当ガキ。どうやら“ボス”に負けたみたい。

TVの電源も切ってベットにダイブする洋平。飽きっぽいんだよね、意外と。ごみ箱みたいなベッド。汚い…洗ったのいつですか。漫画とか、雑誌とかが散乱していて。……けど、そんなゴミ箱に寝転がってる私だってよっぽど、大バカか…

隣には洋平がいて。

ねぇ、私 隣にいるよ?

洋平の顔、こんなに近くで見るなんて初めてだ。
息遣い、少し崩れたリーゼントに通った鼻筋。長めのまつ毛。

ねえ、あなたに伝えたい事が
まだ山ほどあるのに。


 ……見えてないの?


洋平と私の鼻頭と鼻頭、くっついてるんだよ?
横向きに寝転がってる洋平。
私もその格好に合わせて…くっついてるんだよ。

49日目、
洋平………なんで私を呼んだの?




「名前………、居るんだろ?」




触れられない、触れてもらってもいないのに
洋平の息が私の顔を撫でた。優しく…感じたんだよ、絶対。

「今日で49日目だな。
 じゃあ最後は……俺の所だよな?」

 そう、大正解。
 最後はアンタ……洋平だよ。
 洋平とわたし、いま、目合ってるんだよ?

「今、どこに居るんだよ?」

 洋平の隣、真ん前だよ

「就職決まったよ」

 知ってる、おめでとう


「………なんで」

 洋平…

「なんで…死んでんだよ、おまえ…」

 …ごめんね、洋平。


いつの日か触れた手のひら、
はにかんだ あの笑顔。

ずっと胸の中で生き続けているよ。
それだけで強くなれる気がしていた…いつも。

神様なんかいないんだってば。
私、めちゃくちゃ祈ってたんだよ?
インターハイ、花道がバスケで優勝するの。日本一の高校生になるの。

…洋平が笑えますようにって。祈ってた。

でも、神様は試練を与えた。
洋平が貰ったのは笑顔じゃなくて…悲しい顔だった。

神様なんかいない。
もう二度と見たくない、…そう思ったよ?

ガラにもなく落ち込んだ顔しちゃってさ。似合わない!いつもヘラヘラ笑ってて、いつも花道をバカにして、すかした顔して。ピンチには助けてくれて、笑い合って…笑顔が最高な…洋平にはそれが型にはまるんだから。
だから洋平の悲しい顔は二度と…。

「バカ、バカ女。なんでだよ…っ
 アホ、バカ…やろうッ」

見ないって…見せてやらないって、決めてたのに。

私が泣かせてねぇ、どうすんのよ…?

ゴメン洋平、泣かないで洋平。
私、側にいるよ?


 洋平…っ


「…き…好きだ、名前」

 洋平…!

「聞いてるか?」

 聞いてる、ちゃんと…聞こえてるよ。




洋平の涙も洋平の声も洋平の…全部
一番近くでちゃんと、感じてるから。


「俺の童貞……もらえっての…バカ」

 じゃあ私の処女だって
 洋平がもらってよ、もらって欲しかったよ。

「天国に持ってけ、俺の熱ーい気持ち全部」


返事の変わりに私の唇をあげた。
もちろん、触れた感触は無くて“キス”なんて言えない。

だけど笑ったの、洋平が。
フッと、笑ったんだよ確かに。


「名前、神様はいるよ、絶対。」


洋平が最後に言った言葉。
彼は笑いながら、涙を溜めて

49日目、
洋平が笑ってくれて良かった。


照れくさくて言えなかったけれど
心から思う、ありがとう

 愛しているよ。


18年で私の人生終わらせて
たった一つの試練が色んな人を悲しませた。

神様なんかいない。
だけど少し…ほんの少しなら



『 名前…居るんだろ? 』



私と洋平を引き合わせてくれたから。お礼として、信じてあげてもいいよ?

その代わりに叶えてあげて?
私が叶えてあげれなかった分、神様、あなたが変わりに叶えてあげて。

みんながどうか、笑っていますように。
神様、頼んだからね?

心は繋がっているから、必ず。
どんなに月日が流れても
みんな忘れないでね。

いまさらだけれど、大好きだった
本当にごめんね。




P.S.
洋平の童貞 奪ってあげて。

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