離れていても側に君が居る。

 目を瞑れば笑っている君が居る。

 どこかで待つ君の元まで
 
 届くまで ずっとこの愛を語ろう。




 秘密の場所でキス





 “ダンッ…ダダンッ”

体育館に、一つ孤独な音が小霊している。
ピカピカに磨きぬかれ、摩擦がかかった床には多種、多様な紙で作られた花びらが一枚…二枚と、無数に散らばっていた。

役目を果たし館内の隅に追いやられたブルーシートと長椅子、紅白の幕の軍勢をボール片手に眺めながら


 『…天才。』


声にもならない様な微弱な囁きで、桜木は、ポツリと漏らした。

3月1日、
神奈川県立 湘北高校 卒業式。

三年間通いつめた学生事業、最後の日。
校長の話を初めてまともに聞き、自身の名が書かれた証書をもらい、下級生からの祝辞に、涙誘う卒業ソングを唄った。

館外に出来た後輩達のアーチを全て通り抜けた所で、本日、全ての催しを終えた卒業生。

鞄からあふれる色紙に小さな花束の数々。
水戸は桜の木の下、“3馬鹿トリオ”に別れを告げ、体育館に向かった。

体育館に入ると一人、バスケットボールを片手にリングを眺めている赤い頭を発見した。

手に持ったバスケットボールは、後輩からのメッセージで埋め尽くされていた。学ランに挿したままのコサージュはすっかりしなびれてしまっている。

「お前は……」

静かな体育館にまた、ボールをコートに打ち付ける音が響いた。

「高校生活最後の日までバスケットか?花道。」

一瞬ボールで遊ぶ手を止め、響き渡るボールの音と同じく聞こえてきた声の方へ顔を向けた桜木。

「なんだ、よーへーか」
「なんだ…ってなんだよ」

相手を確認し、一言…
珍しく冷え切った溜め息を大袈裟に吐き出した桜木。
そして再びボールが、孤独な音を奏で始めた。

最後の最後まで、
相も変わらずな花道の態度に姿を改めて確認しながら

「花道、おめでと。」

宝地図のように丸め折った卒業証書を片手に、彼は渇いたエールを送った。

桜木を“花道”と呼ぶ彼、水戸洋平は、桜木と名前と同い年。

中学時代からずっとクラスも一緒で。
そして水戸と名前と桜木は仲良くなった。
それは高校へ入学したあとも同じで。
計、六年間同じクラスで喧嘩をしては笑い合った。

 “腐れ縁”

彼女はいつもそう言っていた。
変なレッテルを貼られたお陰で周りに気を使う日々。
けれど この二人だけは違った。(3馬鹿も)
だから桜木も彼女の存在が素直に嬉しかった。

この六年間は、三人いつも一緒だった。

そんな桜木を横目に、ひょいとボールを奪い上げた水戸。

「スリーポイント…!」

 “ ガンッ…! ”

「ハハ、難しいなーやっぱ。」

3Pの位置、遠く離れた所から水戸の頬り投げた何でもないシュートが外れた。
虚しくコートへ落ちたボール。
水戸は無言で取りに行き、リング地点から桜木の位置までボールをパスした。ボールは見事、桜木の手の中へ吸い込まれた。

「よーへー」
「はいよ?」

名を呼んだ彼は、そのまま無言で少し俯いた。
その姿に気づいているのか、いないのか水戸は言う。

「てか、いまさらだけどさ?」
「あ?」
「俺の下の名前を呼ぶのって、お前ら以外いないよな」

眉毛を下げて、クスクス笑う水戸を見やると、桜木は呟く。

「卒業したってオメ―は、よーへーだ」
「まあ、いーんだけど」

ほんとは知っている、桜木も水戸も。
他にもふたり、名前で呼ぶことを。

同い年の仲間で“洋平”と呼ぶのは、彼ら、和光中4人組と赤木晴子に、ある一人の女性だけだと。

「なぁ、よーへー…」
「どーした?」

桜木は片手にボールを持ち直して、しなびたコサージュを身につけたまま、水戸の隣まで歩み寄り、足を進めた。無言のまま、そのボールを水戸の元へ返す。

「よーへーに……謝らなきゃなんねー事がある」
「だから、なんだよ?」

煮え切らない桜木に対し、返されたボールで遊び始める水戸。
珍しくでかい体が縮こまる彼がおかしいのか「早く言えよ」と、口元を緩ませた。

「いや、俺よ…アイツと…キスしたんだ。」

やっとの事で紡がれた桜木の言葉。
思いがけないその告白に、驚いた、よりも先に不可解な疑問符を浮かべた水戸の図。
水戸は、ポカンと口を開けた。

「は?……花道、夢でも見たのか?」

それとなく予測は出来ていた。
けれど水戸は、あえて尋ねてみた。

「つか、晴子ちゃんはどーした?」

悪戯心で尋ねた水戸に「晴子さんはいーんだよ!」と、相変わらず赤面したあとに、桜木がまた、小さな声で呟く。

「…名前と。」

身体とは裏腹な、小さな小さな桜木の声だった。
水戸はやはり口元を緩ませた。

一方の桜木は、まるで、とんでもない事をしでかしてしまった子供の様に伏目がちのまま水戸に体を向けた。

トレードマークの赤髪の坊主頭。
少し伸びた毛先も、今日はバッチリとワックスで決めており、彼のイメージからは少々アンバランスちっくなコサージュが、一層に水戸のツボを押さえていた。

「何、笑ってんだ!…こっちは真剣なんだぞ!」
「だからってコサージュはさ…」

クククと、片手で軽く口元を抑えながら中腰になって笑った。
しかも今日に限ってカラー染めして来たな頭、と。
よくそれで三年も通ったなーと思ったりして。

水戸の笑い声は収まる事は無く、徐々にケタケタと奇声を高らかに上げ始め、最後には豪快に笑い飛ばす水戸の姿。

そんな明らかなる侮辱を受けつつ…
ふと、卒業式当日に置き勉の品を詰め込んだであろう破裂寸前状態である水戸の鞄に目をやった桜木。

(…二枚、か。)

声には出さなかったが、しっかりと二枚分の卒業証書が丸め込まれた、その鞄を見つけ桜木は続けた。

「アイツ、来たんだ…」
「へ?」
「……俺の所に、来たんだよっ!」

今度は大きな声だった。
水戸の笑い声がかき消されるほどの勢いで、桜木の声は体育館に響き渡った。

「アイツが事故に合って一ヶ月くらいしてから…」
「……」
「来たんだ、」
「……」
「見えなかったけど……来た。」


(ああ、そうだった。花道も…)


屈折した表情を覗かせる桜木を見付け、水戸は改めて確認した。


(俺と一緒だったわ。)


 “ポタッ…”

桜木の目尻から汗か、それとも…
大きな透明の粒が落下し、細やかな音を立て、体育館のコートの上に弾かれた。

「アイツ最後に“言う事聞いてあげるから笑って花道?”って言っ…てよ」

 “ポタッ、ポタッ…”

一粒だった雫は いつの間にか大量になり乾いたコートの上を厚く染めた。

「だから俺…っ、俺…」


 『キスしろ名前ッ…してくれたら笑ってやる!』


「そしたら、よーへー」
「ん?」
「アイツなんて言ったと思う?」

蜂に刺されたような真っ赤なトマト顔を、自身の袖で一拭きすると、目の前の赤頭は真っ白い歯を見せ、笑った。


 『バカ王は勘弁!だから、オデコにしてあげるね』


「とか言いやがってよぉ、」

そう言って乱暴に鼻をすすると、
やはり白い歯を向けて笑った。

「腹立って…笑っちまった俺。」
「…アイツ正直だからねぇ。」

彼の涙を見てないフリをして尚もボールと遊ぶ水戸。

「そんなん謝るなよ、花道」
「…あ?」
「俺なんて、ちゃーんと唇でしたぜ?」
「よーへ…」
「ハハ、羨ましーだろ」

そう言って、二カッと笑って見せたあと、
またボールをリング目掛けて投げ込んだ。

 “ シュパッ… ”

「うぉ!」
「うわ、初めて入った!」

今度はしっかりとリングに吸い込まれたバスケットボールが、コートを跳ね返って戻ってきた。
そのボールを取りに行こうとした水戸の腕を、桜木がつかんだ。

「よーへー……、な、なんだコレ?」

つかんだ腕を離し桜木が、掌を翳しながら、ふと上を見上げた。

「さ……くら、だねぇ?」

桜の木は校門にあるはずなのに、体育館内に桃色の贈り物が、空から二人に降ってきた。

無数の桜の花びらに風が



“ 笑って? ”



そう囁いている様な情景。



「バカ、笑ってるよ名前。卒業…おめでと。」


二枚分の証書を風に舞わせ
水戸は今日いちばんの笑顔を見せた。



 かすかなそよ風が通り過ぎる
 何気なく立ち止まり振り返る
 
 君は笑顔で僕らに向かって
 大きく手を振って
 さよならと言っている

 離れ離れになった僕らが起こした
 奇跡の話がある

 離れ離れになった愛が星となり
 光り瞬いて語り合う

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