昔からそんなにスポーツには感心がなかった私。とは言っても中学時代は一応運動部には所属していた(必ず部活動に入らなければならない校則だったため)その三年間だけは真面目に部活に取り組んではいたものの高校は迷うことなく帰宅部を選んだ。別に運動が嫌いってわけじゃないけど。

社会人になってからはW杯とか高校野球には瞬間的にハマったりもした。(そういうのはミーハーなので)ただ、それが自分の人生を変えてしまうほどの影響力があったかと言えば、たぶん無い。

だからこそ通い詰めているスポーツバーに本物のバスケット選手が入り浸るようになったのだって対して気にもとめていなかったのだ。なんなら「あの人たち〇〇チームの人たちだよ」とマスターから聞かされるまで知らなかったくらいだし。

はじめの頃こそ、彼らが目当てでバーに来ていたおっかけファン?みたいなのもちらほらいたりしたんだけど相手は女子。目新しい物を見つけたらすぐにそっちに気を取られたのかバーにすら来なくなったってオチだ。ほんと、女の子って怖い(私も女だけどさ、一応……。)


スポーツが特に好きでもない私がスポーツバーに通っていたのは、ひとえに、住んでいるアパートから近かったから。店内の明るい雰囲気が好きだったし、なによりもマスターがいい人だったのでお気に入りのお店になっただけの話。だからこそ常連の選手たちも、私と普通に接してくれていたんだと思う。

いや単に、私が、みんなのストライクゾーンからかけ離れていただけなのかもしれないけど。まあほっといてよ、そのへんは。どーせ、そこら辺にいそうなただの一般人ですよ私なんか……








彼らと仲良くなってから早や一年。私は、彼らがプロのバスケ選手だと名乗る前からその中に実は気になる人がいた。その人の名を三井寿と言う。

バスケットボール選手の彼を好きになったということはない。バーで出会った頃から、彼の人柄が好きだった。ただ彼が出会った頃からバスケットボールを一番に考えていたの知っていた事実だったので、職業がスポーツ選手、しかも彼の愛するバスケットボールの選手ともなれば、また、話は変わって来る。

そう。私は、自分の気持ちをこのまま封印しておこうと誓ったのだ。それなのに彼はいつも優しくて、魅力的で——そんな姿を見せつけられる私は困り果ててしまうのだ。これじゃあ諦められない
じゃないか、って……。


好きな人≠ゥら憧れの人≠ノシフトチェンジしようと奮闘している最中、私と寿くんの関係にすこし変化が見えたのは、私が彼への想いを封印してから二ヶ月くらいたったときだったと思う。

彼とは別のチームに所属している人懐っこい宮城さんという人と私がバーで話した数日後その宮城さんから「三井サン、ヤキモチ妬いてたよ」と、言われたことがきっかけだ。

一瞬、頭の中がクエスチョンになった。そもそも寿くんって勝手に彼女がいるもんだと思ってたし。実は、諦めようと思ったのには、そういった理由もあった。絶対、彼女いるだろうなーって。抜け出せなくなってから相手がいると知ったときの自分のことを考えて私は予防線を張ったのだ。

だって、モテるだろうし。男らしいし。あの容姿にあの明るい性格だもん。でも宮城さんの顔は、至って真面目だった。「もう気安く話せないね」なんて困った顔をするもんだから、私は顔を赤くして押し黙るしかなかった。

それを目敏く見ていた宮城さんも、私が寿くんを好きだということが、このとき確信に変わったのだと思う。彼、とっても勘がいいから。


そんなある日マスターに頼まれて急遽、寿くんと二人で氷を買い出しに行かされたとき、何となくそのときの雰囲気で手を繋がれたことがあって。あのときの寿くんの顔、ほんのりと赤かったし。

この頃から実は両思いなのかな?とか自意識過剰にも感じはじめたのは事実。

それから仲が深まるにつれてお互い一人暮らしをしていたということもあり、時々、一緒にご飯に行ったりすることも増えた。私が、ストッパーを外したっていうのもあるけど。

そろそろ、寿くんから言ってくれるかな?なんて思ってみたりもしてたけど、いくら待っても告白してこない彼。段々不安になってくるけど、もしだめだったらと思うと怖くて自分からは言えないまま月日だけが過ぎていく。

でも——、はっきり、させないといけないよね、私たちの関係が、なんなのかって。

だってもう、私と寿くんは……ただの友達なんかじゃあ、決して無いって気がしてるから。








三井 寿

今日早く終わるからなんか食い行こうぜ



金曜日。
仕事のお昼休憩中に、彼からそんな内容の連絡がきた。だから、ちょっと期待しつつも私は速攻で返事を返す。

こういうとき、私は本当に彼のことが好きなんだと実感する。だって私の顔は酷いくらいに緩んでいる。隠しきれないほどに。

名前

いいよ!寿くんちの近くのお店とかにする?



……絵文字とか、つけた方がよかったかな?とか思いながらも、そう返すと、ちょっと間があってから彼から返信が来た。


三井 寿

家来る?




 え——。

そんなメッセージが秒で返ってきて思いがけず、携帯を落っことしそうになる。それを阻止して、じっと携帯を握って考えたあぐねたあとに私は、緊張しながらも返信を打つ。

名前

行こっかな。何か欲しいものがあったら買って行くよ



……変、じゃないよね?普通に返した感じに見えたよね、きっと。がっついていないと思って欲しい。気軽な感じで友達≠フそれみたいに返事を送ったと思ってほしい。

送ってから心臓がドキドキして止まらない。私は一度、深呼吸してみる。けど、そんな私のことはお構いなしって感じで、彼から届いた最後のメッセージは……


三井 寿

待ち合わせして、一緒に買いに行こうぜ



——だった。

……よかった。一先ず安心して私はまたひとつ、深く溜め息を吐いた。


結局その日の夕方、仕事帰りに近くで待ち合わせをしてから一緒に買い物して寿くんのマンションへと向かことになった。

「あんま片付いてねえけど」

とか言いつつ中に入ってみると、思ったよりスッキリしていて「片付いてるじゃん」と言い返したけど、それには特に返答はなかった。私は荷物を置いて、台所にいる寿くんの近くに行く。

「……あ? どーした?」
「うん……、なにか、手伝う?」
「いーって、座っとけよ。つか、何飲む?さっき買ったジュースあっけど」
「んー......お茶、もらおっかな」
「オッケー、持ってくわ」

そう言われたから小さく頷いて大人しくリビングに戻り言われた通り床に座って待つことにする。

机の上に週刊バスケットボールの雑誌があったから、なんとなくパラパラと開いて読んでいたら「ほい。腹減ってるか?」とコップを渡されて、とりあえず、それを受け取る。

「んー、まだ大丈夫」
「俺も。」
「……」
「……」

謎の沈黙。二人でご飯なんかはよく行ってたのに個室にこんな感じで、しかも彼の家に二人きり、なんてシチュエーションは、考えてみれば初めてかもしれない。そう思ったら、変に意識をしてしまって、なんだか緊張してしまう。


「……てかおまえ、最近どう、仕事」

寿くんから会話を繋いでくれて、ほっとした。 私は気を取り直して持っていたグラスを目の前のローテーブルの上に置くと、いつも通りを装って返事を返す。

「あー忙しいかも。寿くんは?バー行ってる?」
「ぼちぼちな。そう言えば、最近あんま、お前が来ねえってマスター嘆いてたぜ。また顔出せよ」
「うん、明後日あたり行こうかなって思ってた」
「えっ……! その日、おれ行けねーし……」
「ははっ、いいよ。私が行くたび、合わせて来てくれなくても」

緩く笑ってそう返すと「うるせえなァいいじゃねーかよ」って、ちょっとムッとする顔をするから可愛いなあ、なんて思って、頬が無意識に緩んでしまった。

「……あ?なに笑ってんだ」
「いいのいいの、気にしないで」
「……へんなやつ。」

しばらくたわいもない話をしていたら、とつぜんまた沈黙が起こって「……なあ、」と、つぶやく寿くんの声に、私は顔を上げる。

こちらを見ていた彼と視線がパチっと合ってしまい私は驚いて固まる。そのまま彼の顔が近付いてきて、自然の流れで目を閉じると、触れるだけのキスをされた。


「……」
「……」

目を開けようとしたら、もう一回されたからびっくりして、思わず彼の服の袖をぎゅっと握る。

心の中でぎゃーぎゃー!!と叫び散らかしていたが、今は、必死にそれを表に出さないようにするだけで精一杯だった。

私をゆっくりと倒しながら、キスを繰り返ししてくる寿くん。

「……」
「……っ」

……好きなのかな、私のこと。

と……ふと頭をよぎるが、両想いって私が勝手に思ってただけなのかも知れないし、とか、色んなことを考えて頭の中がぐちゃぐちゃしてよくわからなくなった。とにもかくにも顔が熱い。


そのまま流されそうになったところで私はハッと我に返り、寿くんの頭をぺんっと叩く。すると、今までキスに夢中だった寿くんがゆっくりと顔を上げた。

「……」
「……」

互いに目が合う。寿くんがゆっくりと一度、瞬きをする。それを追い掛けるように私も一度まばたきをした。待ったをかけた分際で、きっと私の瞳はとろんとしているに違いない。まったくもって説得力がない。

「……」
「……」

もう一度、キスするために僅かに開いた彼の唇が逡巡するようにまばたきする。そしてお見舞いされたのはキスではなくて、まさかの一言だった。


「……好きだ。」


私の髪を優しく愛でるように撫で付けながら、小さくつぶやいた寿くん。私は声にならなかった。こんな寿くん初めてだったから。……好きだ≠ネんて、そんなの——。


「……もう、駆け引きはいいだろ」
「……!」
「降参。俺の負けだ」
「……、」
「好きだ——、名前」
「——っ」

今にも泣き出してしまいそうな寿くんの声が微かに耳元に届いた。何でかな、私の視界がだんだん滲んでいく。私が、泣き出してしまいそうだ。

「……」
「……」

震える指を重ねて、私も、彼の胸の中に少しだけ顔を寄せる。そっと私の顎に指を添えた寿くんが私の顔を持ち上げる。

また目が合って、そのまま何回もキスをしてきて腰のあたりを優しく触れてきたから、え……するの、かな、って。そんなことを呆然と考えていたら案の定——、

「……いいか?」

と聞かれてしまい、私は小さく頷く。でも一応、確認はしてみる。

「す、……するの?」

こんなときに……ほんとに空気の読めない女だ、私は。なんでいつもこうなんだろうか……。

「しねーの?」
「……し、たい、けど……」
「ふは。声、響いちまうな」

響くわけないのに。私のアパートならまだしも、こんな立派なマンションで響くわけはない。

でもそうやって、いたずらっぽく笑う顔が、ちょっぴり意地悪で、頬が熱くなった。

いつまで経っても恥ずかしがってしまう私を抱き上げて、優しくベッドへ降ろす。私の前髪をさらりと分けて、頬に寿くんの唇が触れた。


「正式に俺の彼女になったからには、もう俺から逃げられると思うなよ」
「なっ——!」
「浮気すんじゃねーぞ?会えねぇからって」
「え……」
「あと……ちっとは、バスケに興味持ってくれ」
「ひゃ、」

私が素っ頓狂な声をあげてしまったのは鎖骨の下、見えるか見えないかその境界に寿くんが吸いついてきたから。彼は不意に口角を吊り上げる。

胸がきゅうっと狭くなって無性にこの優しい人を抱きしめたくなって、私も、そっと腕を回す。

「バスケは——ちゃんと、勉強するよ」
「おう」
「それに浮気なんて、するわけないじゃん」
「……」
「いつから好きだったと思ってんの……」
「そりゃよかった」
「——え、なに?……信用してないの?」

寿くんが心のこもってない棒読みをするから私はぐいっと寿くんを両手で押しやってギロリと睨みつける。

「や?信用してるぜ。正直疑ってもねーしな」
「じゃあなに、その言い方は」

私は彼の頬を軽く引っ張った。痛てーよって言いながら楽しそうに笑う彼からしたら、きっと攻撃にもなってないんだろうな。

寿くんは私の手を容易く外してきゅっと包むように握り込む。

「俺が信用してねぇのはな、」
「……」
「名前に寄って来る、野郎たちだけだ——」


手の甲へ唇を寄せてじっと視線を絡ませたまま、口角を上げる。そんな表情も言葉も……ずるくてたまらない。

逃げたくなって手を引いたけれど離してはくれずぼすん、と布団の上へ縫い付けられてしまった。

「これからはさぁ、この部屋でもこんなふうに、イチャイチャすることが増えるかも知れないね」

なんとなくそう言ってみたけど、シャツのボタンを外しにかかってる彼は俯いて聞こえないふりをしていた。

でも、ちゃんと——、
「そうだな」って言ったの、伝わったよ。

だって、一瞬だけ、柔らかく目を細めたのが見えたから——。










 だけが見ていた。



(待って!……先に、お風呂行かない?)
(却下。)
(ええー!!やだやだ、汚いからっ!)
(おぉ、おぉ、活きがいいな)
(だれかー!!ここにオオカミがいますーっ!)
(……しぃー、近所迷惑になっから、なっ?)
(く、くぅ〜……!)

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