「じゃー、隣のやつと二人でひとつなー」

生物の先生が白衣のポケットに手を突っ込みながらだるそうに言う。今日のうちのクラス三年三組の五限は生物。生物実験室はクラスの席順で座らされたので、私の隣には春に更生してバスケ部に復帰した三井寿がいる。二人でひとつなのは多分この目の前にある光学顕微鏡のことだろう。

「高額だからってさぁ、ふたりでひとつとかケチくさ……小学生じゃないんだからねえ?」
「まぁー、仕方ねーだろ」

眉をしかめながら言う私に、ふはっと人懐っこそうな笑みを浮かべた三井にそう返される。クラスの席が一番後ろな私たち。だから自動的に、生物実験室でも最後尾になるわけで。

「あーあ、授業ダル。聞く気しないなぁー」

そうぼやきながら机にうなだれると三井は不思議そうな顔をして問う。

「名字、生物得意なのか?」
「得意じゃない。テストは勘でいく」
「ふは、そりゃスゲーな」
「なんで?」
「俺、勘とか当たんね。サッパリだかん・・な」
「え……ダジャレ?」
「ちげーわ!」

……む。そう口を尖らせる私を一瞥して三井は、目尻をすこし下げて笑った。こういう笑い方が何気に可愛かったりするんだよね、コイツ。勝ち気な笑顔もするけど私はこっちのが好きかもしれない。

「三井」
「あ?」
「説明ききなよ」

私は三井を見ないまま机に貼り付けた腕に額を更にくっつけたまま、ぶっきらぼうに促す。でも三井は「ああ」とくすくす笑いながら頬杖をつく。

「……わたし寝る。三井適当にやっといて」

なんだか居心地が悪くなって本格的な眠りの体勢にチェンジしたとき。隣の三井が急に私の背中に手を当てた。

「……!!? なに……?」
「実験してみっか。」
「な、なにを」
「ええ?俺が今このまま……名字のブラのホック外したらどうなるか」
「は、はぁっ!!?」

先生の実験の説明を真剣に聞いてるクラスメイトたちの視線が注がれる。静まる教室。「スミマセン」と咄嗟に言えばまた全員が正面に向き直って先生の説明が再開される。三井は楽し気にバァカと笑っている。小声で話す最後尾の私たち。隣の子たちに気付かれたらどうすんの。

「ふ、ふざけないで!……変態かっ」
「俺はいたって真剣だぜ」
「だからって……ぁ、」

三井の手がホックを掴む。ぴくりと私の肩が上下する。三井がにやっと口角を吊り上げて笑った。あ。あの勝ち気な笑い方だ。状況を心底楽しんでいるときの——。

「寝ねぇでちゃんと名字が授業受けるっつーんなら、手、離してやるよ」
「う、受ける!受けるから離して!」
「あっ、そ? じゃーいいけどよ」

三井の言葉にほっと安堵したのもつかの間。——パ チ ッ!


「!!!」

思わず悲鳴を上げそうになった。ばっと三井を振り向いても何食わぬ顔で目を細めたりなんかしてしらっと前を向き説明をきいている。……えっ、外された!外されたんだけどっ?!

「——ッ」

私は誰にも感づかれてないことを祈りながら、もぞっと体を動かす。……直したい。恥ずかしい。ありえない!授業中なのになに考えてんのこの男は!次の休み時間、ぜったい赤木にチクってやんだからねっ!なんて考えていたら「なあ、」って三井が耳元で囁くから勢いよく顔を三井のほうに向けた。

「この時間終わるまで直しちゃだめな」
「はっ……はぁ!!?あんた正気か!」

小声で涙目になって必死に訴えてもタイミングよく先生の説明が終わって周りが騒がしくなるのに紛れて「うっしゃ、実験開始だなっ!」とか意気揚々に張り切る元エセ不良男。

どっちの実験≠言ってんだよ!って私は為す術もなく赤くなった顔を隠すべく、顕微鏡をいじりはじめたクラスメイトや三井をよそに仕方なく机に突っ伏した。すると……。

「——で、この授業終わったらよ」
「……」
「保健室行こうぜ」

ノリノリの三井がそんなことを呟いた。誰が行くかっ!こンの、ド変態ッ!










失ったのはきっと越えずにいた



(赤木ィ〜!!)
(……ん、名字か。どうした。)
(聞いて聞いて、あんたンとこの戻り組が)
(ゴラぁ!!赤木にチクるなんて卑怯だぞっ!)
(あ!アイツです、アイツが私の下着をですね)
(だーっ!悪ィ赤木。なんでもねーよ。じゃな!)
(ちょ、痛い!耳引っ張んないでよ!あー!!)
(……なんなんだ、あいつら。)

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