担任の先生の担当はライティングでしかも今日は一限目からそれだった。知ってたら私はネトフリでウォーキングデッドを明け方五時まで見たりしなかったし、多分予習もちゃんとやってた。でも昨日は中学のときの友達と六時間、長電話もしてしまった。その長電話で話したことは当たり前に三井寿のネタばかり。

かっこいいとか女心わかってないとか、童貞なのかな、とか。まあ色々。それで結局、疲れ果てて時間割を確かめる気にもなれなくて、とりあえず流行に疎い私が今更のようにウォーキングデッドを見て現実逃避しようってなったんだ。勉強?何それおいしいの?はい、わたし受験生。(挙手)


一限目の地獄のようなライティングに余裕で深い眠りへといざなわれ気づけば目の前にはこめかみに青筋を浮かせた担任の先生の仁王立ち姿とご対面する。そんなとき、ちょうどチャイムが鳴って授業がいつのまにか終わったことを知る。

「名字と三井! 昼休み職員室来い!」

担任は出て行きざまに不機嫌そうにそんな台詞を吐いていった。ちょ、今のもっかい先生!

「あ? なんで俺もなんだよ」

遠く、後ろの方の席ですでに友達と談笑していた三井の声がした。超だるそうな声だった。ああ、私はそんなあなたが好きよ。部活のときの爽やか高校生とは大違いの日常生活でのそんなあなたが私は大好きよ。……なんつって。

昼休み、昼食を終えて職員室に向かうと既に三井は担任にがみがみ言われていた。こういうのはやっぱり真面目な三井寿くん。ちゃんと約束を守って昼食も取らずに職員室に来たんだろうな。まあでも、こればっかりはしょーがない。私もその輪にしれっと入りに行く。

「名字!遅い!そしてお前は何で寝てた!」
「ウォーキングデッドにハマりすぎて寝ることを忘れてました」

正直に言ったのに隣の三井は鼻で笑うし、担任の説教は止まらないし。なんならもっと怒ってた。長すぎて寝るとこだった。要するに「三年としての自覚が足らん!罰として放課後教室掃除!!」らしかった。








「だーっ!めんっどくせええ!」

教室の床を四つん這いで一列ずつ雑巾を駆け拭きながら、叫ぶ三井。三井の四つん這い姿、なんかウケる。写真撮っておこうかな、記念に。

「俺は早く部活に行きてぇんだっつーの」
「あ、そー言や三井。あの……今更だけどさ」
「あ?」
「インターハイ、出場おめでと」
「……おう、」

「サンキュ」と言いながらバケツに雑巾をぶっ込んで、バシャバシャ洗うヤンキース座りの三井。育ちがいいのかヤンキーが生まれつき似合うのかこの人よくわからない。でも、それがまたいい。

「なんっで俺までこんなことさせられてんだよ」
「堂々と居眠りしてたからでしょ?毎度お馴染みポケットに手つっこんでさぁー」
「アレ、バレてねーと思ってたんだけどな。だからって年一くらいしかやらねぇ雑巾掛けとはな」
「や、でもさ三井が雑巾やってくれて私はとても助かってますよー」
「あー?まあな。女に雑巾がけはまずいだろ」

ちりとりで集めたゴミをとりながら三井を見ると拭き終わった三井は床に寝っ転がっていた。……ば、ばか!かわいいって、それ!熊さんじゃん!

「……汚いよ?」
「うっせーな、なに言ってんだ。俺が拭いたんだからキレイだっつの」

三井は口をとんがらせながら片腕を立てて、頭を乗っけた。私は笑いながら立ち上がり黒板の横にあるゴミ箱にゴミを捨てに行く。

「よし、じゃー、机直して終わりにしよっ!」

ほんとは終わらせちゃうの惜しいとも思うけど。そう言って、くる、と振り向いたときだった。


「水色か。」

へえ、と寝そべったままの三井が笑った。水色?え、何が?ポカンとする私に三井は立ち上がって続ける。

「案外、清楚系なの履いてんだな」
「……!!」

は、履い……??!

「ちょ!! なに見てんのっ?!」
「あ? だって見えちまったもんよ」
「うそ!だから寝てたの!?」

私はついスカートの後ろを押さえる。さ、最悪だこいつ!いくらなんでも部活のときと人違いすぎだっての!

「さーて。さっさと机運んじゃおーぜ?」

ふん、と三井は私を鼻で笑って、いそいそと前に寄せた机たちへ向かう。す、好きだけどなんか、微妙……!なんか違う。あのやたらと目立つ一個下のバスケ部の後輩から毎回「アンタ、そーゆーとこだよ」と言われている意味がよくわかる。


がたん、と机を持ち上げる三井。そういえばこっち側をやるときは気づかなかったけど、三井って机をちゃんと持ち上げて運ぶタイプなんだな……私は重いから引き摺っちゃいがちだけど。

「三井、えらいじゃん」
「あ?」

私がぐだぐだ引き摺りながら運んでる間に三井はさくさくと二個目、三個目を運んでいた。

「ちゃんと机持つ派なんだね」

ようやく一個目を、定位置に戻したときだった。三井を見たら、なぜか三井は私を見ていた。

「なに?」

机を持ち上げる寸前、そんな構えのまま奴は私を見るから私は眉を寄せ、不審がってそう訊いた。

「俺、ずっと思ってたんだけどよぉ」

すると三井は机から手を離し、こっちへすたすた歩いてくる。184cmが近づいて来る……三井はでかいので近寄られると、結構驚く。慣れない。というより私が小さいのか。

「おまえ、背ぇいくつよ?」
「は?150ちょっと。伸びたよ、これでも。」
「ふはっ、足んねー」

彼はいきなり溜め息を吐いた。ちょ、い、いくらなんでも、失礼じゃないですか、この元ヤン!!

「チビですいませんね。何が足んねーってのよ」

腕を組んで三井を見上げる。近距離で目を見るとなると、どうも首が痛い。三井の短く切った髪が目についた。……やわらかそう、触りたいな。

「……つーか、これじゃしづれーわ」
「だから、なにが……っ」
「……ったく、」

と、ぼそっと何かを呟いたあと、三井に急に持ち上げられた。ひょいっと。いとも簡単に。


「っは——!?」

そのまま後ろに移動される。そして、とすっと降ろされた。突然座らされた教室のロッカーの上。まったくもってわけがわからない。

「……っな、なにしてんの、」
「つーか重いっつの、おまえ」
「う、うるさいな」
「……」
「……」

ロッカーの上に座らされたおかげで、ほんのちょっとだけ、三井と目線が同じくらいになる。私を見上げる三井の視線が不思議で仕方ない。少しの沈黙のあと三井がそっとロッカーに手をついた。私は左右を挟まれる。なんか一気に20cmくらい距離が縮まった。ど、どうなってんのこれ——?


「……み、みつ、」
「知ってっか?」

急に三井は囁くように静かに声を発した。思わず顔が熱くなった。こんな声出すんだ、こいつ……

「15cmがベストなんだってよ」

そう言ったかと思うと、三井は私にキスをした。


「——!!?……な、っ……」

自分から離れればきっとこんな行為、すぐやめられた。でも、離せなかった。だって離したら夢になっちゃうから——。

「……っは、」

離れたときには私は泣いていた。三井は目を細める。ああ、近い。あなたの顔が目の前にあるよ。


「おいおい……泣くほどうれしかったのか?」

三井は意地悪く、にやっと笑った。

「う、うるさいっ……てば。」

まだ展開が読めてない。それでも私は三井に抱きついた。三井はそれをすんなりと受け止める。 ああ、三井の匂い、頭がくらくらする。

「キスしづらそうだなって思ってたんだよなぁ、実はずっと」
「へ、変態……」
「おうおう、何とでも言えぃ」

三井は身体を離して私と額をくっつける。


「名字はそんな変態に惚れてんだろ?」
「……、」

ああ、そうだよバカ野郎。わたしは……そーいうあんたが大好きだよ。

「ま、俺も俺を変態呼ばわりする誰かさんを見てたわけだからなァ」
「……っ、」
「ずーっと、な?」

じゃあ……おあいこ、じゃんか。バカ三井。










 わたしのために 泣いてね いつか。



(三井サーン?うわ!!三井サンえっちしてる!)
(げ!!宮城っ)
(花道〜!!三井サンえっちしてるぜー!!)
(なぬっ!!ミッチーハレンチだっ!!)
(やっべ、うるせーの来る。名字悪いじゃな!)
(え……ねえ!これどーやって降りるの!?)
(あー!!三井サン逃げたー!追えー!)
(……ええ、だからさ。アンタそーゆうとこっ!)

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