君の願いが世界を輝かせる

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  •  私の住むここ秋田県には全国的にも有名な花火大会がある。その名も全国花火競技大会「大曲の花火」だ。毎年八月、四週目の土曜日に開催されるこの花火大会は、日本三大花火大会の一つとも言われている。

     秋田県に住んでいれば、今までに一度や二度は行ったことはあるものの高校生の私たちが彼氏や好きな人と二人きりで行こうと計画するには少し難易度が高い。ましてや私は能代市に住んでいて花火大会が開催される場所といま住んでいる場所を考えてもほぼ県の端と端に位置してしまうからそれだけでも現実的に厳しいところがある。
     しかも私の好きな人は大曲の花火と同じくらいに秋田県でも全国的にも有名な山王工業のバスケ部員。練習が忙しくデートはおろか、こういったイベント事には、なかなか誘うきっかけすら生めないのが現状なのだ。
     たしかに能代市でも花火大会は毎年七月に開催されるが、決まって山王工業のバスケ部員は地域貢献のために警備やら手伝いに駆り出されてしまうため、ゆっくりと一緒に花火を堪能するなんて不可能だ。そもそも地元の祭りや催し物に引っ張りだこ(手伝い要員で)の山王工業バスケ部員と年間行事を楽しむなんて出来ないのが現実だし。
     そこで私は閃いた。秋田県にはもう一つ有名な花火大会、男鹿おが日本海花火があるということに。

     毎年、お盆真っ只中の八月十四日に開催されるこの花火大会は、今年で19回目を迎えるらしい。大曲の花火が今年で95回目を迎えるという背景から見ても、全国の花火大会の中ではまだまだ若手ルーキーとも言える、この男鹿おが日本海花火には、ちょっと変わった慣わしがある。
     約一万発の花火が打ちあがる中、毎年全てにテーマを設けていて、花火、音楽、MC、観客が一体となる一夜限りのエンターテイメント。BGMを添えながらDJがMCをして進行していくという全国でも珍しいタイプの花火大会だ。そしてこの花火大会、クライマックスのバカでか花火なんかよりも見物なのは花火大会の中盤あたりに行われる公開プロポーズ≠ニいうイベントだ。
     選ばれた人がマイクを使って言葉の通り、公開プロポーズを行い、成功すると一発の花火が打ちあがるという流れ。幼少期から、いつか自分もあんなふうにサプライズでプロポーズされたいな、と夢見たことは一度や二度じゃない。

     近年では男性から女性へという決まりも薄れ、女性から男性にプロポーズするケースも稀に見られてきた。……と、いうことはプロポーズと言わず愛の告白でもいいのではないかと応募ページを開いたのは今から数ヵ月前の事。しかしそこには『今年は公開プロポーズは行いません』の文字。ならばと、同じく応募をかけていたメッセージ花火≠ニいうものに、ダメ元で応募をしてみた。花火大会に誘える確証もない分際で。ちなみに、余談だが文章を作るのに三日もかかった。ほんとあれはしんどかった。

     インターハイでは、うちの山工が決勝まで進むことを鑑みても、八月上旬から始まる今年のインターハイの日程であればお盆には秋田にも帰ってきてるだろうし、うん、誘えるチャンスはいくらでもある。
     そう意気込んでいた最中、決勝まで当たり前に勝ち進むと思っていた我が校——山王工業高校はまさかの二回戦敗退。名も知れぬ神奈川県勢、湘北高校という化け物みたいな高校と戦って黒星をもらったのだった。
     愛和学院との試合にボロ負けしたらしい、山工の対戦相手だった湘北だけどきっと前日の激闘の末に勝ったのがうちだったら、普通に愛和学院と試合が出来たんじゃないかなと思うあたり、まだ負けたと言う事実を受け止めきれていないらしい自分に溜め息がこぼれる。
     だって……山王工業のバスケ部みんなが多分、またフル出場できるって私でも分かるから。それだけ体力を仕込まれてるからこそうちは超強豪校なわけだし。でも1試合負けたら全ておしまい。トーナメント戦って、そういうものだもん。心底残念だけど仕方がない。それが、勝負というものだから。

     ただ……なにが困るってメッセージ花火の応募抽選にみごと『当選しました』と連絡がきたのがその湘北高校に敗れた八月三日の夕方だったってこと。すごい競争率だと昔から有名だったし絶対に当選する事はないだろうと頭のどこかでは諦めていたのも事実で、まかさ断るわけにもいかず、こうなればもう腹を括るしかなくなってしまったというわけだ。


    男鹿おがの花火を一緒に見に行かない?」

     そう言葉で伝えるには、やっぱり怖気づいてしまい、なかなか誘うきっかけが作れなかった。
     私はとくにバスケ部のマネージャーでもなければ、お手伝いが出来るほどの機敏さももっていない。それでも私の想い人、同級生の沢北栄治とは仲がいいほうだと自負している。

     栄治は間もなく海外に行ってしまう、そう……バスケットのために。
     だからこそ今年が勇気を出して告白できる最後のチャンスなのだ。よし——こうなりゃ当たって砕けろってやつだな。





     —


     インターハイ二回戦で敗退の山王工業バスケ部は、今日も相変わらず練習に励んでいた。世間は夏休み。他のギャラリーに混じって、私服で登場した私に見向きもせず、栄治はひたすらにバスケットボールを追い掛けている。

     練習が終わった午後二時過ぎ、ぞろぞろと帰路につくバスケ部員の中に現キャプテンの深津先輩と秋田県出身者でもある河田先輩の三年生コンビにいじられながら校門に向かって歩いてくる栄治の姿をキャッチした。私はふう……と、深呼吸を吐いて足早にその彼らの元へと歩みを進める。

    「あ、沢北の彼女だぴょん」

     私の姿にいち早く気付いた深津先輩が無表情でそう言い放つと私に背を向けていた栄治がくるりと振り返った。

    「だからっ!彼女じゃないんですって!」
    「なんだぁ、おめーのオンナじゃなかったんか」

     河田先輩もそれに乗っかってきて、そんな軽口を叩く。私が一個上の先輩達に一応ぺこっと挨拶をした流れで自然と深津、河田コンビが先を歩くかたちになり、その後ろを私、栄治が歩く。

    「きょう、いた?」
    「いたよー、しっかり見てたよ?」
    「へー、気付かなかった」

     栄治は隣で呑気に口笛なんて吹いてるし、目の前を歩く二人は秋の国体の話をしている。
     私は意を決して「あ、あの!」と声を張った。深津先輩と河田先輩が足を止めて、こちらを振り返る。

    「深津先輩、今年もお盆はバスケ部……がっつり練習なんでしょーか……?」

     一瞬シン、となった空間に栄治が「はあ?」と私の顔を覗き込んできたが、今はとりあえずスルーしておく。栄治をぐいっと押し退けて私は深津先輩に一歩、歩み寄る。それでも深津先輩は動じることなく、やっぱり無表情で私を見下ろす。

    「8月14日——夕方前に練習終わるのは、可能でしょう……か?」

     なんだか一世一代の告白でもしている気分だ。この類の緊張感は、当日の花火大会まで温存しておかないといけなかったはずなのに……。

    「盆?ああー多分……夕方前には終わるぴょん」
    「なんだ、名字。なんかあるんだが?」
    「あ、あの実は……男鹿おがの、花火に行きたいなーと、思ってまして……」
    「おお、俺の実家があるとこか。小さい頃はよく見に行ったな」
    「そうなんですか?!」
    「おぅ。もしよければ親に頼んで送迎してもらうべ。行ける人たちで行ってもいいんでねーが?」
    「え!!ぜひっ!!お願いしたいです!!」

    「ね、栄治!」と栄治を見ればぎょっとした彼が心底嫌そうに「ええ……」と顔を歪めた。

    「沢北は強制参加だぴょん」
    「えー!!深津さんも行くんすか?!」
    「当たり前だぴょん。花火好きぴょん」

     ——え、待って。ふと我に返って、思い直す。バスケ部も来るの?え、え……ええーーーー!!これ公開プロポーズならぬ、公開処刑じゃん!!






     —


     八月十四日——時刻は、19:30を刺している。河田先輩のご両親の計らいで、特等席を確保することが出来た。どうやら河田家族はこの花火大会に通い慣れているらしく、迎えに能代までマイクロバスを借りて来て登場した河田父に私は開いた口が塞がらなかった。
     すでに会場に入り場所取りと準備をしてくれていた河田母。芝生の上には大きなレジャーシートが広げられていて、河田母の手料理のお弁当たちが並ぶ。そばにあったでっかいクーラーボックスの中を栄治と一緒になって覗いてみれば、ありとあらゆるドリンクが入っていた。

     結局、ここに今いるメンバーを紹介させていただきますと……。
     河田兄弟に河田両親。深津先輩、野辺先輩に、一ノ倉先輩。あとは松本先輩、栄治、私……に、まさかの栄治の両親。
     なにこのメンツ、と言いたくなるくらいに謎な組み合わせだ……いや、私だけが部外者って感じなだけ、なんだけどさ。
     帰りは、河田母がマイクロバスを運転して能代まで私たちを送ってくれるらしく、河田父と栄治パパはすでに缶ビール三本目に突入しようとしている。
     河田父と栄治パパは頭に『SANNOH』のタオルを巻いていたこともあって、有名な選手ばかり集まるこの空間に気付いたバスケ好きの秋田県民たちが、何人か声をかけてきてくれた。
     礼儀が正しいと謳っている山王工業バスケ部であるからして、みな100点満点の愛想を振りまいていてぎょっとする反面、感心もする。

    「今年は惜しかったねー」
    「まさか名も知れない高校に負けるなんてねー」

     と、見ず知らずの人達からの愛のある説教にも似た労いの声に、しっかりと丁寧に対応していた山工バスケ部メンバー。それでも最後は「本当にいい試合だったよ」や「負けたとき号泣しちゃった」という山工の負けを惜しむ秋田県民に何だか感動すらしてしまった。
     いや、私も一生分の涙を使い果たしたけどさ?わかるよ?残念だった、惜しかった。でも——、一番悔しいと思っているのは、今ここにいるメンバーなわけだから私なんかがそう易々と、言葉をかけれるわけもなく試合が終わったあとも、たいして労いの言葉をかけてあげることが出来なかった。だからそうやって、深い意味なく気軽に声をかけてきてくれる人達を、すこしだけ羨ましくも思った。


    『——お盆は、ご先祖様や亡くなった人達が苦しむ事なく成仏してくれるようにと、私達が報恩の供養をするときです』

     気が付けば会場内に男性MCの声が流れはじめていて、いよいよ花火の打ち上げ間際という段階だった。

    『三本の火柱が三度あがり、大大が三度鳴り響きます。皆様、手を合わせてください』

     ——ドーン、ドーン、ドーン。
     夜空に三本の火柱が高々と打ちあがり、周りを見渡せば夜空を仰ぎ見ながら各々に手を合わせている。

    『お待たせ致しました。第19回男鹿おが日本海花火スタートします!』

     パチパチパチ……と拍手が鳴る中、男性MCの開催宣言と音楽が流れたあと綺麗な花火がお盆の夜空を彩りはじめた。


    「ねえ、名前ちゃん」

     花火とBGMが奏でられているなか、河田母が不意に私に耳打ちしてきた。花火が始まるまでの間に軽く自己紹介をさせてもらってはいたのだが思いがけず、名前で呼ばれて何だか嬉しかった。

    「はいっ」
    「楽しい?」
    「はい、とっても。すごくきれいですね、男鹿の花火」
    「そうでしょう、まさか息子二人と見れるなんて思ってなかったから嬉しいの」
    「そうですよね、山工に入ったらバスケバスケで家族でゆっくり過ごすなんて、なかなか出来ないですもんね」

     そう言ったあと、チラと河田兄弟のほうに目を向けてみれば河田先輩のお母さんもそれにつられて視線を家族のほうへと向ける。河田父が一番前で缶ビールを呷りながら、花火を堪能している。両脇には息子二人を挟んでいてその顔はとっても幸せそうだ。

    「提案してくれたの、名前ちゃんなんだってね。本当にありがとうね」

     私は視線を河田先輩のお母さんに戻す。河田母は少し目を潤ませていた。そうしてニコッと綺麗に笑う。なぜか言葉が出て来ず私はそんな事ないです、と言うように首をブンブンと横に振った。

    「……名前ちゃん、沢北くんが好きなんでしょ?」

     そっと手を添えて耳打ちしてきた河田母にぎょっとしてバッと河田母を見るとくすくす笑られて赤面するしかなかった。暗がりでも花火の光りで照らされた私の頬の色はそうとう赤かっただろうし、これでは言葉で返さなくても「はい、そうです」と、言っているようなものだ。

    「さっきから、仲良く夫婦めおと漫才でもしてるような雰囲気の二人を見て私、わかっちゃった」
    「キャー!やめてくださいっ!」
    「照れちゃってー、いいわね高校生って若くて」
    「……まさか、栄治の親まで来ると思わなかったから緊張してるんですよ」

     コソコソと河田先輩のお母さんに耳打ちし返すと、やっぱり河田母は楽し気に笑っていた。
     そのとき不意に「名前」と栄治から声をかけられて、声のする方に反射的に顔を向ける。

    「トイレ行きたい、一緒に行こうぜ」
    「えー、一人で並んで来なよ。私、花火見たい」
    「いーじゃん、いーじゃん。ホラ、行こ?」

     すっと立ち上がった栄治をじっと見上げている私の背中をポンと叩いたのは言わずもがな河田母だった。「頑張って」なんて口パクで言われて、もはや、今日ここで公開告白するんです、なんて言えなくなってしまった。


     —


    「すっごい行列じゃん。せっかくいい場所取ってもらったのに、もったいないよ」

     特にトイレをしたかった訳ではない私は栄治の横でこのように文句を垂れる始末。それでも栄治は花火のあがる方角に体を向けて綺麗な顔をして夜空を見上げていた。——かっこよくて何だか、ムカついてくる。

    「音楽と融合してんのすげーよなぁ、都会は無音なんだよ」
    「え?そうなんだ。へー、知らなかった」
    「その分周りの歓声とか拍手が鮮明に聞こえる」
    「ああ……そうだよね、それもいいね」
    「今度、一緒に見に行く?」
    「え——、」

     ドーン、ドーン。と花火の音とBGMが心臓にやたらと響く。私よりも頭上高くにある栄治の顔を見上げる。花火の光りが栄治の横顔を照らす。
     ......一緒に、って。なに言ってんの、あんたはもうすぐアメリカ行っちゃうくせしてさ。なんで出来ない約束なんかするの。ああ、残酷だ。


    『ここからは花火に想いを託し、メッセージを添えて打ち上げます。五組のメッセージ花火です』

     今度は女性MCの声でプログラムが読まれ栄治の顔を照らしていた花火の光りが一瞬消えた事で栄治の顔が今どんなふうなのかは確認することができなかった。

    『ご主人から奥様へ送るメッセージ。
     今年で出会ってから10年になりますね——』

     一通目のメッセージが読み進められ、トイレの順番も気付けばあと、二組となっていた。栄治は花火のほうに向けていた体を正面に向き直して、トイレ待ちを退屈そうにしている。その間に一つのメッセージが読み終わり、ドーンと一発大きな花火があがった。
     三つ目のメッセージ花火が終わる頃トイレから出てきた栄治が「めっちゃ仮設トイレ暑かった」と顔を歪ませながら出てきた。
     自然と肩を並べてみんなのところへ戻る最中、なぜか不意に栄治に手を握られた。思わずビクンと肩を揺らしてしまう。

    「早く戻らねーと、また河田さんたちから揶揄われる」

     ハハ、と浅く笑う栄治を置き去りに、私は強く握りしめられた手に意識がいってしまって、困惑するばかり。人の往来がすごいからというだけの理由で見失わないようにと無意識に出た行動なのかもしれないけれど、どうしよう——。期待してしまう。

    「ねえ、栄治……」
    「んー」
    「栄治ってさ……好きな子、いるの?」

     私の手を引いて先を歩く栄治がチラと振り向いたのが雰囲気で伝わって来る。それでも私は足元を見ているばかりで、顔をあげることは出来ないけれど。


    「——いるよ。」


     ドーン……。四つ目のメッセージ花火があがる音に掻き消された栄治の声。それでも私にははっきりと聞こえていた。『いるよ』と言う返事が。
     ……どうしよう、次のラストのメッセージが、私の恋文であることは確かだ。このまま、聞こえないふりをしようか。
     知らなかった。栄治、好きな子……いたんだ。なんで気付かなかったんだろう、あんなに、側にいたのに。ずっと栄治だけを見てきたのにな——


    『秋田県立山王工業高校教職員一同様から、山王工業高校の生徒さんたちに送るメッセージです』

     最後のメッセージと思わしき女性MCの声が流れたのと同時くらいに私と栄治も元いた山王工業メンバーのところへと戻って来ることが出来た。河田父の姿が見えたとき——自然と離された手の温もりが外気にさらされて、少し冷たく感じた。
     でも冷たいと感じたのは外気でも何でもなくて遠回しに、振られたと思えるような栄治の言葉を聞いたからだと思う。

    「栄治、山王工業の教師一同からだってさ」

     靴を脱いでレジャーシートに座ったとき栄治のお父さんが、少しほろ酔いで栄治にそう言った。どうやら私のメッセージが読まれる事はなさそうだ。どんなシステムなのか知らないけれど何通か予備を設けているのかもしれない。当選結果の連絡がきた時は興奮してたし「読まれない可能性もあります」とか何とか、注意事項を言われたのを聞き逃したのかもしれないな。
     でもよかった。さっきあんな事を聞いたあとに私のメッセージなんかが読まれたら、それこそ、公開処刑だった。
     ふうと胸を撫でおろした私に、河田母が新しい500mlの飲み物を差し出してくれる。

    「あっ。ありがとうございます……」
    「トイレ行列、すごかったでしょー。でも花火は二人で一緒に見れた?」
    「はい、並んでる位置からでも綺麗に見れましたよ」
    「そう、よかった」

     何も知らず笑顔を向けて来る河田先輩のお母さんに、何だか居たたまれない気持ちになる。せっかく背中を押してくれたのに。まさか、さっそく失恋することになったなんて。とても言えない。


    『こつこつと努力を重ねれば成功に繋がるという意味の雨垂れ石を穿つ。自然豊かな、白神山地の望める地に立つ山王工業高校。略称は山工。その山王工業高校は統合校となり山王工業高校の名は積み上げてきた109年の歴史に幕を下ろすこととなりました』

     ここで、我が校へのメッセージが流れるという事は少なからずメッセージを寄せた先生方も会場にいて、もちろん私たち以外の生徒もこの花火を観に来ているのだろう。
     この花火大会、毎年約二万人が集まると言われていたので先生や友人を見つけるのはやや難しいミッションかもしれないけれど。

    『これまで素晴らしい生徒たちを送り出し卒業生たちは能代市は元よりみんな世界各地で活躍しています。山王工業の在校生の皆さん、今年度は109年の歴史を結ぶとき。あと七ヶ月と短い時間ですがそれぞれ目標を持って山王工業での生活を精一杯楽しんでください。皆さんが真摯に学び、武道やスポーツに打ち込み、時に喧嘩をして恋をして社会性を学んでいく様、私たち教職員一同、心から応援しています。山王工業在校生の皆さんのそれぞれの目標達成と幸せを願い、花火を送ります』

     ドーン。ドーン。パラパラ……
     大輪の花火が夜空へ打ちあがり、綺麗に散っていく。ふと真横に座っている栄治を横目に見ればそれはそれは誇らしげに散りゆく花火を見上げていた。——栄治、あんたは山王工業の誇りだよ。

    『——以上、五件のメッセージ花火をお届けしました。今年の男鹿おが日本海花火、テーマは、〜君の笑顔が世界を照らす〜今日ご紹介しましたメッセージ花火は愛する人達への感謝を共に普通に暮らせる喜びを、届けてくれました』

     男性MCの声を聞きながら深津先輩は河田母の握ったおにぎりを頬張っている。栄治も、お腹が空いたらしく深津先輩が余分に持っていたおにぎりを奪い取りぎゃーぎゃーと口喧嘩をしていた。いつも通りの見慣れた光景だ。

    『最後にここでもう一通だけ——彼女から同級生の彼に当てたメッセージを紹介します。打ち上げるのは、十号玉』

     そう説明した、男性MCの声の後、すこし間が開いて、今度は女性MCの声が会場に響き渡る。


    『栄治へ——。』


     え——。

    『去年も一緒にみる事が出来なかった花火大会。今年は一緒に花火を見る事が出来て本当に幸せ。いつもバスケットにひた向きな栄治が、大好きです。またいつか、一緒に花火が見れたらいいな。もうすぐ栄治はアメリカに旅立ってしまうけれど最後に私の気持ちを伝えます。入学したときからずっと栄治の事が好きでした。これからもずっと離れた地から栄治を想い続けます。名前』

     女性MCがメッセージを読み終わると、一気に私に視線が注がれる現場。
     馬鹿でかいレジャーシートの中、急に気まずくなって私は顔を俯かせる。栄治がおにぎりを頬張ったままこちらを見ている気配が目の端に映る。


    『……すみません、打ち上げを止めて下さい』

     ザワザワとした会場内に男性MCの声が響く。私はドクドクと止まぬ心臓の音を抑えるのに必死だった。——何で十号玉の花火あがんないの?!早く、この気まずい雰囲気を、打ちのめしてもらわないと……!!

    『会場にいらっしゃる栄治さん。いま、あなたの携帯電話のマナーモードを、解除してください。僕は、あなたの携帯電話番号をあなたの友人から聞き出しています。今から電話します』

     途端にシン、となる会場。私に向けられていたはずの視線が一斉に栄治に向く。私もそれに合わせて、ゆっくりと栄治の方へと顔をあげた。

    「……沢北のことだぴょん」
    「んだんだ。おめーしかいねーべ」
    「……え、栄治!マナーモード解除しなさい!」

     深津先輩、河田先輩、続いて栄治のお母さんの言葉に周りにいた私たち以外の観客が異変に気付き、途端に辺りがざわつきはじめた。
     え……友人から番号を聞いたって……この中に確実に犯人いるじゃんか!

    「へ?!ま、待ってよ——お、俺?!」

     栄治は口に含んでいたおにぎりを飲み込み反射的にか手に持っていた食べかけのおにぎりを目の前に座る深津先輩に持たせた。そしてすぐに後ろのポケットから携帯を取り出してマナーモードを解除しはじめる。こういうとこ素直で可愛いなと思う。

    「解除した!」

     わざわざ実況しなくてもいいのに栄治がそう声を張ってしまった事で辺りの観客がやっぱり主人公はこの人だと決定づける事態となってしまい、暗闇からいくつかの指笛なんかが聞こえてきた。

    「逆に目立ってるぴょん」

     そう呆れ口調で言った深津先輩の言葉のあと、突如、栄治の携帯がタンッタッタッターン♪と、場に似つかわしくない軽快な音を上げる。

    『もしもし。——出た!栄治さん?』

     会場にはマイクを通じて男性MCの声がこだまする。隣からは「はい」とか何とか動揺しながらも行儀よく返事をする栄治の姿。彼はあぐらをかいていたのにいつのまにか正座になっていた。

    『いま、名前さんからのメッセージを聞いて男として、何か言うことはないですか?』
    「え、……」
    『——あるでしょ?じゃあ今からマイクを持ってあなたのところへ行きますね』

     辺りが歓声で包まれる。『では——その場所に向かいたいと思います』と言うMCの言葉を聞き捨てて私はじっと栄治を凝視する。ふうと溜め息をついた栄治はとりあえず携帯の通話を切った。周りにいた観客からの野次を受けて栄治は苦笑いを返している。

    『名前さんから、あなたはアメリカに行ってしまうけれど、ずっと好きでした。ずっとあなたを想い続けますと、そんな話を頂きました。——どこだ、どこだろう……お!栄治くん見つけました!』

     周りの観客がここだ、ここだと誘導してくれたお陰で無事に発見できたらしく男性MCとスタッフ数名が赤いランプの付いた誘導灯を振りながら私たちのレジャーシートのほうへと歩いてくる。

    『お立ち台を持ってきましたよー!』

     その言葉になぜか、会場からは拍手が起こる。困惑しているは私と栄治だけ。他のメンバーは、揶揄っているのか、楽しそうに笑っている。深津先輩に「立つぴょん」と促され、思わず反射的に私と栄治が立ちあがると、更に周りの観客からの拍手の勢いが増した。

    『はい、では名前さんはこっち、栄治くんはこっちね』

     スタッフと男性MCの指示により、私と栄治が用意された簡易的なお立ち台の上へとあがる。
     インターハイで頂点を勝ち取れず、お立ち台に上がれなかった相手に対して私はどんな追い討ちをかけているんだろうと若干、後悔の念に押しつぶされそうになる。
     スタッフが私と栄治にライトを当てるので会場の視線を一気に総なめする羽目になり、膝がガクガクと震えた。それでも目の前に立つ栄治は相変わらず凛としていてこんなときですら頼りになるなぁと惚れ直してしまう始末。惚れた弱みとは、まさにこのこと。

    『じゃあ言おう。栄治くん、言うことあるよね』

     男性MCが栄治に向けてそう言ったあと持っていたもう一つのマイクを栄治に差し出す。それを迷うことなく受け取った栄治に私は目を見開く。え——この場ではっきりフラれるの?え、だから公開処刑じゃんって!それ!


    「名前——。」

     栄治が真っ直ぐに私の名をマイクに向けて呼んだとき、ざわついていた辺りの声や音がシン、と静まり返った。まるで、試合中にフリースローを打つ瞬間みたいに——。

    「ありがとう、とても感動しました。山王工業に入ってずっとバスケに明け暮れていた日々の中、名前の存在は俺にとっては欠かせないものでした」

     言いよどむことも、言葉に詰まることもなく、淡々と作文でも読むみたいに言葉を繋げる栄治は素直に、純粋に、かっこよかった。
     このままバッサリとフラれてもいい。そう思ってしまうくらいに栄治は真っ直ぐで男らしくて。思いがけず、目頭が熱くなる。

    「俺はもうすぐアメリカに行くけど、必ずビッグになってみせます。もしも俺を側で支えてくれるのであれば、名前のタイミングで構わないから——」
    「……」
    「アメリカについてきてください。俺はいつまででも、ずっと待ってる」

     ひゅー!という歓声や拍手、指笛が鳴り響く中栄治からマイクを預かった男性MCが今度は私にそのマイクを差し出してくる。

    『名前さん。アメリカに来てくださいと栄治くんが言いました。返事は?』

     またもシンとなる空間に私はゴクンと唾を飲み込んで、そのマイクをそっと受け取り栄治がしてくれているように、私も彼を真っ直ぐに見据えて言った。


    「……行く。必ず、会いに行くよ——。」

     静まり返っていた会場内に広がる歓声が、今日イチ大きいものとなり男性MCが『おめでとう!それでは二人への花火があがります!あがれ〜』と言うと十号玉一発ではなく何発もの花火が夜空を彩った。それに合わせて綺麗な曲調のメロディーも一緒に流れてきた。


     ♪誰もが胸に夢を抱いている
     いろんな色の花が咲くように
     その輝きは世界を照らす
     さあゆこう自分を信じてみて

     君の願いに 君の夢がある
     だから伝えて その想いを
     夜空に輝く星のように
     君の願いが 君の世界を輝かす
     A dream…♪


     一斉に全員の視線は、花火が打ち上がる夜空に向けられ、私もそれにつられるように栄治に背を向けて花火を見上げると不意に後ろから頭の上に手を乗せられた。犯人はもちろん栄治で私が振り向けば、長身の彼が目を細めて微笑んでいた。


     ♪海に迷えば星を探せばいい
     そうして船は進んでゆくの
     その輝きは世界を照らして
     望む場所へと導いてくの

     心開いて 空を見上げて
     君の光を見つけ出そう
     夜空に輝く星のように
     君の願いが 心輝かす
     未来へと A dream

     君の願いに君の夢がある
     だから伝えてその想いを
     夜空に輝く星のように
     君の願いがこの世界中を
     輝かす A dream…
     A dream…♪


     花火とBGMの音楽に混じるように「いいぞーいいぞーエイジー!!」と栄治パパと河田父が、肩を組んで叫んでいる。

    『名前さん、栄治くんおめでとーう!!』
     というMCの声——さっき会場にいる栄治さん、≠ニ言ったあの緊張感を思い浮かべたとき、夏の温度を宿した大きな手が、ふわりと私の体を抱き寄せる。
     花火が打ちあがる衝撃と共に彼の鼓動が伝わってきて首の裏にうっすらと汗をかいた。頭をかがめた栄治のくちびるが、そっと近づいてくる。

     ——もう、友だちには戻れない。
     その瞬間、背伸びをしながら、そう実感した。

     今日のことは一生忘れない。一瞬のきらめきも永遠の宝物だね——。










     大輪の コーラス を奏でて。



    (栄治、みんな……見てるよ?)
    (へーきへーき。みんな花火見てっから)
    (ほんと、そーいうとこ。あんたなら必ずビッグになるよ)
    (ああ——、知ってる。)


    ※『君の願いが世界を輝かす/MISIA』を題材に。

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