春休みが明け高校三年生に進級した。私は春休みの間に、一大決心をする。それは……次に三井くんを見掛けたら電話番号を交換しようと声をかけることだ。

けれど新学期早々、そう決意した思いも虚しく、新入生のヤバそうなヤンキーと同級生のバスケ部キャプテンの赤木くんが体育館で謎の勝負をしたり、密かに片思いしていた三井くんがとうとう、がっつりグレちゃったらしく、二年生の生意気なバスケ部員をボッコボコにしたという事件が発生したため、電話番号を交換するどころの騒ぎではなくなったのだ。


一年生の問題児にして、有名人の桜木花道やその仲間、桜木軍団とやらの出現により、一気に湘北高校は不良高校と周りから呼ばれるようにもなったけど、私の周りは至って平和だった。

私の想い人、三井寿が体育館に乗り込んだとかいう噂も立ったが、そんな噂を一瞬でもみ消しちゃうみたいに三井くんが爽やかスポーツ少年に更生したのは、新学期が明けて約一ヶ月半、五月中旬のことだった。


「名前!?イメチェンしたのかよ!?似合ってる似合ってる、良いじゃん!!」

週明け、みょうじは手放しで私のイメチェンを褒めてくれた。私も心機一転のために髪を染めてみたのだ。

「夏休み終了までの、限定カラーだけどね!それ以降はやっぱ黒髪に戻そうと思ってるけど」
「俺も、どこかのタイミングで直さないとなー。受験生だしな、俺ら」
「そうそう。なんか今は……気分変えたくてさ」
「三年になってまで染めてるのって、たぶん、俺たち以外は、ほとんどいないもんな!」

みょうじは笑いながら私の肩をパンパンと叩いた。幸運なことに、またみょうじとは同じクラスになれた。その上、絶賛片思い中の三井くんとも同じクラスという、なんともミラクルな事態が起きてしまった。

そしてもうひとつ驚いたことは、髪をばっさり切って教室に入って来た三井くんは他のクラスメイト同様、口をあんぐりと開けている私を見つけるなり、近寄って来て言ったのだ。

「また、同じクラスなんだな」
「う、うん。もう一ヶ月以上経ってるけどね?」
「わりぃ。学校ろくに来てなかったから分かんなかったぜ」
「でしょーね……」
「……名字、よろしくな。」
「——う、うん……お手柔らかにお願いします」

その私の言葉に三井くんはふはっと笑っていた。そのまま自席に戻って行く彼の後ろ姿を見ていてこれは……これは……、いけるかもしれない、なんて思った。いや、なにがって感じだけど。


三年三組の担任になった男性教師は私の髪色を見て嫌悪感を露わにした。そのくせ、みょうじには親しげに話しかけたりしている。正直、気分は良くなかった。贔屓すんなしって。別にいいけど。

だが、嬉しい事もあった。黒板に視線を向けるとその手前に三井くんがいるのだ。しかも長髪マイルドヤンキーから、短髪バカクソイケメンに転生した、三井寿が。

次の席替えがあるまで私はずっと三井くんを見ていられる。担任に目を付けられるのなんて、どうってことない。だって、こんな嬉しいことは無かったから。

そして、彼が更生してから新たな目標もできた。それは、三井くんから電話番号を聞くミッションよりもハードルが高い。

そう、告白をするということだ。
告白は一日でも早くすべきだと思った。こんな状態で勉強なんて、手に付くはずがなかったから。

だって……、心臓が持たないもの。








六月下旬、私は意を決して三井くんにメールを送った。もちろん彼の番号なんか知る由もなかったので、そこは早急にみょうじに頼んで教えてもらった。ジュース一本で好きな人の連絡先を入手できるなら、こんなの安いもんだ。

春休みの間に、電話番号を交換すると一大決心をしたくせに、自分でも自分のことを現金なやつだなぁと思ったりする。でも無事にゲットできたのだから、もうそこはどうでもいい。


バスケで有名な陵南との試合に勝って無事にインターハイへのチケットを獲得した湘北バスケ部。

はじめは『試合お疲れ様でした。インターハイ頑張ってね』くらいの軽い内容からにしようかとも思ったのだが、レスがなくては話しにならない。

なんとか返事を返さなければならない流れに持っていかなくてはいけないのだ。そこで考えあぐねて打ったメールの文章は……。


 ――――――――――――――――
  
  🕑 7/4 20:07
  FROM 名字 名前
  件名
  本文

  名字 名前です。
  みょうじからメルアド聞きました。
  陵南との試合お疲れ様でした。
  インターハイも頑張ってね!

  そして突然で申し訳ないんだけど…
  明日の放課後、体育館の裏で
  話があります。
  よければ来てください。

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告白当日、放課後を迎えるまで何度か三井くんに視線を送った。だが、一度も目が合うことは無かった。悲しい。だって彼……授業中は相変わらず寝てるんだもの。

……ああ、たぶん私はフラれるだろう。……でももしかして。なんて、心のどこかでは思っている自分もいる。

そう思うのにはちゃんと理由があった。だって、彼がバスケ部に復帰してからというものほぼ毎日練習の見学に出向いたし、試合に行ける日は全部応援に行った。

それは例の桜木軍団や赤木くんの妹の晴子ちゃんたちのお陰も大いにある。彼女、彼らはとっても人懐っこくてすぐに打ち解けることが出来たからだ。

その中でも水戸くんって桜木花道の右腕みたいな子が理解力のある子で高校生とは思えぬ落ち着きようで、今では同級生のみょうじよりも深い話が出来る仲かも知れない。

深い話と行っても一方的に話す私の側でただ微笑んで聞いてくれてるってだけかもしれないけど。


そして……とうとう
運命の放課後がやってきた。


「ごっ、ごめんね、時間作ってもらっちゃって」
「い、いや……いーけど。 で、なんの用だ?」

そう聞かれてすぐに次の言葉が出なかった。三井くんはきっと私が何を言うか想像が付いていると思う。

だが、その言葉を期待しているようには見えなかった。適当なことでも言って逃げ出したい気持ちに駆られる。次の言葉が出ない空白の時間——。校庭や体育館の中からは、部活の掛け声が微かにここまで聞こえてくる。


「な、なんとなく……想像が、付いてるとは思うんだけど……さ?」
「……」
「わ、わたし、三井くんのこと……」

やっとの思いで絞り出した言葉に、一番大事な「好き」というワードは欠けていた事に気付く。ハッとして、言葉を繋げようとした、その瞬間、三井くんがどもりながらも矢継ぎ早に言った。

「も、もし、付き合うとかの、話しって事なら」
「……!」
「おれ、今付き合ってる奴がいて……悪ィ……」
「……。」


——三井寿には、彼女がいた。

フラれることはかなりの確立で覚悟はしていた。だが、彼女がいたのは想定外だった。

私が知っている限りでは、高二の終わりまでは、フリーだったはずなのに。春休み中に何かあったのだろうか……。

もしかして——バスケ部の二年生。
あの、美人マネージャーかな、なんて女子特有の目敏く鋭い勘が脳裏を横切って胸を締め付ける。


「そ、そっか……、ごめんね、部活あるだろうに呼び出しちゃって」
「い、いや、全然……」
「……」
「——じゃ!じゃあ俺……部活、戻っから……」

三井くんはそう言うと、気まずそうに踵を返して体育館へと入って行った。

こうして、私の人生初めての告白は、見事に砕け散ったのだった。








告白した翌日の三時間目。体調が悪いと嘘をついて屋上に行ってみた。ガチャと扉を開けると慌てて何かをさっと隠した、一年生の水戸くんと目が合う。

彼は相手が私だと気付くと、すぐに眉をさげて、後ろに隠した煙草をまた、口元に持っていった。なんとなく、少し距離をあけて、水戸くんの隣に並んでしゃがみ、空を見上げてみる。

雲ひとつない、青空だ。わたあめみたいな真っ白な雲がゆっくりと流れていく。……あーあ、フラれちゃった。わかってたけどさ、はぁ。悲しい。


「——どうした名前さん、元気ねーじゃん」

水戸くんが明るく声を掛けてきた。昨日はもちろんのこと、バスケ部の部活見学に出向く気分にはなれず、そのまま帰宅した。

思い返せば、そもそも陵南戦を応援しに行った日から体育館に足を運んでいなかったので水戸くんと話すのは、先週行われた陵南戦以来だ。実に、一週間ぶりくらいになる。

「いやまあ、その、なんて言うか……」
「何だ何だー?もしかして誰かにフラれたりしたクチ?」

一発目からまさかの正解でどうする事も出来ず下を向いたまま答えられないでいると水戸くんは地面に煙草を押し付けてから優しい声色で言った。

「あーあ、当たっちゃったかー。ごめん……」
「……っ、」

水戸くんがこういう優しい一面も持っていることは、もう知っている。あと——たぶん気付かれてた。三井くんを取り巻く中で水戸くんにだけは。私が、三井くんを好きだってことが。


「……誰にも、言わない?」
「うん」
「ほんと?」
「ああ」
「なら……、聞いて欲しい」
「オッケー、分かった。じゃあ……放課後にでも聞かせてくれよ」
「え——、」

私が勢いよく顔をあげると、水戸くんはへらっと笑って立ちあがり、優しく私の肩を二度叩いた。そのまま屋上をあとにする彼の背中を見送る。

私は二日連続で放課後の体育館の裏で告白をする羽目になったのだった。






放課後、バスケ部員には気づかれないようにコソコソ体育館の裏を目指す。まだ、水戸くんたちは来ていなかったらしく私は携帯を取り出しそれをいじって待っていると、しばらくして水戸くんがやってきた。

「名前さんっ」
「……あ、水戸くん」

私はその声に顔をあげて、携帯をスカートのポケットへと仕舞いこむ。

「昼間は悪かったね……で?フラれたって、告白でもしたのか?」
「あー......昨日ね。今と同じ時間、同じ場所で」
「……そっかァ。でも勇気あるじゃん、直接告白するなんて」

やっぱり……。水戸くんは私が誰に告白したかを知っているんだ。

水戸くんは壁に背を預けて両手を学ランのズボンのポケットへと収めた。

「いや、迷ったんだよね。メールで、告白しようかなって」
「うん」
「でも、なんとなく……初めての告白は、直接、言いたかったってのがあってさ……」
「初めてなんだ?そっか、頑張ったんだな……。偉いと思うよ、俺は」

水戸くんは自分の足元に視線を落とし「そっか」と繰り返していた。

「まあ……ついでだから言っちゃうけど、てか、分かってたと思うけど」
「ん?」
「——三井くんに、告白したの」

そう言うと、水戸くんは驚いた表情で顔を上げた。なんだか意外な反応だ。

「え……も、もしかして、何か知ってる……?」
「え、あ……、いや……」
「三井くん誰かと付き合ってるらしいんだよね。残念ながら……。」

そう言うと、あからさまに水戸くんは目をそらした。そこで確信する。水戸くんは何か知っているに違いないって。いや、知っているどころか……もしかして……。


「——その相手の子、誰か知ってたり、する?」
「……誰にも言わないって、約束出来る?」

水戸くんは私を見据えてそう言った。なんか緊張とか動揺とか動悸とかで、泣きだしそうな衝動にかられたけれど、ぐっと抑えて私は「も、もちろん」と返した。

「私だって、三井くんにフラれた事は誰にも知られたくないからさ……」
「……確かにそうだよな。じゃあ交換条件ね」
「うん……」
「分かった、話すよ」

水戸くんはヤンキー座りみたいに、その場にしゃがみこんで腰を落とすと一息吐いてからゆっくりと丁寧に話し始めた。

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