恋時雨(3/7)


 さっきのは、いったい何だったんだろう?なんか、すごい嫌な気分だったな。
 三井さんの、彼女か……きれいな人だったな。色が白くて整った顔で手入れの行き届いたきれいな爪。しかもスタイルが良くて。
 取り乱すのが嫌で、咄嗟にあんな態度をとったけど。でもこれが出来ちゃうのが今の私なのだ。もっと取り乱したりしたほうが女の子は可愛いのかな。昔は出来た。どちらかと言えば感情をむき出しにしていたほうだと思う。どっちが正解かは今となればよくわかんないや。
 ……に、しても。なんでこんなに落ち込むの?あー嫌だ、嫌だ。劣等感の固まりみたいに思えてしまう。
 そのとき、携帯が鳴った。画面を見ると相手は彩子だった。私はひとつ溜め息を漏らしてから、その着信を取る。

『もしもし?名前? 今どこにいるのよ?』
「え? 家に帰るところだけど」
『アンタ、まだ9時よ……』
「もう9時だよ!」

 これがいつもの彩子との会話だ。私は何も知らず緩い世間話をしはじめた彩子についさっき起こった出来事を話してみることにした。言い終えて「話、終わりました」と言ったら彩子が、電話の向こうで溜め息を吐いた。

『ふーん、三井先輩に彼女ねぇ……』
「……綺麗な、人だったよ?」
『……ねえ、アンタって今まで誰かと付き合ったことあったかしら?』
「えっ?……ない、けど」
『ええ!?アラサーにもなろうって人がぁ?!』
「だ、だって……」
『まあアンタって何故か昔から男性恐怖症よね』
「すっ、すきな人くらいはいたんだからね?それなりに!」
『はいはい。』

 なぜ私が気まずくならねばならないのか謎だったけど、でも彩子の言う通りアラサーにもなって男性と付き合ったこともないってのは私自身気にしていないかと言えば、そうとも言えない。

『ねえ、アンタ自分の気持ち気づいてる?』
「え……? なにが?」
『アンタは三井先輩に恋してるのよっ』

 ——は? 恋、ですか……?
 え。てか、恋って……なんだっけ?

『ほんとアンタって、仕事はできるのに恋愛には全くだめなんだから〜』
「……悪かったね、ダメで」
『好きじゃなかったらそこまで考え込まないわよっ。三井先輩と出会ったときのことから遡って、よ〜く考えてみなさい?』

 『じゃーねっ♪』と言って勝手に電話を切られてしまった。向こうから掛けてきたくせして。
 出会ったときからって、出会った、とき……。動物病院までタクシー来てくれた親切な人。食事のとき笑いまくってた人。歩くときさりげなく、歩幅を合わしてくれる優しい人。ちょっと、強引だけどすべての優しさがさりげなくて自然な人。ほっと、させてくれる人——。

「……」

 さっきのシーンが浮かんで来て胸がざわめく。あれ、わたし……もしかして、嫉妬してる——?


 『アンタは三井先輩に恋してるのよっ』


 彩子の言葉が心に響いた。彩子……気付いた。気付いちゃった私。でも——所詮、片思いだし。きれいな人に囲まれている、あんな、煌びやかな世界にいる三井さんが、私を選ぶはずがない。

「……あぁ! もうやだ、こういうの!」

 無意識に口に出ていた。そうだ、こういう風に自分をかき回されるのが嫌で、好きとか愛してるとかそういう感情を持たずにここまできたんだ。でも、どうしてだろう……三井さんに関して言えば、すこし違うような気もする。
 気がつけば私は、コンビニで買い物をしながらぼーっと未だに考え込んでいた。じーっと新作のプリンを手に取りそのパッケージを凝視したままで。

「……なぁ、プリン一個に何そんな真剣な顔(ツラ)してんだよ?」

 その声に顔を上げると目の前に三井さんが立っていた。一瞬自分がどうリアクションするべきか考えて、その場で固まる。

「それ、うめぇの?」
「……へっ? あ、あぁ……た、たぶん」

 なんて間の抜けた答え方なんだろう。この人の前ではどうもおかしくなってしまう。
 三井さんは私の手からそれを取って三井さんが持っていたらしいスポーツドリンクと一緒にレジに持って行く。急いで後を追ってお金を渡そうとすると「いらない」とジェスチャーで返される。レジ前でもめてもなんだしと思って、今回は甘えさせてもらうことにした。

「ほらよ。」

 コンビニの外、プリンの入った袋を手渡されて「あ、ありがと」と、お礼を言う。

「あのよ。俺これ飲みてぇから、公園行こうぜ」
「こ、こうえん……?」
「おぅ」

 出し抜けにそう言ったかと思えば軽い足取りで先を歩いて行った彼にとりあえず着いて行く私。公園に辿り着き、ベンチに座りながら三井さんはさっき買ったスポドリを飲んでいる。

「食べねーの?」

 三井さんがそう言うからせっかく買ってもらったしと思い、私は隣でプリンを食べた。三口ほど食べたところで、じっと私を見ていた三井さんが言う。

「ほんと、うまそうに食うよな」

 三井さんは何故か笑ってる。そう……かなぁ。えっ、もしかして食べ方、汚かったかな。油断してた?わたし。なんて、そんなことを思ってたら「味見させろ」と、ひとくち私の手から食べた。突然の出来事に、また固まってしまう。

「……甘めぇ。」

 固まったままの私を気にもせずに、苦り切った顔で、感想を述べる三井さん。さも甘そうに言うその顔を見て甘いもの苦手なのかなって頭の片隅で思ったりした。

「三井さんだってスポドリ、甘いと思うんですけどね」

 軽口を叩いて笑う私を三井さんはまた凝視する。それに気付いて思わずさっと視線を逸らせば横から、まさかの言葉が飛んで来た。

「じゃ、飲んでみるか?」
「……。」

 な、なんか……。声の感じがいつものそれではない雰囲気にどきっとして、私は小さく手を振りながら「いいです大丈夫です、間に合ってます」と、矢継ぎ早に言った。

「あ、そ?」

 すこし目を細めて笑う三井さん。わずかに吊り上げられた口の端が妙に色っぽくて、どきどきと胸が高鳴る。次の瞬間私は三井さんに引き寄せられていて、暖かな感触が唇に触れた。なにが起こったのか把握できず、あわあわ戸惑う私に、もう一度重なる唇。そしてそのまま抱きしめられた。


 *


 急いで店を出た俺は彼女を捜した。あ、電話掛けりゃいいか!と思って着信を鳴らしたが相手は話し中。でも彼女の性格上、あのまま一人で遊びに出かけたりと言うことはないだろうと思った。それに直帰するんだとしたらさっさと家に戻ってしまうような気もした。
 俺は彼女のマンションの方へと足を速める。走ってしまおう、トレーニングがてら一石二鳥だ。
 マンション近くのコンビニを通りがかったとき不意に中に視線を向ければデザートコーナー付近に彼女が居た。俺は息を整えてから店内に入る。ピンポーンピンポーン♪という呼び鈴にも彼女は反応を示さない。俺はスポドリを手に取り背後から彼女のそばに歩いて行く。何……やってんだ?彼女はデザートコーナーの前で、プリンを片手にじーっとそれを凝視していた。俺はそのまま背後から声を掛ける。

「……なぁ、プリン一個に何そんな真剣な顔(ツラ)してんだよ?」

 顔を上げた彼女は惚けたような顔をしている。たとえばきっと人間が宇宙人にでも遭遇したら、こんなツラするんだろーなって感じの反応だ。

「それ、うめぇの?」
「……へっ? あ、あぁ……た、たぶん」

 間の抜けた答え方に笑いながら俺はそれを奪い取ってレジへ向かう。追いかけてきた彼女はまた自分の分を払おうとする。ったく、これくらい構わねーってのに。だから俺はいらないとジェスチャーし、さっさと支払いを済ませた。そしてコンビニの外へ出て彼女を公園に誘いベンチに座って俺は買って来たスポドリを飲んだ。彼女はさっき買ったプリンを横で、おいしそうに食べている。そんなにうめぇのか?その横顔に、思わず笑ってしまう。でも。ほんと、うまそ……。

「味見させろ」

 そう言い彼女の手からプリンを一口奪い取る。

「……甘めぇ。」
「三井さんだってスポドリ、甘いと思うんですけどね」
「じゃ、飲んでみるか?」

 俺が密やかにそう言うと彼女は顔を赤らめながら小さく手を振り「いいです大丈夫です、間に合ってます」って早口で言ってた。その姿にたまらず俺は飲みかけのペットボトルを横に置いて彼女を抱き寄せる。
 ——好きだ。気持ちがあふれてくる。俺はそのまま彼女の唇にそっと触れるだけのキスをした。戸惑って慌てふためいている彼女に、もう一度。そして、そのまま抱きしめた。

「好きだ。俺と付き合ってくれ」

 抱きしめたまま、そうはっきりと伝える。
 俺の腕の中、彼女を見ると顔から首まで真っ赤になっていてそれが妙に可愛らしくて。あまりに年齢とのギャップがありすぎて笑えてしまうほどに、愛おしい——。
 これが本当のコイツなんだな、と思った。きまじめで、なんか抜けてて、照れ屋で。

「返事は?」

 そう聞く俺に彼女は「あ、あの、でも、さっきのあれは…」と小さな声で戸惑いを露わにする。
 あ?……あれ、とは?ああ、さっきの元カノのことか、と思った俺はさっきあったことを全部、嘘偽りなく話した。

「でも、私なんかじゃなくても綺麗な人はたくさんいるし、私より良い人もいるし……。こんなのじゃなくても……」

 ちょっとてんぱっている感じの彼女が言う。惚れた弱みとは怖いもんで何だかそれがめちゃくちゃに可愛らしく見えた。

「こんなのって言い方すんなよ。俺が好きになったヤツなんだぞ」
「……」
「なあ、名前のちゃんとした気持ち、聞かせてくれよ」
「——、」

 三井さんが私を好きだと言ってくれた。つきあって、って……。だれのこと?って思ったけど、ここには私しか居ないし。でもさっきの女の人が脳裏をよぎる。
 それを思い切って口にすれば三井さんはさっきのことは誤解だと、ちゃんと嘘偽りなく説明してくれた。改めて考えてみる自分の気持ち。私も、好きになっていた。三井さんのこと。
 「恋してるんだよ」っていう彩子の言葉が浮かぶ。……いいのかな、言っても。
 私の顔を見つめるいつになく優しい三井さんの瞳がいつからか大好きになっていた。さりげない気遣いがうれしかった。これは私にとって初めての冒険にも値することだった。まじめにきちんと曲がることなく、そうしてきた。高校時代はこう見えても今とは真逆の人種で。でも進路を考えるようになってそれではダメだと気付いたときから真面目に必死に生きてきたのだ。
 色んなことをごちゃごちゃと考えれば戸惑いもあったけれど、私は素直な気持ちを、三井さんに告げた。

「私も……」
「……」
「わたし、三井さんが好き。」

 三井さんはその言葉に嬉しそうに目を細めて、綺麗に微笑み、私もそんな三井さんを真っ直ぐに見つめ返して強く抱きしめ合った。

「大好き……。」

 彼の腕の中、溢れ出る想いが自然と言葉になって私の口から零れ落ちた。


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