「名前ちゃん、最近よく来てるねェ〜」
「えっ?」

急須から湯呑にお茶を注いでいると進路指導室内に備え付けられているソファーに、ドカンと腰を下ろす宮城さんから声を掛けられた。

「もしかして……ついにアルバイトでも雇ったンすか?木暮サン」
「雇ってないよ、名前ちゃんが好きで来てるだけ。」

木暮さんの言葉に宮城さんは「ふーん」と返してその黒い革のソファの背もたれにうな垂れるように背を預けた。

そんな宮城さんの目の前のテーブルに、お茶を置いたとき木暮さんに「こっちにもお願いしていいかな」と声を掛けられので、宮城さんのニタニタと笑っている視線を完全にスルーして、もう一杯熱いお茶を準備しはじめた。もしかしたら、間もなく彼も来るかも知れないと、木暮さんの湯呑ともう一つの湯呑に熱いお茶を注いだ。


土曜日、本日のバスケ部の練習が終わった今、室内には木暮さんと宮城さん、それに私。三井さんは職員室に行ってしまったのか、姿が無かった。

木暮さんも宮城さんもここ、湘北高校の卒業生。私は宮城さんと同い年で母校は翔陽。社会人になってから彩子と知り合うきっかけがあり、いまではこうして湘北の卒業生とも顔なじみになった。

現在の湘北高校バスケ部には一時的にではあるが監督が居らず、こうしてOBが監督やコーチをボランティアで行っているのだ。

使用されていない二部屋あるうちの一部屋の進路指導室を借りて、この面々が集まっていると彩子から聞いた直後から『サポート要員』と自ら勝手に命名して、私は頻繁に顔を出していた。

親戚のおじさんが湘北高校の教師をやっていたので、こうしてスムーズに校舎へ出入りできるのはいいのだけれど……


「なんですか……?」

チラチラと入り口を見やる私の姿を、相変わらずジロジロと見ている宮城さんの視線を感じた私がそう尋ねる。

「名前ちゃんイイヒトでも出来たんじゃないの?」
「なっ!……い、いませんけど」
「えー、隠さなくてもいいのにぃ〜」
「ちょ……っ!」
「三井サンと付き合ってんでしょ?」
「ん、んなわけないでしょ……!」
「えっ!?そーなの?照れなくてもいいのにー」

アハハハと高らかに笑う宮城さんの声が、室内にこだまする。溜まらず木暮さんに助けを求めようと席を見れば、何やらぶつぶつと山積みの書類を眺めながら険しい顔をしていて私の事なんて気にもしていないようだった。

「惚れてんでしょ〜?名前ちゃん。」
「……!?」
「バ〜レバレっ♪」
「み、み、宮城さんには関係ないでしょ!」
「まあ、三井サンは何とも思ってないだろうけどねっ♪」
「うっ……」

なんなんだ、このひとは……気にしている事をズケズケと……!しかし事実だ。反論の余地も無い。三井さんは私のことなんて、本当に何とも思っていないのだと思う。

それでも私から「好きです」と言おうものなら、三井さんは「何をだよ」と返してくるのだろう。そんな光景が目に浮かぶようだ。

そんな事を頭の中で巡らせて居たら、木暮さんが顔を上げてちらっと私を一瞥する。そしてすぐに目の前の書類に視線を落とした。とても私を助けてくれそうにない。

「まあ、これから頑張ったらいーじゃん!俺なーんでも協力しちゃうよ?」
「うう……結構ですぅ」
「ひゃっひゃっひゃー、素直だね〜」
「ど、どこがですか!!」

宮城さんなんかに協力されたら、一日で私の秘めたるハートも木端微塵にされてしまうに決まっている。想い続けるにせよ、失恋するにせよ、勇気を出してアタックするにせよ、全て自分の価値観に従って行動しない限りは後悔するに違いない。

「うるさいぞー宮城。名前ちゃんも。一応ここ進路指導室なんだから騒ぐなよ。」
「「すみません(すんません)」」

突然、木暮さんの柔和で乾いた声にたしなめられた。私は押し黙ったけれど、宮城さんは未だニヤニヤと笑っている。

「宮城、それよりいいのか?こんなとこでゆっくりしてて」
「へっ?」
「桜木がまたやらかしたんだろ?」
「げっ、バレてました?」
「現生徒と喧嘩するなって元キャプテンならちゃんと教育しておけよー」
「言ってんですけどね〜、アイツ頭に血が上ると暴走しちゃってさ……」
「三井だけで済ませられなくなるんじゃないのかそのうち」
「はい、すんません。」

突如はじまるバスケ部にしか分かりえない会話。先ほどまでの穏やかな空気が一変ピンと張り詰めた空気へと変わった。

そしてその空気に気を遣ったのか無意識か、宮城さんがまた先ほどのようなにやついた表情を見せて「まあ、いーじゃねぇスか!」と、クックックと肩を震わせた。

「ん?何がだよ?」
「名前ちゃんが三井さんのオンナになったら木暮サンのお荷物も減るかも知れないしね」
「問題児が増えるだけじゃないのか……」

(え、ガーン。)

「三井サンも、ちィ〜っと息抜きが必要だと思うんだけどなあ〜」
「三井はここの教師目指してるんだぞ?もっと勉強してもらわないといけないんだ。アイツ、学力がなあ……」
「……だって、名前ちゃん。残念だったね〜」

散々いたぶられた挙句、三井さんとは希望がまた薄れて心が疲弊しているけれど仕方ない。うん、仕方ないんだ。

三井さんは忙しくて、やることが多くて、疲れていて、でも休んでいられない身なのだ。だから私はせめて、彼の邪魔にならないようにしなければならない。決して妨げになってはならない。

そもそも彩子と今では友人になったというだけでこうして顔を見に来ること自体許されないのかもしれないけれど。下心を抱いて、ちょくちょくと遊びに来る私なんてお荷物でしかない。木暮さんの言う通りなのだと思う。

しゅん。とした私に木暮さんがお茶を静かに飲んで机に湯呑を置く動作が横目に見えた。机にそれを置いたタイミングと同時に「名前ちゃん」と背筋を伸ばして木暮さんが言う。

「今日はこの後、帰るだけ?」
「え……?」
「もし予定が無いならご飯でもどう?三井と焼き肉屋に行く予定なんだ」
「嫌なら……」
「い……行きます!予定あっても行きますっ!」
「ハハハ。じゃあ、決まりだな」

やったーーーーー!!木暮さんやっぱり優しい!三井さんとご飯っ♪

「なんだよっ!結局一番、息抜きさせてんじゃねーかっ」

俺たちにも焼き肉奢ってくださいよ!と、大仰に抑揚をつけて宮城さんが言う。まるでおもしろくなさそうに悪態を着くその姿はきっと演技なのだろう。宮城さんが、この話題を振ってくれたからこそ、こんな展開を迎える事が出来たのだ。

「まぁー、成就したあかつきにはさ」
「……えっ?」
「俺と花道からも焼き肉ご馳走してあげるよ」
「いや食べる前に無くなりそうなんでいいです」
「言うね〜名前ちゃん!」

それでも私のニヤつきは隠しきれないほどにだらしなく漏れ出ていて、そんな私を見てか宮城さんが目を細めて微かに口角をあげた。

「いいねぇ〜……」
「……なにがですか?」
「恋でそんな顔すんのか。人生でいっちゃん楽しい時だねっ♪」

応援してくれてるのか、茶々入れたいだけなのか宮城さんってたまによくわからない。

「あ〜あ。彩ちゃん元気かな……」
「あ、元気ですよ?何かと忙しくしてるみたい」
「そーなの?じゃあ名前ちゃんは暇人か」
「……すみませんね、暇で。」

ケタケタ笑っている宮城さんを横目に、ぼんやりと彩子のことを考えているとガラ…と、入り口の扉が開いた。


(………あっ、)

——三井さんだった。入って来るなり、私を一瞥して「おぅ、来てたのかよ」と呟く。

あ……新しいスーツだ。かっこいい。つい一週間前の今日も会ったけれど、なんだか疲れてるな。そんな三井さんの様子が痛ましく思えてきて胸がキュウと締め付けられた。

それでも三井さんは隙のない動作で歩いて来て、木暮さんの隣の空いている机では無く、宮城さんの向かい側のソファにゆっくりと腰を下ろした。

「どうだったんだ?」と木暮さんの問いかけに、後頭部を掻きながら「いや…」と曖昧に首を横に振った三井さん。

新しくお茶を用意しようとしたとき「なんか飲みもんねーか?…あ、それでいいわ」とすっかり冷め切ってしまった湯呑を私の手から受け取った。

ちらちらと窓ごしに鳥のさえずりが聞こえてくる。すっかり、春だなぁ……まどろみながら耳を澄ましていると、三井さんが「そういえば、」と口火を切った。

「名前に春が来たのか?」
「はい?」
「イイヒト¥o来たんじゃねーのかよ」

………!?
え、え……えーーーーっ!!?

驚愕で発作のように胸を蝕んだ。パチパチと目を瞬かせながら三井さんを眺めれば「そーかそーか」と、口の端を吊り上げて優雅にお茶を啜っていた。

助けを求めて木暮さんと宮城さんを見るが、二人とも知らん顔をして目を逸らした。むしろそれはありがたい反応ではあるのだけれど。

「さっきちらっとドア越しに聞こえたんだよ」
「えっ……!!!?」
「……あンだよ、違うのか?」

そう言って、その長い両足を豪快にガバッと広げて湯呑を持つ三井さんが、湯呑の飲み口に下唇を付けたまま私を上目遣いで見上げる。

「……ち、ちがい……ますっ!!」
「ふうん……。」

消え入りそうな声で答える私に三井さんは僅かに目を細めて、またお茶をズズッと一口飲んだ。

宮城さんは白々しく欠伸をしているし、木暮さんは急に「あれ?合わないな……」とそばにあった電卓を叩き始めた。しかも私の声はとても上ずっている。これではどう言い繕おうと、嘘であると見破られてしまう。気まずいし、好きな人に嘘をつくのが単純に……辛い。

「……あ、わかった。」

そんな空気を知ってか知らずか、三井さんは出し抜けに言う。

「水戸だろ!ほら、先月会った」
「……」

誰だっけ。……あの老けてる人?桜木くんが「ジイ」って陰で呼んでる…って!そうじゃなくて!

「あいつスカしてっけど、男前だもんなぁ!」

と、三井さんは口角を上げて楽しそうに持っていた湯呑を目の前のテーブルに置き、今度は天井を仰ぎながら椅子に背を預けて両手を頭の後ろに組んで目を細めた。

「あっ! 三井サン、水戸に言っといてくださいよ!」
「あ? なにを。」

宮城さんの言葉に、天井を仰いで楽しそうだった三井さんが、パッと瞬時に宮城さんの方へ顔を向けた。

「アイツまた彩ちゃんにちょっかい出してんだもん!」
「別にいーじゃねーか、昔から水戸は女子みんなにあーだろ。」
「やめてよ!しれっと仲いいんでしょ?水戸と」
「あ?……まあ、飲み行ったりすっケド。」
「近づくなって言っといて!」
「水戸が近づいてんじゃなくて彩子からなんじゃねーのか?」

そんなんありえねぇ!!と、宮城さんは口を尖らせて三井さんに噛み付く。

「それより桜木をなんとかしろよ、OBのくせして目立ち過ぎだろ。すぐ喧嘩ふっかけるし」
「ケッ……、木暮サンにも言われたっつの。」
「ハハッ、有名人ばっかだな!てめーが面倒みてた後輩はよ」
「ほっといてよ!」

……。

私の事を何も思っていない目。私の気持ちに微塵も気づかない目。

それでもいいけど、知ってるけど、そんなの……でも、やっぱり、少しだけ——辛い。


「違います。」

静かに答える私を、宮城さんと三井さんが一斉に見る。三井さんは少し驚いたような眼差しで目を見開いて眺めていた。多分、急にテンションダウンしたからだと思う。自分でもピリピリしてしまっている気がする。気のせいであってほしい。

「……三井、私語は後にしてくれ。再来週の練習試合の件だけど」
「あ……、ああ。」

木暮さんが、助け船を出してくれたので、そこでこの話は打ち切られて助かった。私は彼らに新しくお茶を淹れに行くために部屋を出た。

……動揺してはいけない、感情的になるなんて、最低だ。次は笑って受け流せるようにしておかなければ。


私は職員室内の脇にある給湯室でお湯が沸くのを待っていた。今日は土曜日ということもあって、生徒も休みのため、職員室には2、3人ほどしか先生もいなかったのでとても静かだった。

「名前ちゃん。」

人気の無い通路から突然宮城さんが顔を見せた。

「わっ……!宮城さん、びっくりさせないでくださいよ!」

気配なさすぎでしょ……心臓止まるかと思った。

「俺のお茶はもういいよ、このまま帰るしね」
「そうですか?……わかりました。」

いつも優しくてふざけた宮城さんが、黙っているというだけでかなり怖いのに、しかもまじまじと私を見つめてくる。もう慣れたけど知り合ったばかりなら悲鳴を上げそうだ。目つきが悪いから。

「……あのさぁ、」
「はい…?」
「三井サンのことだけど。」
「……!」
「あれは…」
「…な、なんでしょうか…。」

「名前ちゃんに惚れてるかも知んねーぜ?」


え。


「えっ?」


えぇーーーーーーー!!!!!


「な、な、なんでですかっ!!?」
「なんでって言われてもなぁ……」
「……」
「勘?」

なんだ…勘かぁ。と思いつつも、心臓が、急速に脈を打っている。

宮城さんのインスピレーションに望みを掛けるなんてどうかと思うけれど。でも、なんとなく宮城さんが言うならそんな気が…しないでもないこともないかもしれない。

「あの人の性格で『水戸か』なんて言うと思うぅ?」
「し、知りませんよっ。」
「よっぽど関心があるって事じゃないかと思うんだけどなぁー」

宮城さんはシンクの淵に両手をついて、うーんと唸りながら暗い顔をしている。わざとだ、わざとそんな顔をしているのだ。そーやって本気か冗談かわからなくさせて……。

「たしかに、三井さんはあまり他人に興味がなさそうなのであんな話題は乗らなそうですけど…」
「うーん。けどさ?……俺の言いたいことわかるよね?」
「う……で、でも…そんな……」

そんなこと期待してしまってあとで痛い目見るのは嫌だし……。

「バシッと決めたれぃ!」
「痛った……!」
「そんなモジモジしてたら上手くいくもんもダメになっちゃうでしょ!」

宮城さんはそう笑って私の背中をバシン!と叩いた。瞳が爛々していてヒョウとかチーターみたいな、何かの肉食獣みたい。猫みたいに親しみやすいときもあればいいのに。

私は宮城さんに真っ直ぐな眼差しを向けて、深呼吸してから大きくコクン、と頷いた。それを見た宮城さんがニッと人懐こく笑った。あれ。今度は猫みたいだ。もう、なんでもいいけどさ。

「うまいこといったら教えて? 死ぬほど焼き肉奢ってあげるよ♪」
「……あ、ありがとうございます、」

絶対言いませんけど。でも宮城さんの優しさなんだろうなぁ、なんてことを考えながら彼が去っていく背中を見送った。

「じゃあまた来るんでー」と、職員室にいた先生たちに挨拶したであろう宮城さん声が聞こえて、その後、職員室の扉が開いて宮城さんが出て行った音がした。

嵐のような瞬間だった。お湯が、しゅんしゅんと沸いている。ハッと我に返った私は湯呑にやかんのお湯を注いで湯呑を温めていると今度は、コツコツと足音が通路に響いてくるのが聞こえた。


「名前。」
「……み、三井さん。」

顔を見せたのは、なんと三井さんだった。突然、体にスイッチが入ったみたいに、肌がぴんと緊張するのがわかる。こういうとき、ああ、私はこの人に恋してるんだと改めて気がつく。

彼は給湯室に入ってきて、シンクの淵に軽く腰を預けると両手もシンクの縁に後ろ手で付いた。

「もうすぐお持ちしますから」
「わりーな。」
「いえ……木暮さんは?」
「練習試合の対応で席外した。俺は息抜き。」
「ここでですか?」
「あー、ああ。ここでいい。」

二人でなんとなくしんみりしたみたいに、お湯の湯気を眺めていた。そばにいる三井さんがいつもよりも、ほんの少し近くに感じるのは、給湯室が手狭だからだろう。

だが三井さんが入ってきただけで、空気が変わったみたいに思えるのは気のせいではなくて、例えばお茶の葉の匂い、湯気の熱気、シンクそばの水の動いている気配などが、さっきよりも、ずっと強くなっている。そばにいる三井さんの存在感はもっと。すごく意識してしまう。


「名前」

三井さんは、穏やかに低い声を洩らした。名前を呼ばれたというより、溜め息をこぼしたようにも聞こえた。

「さっきは、その……悪かったな。」
「え……?」
「変なこと聞いただろ。揶揄うつもりは無かったんだけどよ……」
「いえ……」

「大丈夫です、」消え入るような声でそう答えたあと、恥ずかしさがふつふつと沸いてくる。

「宮城……か?」
「えっ!?」
「その……名前の相手って奴は。」
「ないですっ!絶対ないです!!」
「へえ。」
「あ、いや……宮城さんは素敵な人ですけど」

三井さんが、私の返しに笑ってるんじゃないかと思ったけれど、案外真顔だった。

湯気の熱気を吸い込むと、ふわりと三井さんのスーツの香りがした。顎の傷の先の閉ざされた意志の強そうなくちびるを見上げて、視線を落とす。


( 三井さんです。)


心の中でつぶやいた答えにさりげなく気づいてほしい。でも、その途端に顔を見れなくなりそうでこわい。

「別に変な野郎じゃねーなら、いいんだ」
「……」
「よくわかんねー奴とかだと……なんつーか、」
「……」
「少し、気になるからよ……変な目に合わせたくねぇし。」

……やっぱり三井さんって優しいんだなあ。こうして中途半端に自身の母校と関わってくる卒業生でもない私にそんなこと思ってくれるなんて。

「大丈夫ですよ、変な人なんかじゃないです」
「そうか」
「とても素敵な方なので。」

——それで優しくて思慮深くて、寛大で、それでとても鈍い人です。とても。


三井さんがシンクについていた手を放して今度は胸の前で組んだ。

お湯が良いころ合いまで冷めたので、私はそれを急須に注いで湯呑に入れたままのお湯をシンクに流した。お茶の葉の香りが三井さんの気配のあいだに立ち上る。

作業することがあるのは幸いだ、少なくともその間は、心を落ち着かせることができる。

「人の心配ばかりしてないで、三井さんこそどうなんですか?」
「どうって……なにがだよ」

こぽぽぽぽ、と湯呑にお茶を注ぐ。三井さんは、自分の分を受け取ってそれを一口飲んだ。

「三井さんこそ。いい人、いないんですか?」

こぽぽぽぽ。優しい湯気に、目を細める。お茶の鼻腔を通る香りにほっとする。こんな質問をしているときでさえも。

「ああ……。」

彼はすこし曖昧に肯いた。そしてすこし俯いて、言った。

「まあ……気になる相手なら。」


——。

「そうなんですか……うまくいくといいですね」
「……つっても、さっき気づいたばっかなんだけどな」

三井さんは、微かに眉間に皺を寄せた。そのまま視線がゆっくり、私に向けられる。

「……へ?」

こぽぽぽぽ、とお茶を注ぎながら私は、三井さんに見惚れていた。三井さんは目を潜めて、私を見つめている。少ししてから三井さんは湯呑に視線を落とした。

「……バカ! 溢れてんじゃねーか!」
「え。……あっ!」
「離せ! ヤケドすんぞ……!」
「アッ、ツ……!!」
「……ったく。」

湯呑に溢れたお茶が指先を濡らして咄嗟に手をひっこめた。お湯も幾分冷ましたあとだったので、火傷になるほど熱かったわけではないが。三井さんは蛇口をひねってシンクに豪快に水を放ち私の手をぐいっと掴んだ。

「!……」

掴んだ手の指を、冷やしてくれている。指先に、まだ春の始めの気温に冷やされた水道水が掛かっている。じんじんするほどに冷たい。

「あの……」
「しばらくこーしてろ。」

体温がじわ、と上がっているのに。掴まれた手のひらと頬は熱いのに、指先だけ冷えていって変な感じがする。

「あの……ありがとうございます、」

手を掴まれている、それだけのことなのに、体の中枢を握られてしまったみたいに三井さんでいっぱいになってしまう。

嬉しいのだけど、でも、混乱する。おずおずとお礼を言って手を引っ込めようとすると、びくともしなかった。ジャーっと水が流れつづけている。

「……っ!」

三井さんの手……あったかいな。ごつごつしてるけど、傷やささくれがなくてきれい。安心するような手の温度。だけど、あったかいのにゾクゾクしている。

ドキドキする波が引いていくのを待っていると、水道の音の向こうで、三井さんが小さく息を吸う音が聞こえた。


「さっき言ったやつだけどよ……」
「……へ?なんですか」
「——おまえだよ。」
「……、え?」

……それきり三井さんは黙りこんだ。硬く閉ざしたくちびるの横顔が、真面目な顔をして私の指先を見つめている。

……?

何のことを言っているのかよくわからず、やり過ごそうかと考えていたとき。不意に三井さんの言葉を思い出した。



『まあ……気になる相手なら。』



「……」
「……」


宮城さんの声が脳裏をよぎる。



『なんでって言われてもなぁ……勘?』

『名前ちゃんに惚れてるかも知んねーぜ?』



「あの、三井さん……、」

背けられていた顔が、ゆっくりとこちらに向けられる。茶色っぽい瞳と目があったとき、視線が、ドクン、と胸に噴き立った。

がしっと視線が重なったとき、微かに目を細めた三井さんの左の口角がくいっと吊り上がった気がした。

「焼き肉のあと、あれだ。」
「……」
「送ってく。」
「………ハイ。」





—— おまえだよ。



だめ、熱い……。
このまま、私が沸騰してしまいそう……










 宮城さん の言うとおりっ!



三井(つか、アイツの好きな奴誰だったんだ…)
宮城(花道〜三井サンに女出来そうだぜ!)
木暮(はあ、また問題児が増えそうだな……)

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