初恋は爽やかなレモンの味。

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  • 特に赤点ギリギリでもなく、友達もそれなりにいて、そこら辺の子と同じような普通の女子高生を演じていたつもりの高校時代。

    私の通っていた湘北高校は当時、少なからず問題児なんかもいたが、それでも楽しく高校生活を送っていたような気がする。

    最近、ふと思い出した記憶。
    高校二年生のときに、屋上で出くわした一個上の先輩のこと。

    たしか、名前は………
    三井………なんだっけ?
    下の名前は忘れてしまった。

    今日ふとコンビニに立ち寄ったとき、目に入った『ペヤング』。
    それを見て、思い出した高校時代の甘い思い出。





    「先生、お湯もらいまーす」

    保健室の先生にそう言って、ポットからお湯を豪快にペヤングの容器に入れた。モワモワと湯気を立てながら、プラスチックの容器に注がれていく熱湯。

    「おじゃましましたー」
    「ちゃんと午後の授業うけるのよー?」
    「はーい!」

    そう返し、保健室を出て屋上へと向かう。昨日の帰り、同じクラスの宮城の部活を見学に行った。特に理由はない。なんか暇だったから。

    部活を終えた宮城と校内を歩いていたとき、湘北の“番長”なんて肩書がついている堀田先輩らと鉢合わせになった。

    その堀田先輩と一緒にいたひとりが宮城に思い切りぶつかってきたのだ。その相手はロン毛の男子生徒だった。

    なんか身長がどーだとか、期待されてるからどーだとか、ぐちゃぐちゃ小言をつかれて、宮城が煽ったおかげで、堀田先輩の舎弟たちに追い掛けられて私まで一緒に全力疾走するハメになった。あー、あれはおもしろかった。

    私は別に不良でもないし、宮城だって生意気な方ではあるけれど不良とまではいかない。だって、部活も真面目にやってるっぽいし。

    ちょっと、ほんのちょっと、
    目立つだけだと思ってた。

    そんな感じの生徒が湘北にはちらほらいる。だからなのか、「湘北は不良高校」なんて周りから言われるのだと思う。


    私はいつも昼休みはひとりで屋上で食べる。友達がいないとかでは決してなくて、昼休みくらいはひとりでのんびりしたかったのだ。

    屋上でペヤングが出来上がるのを待っていると、珍しくガチャリと屋上の古い扉の開く音がした。

    ちらっと入り口を見るとまさかの昨日、同級生の宮城に喧嘩?を売って来たロン毛の男子生徒が入ってきたのだ。

    私の存在に気付いた瞬間、一瞬だけ目を見開いてなぜか舌打ちをされて、そのまま屋上を出て行こうとするものだから、思わず「あの!」と声を掛けた。

    「……あ?」
    「屋上、使います?」
    「……」
    「わたし、これ、食べるだけなんで」

    そう言ってお湯が入ったままのペヤングを翳して言ってみた。

    「お好きに使ってください。屋上。」

    その言葉に、特になんの返答もしなかった彼が、また小さく舌打ちをしたあとに、なぜか私の座っているそばに腰をおろして、あぐらを掻いた。

    「……」
    「……」
    「……何年?」
    「へ?」

    急にボソリと声をかけられたので、拍子抜けした声を出してしまった私を彼が一瞥する。

    「あ、私ですか? 二年です。二年一組。」
    「ふうん……」

    そのまま沈黙が流れてしまったけれど、私は特に気にする素振りも見せずに立ちあがった。
    その私の行動が気になったのか、彼の視線を感じてはいたが、私は気にせず屋上の隅に行って、ペヤングのお湯を捨てた。

    お湯を捨てたことで、フワフワと立ち上る湯気に目を潜めていると、背後からまたボソリと声を掛けられた。

    「そこに捨てんのか……お湯。」
    「へ?」

    私は思わず振り返る。そして、ペヤングに一度視線をもどしてから、また彼のほうを見て答えた。

    「はい、隅なんで。いいかなって」

    そんな私の言葉に、思わずフッと綺麗な顔で笑った彼に、私がギョッとして目を見開くと、すぐにそっぽを向いたロン毛の男子生徒。

    私はお湯を捨てきると、そのまま先ほどよりも距離を縮めて彼の隣へと腰を下ろした。

    「……!?……な、なんだよ。」
    「え?別に?」
    「……」

    私との距離感に驚いたのか、いちいち反応してくる彼がなんだか滑稽だった。

    「……食べます?」
    「は?」
    「ペヤング、半分こですけど。」

    そう言って私が微笑みかけると、見た目に反して彼が「食べる」と言った。


    ふたりで並んで先に私がペヤングを食べているとき、彼から会話を振って来た。

    「昨日、いたよな」
    「あ、はい。校門前のこと言ってますよね?」
    「……ああ」
    「いました、あの生意気なの、同級生です」
    「……男か?」
    「はい? それは……、彼は男性ですか?って質問ですか?」
    「……」
    「それとも、彼は、私の彼氏ですか?って意味ですか?」
    「……その、」
    「ああ、彼氏かって意味ですね」
    「……」
    「違いますよ」

    そう私が速攻で言い切るとロン毛の彼に三分の一を食べきったペヤングを指し出した。それを素直に受け取った彼がズルズルとペヤングを啜った。

    「バスケ部なんですか?」
    「え?」

    しばらくペヤングを無言で食べていたけれど、私の質問に手を止めた彼が私のほうを見る。

    「あの……私、昨日ひまだったんでバスケ部見学行ったんですよ。はじめて見たんですけどね」
    「……」
    「宮城とすれ違ったときバスケは身長がどーのって言ってましたよね。それでそーなのかなって」
    「……」
    「あ、違うなら、なんかすみません。気にしないでください」
    「……」
    「……」
    「恐く……ねーのか?」
    「……はい?」

    急になにを言い出すのかと、また私は拍子抜けした返事を返してしまった。

    「なにが……ですか?」
    「いや、俺のこと……」
    「あー、堀田先輩たちといたから?」
    「……」
    「恐くないですよ?」
    「………え。」
    「だって、」

    そう言って私が彼の顔を覗き込む。突然の出来事に彼は怪訝な表情を見せながら少し身を引いた。

    「瞳がきれいですもん」

    その私の言葉に、口をぽかんと開けて箸を落とした彼に私は逆に「へ?」と聞き返す。

    無言で箸を拾い上げた彼は、すでに空になっていたペヤングの容器にその箸を入れて、それごと私に差し出してきた。

    「ごちそーさん。」

    それだけ言い置くと立ち上がって屋上を出て行こうとする、ほんのりと顔を赤らめた彼の背中に向けて私は言った。

    「また一緒にペヤング食べましょーね!」

    一瞬、足を止めかけたロン毛の彼は、そのまま振り返らず屋上を出て行った。


    そのあと、校内であのロン毛姿の彼を見かけることがなくなり、たまに堀田先輩たちを見ることはあっても、そばにロン毛の人はいなかった。

    すぐに宮城とも席替えで席が離れてしまって、話をする機会も減ってしまったし、私もペヤングばかり食べていて体重が少しばかり増えたのでカップラーメン生活をやめたことと、なんとなく出来てしまった同じ学年の“恋人”という名の青春の風物詩のおかげでお昼休みに屋上に行くこともなくなった。

    ロン毛の先輩とペヤングを食べた、約半年後、同い年の彼氏と、これまたなんとなくお別れしたので久しぶりに今朝コンビニで買って来たペヤングを持って保健室にお湯を拝借しに行った。

    「失礼しまーす」

    そこには、保健室の先生と、丸椅子に腰を下ろして左腕を出している男子生徒の姿。肘を怪我したようで、手当してもらっているようだった。

    「先生、お湯もらうねー」
    「あら、久しぶりね」
    「うん、ダイエットしてました」
    「あら、そう……よし、もういいわよ三井くん」

    そう言って手当をし終わった保健室の先生が立ちあがる。

    「三井くん、そこに名前書いておいてね?」

    そう言い置いて、用事があったのか先生は保健室を出て行った。

    突如、保健室に残される私と手当てを受けた男子生徒。その男子生徒が机の上にあがっていたバインダーに挟まれている用紙に自分の名前を書いているであろうシャーペンの音がキュキュと、室内に響く。

    その頃、お湯を入れ終わった私も、ペヤングに蓋をしたときだった。彼が振り向きざまに低い声で「あ。」と言った。私はその声に釣られて、顔をあげる。

    「……はい?」

    え?なに?と思い、私はじっとこちらを見据える男子生徒に、そう返した。

    「ペヤング……」
    「へ?あ、ああ……はい。売店には売ってないですよ?」
    「……は?」
    「これ、コンビニで買って来たんで」
    「いや、そーじゃなくて……」
    「?」

    私が頭にクエスチョンを浮かべていると、その男子生徒は気まずそうに後頭部に手を添えながら「や、なんでもねえ。悪い」と言い残して、保健室を出て行った。

    不審に思ったが、私はそのままペヤング片手に屋上へと向かった。

    下級生だろうか……
    それにしては大人びている。と、いうことは三年生か。てか、えらいイケメンだったなあ。

    そんなことを考えながら屋上の古いドアを開け放つと、すでに先約がひとりいた。

    さきほど、保健室で出くわした彼であった。彼はすでにあぐらを掻いて座っていて、私の開けたドアの音でこちらを振り返る。

    「……よ。」
    「……? よっ。」

    思わず私はオウム返しをした。そして、なんとなく足がそちらに向いてしまったので、自然に抗うことなく私は彼の隣へと腰を下ろした。

    「三年生ですか?」
    「……あ?」
    「いや、学年。」

    そんな私の質問に、彼は呆気に取られているよな顔をして私を見ている。

    「へ?あ、もしかして一年生……?」
    「いや、三年。」
    「ですよね。」

    そのまま沈黙が流れた。とりあえず、お湯の入ったままのペヤングを地面へと置く。その動作を目で追っていた彼がぽつりとつぶやく。

    「俺のこと、知らね……?」
    「はい?」

    思わず少し前のめりになって私は、彼を見ながら聞き返した。

    新手のナンパですか?急にどんな質問ぶっこんでくるんだ、このイケメン先輩。

    「ここで、食ったぜ。それ」
    「…………、あー!!!!!!」

    私が少し考えたあとに、思い切り彼に指を差して声をあげると、とっさに自分の耳を両手で覆った先輩がギロリと私を睨む。

    「……うっ……せえーな」
    「ああ、ごめんなさい。思い出しました、思い出しました」
    「……」
    「あの、……え。あ、あの……サラサラロン毛の?ひと?」
    「サラサラロン毛言うな……」

    私が驚いて、「へー、あのときのー」と言いながら頷いて感心していると彼がちらりと私を一瞥して、すぐに正面を見ながら小さく舌打ちをした。その仕草で、本格的に私の記憶も合致した。

    「ずっと、来なかっただろ?」
    「え?あ、はい……。」
    「何回か来てみたけどいなかったからよ……」
    「あ、はい。ダイエットしたり、彼氏ができたりお別れしたりと……」
    「……」
    「高校生活エンジョイしてまして」
    「……あっそ。」

    そう呟いて少し唇を尖らせた先輩に、私は閃いてしまった。

    「あのー……」
    「……あ?」
    「私のこと、好きなんでしょーか……?」
    「なっ……!!?」

    一気に赤面して、こちらを見た彼に二ッと笑ってみせたら、目を逸らした彼が言った。

    「好きとかじゃなくてよ………」
    「……?」
    「……なんか、会いたかった。」
    「……え。」

    え。
    え、……ええー。

    なにこれ、このひと無自覚?
    無意識にそんな台詞言ってんの?

    や、やばー。
    え、え……。かっこい……。


    「なあ、」
    「は、はい!?」
    「それ、」

    そう言って私の目の前に置かれていたきっともう伸びきってしまっているペヤングに指を差した。

    「半分くれよ。」


    秋の昼下がり、空は快晴。雲一つない青空をバックにして、二ッと笑った先輩の笑顔に、ノックアウトしたのは私のほう。

    校内に鳴り響いたキーンコーンカーンコーンという予鈴の音が、脳内で天使の吹くトランペットのようにけたたましく鳴り響いた。










     ファンファーレ!



    (おまえ、名前は?俺は三井寿。)
    (……名字です。名字名前。)
    (名前、携帯の番号教えろよ)
    (え、髪切ると陽キャになれるんですかっ…!?)
    (は?)


    ああ、そうそう。思い出した。
    何年も前の、遠い昔の記憶。
    あの一個上の先輩、三井寿は元気だろうか……。

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