「全国目の前まできてんのに、日和ってる奴いるぅ?」
はじまった……。
「いねえよなぁ!!?」
溜め息を吐く俺をよそに、桜木のバカトリオたちと体育館の入り口で、楽しそうにはしゃいでいる彼女の名前は、名字名前。
宮城と彩子の同級生で、しかも奴らとは同じクラスらしい。特に彩子と仲がいいらしく俺がバスケ部に復帰する前からこうしてバスケ部とは顔なじみだったと聞いたのは、俺がバスケ部に復帰して間もなくの頃、部室で、宮城と会話していたときのことだった。
そんな彼女の、いま最も“推し”ている物と言えば
東〇リベンジャーズって漫画と、なぜかこの俺、三井寿らしい。
「絶対王者だからって日和ってる奴……」
―ガンっっ!!―
「痛ったーーーーーッ」
俺と宮城は体育館に響き渡ったその鉄拳の音に、口をあんぐりと開けて、体育館の入り口を見た。そこには彼女、名前の姿と、鉄拳を食らわせた相手、我らがキャプテン、赤木の姿。
頭をさすって涙目になる名前に赤木がごちゃごちゃと怒鳴っているのを眺めている俺に、一緒に入り口を見やっていた宮城が声をかけてくる。
「どースか?」
「あ?」
ポカンと口を開けたまま、俺は首を宮城のほうに向けた。
「名前ちゃんスよ。」
「……は?」
「三井サン推しだしね?良くない?」
「なにが」
「だから、良くない?って」
「……そーいうの、俺よくわかんねーし」
そう言ってまたシュート練習をはじめた俺に宮城は大きく溜め息を吐いた。
「もっとこうさあー高校生活エンジョイしよーゼセンパイ♪」
高校生活をエンジョイ……でも俺、バスケ出来てりゃ楽しいしなあ。そもそも“推し”だか、なんだか知んねーけど、どーせ今だけなんだろーし俺には可愛いとか可愛くないとかマジでわかんねーし。てか、女と話さねーし。彩子とアイツくらいしか話さねーし。学内でも。
しかも、あんなバカトリオと楽しく仲良くやれねーし、そんな社交的じゃねーし……。
でも、あいつって……好きな奴とふたりきりでもあんなテンション高けえのかな。彼氏とかにどんな顔すんだろ。てか、ふたりきりでは帰ったことねーよな。宮城とかと一緒とかはよくあるけど。
つか俺推しって噂だけで本人から聞いたことねーんだよなあ。そんな長時間話したこともねーし。
「……、」
……あれ?
てか俺って、何でアイツのこと下の名前で呼んでんだっけ。ああ、そーだそーだ、彩子のこと呼んでるみたいに呼ばれたいらしいって、宮城から言われて……あれ? あ、れ?
俺、彼女のことなんも知らねーな。でもよくこうして考えてる気がする……。なんでだ?
―
それから約、一週間後。珍しく降った雨のお陰で気温がぐんとさがり、いくらか涼しかった日に、夏休みだってのに今日も相も変わらず、体育館の入り口で騒ぎ散らかしているバカ連中と名前。
「なあ、宮城」
「ハイ?」
夏休み前の、放課後意外にも、彼女と校内ですれ違ったりするたび思っていたことがある。なんかモヤモヤして気持ち悪かったので、宮城にでも、話してみようと口火を切った。
「最近よ、アイツが……」
「ん?名前ちゃん?」
「ああ。なんかよ……目に付く……」
「へ?」
俺の言葉に宮城は、時間が止まったみたいに口を開けて固まっていた。
「……なんだよ」
「いや、え。……ううん、別に」
そう言葉を濁す宮城に首を傾げた俺は、そのままシュート練習に戻った。結局、解決できなかったけど、まあ、いいか。そこまで思い悩んでたわけでもねーし。
その日の帰り道、なぜか宮城と名前と一緒に帰る流れになり、アンバランスにも三人横並びで校外を歩く。
「三井先輩って、好きな子いるんですか?」
「あ?いねーよバカ」
「バカってもうひどいなーバカじゃないですっ」
「じゃあアホ。」
「あっはははー、」
宮城は何故か今日は口数が少なく、俺と名前がくだらないやり取りをしている横で口笛なんかを吹いていた。
「三井先輩の彼女になりたいですぅー」
「それなんだよ、告白か?じょーだんか?」
「えー、OKもらえる保証があるなら告白です」
「ふはっ!っンだよそれ!意味わかんねーし!」
「だって絶対OKもらいたいんですもんっ」
「いや……俺じゃま者すぎて……」
「あ?」
「えっ? なんか言った?リョータくん」
ため息交じりに言った宮城の言葉に、俺と彼女がそう返せば「いや、いーけどさ」とか、なんとか言って少し先を歩き始めた宮城。
「え? 本気で告白したら受けてくれます?」
「そーいうのはちゃんと考えるぜ、俺。」
「そーなんですか!?えー、どーしよ。ねえねえリョータくん!」
そう言って先を歩いていた宮城に声を張った名前に、宮城が顔だけ少し振り向かせた。
「……ハイ?」
「私、告白しちゃおっかなあ?」
「あのさ、俺に聞かないデ……」
少し先を歩いていた宮城が正面を向き直って両手をポケットに入れブツブツと文句を垂れていた。でも内容までは聞こえないのでとりあえず、聞き返しもせず、スルーした。
「あっ!!!」
「……あ?」
大きな声を出して立ち止まった名前につられて、俺も宮城も立ち止まって彼女を見る。
「私、忘れ物! 戻りますね、学校」
「じゃーねー!」と手をブンブンと振って、風を切るように来た道を戻って行った名前の背中を見送った俺らはまた駅に向かって歩き出した。今度は宮城も歩幅を合わせて俺の隣へと並んだ。
「……なあ?」
「はい?」
「名前のこと、可愛いと思うか?」
「……は?俺が?」
そう言い返してきて、また、立ち止まって後ろを宮城が振り返った。俺も同じように振り返ると、遠くで走りながら校門に入って行く名前の姿が見えた。その瞬間、ドリフみたいなコケ方をした名前を見て噴き出した宮城が言った。
「アレは、可愛くはないんじゃね?」
「ああ。あれはドジだな」
宮城がまた、正面を向き直して歩き出したので、俺もそれに合わせて足を進める。
「名前ちゃんは可愛いってか、なんか……小動物?みたいな感じだよね」
「なるほどな。確かにコロコロしてて小動物っぼいかもな」
「ん?てか、なんで?どしたの急に。」
「ああ……何か最近、可愛く見えるんだよなあ」
「か、可愛く……」
宮城がなぜかギョッとして俺をジロジロと見やる。それを見下ろしてから、俺はつぶやく。
「なんでだろーな……」
「……。」
宮城からの返答はなかったが、そのとき「三井せんぱーーーーい!」と名前が走りながら戻ってきたので、俺らはまた振り返って立ち止まる。
「靴箱に忘れて来てた!内靴!」
そう言って上履きを掲げた名前が、俺らを通り越して、走った勢いで息が上がったのか、ゼーゼー言いながら先を歩いて行く。
「ほら……、」
「……?」
「可愛いだろ?」
「……」
(三井サン……)
「……きょう、暖っけーなあ」
そう呟いて三井サンは名前ちゃんに追いつくと肩に掛けてた彼女のバッグを持ってあげてた。
(多分、ソレは……)
「えっ、持ってくれるんですか?」
「ああ。つか、上履きどーすんだ?」
「臭いから洗うんでーすっ」
「たしかに、お前のは臭そ……」
「なにー!JKの上履き高値で売れるんですよ?」
「どんなバイトしよーとしてんだよ、バカ野郎」
(好きだから、可愛く見えてるだけだって……、ぜったい……)
「そして今日は、すこし寒みーけどネ……」
俺がボソリとつぶやいたとき、三井サンと名前ちゃんが一緒に立ち止まってこちらを振り返った。
「宮城、なに突っ立ってんだ?はやく来いよ」
「あ、……ハイ。」
なんかこのセンパイ、鈍感すぎるし、名前ちゃんのハイティーンにも巻き込まれたくねーから、俺からは教えてあげねーけどさ。
「付き合ってみるか?」
「え?」
ふたりに追いつこうと歩いていた俺がまた、三井サンから飛び出した爆弾発言に思わず、足を止める。気にせず二人はそのまま先を歩いて行く。
「俺に告られて日和ってる奴いんのか?」
「え、え、……三井先輩……!?」
「……いねーよなあ?」
「ワァアアアアア!!!!!」
「まあ、全国勝ち取ったら……な?」
「よーし、絶対王者潰すゾ!!!」
……メビウスじゃねえーし。絶対王者だっての。
そんな二人の本気なんだか、ジョーダンなんだかわかんねーやりとりを後ろから眺めていた俺は、盛大に溜め息を吐いた。
二ッと笑った三井サンと、顔を真っ赤にして興奮している名前ちゃんに向けて、心の中で俺は叫んだ。
あのさ、もう、それは……
恋 なんよっ!!
(オレ、今日ラーメン食って帰るス……)
(あ、ずりィー。俺も)
(わたしも!)
(いや、もうひとりにしてよ……)
((へっ?))
Back /
Top