しずくの降る夜。静かに降るこの雨の音は心を濡らす音と、すこし似ていた。
しとしとと窓を打つ音はいつからか耳に馴染みすぎて季節の変わり目さえも曖昧になっていたがそれでも今日の雨は、少し違って感じられた。
例えるならばそう、空の片隅で名もない天気がそっと、私の決意に寄り添っているようだった。
部屋の灯は淡く、テーブルの上に置かれたマグカップからは白い湯気が立ちのぼっていた。その温度さえも、指の先から抜け落ちていくようで、ふと私は両手を重ねる。まるで失われていくものをかき集めるようにして。
心の奥の深い井戸の底に、まだ棲んでいたその名前──『相澤先生』という存在を、今夜限りで手放そうと、そう、思っていた。それは、ひどく個人的で、ひどく真剣な決意だった。
雄英高校を卒業して五年という歳月のなかで、彼のことを好きであり続けたのはある種の信仰に近かったのかもしれない。報われない、と知っていながら、いや、報われないからこそ、恋は恋として美しかったのかもしれない。
卒業式の日、意を決して伝えた「好きです」の言葉は淡々とした瞳に静かに跳ね返され柔らかくけれど確実に、地に落ちていった。
「……ありがとう。でも
それが最初の、そして最も誠実な拒絶だった。けれど私は、その痛みを抱えながらも年に一度のように彼へ想いを届けてしまう──出会いをもたらした学校行事、ヒーロー同士のチームアップ、講師として訪れた出張授業……。彼がただそこにいるだけで言葉が心の底から湧いてしまうようなそんな恋だった。
だからこそもうやめようと思ったのだ。好きでいることは希望ではなく呪いになってしまった。私は、今日という日を限りに��相澤先生を好きでいる自分�≠�やめる決意をした。
ゆっくりと立ち上がり、窓辺に歩み寄る。窓の外は雨に濡れて、街灯の光が、ぼんやりと滲んでいた。まるで泣いているみたいに。まるで恋が、最後の涙をこぼしているように。
「……ありがとう、先生。大好きだったよ」
声にならないほど小さく、しかしはっきりと、私は呟いた。この五年間の全ての想いを過去へと葬るように、それは��祈り�≠ノも似ていた。
*
その朝、目覚めた瞬間に感じた違和感は風邪の予兆のようでもあり、けれどもっと奥の、もっと根深い何かだった。それは枕元に置かれたスマートフォンに届いていた一通の連絡によって正体を明らかにしていく。

しばらく雄英には
顔を出しません
もう先生に告白するのは
やめます

急で悪い
今日、泊めてもらえないか

いいよ。
カギ、開けておきます