七月七日、晴れ。
蝉が鳴くにはまだ早い季節だが、校舎を抜ける風は、もう夏の匂いを纏っていた。
「今日は帰りのホームルームで大切なプリント渡すぞ」
窓をすり抜ける風が心地よくて、私はその中にわずかに混じったチョークの粉の匂いを感じながら教室の一番後ろで静かにペンを走らせていた。ここは雄英高校1年A組。相澤消太先生が担任を務める、ヒーロー科の教室だ。非常勤とはいえ、教師としての立場に日々、緊張を覚えながらも、私なりにできることをひとつひとつ、拾い集めるようにして、今日も私はこの場所に立っている。
「日直、挨拶。」
低く、よく通る声が教室を包んだ。最近設けた日直制度。生徒たちが一斉に立ち上がり声を揃えて礼をする。私はそれを見守りながら自然と彼の姿に目をやっていた。教壇に立つ彼の背は大きく声には迷いがなかった。彼がいるだけで、教室の温度が落ち着くような気がしてきっとこの空気が生徒たちの基礎になっているのだと、そう思う。相澤先生が今日の予定を教壇で淡々と話している傍ら、爆豪くんは自席にだらしなく座り、左手をポケットに突っ込んだまま空いた手で課題表を、ぴらぴらと振っていた。これ、何枚目だ、何回渡してくんだよ、とでも言いたげにチラリと相澤先生を見やる彼の様子を私はしばらく眺めていた。その視線に気づいたのか、ふいに相澤先生と目が合った。何気ない表情のまま、けれどどこかおかしそうに彼は口元をわずかに緩めた。
……え? 今、笑われた?
ぽかんとした私の内心とは裏腹に彼は変わらず淡々と話を続ける。けれどその片隅で私は不思議と頬のあたりが熱を帯びていくのを感じていた。そのときだった。
「今日は七夕か……」
教室の壁に貼られたカレンダーを眺めながら、彼、相澤先生が、ぽつりと呟いた。誰に聞かせるでもない独り言だったのかもしれない。しかし、なぜだろう。その一言を聞いた瞬間、私のなかで幼い頃の記憶がひとつ、ふわりと浮かび上がってきた。あの頃、何を短冊に書いていたんだっけ、私……。
*
昼休み。私は、職員室のいつもの席にいた彼に「ちょっといいですか?」と、声をかけた。
「あ? どうした。」
自席に深く腰掛けたまま、彼は顔だけを上げて私を見た。その視線の奥には少しの警戒とそれを隠すような、怠そうなまなざしがあった。
「相澤先生、これ。」
私はそっと一枚の紙を差し出す。眉をひそめる彼は「……ん?」と、口の中だけで声を発する。
「先生も、なんか書いといてくださいね」
「……なんだ、これ?」
彼は受け取った紙をまじまじと見つめたあと、私に視線を戻した。私がにっこり笑ってみせると眉間にさらにしわを寄せて露骨に顔をしかめる。
「なんですか、これは」
同じ台詞をもう一度。まるで、聞いてもなお、信じたくないとでも言うようにして。
「七夕の短冊ですよ、どう見ても!」
「……」
「知り合いの人に、すんごいおっきな笹もらったので」
「どんな知り合いだ……」
「せっかくだから1—Aのみんなにも書いてもらおうと思って。もちろん他のクラスや上の学年の子たちにも」
「……お前ねえ。」
深いため息が落ちる。それでも私はめげずに、笑っていた。
「『はぁ、教師が……なにが七夕ですか』って、顔してますね?」
「正解。そのとおりだ。やりたいならお前一人でやれ。俺はやらないよ」
「えぇ〜? なんですか、その言い方〜」
「どうせ、あいつらだって嫌な顔してただろう」
私は待ってました、その言葉と言わんばかりに「へへんっ」と、得意げに胸を張る。相澤先生は無表情を決め込んでいたが。
「みんな、いい顔してましたよっ!」
「いい顔って……」
「どうせ相澤先生だけが嫌な顔すると思って一番最後に持ってきたんですからね〜?」
ぷいっと顔を背けて言う私に彼は無関心を装いながらも「はぁ」と、小さく吐息をもらす。
「放課後までには、ちゃんと書いといてくださいよぉ?」
「……めんどくさいから却下。」
「めんどくさくない!あとは、相澤先生だけなんですから!」
「……あとは俺だけって、お前……あいつら全員書いたのか?」
私は少しだけ視線を逸らした。ほんのためらうような沈黙が、ふたりのあいだに流れる。
「……爆豪も?」
その低い声に私はつい目を泳がせてしまった。思い返せば、あの瞬間の爆豪くんの表情は、なかなかに険しかった。
「チッ、くだらねぇ……」
最初にそう言って私を一瞥した彼は短冊を渡したときにはあからさまに眉をひそめていたっけ。けれど、それでもどこか諦めたような、あるいは本当にほんの少しだけ照れているようにも見えたのは、私の気のせいだったのだろうか。
「ちゃ、ちゃんと書いてくれましたよ。ぶつぶつ文句は垂らしてましたけど……」
私は苦笑しながらそう言った。あの強面の少年が少しだけ不器用にペンを走らせていた姿を思い出すと今でもちょっと頬がゆるんでしまう。書き終えたあと、短冊をそっと渡してくれた手がほんのり熱を帯びていたのも、少しだけ印象に残っていた。そういうところを素直に、褒めてあげたい気もするけれどきっと本人の前では言わない方がいいのだろう。
そんなふうに、爆豪くんのことで少しだけ話が逸れてしまったことに気づいて私は慌てて手提げ袋の中から短冊を取り出して見せた。ぎっしりと詰まった色とりどりの短冊を見て、相澤先生は、やはりというか、ぎょっとしたような顔をした。
けれどすぐに元通り、無表情な仮面を戻してため息をつく。
「……で、これになにを書けばいいんですか?」
「なにって願い事に決まってるじゃないですか」
「……あるかな、そんなもん」
現実的で非現実を嫌う彼らしく、すぐには思いつかないようだった。
「……ところで。名字先生は、書いたんですか?その願い事とやらを」
「もちろん!今の願いっていったら、私はひとつしかないですからね!」
すると彼は、信じられないことに、私の手提げバッグに無遠慮に手を突っ込み、ごそごそと漁り出した。
「ちょっ、なにしてるんですかっ!」
思わず声を上げた私の抗議などおかまいなしに彼は、さっと一枚の短冊を引き抜く。
「……これか?」
その手にあったのは、よりにもよって──私の短冊だった。
「もぉー!人が悪い! 返してくださいよ!」
慌てて奪い返そうとしたけれど当然、彼の腕の長さに敵うはずもなく。彼は紙面をひと目見て、ふっと息を吐く。
「『1—Aの副担任になれますように』ねぇ……なんだこれ」
「当然でしょ!? 私はもともと、雄英高校への常勤が希望なんですから!」
私は思わず、ふくれっ面で言い返した。だってそれは、本当に私の、今いちばんの願いだったのだから。しかし彼は、なぜかほんの少しだけ不満そうに口を尖らせて言った。
「……くだらん」
「えっ?」
「もっとこう、例えば『好きな男と結婚できますように』とか、そういうのは?」
「はっ!? ばっ……ばっかじゃないの!?」
急にそんなことを言われて私は声が裏返った。彼は平然とした顔で「はい?」と聞き返してくるけれど、こっちはもう心拍数が跳ね上がって仕方ない。
「みんな一緒に吊るすんですよ!?そんなの恥ずかしいに決まってるじゃないですか!」
必死で反論すると、その瞬間、彼の顔がふいにやわらいだ。いつも無表情なその口元が、ほんの少しだけ緩む。それはまるでいたずらっ子が何か企んでいるときのような、そんな表情だった。
「はぁ……そういうところがね、」
「な、なんですか……」
「まぁ、いい。これ、放課後まででいいんだろ」
「はい! 絶対ですよ!?」
すると、ふいに彼の口から、淡々とした声音で言葉がこぼれた。
「──でも、1年A組副担任はやめておけ」
「え?」
それは唐突で、そして、少しだけ切なさをはらんだ声だった。
「教師一年目にしては、荷が重すぎる」
彼はそう言って、視線を逸らした。その言葉がただの忠告なのか、あるいは何かを守ろうとする優しさなのか……私には、まだ測りかねていた。
「わ……わかってますけどぉ、」
思わずそう答えてから、私は心のなかで続けた『それでも、夢は大きく』。そう思うことはヒーローを目指す生徒たちと向き合うために、必要なことだと思っていた。「夢は大きく!」と、口にしかけたその瞬間、彼が静かに、けれど、確かな声で私の言葉を遮った。
「俺のいるクラスにしてください。次は……そうですね、普通科あたり、受け持つと思いますし」
「……えっ?」
目の前の言葉が理解できず、思考が、ふわりと浮かんだまま止まる。彼は、じっと私を見つめたまま、低く、今度は優しく言った。
「……嫌ですか?」
「そ……そんなこと、ない……です、けど……」
言葉をつなぐたびに頬がじわじわと熱を帯びていくのがわかった。気づけば視線を定めることもできず、私は、宙をさまようように目を泳がせていた。そんな私の反応を見て彼はなぜか満足げに目を細めて小さくほんのわずかに口角を上げた。
これは……からかわれてる?それとも、喜んでくれてる?その違いがよくわからなくて私は胸の奥が少しだけざわついた。けれど、まあ、こんな風にドキドキしてるのも悪くないかもしれない。
……よく、わからない。けど、まあ、いっか。
*
放課後、校舎を出ると思っていたよりもずっと大きな笹が、その存在を誇るように立っていた。空に向かってしなやかに伸びた枝葉が、風に揺られて、まるで、星を迎え入れる準備でもしているかのようだった。
その周りに集まっていた生徒たちは、皆、楽しそうに、自分の願いが書かれた短冊を探したり、友人のものを覗き込んだりしていた。その輪の
中心で私は短冊が揺れる音に耳を澄ませながら、ただ風に吹かれて立っていた。その背後にふいに気配を感じる。
「あっ! 相澤先生、書いてくれました?短冊」
声をかけると、ややげんなりした顔で私の隣に現れた彼は、まず笹を見上げて言った。
「ていうか、あの笹、でかすぎやしませんか」
「大きいでしょ〜?」
「どうやって持ってきたんですか、こんなの」
「昨日、家帰ってから、緑谷くんたちと一緒に。夜のうちにこっそり運んで」
「……は? 聞いてないですね」
「言ってないですもん」
そのやりとりに苦笑しながらも彼は、笹に吊るされた短冊の群れを眺める。私は彼の横顔を見つめながら、おそるおそる本題に触れた。
「……で、相澤先生の短冊は?」
彼は、ほんの一瞬だけ目を逸らした。その間の取り方といい、視線の逃がし方といい……ああ、これは絶対に書いてないな、と、すぐにわかってしまう。
「……やっぱりね」
私はわざとらしく大きなため息をついた。期待してなかったつもりだったのに、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、残念だった。
「なんで書いてくれないかなぁ。願い事ですよ?あるでしょ? 一個くらい」
「……まぁ、あるっちゃありますけどね」
「ほらっ!それをそのまま書いてくれればいいんですよ!」
そう言って笑いかけると彼はなぜかふいに唇の端をゆがめて、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「へえ……ほんとにそのまま書いてもいいの」
「い……、いいに決まってるじゃないですかぁ」
な……なんでちょっと悪い顔してるんだろう。妙に胸騒ぎがしたけれど、彼はもうくるりと背を向けて、すたすたと校舎の中へ戻っていく。私は慌てて、その背中を追いかけた。
誰もいなくなった職員室。相澤先生は、自分の引き出しから白紙の短冊を一枚抜き出すと立ったまま、その短冊に何かを書き始めた。
「あ、あのぉ……」
カリカリとペンが紙を滑る音が、やけに、耳に響く。なんでだろう……ものすごく不安だ。それでも、なにを書いているのかは、どうしても気になる。
「……なに、書いてるんですか?」
私が思わずしゃがんで机に手を添えたことで、彼の手元は自然と私の目線より高くなってしまった。なので何を書いているのかは、角度的にまったく見えない。けれどわずかに緩んだ彼の口元を見た瞬間、胸の中に広がったのは確信に近い不安だった。ますます嫌な予感しかしない。だって、絶対によからぬことを書いてるもん、それ。
「……よし、書けましたよ」
彼がそう言って、短冊をひらりと私に手渡してきた。私は思わず、その紙に手を伸ばしかけて、一瞬、指先が止まった。受け取っては、いけない気がした。けれどそれ以上に、見ずにはいられなかった。そっと目を落とした先にあった、たった一行の文字。
『 名字先生とキスがしたい 』
次の瞬間、心臓が跳ねた。顔に一気に熱が集まり、ボンッ!と、噴火したように赤くなったのが自分でもわかった。
「……幼稚園児かっ!!!!」
声が反射で飛び出していた。叫んだというより咄嗟に、自分の体から噴き出したような、そんな勢いだった。けれど、次の瞬間、短冊に書かれたその言葉の破壊力が、じわじわと実感に変わっていき、私はうめくように声を漏らした。幼稚園児でもこんなストレートでませたことは書かない。というか書けない。それを、いい歳したプロヒーローが、満足げな顔で差し出してくるなんて……ありえない。心臓に悪すぎる。
「ばっ、ばっかじゃないですか!? なに考えてるんですか!?」
「今の俺の願い事でしたよね? そのまま書いていいって言ったのは、そっちでしょう」
耳まで真っ赤に染まって、私は、声にならない言葉をいくつも吐き出そうとしたけれど、どれも音にはならなかった。
「な、なにも、そんなストレートに書くことないじゃないですかっ!生徒たちが見るんですよ!?しかも、10代の!」
「……なかなか隙を見せない名字先生が悪い」
「す、隙って……!」
私は、ぷいっと顔を背けた。それでも頬の熱は収まらない。自分の手のひらが、ひどく汗ばんでいて、握っていた短冊が、少ししっとりと湿っていた。
「……さて、と」
「は、はいっ?」
「早速、あのでっかい笹に吊るしてくるとしますかね」
「だっ、ダメーーーーッ!!」
私は反射的にその背中に飛びついていた。そのとき、廊下を通りかかったオールマイト先生が、目ざとくそれを見つけ「若いっていいねえ」と、笑いながら通り過ぎていったが、今だけは余計なお世話だよっ!と、本気で思った。
「ダメです!それだけは! それだけは、絶対にダメ……!」
声が震えていた。でもきっと、相澤先生には、それも全部、伝わっていたことだろうと思う。
「……じゃあ」
「は、へっ?」
「名字先生が、叶えてくれるんですか?俺の願い事」
息をのむような間が落ちる。私はぐっと言葉に詰まった。そして、言葉を探しながら、それでも彼の背中に抱きついたまま、そっと呟いた。
「い、今はまだ……その、あれ、ですけど……」
「……あれとは?」
「だから!その……そういうのは、まずは……、お、お、お友達……からっ、だから、その……」
声がかすれそうになるのを、なんとか、つなぎとめて言葉を絞り出す。自分でも何を言っているのかよくわからないくらい胸がいっぱいだった。でも、彼には、ちゃんと届いたらしい。私の腕にそっと添えられていた彼の手が、やわらかく力を込める。その温もりに、びくんっ、と肩が小さく震えた。
「無理することはないですよ」
「……えっ?」
「それだけが全てじゃないですからね」
そう言ったときの声は、とても穏やかで、風に撫でられるように、胸の奥に染みていった。
「いずれ自然と」
「……」
「ま、あなたが本気で俺のことを好きなら、っていう前提の話ですがね」
彼が振り向いたとき、その目がまっすぐに私を見ていた。私はその目に、うまく言葉が出せなくなって、でもどうしても、伝えたくて、やっとの思いで声にした。
「…………好き、」
「……」
「相澤先生のこと……大好き、ですよ?」
言ったあと頬に熱が走って、まともに彼の顔を見られなくなった。けれど、次の瞬間、彼が正面から私をぎゅっと抱きしめてくれた。心臓の音がこんなにも強く鳴るなんて。
「……俺も、名字先生のことが大好きですよ」
耳元でそっと囁かれたその言葉を胸の奥深くに静かに刻みながら、私は彼の腕の中でそっと目を閉じた。廊下の向こうから生徒たちのにぎやかな声が近づいてくる。その気配を察した相澤先生はまるで何事もなかったかのように、私からふっと身を引いた。あっけないほど自然なその動きに、取り残された私はただ立ち尽くす。きっと今この場で、顔を真っ赤にしているのは、私ひとりなのだろう。
それから数分後。短冊は、私の手によってビリビリに破られた。彼の密かな��計画�≠ヘ、儚くも断たれることとなった。だけども、後悔はない。きっとあの願いは言葉にしなくてももうどこかで始まっていたのだと思うから。
彼が教室に戻り私は一人で笹の前に立つ。風がまた枝葉を揺らして、ぱさりと音を立てた。その中のひとつに、見覚えのある文字があった。
『 お友達の関係が無事に進展しますように 』
��誰と�≠ネんて、あえて書かない。でもきっとこれを見たときの彼なら、すぐに気づくだろう。いや、気づいてしまうのだろう。そういうところだけは、妙に勘が鋭い人だから。
けれどそれでも私はまっすぐに書くことができなかった。名前を出すことが怖かった。願い事にしてしまうと、それが本当に叶ってしまったときいまの関係が、終わってしまうような気がして。不確かな距離のなかで、少しずつ重ねているこの関係が、ゆっくり進んでいくことを心のどこかで願っているからこそ。
笹の葉が、風に揺れている。その音が、どこか遠い波のように聞こえたころ、背後から聞こえてきた声に、ふと顔を上げた。
「名字先生〜!」
見上げると、1年A組の教室の窓から何人かの生徒たちが手を振っていた。
「まだ短冊、吊るすとこ余ってる〜?」
「これって何枚書いてもいいんですか〜!?」
にこにこと笑うその表情に、私も思わず笑みを返す。そのすぐ背中に彼が立っているような気がして私は振り返りそうになる。けれど、そこには誰の姿もなかった。ただ、風がやさしく吹いて、さっき吊るしたばかりの私の短冊がゆらりと揺れた。そして、どこか遠くで、低く落ち着いた声が聞こえた気がした。
『まあ、いい。もう少しぐらい……我慢するよ』
気のせいかもしれないし気のせいじゃないかもしれない。でも、その言葉は胸の奥にふんわりと触れて、そっと残った。
「あ!見つけたっ! 名字先生〜!」
誰かの元気な声が笹の向こうから飛んできた。顔を向けると、切島くんと上鳴くんが、手を振りながら、わらわらと仲間を引き連れてこちらへと走ってくる。その中にはあの、爆豪くんもいた。
「先生の短冊、見ましたよ〜!お友達関係が進展しますようにーって、やつ!」
上鳴くんがニヤニヤしながらわざとらしく眉を上げた。
「いやぁ〜、誰とのことっスかねえ〜?やっぱ、アレっスか?まさか先生、この学校に気になってる人がいるとか〜?」
「……ちょ、こらこら。あんまり詮索しないの。お願いごとはね、そっとしておくのが、礼儀ってものですよ?」
私は慌てて手を振りつつも、なんとか、冷静を装って笑ってみせた。すると切島くんが「そっか!ロマンっスね〜!」と頷いて爆豪くんの肩をぽんと叩く。爆豪くんは「触るな!」といつものように怒鳴っていた。
「まあ、いいんじゃね?願い事ってのは言っちゃうと、叶わなくなるって言うしな」
「そうだな、先生!叶ったらちゃんと教えてくださいね〜!」
「はいはい。叶ったら……ね。」
笑いながらそう答えたけれど、その言葉の先を口に出すことはしなかった。それはまだ胸の中でゆっくり温めておきたいものだから。
風がまたひとつ笹を揺らす。揺れる短冊たちの中で自分の書いた文字がふわりと踊って、優しい音を立てていた。
……ねぇ、相澤先生。七夕の願い事って、ほんとうに、叶ったりするんでしょうかね。
私はそっと空を見上げた。まだ明るい夕空には星は見えなかったけれど、願いは、もうそこに、浮かんでいる気がしていた。