洋平たち桜木軍団は、あれから三日間の謹慎を食らった。

花道の話によると、どうやら主犯の三井寿って人は、バスケ部に復帰したとか、しないとか。

春の日差しが眠りを誘う、古文の時間。
机に突っ伏せば、夢が私を眠りにいざなう。

いくら日本人といえども、そんな古い日本文学、何言ってるかわかんないし、わかんなくていいし。なになにけりとかなになにたりとかさ……平家物語を朗読する先生の声が、いいかんじに子守歌みたいで。やばいぞ、寝るぞ、これ。……おやすみなさい、先生。


洋平のいちばんは、私かもしれないと、高を括ってた時期があった。
それは中一、入学式の時だったんだけど。

隣に座った水戸洋平という人物は、すっごい尖ってて。クラスの誰とも話さなくて。誰も逆らえないって感じの不運行きがプンプンしてて、入学式初日に三年の先輩たちに呼び出しを食らっていた。

でも私とだけは喋ってくれてた。
私としてはそれがちょっとした自慢だった。

でもその喧嘩を聞き着けた、軍団と、やっぱり桜木花道が洋平に歩み寄ってきて、奴らと知り合ってから、なぜか急に人が丸くなった。花道のおかげだと思った。(あと、軍団と)花道が、すさんでた洋平を止めたんだろうなって。

花道って確かに不思議なオーラあるから。それはいまでも変わらずだけどね。

そっからは洋平、どんどん人が丸くなって、最近はひょうきんなお調子者ってキャラ変するレベルで。

人って変わるよね。
というか、戻ったって感じがする。
もともと、こういう人だったんじゃないかなって。

まあ、喧嘩癖は抜けないけど、もう自分からは売らないって言い張ってたし。

だから……

「彼女できた」

あの言葉。
洋平のいちばんは、私じゃなかったんだなあって。
今となっては、それはもう変わらない事実なんだな、って。

別に、そばにいさせてもらえるだけで、十分なんだけどさ。って今も言い聞かせて泣きたくなる。





「みついってのはどーれだっ♪」

私は放課後、例のバスケ部の練習する体育館を覗きに行った。

体育館の入り口でバスケ部を見学していたらしい、ロングヘアの可愛らしい女の子が私を凝視している。私は一応、愛想笑いを浮かべてペコッと頭をさげてみた。今日は軍団はいないらしい。

花道も、すこぶる綺麗なお姉さんの側でなんかやってるから、私に気付いていないみたいだった。

「三井さんは、あの人よう」
「……あー、ありがとう。」

彼女は指を差して丁寧に教えてくれた。
私もちゃんとお礼を言って、彼女の指さす先に視線を向けた。

……でかい、な。
しかも顔にばんそうこうだらけ。
で、なんだか……すっごく浮いてる。

「あれかぁ……」

不良だったわりには、うまいんじゃないの、バスケ。知らんけど。でも今、ゴール入ったし。

「ディフェンスあめーよ木暮」

んで、うん。
偉そう……。

苦笑いを浮かべたとき、ふいにそのばんそうこう男と目が合った。私は反射的に笑顔を向けてみたら、ぷいってそっぽ向かれた。え。感じ悪……。ふん。


結局その日、最後までバスケ部の練習を見学していた私は、帰りに花道と帰ることにし、体育館の外で花道が出てくるのを待っていた。

「……何年?」

不意に背後から声をかけられ、思わず振り返った私の目の前には、三井寿が立っていた。

「……一年、生デス」
「ふうん」

自分で声をかけたくせに、興味なさそうというか、機嫌悪そうというか、ポケットに手を突っ込んでまたそっぽ向く三井寿。

別に顔は不細工じゃないよね。むしろイケメンに入るんじゃないの、湘北レベルなら。
そんなこと考えながら彼を見上げてみれば、空はすっかり暗くなってた。

「……あ?」
「……へ?」

そっぽ向いていた彼が、私を見下ろして眉間に皺を寄せる。

「なに見てんだ」
「見てませんよ?」
「……あっそ」

言って彼は、肩にかけていたスポーツバッグを再度、肩に掛け直してすたすたと校門へと歩いて行く。

言葉と態度のわりには、その背中がなんか寂しそうだったから、私は思わず声をかけてしまった。

「……あ、あの!」

私の声は、誰もいなくなった校外には十分なくらいに響き渡る。彼はぴたりと足を止めて、気怠そうに振り返ってまた

「……あ?」

と、言った。
私はにやける顔が表に出ないよう、唇をぐっと引き結ぶと彼のもとへと駆け寄って言った。

「一緒に、帰ります?」
「………はあ?」
「あの、花道待ってたんですけど、なんか気分変わりましたので」
「………」

困ったように顔を左右に巡らせた彼は、チッとひとつ、舌を打ち鳴らしたあと意外にも

「別に、いーけど……」

と言って、先を歩き出したので私もあとを着いて行った。





*****


「桜木の、ダチか」

もうすぐ駅の改札、というところまで彼と私は一言も話さなかった。

間もなく私と別れられることでの安堵からか、急に三井寿が口を開いた。

「あ、はい。 私、洋平たちと同中オナチューなんですよ」
「……ようへい?」
「あ、水戸!! 水戸です、あなたをぶん殴った」

ぎろりと見下ろされて一瞬ひえっと思ったけれど、ただ目つきが悪かっただけのようで「ああ、そーいうことか」と勝手に納得した彼は、そのまま話を終わらせた感じだった。

「つか——」
「はい?」
「いまどき、同中オナチューなんて言わねーだろ」
「へ? そ、そう?」

「言わねーって」と言って、クスッと笑った三井寿に私はぎょっとした。

なんか……すごかったから。
その、ちょっとトーンアップした声とか、鼻から抜けた息とか、なんか!!すごかった!!

結局その日、駅の改札の前で彼は「俺、買い物あっから」と電車には乗らず、スタスタと逆方向に歩いて行った。

それなのに、駅まで律儀にも一応送ってくれたのか、と思ったらなんだか家につくまでニヤニヤしていた私を周りを歩く人たちが不審そうに通り過ぎながら見ていたことを私は知らない。

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