16歳、初夏(5話)
バスケ部見学の最中にキャプテンの妹だという一年生の赤木晴子ちゃんと、水戸洋平くんたちと仲良くなって挨拶を交わした。どうやら彼ら四人組は良い意味でも悪い意味でもコート上でひと際目立っていた長身で赤い坊主頭の桜木花道くんという子の友人らしかった。
そしてその桜木くんは晴子ちゃんのことが好きなのだそう。しかし、そんな晴子ちゃんは、桜木くんと常にコート上でもコート外でも喧嘩をしている流川楓くんという子に、ホの字なのだとか。
「彩子、おつかれさま」
私はコートから出ていく部員を横目に、彩子の元へと駆け寄った。
「も〜うッ!アンタのせいで三井センパイ絶不調よ〜?」
両手を腰にあてて溜め息を吐きながら彩子から注意を受けたのでとりあえず「何かスミマセン」と、頭をさげた。
「も〜ぅ、悪影響じゃないのよっ!」
彼女に肩をパシン!と軽く叩かれた直後に背後から「彩子」と彼女を呼ぶ低い声が響いたことで一瞬にして背筋が凍り付いた。振り向けない、と言うか体が硬直してまったく動かない。もはや、金縛り状態だ。きっといま赤面していると、自分でも自覚できる。他人の心を読めるらしい彩子の並外れた能力で私のこの動揺は読み取られているに違いない。
「三井先輩!」
彩子の声にハッとして我に返りようやく後ろを振り向く決心が着いたので、恐る恐る振り返るとそこには懐かしい面影。見た目や背丈が変わっても声が低くなって昔の印象とはすこし違うくてもなんと説明したら良いか分からないけれども……なんて言うか彼を纏う雰囲気は何ひとつ変わっていないと再確認して安心した。
「そいつ、俺が送ってく」
「あ、……いやっ、!」
咄嗟に阻止した私の言葉を遮るように彩子が、「じゃあ、お願いしますね、三井先輩♪」と私の言葉に被せた。こちらが反論する間もなく「じゃあね〜」と私の背中をもう一度強く叩いて彩子は赤木キャプテンの元へと走っていってしまった。取り残された私と彼のあいだに異様な沈黙が流れる。その沈黙を先に破ったのは、彼の方だった。
「着替えてくっから、外で待ってろ」
「え……」
それだけ告げられて、ぽかんと口を開けている私を置き去りに彼は早足で体育館を出て行ったのだった。
*
私は言われた通り、体育館の外で時間を潰していた。周りに誰もいないことが逆に不安を煽り、内心ドキドキ、ソワソワとしながら落ち着きなく歩き回っていると「帰るぞ」と後ろから突如声を掛けられて心臓が止まるかと思った。しかしその声の主は、スタスタと先に歩いて行ってしまう。遅れを取らないように私も駆け足で追い掛ける。なんとか追い付き目の前の大きな影の背後をとぼとぼと歩いていると、その距離感のままで始めに会話を繋いだのは、向こうのほうだった。
「今日——なんだろ? 転校して来たの」
「あ、うん……きょう、デス。」
「また、なんでこんな中途半端な時期なんだよ」
「あ、えっと……お父さんがさ、こっちの支店を請け負うことになって」
「昇格したんデス」と言ったら「そりぁ、めでてーな」って返してくれた彼が、小さく笑った。昔とはすこし違う胸の高鳴りを感じずにはいられなかった。なんだかとっても、心臓がうるさい。
彼にドキドキしているのだろうか。それとも、懐かしいからか。もしくは、ずっと何年も会えていなかったからなのか。
「……これからまた、よろしくお願いします」
と言って下を向いたまま歩いていると目の前にあったはずの大きな影に、勢いよく激突した。
「——痛っ、ちょっと、急に止まらないでよっ!急ブレーキ危険!」
何の前触れもなく相手の体と接触してしまったことへの動揺で、私はギャーギャーと騒ぎ立てる始末。
「じゃあ、となり歩けよ!うっせーな!」
しかし、ドスの効いた彼の大声に圧倒されて、「ハイ」と私は素直に彼の真横にやや距離を取りつつも、モゾモゾと移動した。
「……」
「あー。なんだ、その……あれ、」
「……?」
「か、彼氏とか、いねーのかよ?」
なにを話そうかなぁ、あんな事とかこんな事。あれもこれも、聞きたい事はたくさんあるなぁ、なんて脳内で自問自答していたら、意外な質問が降って来て驚く。
「へっ?」
「だから! 彼氏だよカレシ!コイビト!!」
コ、コイビトて……。そもそも、そんなに顔を真っ赤にしてムキになるくらいなら聞かなければ良いのに。いまでも変わらずにお兄ちゃん精神で女子高生になってしまった幼馴染が、心配にでもなったのだろうか。それにしてもコイビトって(大事なことなので二回言う)チラと相手を盗み見たときなんとなく私の中に悪戯心が芽生えてしまった。私は笑いそうになるのを抑えつつ表情を暗くしてつぶやく。
「実は……別れちゃったんだよねぇ」
「うぇ!? つか、いたのかよ!」
「嘘だよ?」
「……、」
「てめぇ……」と私を見下ろす彼は、あの頃と変わらず、コロコロと表情を変えておもしろい。
やっぱり心地いいなぁ、なんて思って、思わず無意識に微笑んでしまう。
「——じゃあ、そーいう��三井先輩�≠ヘ?」
「彼女いないの?」と彼からされたように同じ質問を返してみる。そんな私に「なんだぁ?気になんのかよ?」なんて口の端を吊り上げてドヤ顔で言うものだから「べつに」って私はつい意地を張って冷たく言い返してしまう。あいかわらず、私って素直じゃないなぁと思う。本当はこうしてまた会えて、とても嬉しいのに。気になる、気になるよ。だって、私は、ずっと……
「……」
……ずっと? ずっと、何だろう。私はずっと何なんだろうか。でも、この気持ちって——
「——残念だったな」
「えっ?」
これは、まさか。すでに彼女が居るとも取れるその物言いに、チクりと胸の奥が苦しくなった。
まあ、高校生にもなれば、そりゃあ、いろいろあるよね。もう、高校三年生なんだもん。うん、仕方ない、あるある……。
「俺は、バスケットが恋人なんだよ」
「……」
え、うそ……この人、そういうこと言っちゃうタイプだったんだ、なんて思ったけれど。ほっとしている自分がいたのも事実だった。
「……なんだァ、その
顔
(
ツラ
)
」
「……へっ?」
「コイツ、そーいうこと言っちゃうんだぁーってあからさまに顔に書いてんだよ!」
「ハ……ハハ、バレた?」
咄嗟におどけて見せたけれど、実際ほっとしたなんて、口が裂けても言えなかった。そのとき彼がふと私の肩に掛けていたスクールバッグに視線を落としながら、ぽつりとつぶやく。
「……つか、まだ持ってたのかよ」
「え? はい?」
すこし気まずそうに目を泳がせた彼は「ん。」と、私のスクールバッグを顎で指して見せた。
「………あっ、!!?」
……し、しまった!あのときの、第二ボタン!やばい、外すの忘れてたあーー!!
「あっ、こ、これは……!」
ハンドメイドで、ストラップふうにして付けていた、彼の中学校の卒業式に受け取ったあの第二ボタンを慌てて取り外し、鞄の中に乱暴にしまい込んであたふたしている私の隣から「はっ」と、柔らかい鼻先で笑ったような声が聞こえて来た。あ、その笑い方好きだったんだよなぁ……なんて呑気に思い出していたら。
「……ったく、未練がましーオンナだな」
って。呆れたような、それでもやっぱり優しい声で言うから「ほっといてよ」と赤面した私を、ケタケタ笑っている彼。その姿に、不覚にも目を奪われた自分がいた。
あぁ、私は重症なのかもしれない。くそ……、眩しいぜ。カッコいいじゃねーかよぉ。そうだ、これは幻だ。絶対に、幻なんだ——。
「つか、昔みたいにギャーギャー騒がねぇのな」
「騒がないよ〜、もう高校二年生ですからー」
「なんか調子狂うぜ。だいたい、三井先輩とか、なんだよその呼び方」
「はぁ〜? 昔は散々��センパイ�&tけろって、うるさかったくせに!」
「昔は昔、いまはいまだろーが!」
「なにそれ」
どうでもいいところでムキになるのもやっぱり昔と変わっていない。そんな懐かしい面影を思い返しながら私はニヤつくのを必死に抑えていた。そうしたら、不意に彼と目が合った。その瞬間、すぐに目を逸らした相手が、ぶっきら棒に言う。
「俺だってな、緊張してんだよ」
「……へ?」
「昔みたいにしてくれ、頼むから……」
と、尻すぼみして言った彼の顔は、あきらかに赤面状態であった。暗闇でもわかるその表情と、その艶やかな顔色。自身の髪を、ガシガシと掻く懐かしい姿に数年間のわだかまりと緊張感はすっかり解けてしまった。そして私は悟す、あぁ……お互いに緊張していただけだったのね?——と。
懐かしい家路を歩いて、他愛もない会話をして気が付いたらもう、私の家の前だった。ちゃんと家の前まで送り届けてくれたことへの『ありがとう』に添えて「送ってく」と言ってくれた、彼の勇気に賞賛を示すべく今度は私のほうから勇気を出して言わなければ、と思った。
「——ねぇ!」
「……あ?」
「ケータイの番号、おしえてよ!」
一瞬だけ目を見開いた彼。途端に、大きなその図体が縮こまって「ったく……仕方ねーなぁ」と折りたたみの黒色の携帯電話を、バッグから取り出してくれた。
ねえ、寿。いまになって振り返ってみるとさ、あのときは久しぶりに、恋の予感がしたんだよ。寿も、そうだったのかなって。どっちもまだあのときは、気付いていなかっただろうけど。いや、お互いに、気づかない振りをしていたのかも知れないね——。
「てかさ、顎に傷なんてあったっけ?」
「……ほっとけよ。」
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