16歳、初夏(4話)
16歳、初夏
― 16歳、初夏 ―
「今日からこの湘北に転入することになった名字名前だ、みんないろいろ教えてやれよー」
桜も散り、緑葉生い茂る校内の木々たち。
高校生になってからの転校ほど周りの雰囲気に馴染みづらいものなんて、この世には他に無いと思うのは私だけだろうか。しかも、高校二年生に進級して、たった三ヶ月という、こんな謎のタイミングで。それにしても……来てしまった。遂に来てしまった。��初恋�≠ェ居る、この場所に——
「わたし、彩子!彩子って呼んでねっ!」
と、明るく声を掛けてくれた子が居た。それは転校初日、次の移動教室の準備をしているときの出来事だった。
「あ、えっと。名前、って呼んで……ね?」
突然の声掛けに少し警戒してしまったか。そのせいで何だか挙動不審な返しになってしまった。
「名前!よろしくね〜」
しかしそんな私の心配をよそに、彼女は明るくウインクをして見せた。ウインクなんて生まれて初めてされた気がする。へえ、今時いるんだなぁパチンッ⭐︎と音が鳴りそうな、まるで絵に描いたようなウインクをする人なんて……。
彼女は「一緒に行きましょ!」と言いながら、初対面とは思えぬほど親しく接してくれた。彩子の第一印象は��コミュニケーション能力が高い系女子�≠ワさにそんな言葉がぴったりな感じの印象だった。
「どうして湘北に転校して来たの?」
廊下を移動中、ずいぶんとまた、年期の入った校舎だなぁーと、あたりをキョロキョロ見渡して歩いていると彼女からそんな質問を投げ掛けられた。私は「え、えっと」と、吃りながらも嘘偽りなく答える。
「お父さんの転勤で、急遽決まったの」
「そう。でも大丈夫よ!私たちのクラスならすぐ馴染めるわよ!」
「そんな不安な顔しないでー!」と、バシバシ私の肩を叩きながら言う彼女に対してよく他人の反応を細かく見ている子なんだなって関心した。
そんなに顔に出ていたのだろうか……気を付けよう。高校二年生にもなって、しかも、転校先で印象が悪くなるのは、完全に不利だ。そう思った私は、彼女に軽く笑顔を向ける。
中学三年に上がるタイミングで地元から引っ越したので引越し先での私は地元にいた頃とは違い周りから見ればむしろ静かな印象だったと思う。もう明るく振舞う必要も無い。過去の自分のことも、母親の自殺のことも、誰も知らない土地なのだからと。心を許せる友達も、居なかったような気がする。というか意識的に作れなかった。何故かは自分でもよく分からないけれど。弱くなった気もするし我慢する事も増えた。思春期強化中も相まってあまり他人に深く踏み込まれたくない、そんな感情も強かった。それでもお父さんとは、なんやかんやで上手い具合に��家族�≠ニいう形を継続して、作れていたほうだとは思うけど。
「彩ちゃん!」
長い廊下を歩いていた背後、遠くから、彼女の名を呼ぶ声が聞こえた気がした、次の瞬間——。
「オレ、宮城リョータ!」
「!!!?!」
「よろしくねっ、名前ちゃん♪」
は、は、早い!もうここまで走って来たの!?その瞬間あまりの速さに呆気に取られている私に満面の笑顔で挨拶をしてくれた、同じ二年一組の彼——宮城リョータくんに、私は咄嗟にペコリと頭を下げた。
「コイツも私もバスケ部なのよ」
「へ、へえー。そ、そうなんだぁー.....」
ふーん、なるほど。バスケ部か。バスケ部……
ん、バスケ部?えぇ!!バスケ部ぅぅぅ!!?
「名前?」
一瞬でフリーズ状態になってしまった私の顔を彼女が覗き込んで来たことにも気付かずに「あのさっ……!」と勢いよく声を出したことでえらく大きな声になってしまった。
「びっくりしたぁ〜!」
いやいや、私だって自分の声にびっくりした。「なんだアンタ声出せるんじゃないの。何よ?」と続けて聞き返してくる彼女に緊張していたから上手く話せなかっただけだと伝えたかった。そもそも序盤から、彼女のコミュニケーション能力に圧倒されていたと言う表現が正しいけれども……いやっ!いまは、そんなことはどうでもよくて!
「あ、あの。バ、バスケ部にさ、その……いや、居ないよね?いや、居るかな?……あの、いや」
「なぁーに自問自答してんの?なによ」
「いや、バスケ部にさ?」
「うん、バスケ部に?」
「……ミツイヒサシって人、居ないよね?」
お願い、神さま仏さま、彩子さま……!そんなひと、居ないと言って——!
「……?」
「……ッ」
お願い、居ない……居ない!……はい!居ないってことで確定!よかった〜、これで一安心——
「三井先輩? 居るわよ?」
「げっ!や、やっぱり!?」
「げっ、て……なによ名前、アンタ知り合いなの?」
……居ましたか。うん、そりゃそーデスヨネ。『湘北行くって決めてたからな!』って言ってたもんなぁ。ああ、こんなときにあの眩しい笑顔が脳裏をよぎるとは。名字名前、一生の不覚。
「い、いや。ううん、べつに、その……」
「なによぉ〜? 隠しごとは、な・し・よ?♡」
まるで語尾にハートマークが付いているんじゃないかというほどの甘い声で彼女が本日二度目のウインクを投げて寄越した。どうやら彼女はウインクが特技らしい。
「なになに名前ちゃん、三井サンとどーゆう関係?」
足の速い彼、リョータくんも興味津々に、目を輝かせて問う。別に適当に受け流せばよかったのだろうけれど、なぜだか隠せなかった。せっかく友達になってくれたわけだしむしろこの二人には隠し事ができないと言うか。��素直になれそう�∞�居心地がいい��——そんな、自分でも不思議な感覚に懐かしさも感じた。そう……なんて言うか��昔の私�≠ノ戻ったような感覚と言うか。
「その、なんと言うか……」
「……」
「……」
いや、てか……。
そんなに、二人で揃って、見つめないで!
「お、おさななじみ……とか言うやつでして」
「「えっ!!そうなの!?」」
私の言葉にリョータくんと彩子の声がきれいに重なった。二人のあまりの声量に、私は反射的に両手で耳を塞ぐ。
「うわぁ〜、三井サンに、こんな可愛い幼馴染が居たなんて……」
「何で隠してたんだろ、三井サン」とリョータくんが頬を膨らませたので「いやいや話すような間柄でもないしさ?ただ家が近いだけだし」と、慌てて補足するとリョータくんがニヤりとほくそ笑んで、食い気味に聞いてくる。
「名前ちゃんって、ずっと向こうだったんだよね?」
「え? ううん、中学三年の頃からだけど……」
「じゃあ知らねーか!」
「へ?」
「三井サンがグレてたときの……」
そのとき先の言葉を遮るように「リョータ!」と、彩子がリョータくんの口を咄嗟に両手で塞いだ。きょとんとしている私に彩子はこんな提案を持ちかけて来る。
「そうだ、名前!バスケ部の見学に来たら?」
「はい!?」
「そうだよ!」と、口を抑えられていた彩子の手をそっと退けて、リョータくんも彼女の提案に嬉しそうに乗っかって来る。
「いま試合前でさ、部員のみんなも気合い入ってんぜ!」
と、リョータくんからも直々にバスケ部見学のお誘いを受けてしまった。瞳を、爛々と輝かせて言う彼はヒョウとかチーターみたいな、なにかの肉食獣みたいだ。猫みたいにもっと親しみやすければいいのに。とはいえ、きっと彼も本来は優しさの溢れる人なんだろうなぁ、なんてことを考えながら私は「見にって……」とつぶやいたが二人はもう聞く耳を持たずといったところだった。
そんなこんなで慌ただしくも転校初日は過ぎ去っていった。けれど仲良くなれそうな友達ができて良かったとは思う。とりあえず一安心だ。気掛かりと言えば、二人もバスケットボール部所属ということだけ——。
——放課後
「ちゅーっす!」
「おぉ、宮城おせーぞ」
「桜木たちは、もうやってるぜ」と三井サン。そんな三井サンだって、いま着替えてるくせに、とは言わないでおこうと、オレも急いで着替えをはじめる。
「授業中に昼寝してて、罰で掃除をね……」
アハハーと、バツが悪そうにすると「バカヤロウ」なんて言いながらバッシュを持ち、更衣室を出て行く三井サンに向かって「あっ!三井サン、一緒にいこーよ」と、去る背中に声を投げつつ、急いで着替えを済ませて、そのあとを追った。
「そーいえば今日、転校生が来たんスけどぉー」
「へぇ、珍しーな。こんな時期に」
とくに興味も無さそうな三井サンに対してこのひと、なにも知らないんだなぁと哀れみの視線をひそかに送る。体育館では思い思いに練習に励む湘北バスケ部員の姿。海南戦で、惜しくも勝利を逃し、懺悔なのか、赤坊主になった花道をおちょくりながら今日も練習が始まる。
「そうそう、その転校生なんスけどねー?」
「おー」
「すっげー可愛くて〜!モテるね、ありゃ〜」
ふうん、と三井サンは、ウォームアップをしたあと、見事にスリーポイントを決めて見せた。
「よしっ! きょうは絶好調だぜぇ〜い!」
そう声を高らかに上げ大袈裟にガキっぽくガッツポーズする先輩の姿を横目にオレは絶妙のタイミングを見計らって言った。
「その子の名前��名字名前�≠ソゃんって言って」
白々しく言い放ったあと……ガンッッ!!と、本日��絶好調�≠セったはずの三井サンのボールはリングに嫌われ、虚しくも床に落ちた。
「あっれぇ〜? 絶好調どこ行ったんスか〜?」
「っせーよ!今は手に、汗が付いてただけだ!」
ワタワタと言い訳を述べる三井サンに対して、「ふーん?」とオレもゴールを目掛けてボールを放つ。そのボールは綺麗な弧を描きながらリングに吸い込まれていった。
「まぁ実際クラスでもさ、すでに狙ってる奴いたんだよなあ〜」
「へ、へぇ……」
「サッカー部のエースとかね?あと野球部の次期キャプテンとか!」
「……。」
おやおや?さっきまでは煩かったはずの先輩の声が、聞こえて来ねーじゃん?
チラリと目線を送ればボールを持ったまま三井サンは固まっていた。ひゃっはー!しめしめ。
「——まっ、オレには彩ちゃんがいるけど!」
と、最後にそう言い捨てたあと、オレの投げたボールはシュポッ!と耳触りのいい音を立てて、またもリングに命中した。「オレも絶好調〜♪」と三井サンの顔を覗き込んで、ブイサインする。
「……なンだよ」
「はい? べつに〜?」
不機嫌そうに舌を打ち鳴らす三井サンに恍けてみせたオレは先輩に流し目を送りつつ花道がいる向こう側のリングに向かって走った。
「……。」
……まさか、な。同じ名前なんてごまんと居るだろうが。ただの��ドウセイドウメイ�≠チてやつだ。そうだ、そうに違いねぇ。
宮城から聞いた転校生の存在と俺の記憶に宿る同姓同名の彼女の存在。その、同姓同名の名前を耳にしてからの俺は一度もシュートが決まらなかった。
「あ、名前〜!」
今日は調子が悪いときっぱり諦めて次のボールを投げ込もうと腕を挙げたとき、マネージャーの彩子のその大きな声に、体が一気に強張ったのがわかった。腕を挙げたまま固まる俺。
「彩子、シーーーー! 声が大きいってば……」
意図的に消し去っていたはずの記憶が、一気に目を覚ます。俺の耳にも確かに届いた聞き慣れた癖のある懐かしい声。俺は、その声がするほうを咄嗟に振り返ってしまった。すると体育館の入り口、いつも部活を眺めている一年のメンツに混じって立っていた、見慣れない女子生徒の姿。その女子生徒と不意に、目が合った。反射的に避けるように背中を向けたが確実に目に映ったその姿に戸惑いと動揺がじわじわと押し寄せて来る。だがあれは、紛れもなく彼女だ。それは俺にとって、幼馴染でもあり��初恋�≠フ相手でもある——。
練習が開始してからまだ間もないと言うのに、変な汗がじわりと背中をつたう感覚が妙にリアルだった。
「ぬ?ミッチー、顔色わるいぞ?」
「大丈夫か」と俺の顔をジロジロと覗く桜木。「…チッ、元気だよ」と舌打ち付きで吐き捨ててそのツラにメンチを切っていると、今度は宮城が猛スピードでこちらへ駆け寄って来た。……嫌な予感がする。
「三井サ〜ン!あの子っス、転校して来た子!」
「ほーん、りょーちんのクラスにか?」
何故か宮城は楽しそうに、ホレホレと俺を肘でつつく。おまけに側にいた桜木までもがこのネタに乗っかって来やがった。なんて言おうか……。勘繰られたくはない、とくに、こいつらには……ぜったいに、めんどくせえことになるから。
「あー、……知り合いだぜ?あいつ。」
そう言って、特に気にも止めていない素振りを見せたあと、リングに意識を集中させ精神統一。そしてボールを投げ込んだ……!が、相変わらずリングには好かれない。チッ、と舌打ちをすれば「えっ!そうなの!?」と宮城が白々しく大声を出した。
「宮城、てめぇ……」
「へっ?」
「なんか知ってたんだろ!その反応はよっ!!」
「ゲッ、バレた?」
私はコートの上で楽しそうにバスケットをしてチームメイトと笑い合う彼の姿をずっとここから見ていた。元気そうで良かった、笑顔はやっぱり変わらないなぁ、なんて考えながら。
でも昔はあそこまでガラの悪そうな、ヤンキーみたいな風貌はあまりなかったような気もするんだけどなぁ。それにしてもまた背が伸びたなあ、髪も、すこしだけ短くなったかな。そんなふうに観察をしていて結局、最後までバスケ部の練習を見学してしまったのだった。
TOP