25歳、春(7話)
25歳、春
― 25歳、春 ―
久しぶりの親友との再会に舞い上がってしまい二人で結構の量のアルコールを飲んだような気がする。こうしてお酒をゆっくり交わす機会もなく年月だけが過ぎてしまっていたけれど、私の予想通り、彼女はとてもお酒が強かった。決して酒乱なんかではないけれども。
昔は今よりも携帯電話で気軽に多くやり取りをするという時代背景ではなかった。SNSなどを通して色んな情報も簡単にキャッチ出来なかった。現代では即座に相手の反応を確認できる��既読�≠ネんていう機能が当たり前に浸透していて離れていても拘束されているような、そんな時代だ。
入社、人事異動、後輩の指導。試験や資格に、出張、と。社会人になると何となく時間に制限も生まれてくるように思うのは私に限らず、きっとみんながそうなのだろうとも思う。流れる時間もとにかく早く感じる。
連絡を頻繁に取り合うのが親友だという基準はどこにも無いし、たとえ連絡を取り合っていなくてもこうして会ったときに昔のように、いつもと変わらず笑いあえるのが本当の友情なのではないかと、彩子といると身に染みて実感する。
「せっかくだし、もうひとり呼んじゃおっか!」
「楽しくなって来ちゃったぁ」と彼女が自分のスマホを取り出して手早く文字を打つ。私は不審そうな顔つきで彼女にそっと問いかける。
「彩子……だれを、呼ぶの?」
「それは来てからの……お・た・の・し・み♡」
*
——カランカラン。数十分後、彼女が突然呼びつけたであろう相手が店内の扉を開けた。私は、その懐かしい姿を見て、自然と笑みがこぼれた。
あの頃と、まったく変わってないなぁ、って。
「彩ちゃん!!待った!?」
「リョータ!ちょっと〜、遅いんじゃな〜い?」
「急に彩ちゃんから連絡くんだもん、俺びっくりしちゃって」
「これでもすっ飛んできたの!」と彼は言う。本当にダッシュしてきたのだろう、息がやや上がっていた。しかし、リョータくんはすぐに涼しい顔をして「すんませんビール」とカウンター越しのマスターに声を掛けていた。そして彩子の隣に腰を掛ける。雰囲気から察するに、どうやらまだリョータくんの恋は実っていないらしい。
「名前ちゃんも久しぶり!」
変わらぬ笑顔で言う彼に私も「久しぶり!」と明るく返した。そうして耐えきれず、クスクスと笑っていると「あー何で笑ったの?」なんて聞くから「嬉しくなっちゃって」とは素直に言えず、「いや、変わってないなーと思って」と、軽口を叩いたら「名前ちゃんもね!」と拗ねて口を尖らせるリョータくんの姿が高校時代の、あの頃とリンクした——。
忘れられない風景がある。
忘れられない風景がある。
「……えっ、てか、マジで久しぶりだよねっ!」
「そうなの、名前見掛けた途端に私叫んじゃったわよー」
「私も彩子ってわかった時びっくりしちゃった」
「名前ちゃん、成人式も来なかったもんなー」
——たしかに。行かなかった。なんとなく行けなかった。きっと二人は、行ったんだもんね。
どうして私、行かなかったんだろう。そうだ、そういえばあの頃から私は��湘北�≠�避け始めたんだった。湘北高校を卒業すると同時に……。
「そうなんだよね……なんかバタバタしててさ」
「じゃあアレかー、ダンナたちの成人式ぶり?」
「ははっ、彩子とおんなじこと言ってるしぃ〜」
「えっ? そうなのっ?」
一気に顔を真っ赤に染め上げるリョータくんを見て、まだいまでも真っ直ぐに、あの頃のように彩子に想いを寄せているんだなと思えば羨ましくもあり、そして、微笑ましくなった。
「——あ、そーだ。彩ちゃん」
「んー?」
「三井サンのこと、話した?」
「ええ……ついさっき」
「ふーん、そっか……」
そんな会話を軽くしたあと二人が気まずそうに目を泳がせた。その空気にあれ?何か私が二人に気を遣わせてしまっているような……?と思い、気まずさを取り払うように「リョータくん」と、そっと彼の名を呼んだ。
「は、はい!」
「寿の話聞かせてよ、結婚するんでしょー?」
「あ、いや……その……、」
「私もう、大丈夫だからさ」
「……名前ちゃん。」
「もー、ふたりとも遠慮しすぎぃ!」
彩子とリョータくんは目を合わせてほっとした表情を浮かべ「たいしたネタねーけど!あの人」なんてリョータくんはお得意の悪口炸裂。それに続けて彩子が「全然変わってないわよね、先輩」と呆れ口調で憎まれ口を叩く。
気を遣いすぎる二人の大切な親友。昔からそうだったから分かる。こんなに優しい友人を持った私は、本当に幸せ者なんだと思う。私も、逃げてばかりいないで、二人に会いに行けばよかった。
「彩子もリョータくんも、せっかくまたこうして会えたんだしさっ?楽しく話そうよー!」
「そうよね、こうして三人が近くに住んでるのも何かの縁よねー」
「へえ、近いんだ?名前ちゃんも」
「うん。実は、そうみたい」
昔話から仕事の愚痴、近況報告などを緩く話しながら止まらないアルコ―ルをまた喉に流し込んだ。そんな中、突如彩子が「リョータ。アンタ、ちゃんと自炊してんの〜?」と、彼女らしい言い回しでなんとも回り諄い気遣いの言葉を放つ。素直じゃないところは昔から変わらないな、と思う。リョータくんは彼女の本心に気づけているのだろうか。
「社会人になってもバスケやってるくせに、コンビニ弁当ばっかじゃ体力つかないわよ〜?」
「はは〜、バレバレ……」
彼が額をぽりぽりと掻きながら、面を食らっていると「ちゃんと、栄養管理しなさい」なんて、昔みたいに説教を垂れる彩子。「じゃあ、彩子が作りに行けば?」と茶化す私に「名前ちゃん!」とあたふたして焦るリョータくん。
「……まぁー、時間があればね?仕方ないから、作りに行ってあげてもいいわよ?」
「彩ちゃん……」
キラキラと目を輝かせて彩子を見つめている、電光石火のリョータくん。やっぱり一途って素敵だなと思う。「不器用だよね」とリョータくんを横目に見て、小さい声で私が代わりに言い返せば「何か言った?」と彩子が殺気を向けてきたので「ナンデモアリマセン」と、素直に謝った。
楽しい時間は過ぎるのが本当に早い。私たちは時間が経つのも忘れて、久しぶりに三人で会話に花を咲かせたのだった。
*
「そろそろお開きにしましょうか」
彩子の声に「そうだね」と少し名残惜しそうに私が返事をして帰りの身支度をしはじめたとき、リョータくんが「あ、そう言えば」と思い出したように口を開いた。
「名前ちゃん地元にはまったく帰ってないの?」
母の墓参りには毎年必ず帰ってはいたが実のところ二人は母が亡くなった本当の理由を知らない。二人と出会ってから今日まで「どうしてお母さんは亡くなったの?」という質問をされないように上手く避けて生きてきた。あの頃と違って大人になった今ならば「そういえばどうして亡くなったの?」と普通に聞かれてもおかしくはない。私は、どう答えるべきかすこし悩んだあと嘘をつくわけにもいかず、やんわりと言葉を濁しつつ返す。
「うん、お盆とかね。お墓参りくらいは帰ってるんだけど……ほぼ日帰りかな。」
どうも長い時間、あの地にはいられない自分が今でもいるのは事実だった。
「あー、じゃあ湘北は?」
「湘北高校? 行かないかなぁ。」
「そっかァ〜、まあ、そうだよね」
「実家から、少し距離もあるしね」
出来るだけ詮索されないよう当たり障りの無い言葉を選んだつもりだ。あと、気まずくならないようにと。そうして私が財布を取り出したとき、時間帯的にも少なくなった店内のお客さんの声が聞こえなくなるくらいに次いで発されたリョータくんの言葉が、ストレートに脳裏に突き刺さる。
「三井サンがいるよ——。」
………え?
「三井サンいま、湘北でセンセーやってる。」
「……そ、そうなんだ、」
そのまま完全に言葉に詰まってしまった。急に何も出てこなくなってしまったのだ。何か言葉を発して繋げようとも口がパクパクとするだけで。
「ちなみに、バスケ部の監督。」
「……。」
湘北高校で先生……しかも、バスケ部の監督。知人からも、お父さんからも聞いたことのない、彼の現状。——高校教師に、なったんだ。
「帰る機会があったら寄ってみたらいいわ」
「……っ。い、いやっ、」
「三井先輩、喜ぶわよ」
あきらかに動揺して言い淀む私に対して届いた彩子の声は、泣きたいくらいに優しかった。
「ねっ!三井サンも絶対喜ぶって!」
リョータくんも楽しそうに話に乗っかって来るが、とりあえずは「機会があったらね」と返したところで店員さんが「4円のお釣りになります」と割り込んでくれたお陰で助かった。そしてそのまま私たちは店を後にした。
夜風に当たると、酔いがすこしだけ冷めてきた気がして頭が冷静になったところで明日起きれるかな……なんて、不安が押し寄せてくる。お酒を飲んだあとの帰り道に発動する脳内ルーティンである。暫く三人で歩いていると、リョータくんが口火を切った。
「三井サンの奥さん、三井サンの大学の後輩とか言ってたなぁー」
「リョータ、なんでそんなこと知ってるのよ?」
「ん?あーバスケやってるメンバーに三井サンと同じ大学だった人がいるんだよねぇ」
「へぇ、そうだったの」
「すっげぇ三井サンに言い寄ってたんだってさ」
リョータくんと彩子の会話に何となく入れずにいた。しかし、無理に入り込むいわれもないのでそのまま聞き流す。
「ぜってー名前ちゃんの方がお似合いだって!」
お酒の力も借りてそんなことを口走るリョータくんに思わず私は苦笑する。彼も結構酔っぱらっているらしかったので「はいはい、ありがと」ととりあえず受け流したのにも関わらず今日に限って、やたらとしつこく絡んでくるリョータくん。その目はやはり、ヒョウとかチーターとか何かの肉食獣みたいだった。
「つーか、な〜んでヨリ戻さなかったのぉ?」
「……?」
「三井サンずっと、名前ちゃんのこと——」
「——え?」
「リョータ!……アンタちょっと飲みすぎよ!」
「ごめんね、名前」と、彩子はリョータくんの介抱をしはじめる。その姿を見て、数秒前に彼が発した発言への動揺は、一瞬で吹き飛び昔と変わらぬ光景になったことで、私も自然と笑みがこぼれた。
「リョータ、ちゃんと歩く!」
と彩子に言われてなんとか千鳥足でも平常心を保ちながら歩くリョータくん。彩子ってやっぱりマネージャー気質だよね、なんて変に納得したりして。お似合いなのに、どうして付き合わないんだろう、と考えていたとき、ふと思い出した。
「……あ、そうだ。彩子とリョータくんに、これあげるよ」
私は、映画のチケットを二枚渡して「会社の子からもらったんだけど、もう見たやつだから」と伝えた。
「わーい!ありがとう!」
と嬉しそうに彼がチケットを受け取る。しかしそれを受け取ったタイミングでリョータくんが、「あれ?名前ちゃん何か落ちたよ」と拾い上げてくれたのは今、私の鞄から落ちたであろう自宅の鍵。その鍵には、ずいぶんと年期の入った小さな赤いバスケットボールがぶら下がっているストラップが遠慮がちに付けてあった。
「——あ、ごめん!」
慌ててリョータくんの手から、その代物を奪い取り、乱暴に自身の鞄にそれを放り込む。
「名前それ、もしかして三井先輩とお揃い?」
「え?あ、あれ?このストラップのこと、彩子に話したことあったっけ……?」
「いいえ……」
と彩子がつぶやき目の前のタクシーの窓をコンコンと叩いた。それに気付いたらしい運転手が、タクシーの後部座席の扉を自動で開ける。リョータくんをタクシーの奥に押し込み自身も乗ろうという刹那、彩子が言った。
「このあいだ、三井先輩も同じの付けてたわよ」
「車の鍵に。」と言い置いて彼女もタクシーに乗り込む。その後すぐに虚しく閉まるタクシーのドアを私が呆然と眺めていると、ウィーンとタクシーの窓が開いた音がした。
「名前、また連絡するわ。おやすみ」
彩子がそう言うと間も無く窓が閉まりタクシーは走り去って行った。すこしのあいだ私は何故か動けずにいた。そして、小さく深呼吸をしてからようやく自宅の方へと歩き出す。
今日はやはり疲れたな。楽しい時間は、体力も消耗するものだと年々、実感させられる。でも、とても、いい時間を過ごした。いい一日だった。明日からまた頑張ろう。
そう言えば——『帰りに連絡して』とお誘いを受けていた彼からのメッセージをふと思い出し、私は自身のスマホを鞄の中から取り出して画面を付け、目を細めた。
「眩しい……」
薄暗い中にずっといたせいでスマホの人工的な明るさに頭がキーンとなった。
彼氏でもない相手に、なぜこんな丁寧に報告をしなければならないのだろうか、面倒くさい、と思いつつも起きてるかな?と私は連絡をよこせと催促をしていたその相手の電話番号を電話帳から探し出し、発信ボタンを押した。
いま、呼び出し音が鳴っているスポーツバーの彼のことなどどうでもいいのだ実際のところは。
それよりも私が気になって、仕方がない人物。さっき会った親友でもなければ、まもなく結婚をするらしい幼馴染の彼でもない。
あの日、タクシーを争奪し合ったイケすかない彼はいま——なにをしているのだろうか。
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