第五話
捨てた過去の復讐




三井が腑に落ちない表情のまま自転車を押して来た道を帰ろうと進みだしたとき物凄いスピードで自転車を漕いできた女性の姿が目に入った。

「名前はっ!?」
「あ?」

ガシャン!と彼女は乗っていた自転車を頬り投げて三井に問いただす。

「名前と一緒だったのっ!?」
「あ、ああ…いま送って来たけど」
「いま……… 今!?」

そう言った彼女が太陽を見上げた。丁度そのとき道の向こうから名前の母親と父親もこちらへ向かって走って来た。

「おじさん、おばさん!名前戻ってるって!」

その言葉に両親は三井をギロリと睨みつけて先ほど三井も登った階段を一気に駆け上って行った。そして目の前で騒いでいた彼女も三井を睨みつけると階段の方へ体を向けたので三井は思わず腕を引き尋ねる。

「なんなんだよ、いったい!」

 ― パシンッ…!! ―

「いっ…てーな!何すんだよ!!」

掴んだ腕を思い切り振り払った彼女から三井は平手打ちを食らう。

「あんた名前を殺す気!?」
「はぁ!?」
「名前が死んだらどーしてくれんのよっ!?」
「死ぬって何だよ」
「名前はね、病気なの!太陽に当たったら死んじゃうかも知れないのよ!」
「えっ…… ?」


 名前の父親は猛スピードで車を走らせた。ワゴン車の後部座席の窓にはカーテンが付けられており名前に光が当たらないよう締め切られている。名前に寄り添い母が急いで持って来たであろう肌掛けを名前にそっと掛けた。
辿り着いた病院で久しぶりに名前を見た主治医が笑顔で病室へと誘導した。

「服装はその時のまま?」

病室のベッドに横になり少々湿疹を起こしていた名前の腕を触りながら主治医が問いかけた。名前はコクンと頷くだけで顔を背けている。

「うん、大丈夫でしょう。」

主治医がそんな彼女の仕草に苦笑いをしたあとそばにいた両親にそう告げた。

「大丈夫って先生、」
「この程度なら全く問題ありませんよ。顔や体のどこかに違和感はない?」
「…はい」

主治医は久しく聞いた彼女の声に「今日はもういいですよ」と微笑み返した。

 帰り道、車内は沈黙が続いていた。何度もバックミラー越しに名前を何度も見る父親の視線に名前が痺れをきかせ呟く。

「…なに?」
「何じゃないだろ、何なんだ今朝の男は…聞いてないぞ、そんな話」
「言ってないもん」
「お前なぁ…」
「名前の…好きな人?」

そんな空気の中でも母が嬉しそうに問いかけて来た。その言葉に名前がほんのりと顔を赤くし二人から顔を逸らした。

「そうなの?」
「そうなのか?」
「…悪い?」

そう答えた名前に二人は言葉を詰まらせた。

「でも、もうおしまい」
「えっ?」
「病気なんて関係ないって思おうとしたけど、やっぱり私が誰かを好きになろうなんて無理なんだよね」
「……」
「安心して、もう会わないから。」

その言葉に父親は険しい顔をして不意に窓の外を見た。

「彼も病気の彼女なんて嫌だろうし」
「お前のは病気じゃなくて個性だろ」
「また綺麗事言っちゃってさ…どうせ私の病気は治らないのに」
「そんな事ない!」
「じゃあ私の目を見て言ってよ!!」

強い口調で投げかけた名前に対して父親はバックミラーから目を逸らした。

「もう騙されないよ、いつまでも子供じゃないんだから…」





「三井サン、ラーメン食ってかね?」
「…え?あ、何か言ったか?」
「もぉ〜大丈夫スか?何か最近変スよ、三井サン」
「別に…普通だろ。」

夏休みも相変わらず湘北バスケ部は部活に励んでいた。最近、完全に夏休みボケでおかしい様子の三井に宮城が問い掛ける。

「最近付き合いわりーし」
「バカヤロ、勉強とか色々あんだよ」
「勉強!?どの口が言うのそれ」
「うっせーよ!…じゃあな、帰る」

そそくさと部室を出た三井は駅の西口へ足を向けた。辿り着いた先に彼女の姿はなかった。あれから部活の帰りには必ず寄っているのだが一度も彼女は現れなかった。





あれから数日後、歌う気にもなれずベッドで横になっていた名前の自宅のインターホンが鳴った。名前はいつも勝手に上がり込んでくる。インターホンが鳴ったという事は名前ではない。何度もインターホンが鳴る、と言う事は両親も留守にしているのか。

「めんどくさいな…」

そう呟いた名前はそのまま居留守を使おうと鳴り響くインターホンを聞き流した。
3回、
6回…
8回目のインターホンの音でようやく名前は重い体をベッドから下ろし玄関に向かった。

「…どなたですか?」

玄関の前に辿り着き不機嫌な声で扉の向こうの人物に声を掛けた。

「…俺だけど。」

名前はドキンと胸が高鳴り目頭が熱くなった。

「元気?」
「…」
「どーした、もう歌わないのか?」
「…」
「だって……あんなに歌うめーじゃねーかよ」
「…」
「歌わないなんて…もったいねーよ」
「…っ」
「もう一度聴きてーんだ」
「…私は…私は普通に生きていければよかった、それだけでよかったのに」
「…」
「もう来ないで」
「…え?」
「これ以上、私に関わってもきっといい事ないよ」
「… おい、ちょっと待てよ」

そう呼び止めた三井の耳に自宅の階段を駆け上って行く彼女の足音が聞こえた。





「もう、遅いよ!」
「悪い悪い」

名前の父親は少し遅れて待ち合わせのファミレスへと到着した。

「何よ急に呼び出して」

メニューを開いた名前に「飲み物だけにしろよ」と忠告すると悪ガキのように顔をしかめられた。

「いや、お前なら知ってると思ってな」
「なにが?」
「名前の元、彼氏のことだ」
「…知ってるよ」
「地元の高校生か?」
「私と同じ学校だよ」
「湘北か…」

テーブルに来たウエイトレスに「オレンジジュースひとつ」と勝手に頼んだ名前の父親に名前は舌を出した。

「これから俺が言う事を高校生の感覚で判定してくれ」
「え?」
「その彼氏に俺が会いに行ったら名前は怒るか?」
「そんなの怒るに決まってるじゃん、一生口聞いてもらえないよ?」
「じゃあ、その彼氏に名前に会ってやってくれって頼んだら名前は…怒るか?」
「え?」
「嘘でもいいから会ってやってくれって頭下げて頼んだら名前は怒るか?」
「怒って…泣き出すんじゃないの…」

名前が俯いた時ウエイトレスが来てオレンジジュースが静かにテーブルに置かれた。






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