彼女は翌日、先に部屋に来ていた。『お帰り』と、そう言って出窓に腰を掛けている。
上着を掛けて俺はシャワーを浴びに行くときいつも揶揄うように「覗くなよ」って言う。すると、桜の精とはいえ女の子。顔を真っ赤にして『覗きません!』って言う。くすくす笑いながら俺はシャワーを済ませ彼女と他愛も無い話をする。
こんな時間が、いつの間にか楽しみになっていた。だって普通はこんなふうに話なんか出来ない。相手は人間じゃないんだ。俺が気付くとソコに居て、笑っていたりするとなんか気持ちが落ち着くというかほっとする。
まぁ、仕事中やエトセトラと居るときは、我が儘を言わないからかも知れないけど。部屋に帰ると我が儘全開。もうそれも慣れたような気がしないでもない。慣れとは恐ろしいものだ。
この日も部屋でソファに座って、彼女と今度の話をしていた。
「次はどこ行きたいの?」
そう言った俺に彼女が言ったのは
『遊園地かな〜』
だった。これまた無理難題。俺が困ったのをすぐに感じ取るようになっていた彼女は即座に訴えてくる。
『この前ね、カップルが言ってたの遊園地の話。メリーゴーランドが楽しかったとか観覧車の夜景がとか』
「名前……」
『遊園地! 行きたい!行きたい!行きた〜い!』
「ちょ、ちょっと待って!あの……名前ちゃん?気持ちは分かるんだ」
『じゃあ……』
「だけど遊園地に男一人で行ってさ、乗り物に乗ってるって……それって、ヤバイだろ?」
『そうなの?』
「そーなの。ましてやメリーゴーランドなんてさ……危ないヤツだと思わないか?」
『どこ行きたいって言った、嘘つき!』
「嘘つきって言われてもなあ……なあ、名前」
『どーぜ我が儘で高飛車なんでしょ。わかってます、それぐらい』
こりゃ絶対、退かねーな。腕組みして見下ろしてる彼女を見ながらそう思った。
俺はどうしようかと考えた末、女友達を誘うことを思いついた。まずは彼女にそのことをOKしてもらわないとだめな話だけど。
「じゃあ、わかった。遊園地へは行くよ。行くけど」
『本当!?』
「おーい、最後まで聞け」
『なに』
「一人じゃまずいから、友達誘うけどいい?」
『友達? いいよ。私は洋平の中にいるんだし』
「なら、いいよ。連れてってやっても」
『やったぁ! ありがとう洋平!』
満面の笑顔でそう言って、ふわりと俺に抱きついてきた彼女に何故か、ドキッとした自分がいた。感覚はないはずなのに抱きつかれたのが分かった。高飛車というのと、こういう仕草の使い分けがあまりにもうますぎるなあ、なんて思ったり思わなかったり……。
*
数日後——俺は親しい女友達の一人を遊園地に誘った。だが��親しい女友達�≠ネんてのは探したら、案外居ないことに気が付いた。だから��アイツ�≠ノは少し悪い気はしたが彼女を誘ってみた。
「気分転換にどう?ちょっと行き詰まっててさぁ」なんて言いながら。
母校、湘北高校を待ち合わせ場所にして彼女の姿を見つけた俺は車の窓を開けて手を振った。
「晴子ちゃん!」
「あ! 洋平くぅ〜ん!」
彼女の方は「久しぶり〜!」なんて笑いながら走って来た。桜の精のことは言えるはずもなかったしな。
遊園地へ向かう車の中で俺は晴子ちゃんと話をしていた。彼女の存在を感じてはいたけど、なぜか彼女は黙ったままだった。まぁ、話が出来るはずもないから仕方ないけど。でも車の中で晴子ちゃんに話しているフリで何気に彼女に話しかけてたんだけど……それに気付いてるのか居ないのか、返事は全くなかった。
「今日はせっかくだし、思いっきり楽しもうな」
——なんて、晴子ちゃんに言いつつも彼女に対して言った言葉を、あの子は分かっていたんだろうか。
洋平に遊園地へ行きたいって、わがままを言った。結局、洋平は折れて連れて行ってくれることになったけれど、一人では行けないと、お友達を連れてくると言った。
ケーキバイキングのこともあったから仕方ないかななんて思いながら、当日を迎えた。私は洋平の部屋に先に行き車に乗り込むと同時に彼の中に入った。洋平はその女の人を迎えに行き、車の助手席に乗せた。
すっごく綺麗な人だった。にこにこと笑う彼女に「付き合わせてごめんね」なんて情けなく眉を下げて笑顔を向ける洋平。ハンドルを握る洋平が言っていた「今日はせっかくだし、思い切り楽しもうな」なんて言葉を、どこか冷めた気持ちで聞いていた。
遊園地のパーキングに車を停めて洋平は彼女と肩を並べて歩いた。私は彼女と洋平の会話をずっとそばで聞いていた。
「久しぶりよ〜、遊園地なんて〜」
「俺も。しかしカップル多いなー」
「これじゃあ洋平くんひとりじゃ来にくいもんね」
そう言ってクスクス笑う彼女に洋平は「はは、そーゆうこと」って、やっぱり笑う。
「それより私なんかでよかったの?好きな子とか…」
「ははっ、いれば誘ってるよ」
「たしかに……そうよねぇ!」
「いや、気遣わなくていい相手と楽しみたいなって」
「じゃあ桜木くんとかみんなを誘えばよかったのに」
「あ! その手があったな……」
「遊園地イコール��異性�≠チて思っちゃったのね?」
「ハハ……まあ、そんなとこ」
「でも、せっかくだし楽しまなきゃ!」
人間同士ってこんなふうに話して並んで歩くんだ。私は、洋平の中に入ることしかできない。遠出は洋平の体を介してでないと無理で。仕方ないと言えば仕方ないのだけれど。どこか、何故だかイライラしていたのはどうしてだろう。それでも洋平は私が乗りたいと言っていたジェットコースターに向かってた。
「あれ?洋平くん、」
「はい?」
「たしか絶叫系、苦手じゃなかった?大丈夫?」
「い、いや……ちょっと乗ってみよっかなー、みたいな」
「大丈夫ぅ?もう顔、強張ってるけどぉ?無理しないほうが……」
「ヘーキ、ヘーキ」
洋平、大丈夫って言ってるわりには動悸がしているけど……?そう思いながらも、初めてのジェットコースターにドキドキして好奇心で一杯になった。洋平がホントに苦手だなんて思わなかったから。
「キャ〜!!」
洋平の腕にしがみつく彼女に言葉を失う洋平。私は洋平にしがみつく彼女の腕が何故か気になってしまって楽しめなかった。それでも、ジェットコースターを降りた彼は気分が悪そうで——(大丈夫?)そう声をかけようとしたときだった。
「洋平くん、大丈夫ぅ?」
洋平の顔に伸びて来たきれいな指先。
「ハハ……ごめんね、乗れると思ったんだけどなー」
「ちょっと休みましょうよ」
「さすが、元マネージャーだね〜」
「もう、洋平くんったら!」
「でも晴子ちゃん、サンキュ。」
「……ううん。」
二人はベンチに座って、その彼女の手は洋平の背中に触れる。嫌だ、と思ったのはどうしてだろう。
しばらくして二人は観覧車に向かった。たぶん私が乗りたいと言ったからなんだけど。でも私は、洋平と乗りたかっただけ。乗りながら話をしたかっただけ。だけど洋平は彼女と観覧車に乗り込んで、楽しそうに笑っていた。そこには、私の知らない洋平がいた。
「結構高くまで上がるんだなー」
「そうね〜、でも景色がいいわ」
「夜の観覧車もいいけど、昼間もまたいいもんだな」
「なんだかあれね。洋平くんと観覧車って恋人みたいって勘違いしちゃいそう、ヘヘ。」
「からかうなよー、そんなん思ってないくせに」
「えー? そんなことないわよぉ〜?」
「俺でごめんね?あれだよな、ほらアイツだと思っていいからね?」
「あ、もぅ!!」
「はははっ」
観覧車の中に響く笑い声になんだか寂しくなって、そのあとに腹立たしくなっていた。洋平を通して見る景色はたしかに綺麗で、でも洋平と話すことは出来なかった。
今日は車に乗り込んでから、ずっと私は洋平に話しかけはしなかった。他のだれかがいると、こうなってしまうんだなって嫌と言うほど感じていた。
観覧車を降りて洋平が「次はなににする?」って、彼女に聞いたとき顔を近づけて話をしてるのがなんか妙に苛立って。私は思わず力を使って、洋平の携帯を鳴らした。洋平はすぐ携帯に気が付いて電話に出た。私は洋平に我が儘だって分かっていて告げた。洋平、もう疲れたから帰りたい——って。それがどんな事態を招くかなんて、まったく予想もしないで。どうせ、今までと同じ展開だと思っていたから。