——母校、湘北高校のバスケ部の練習に顔を出しに行ったときのこと。花道がたまに練習に来るからエトセトラたちみんなで見に行ったりしている。そして、体育館の椅子に座っている桜の精——彼女のお願いを聞いていたんだ。
『今度のお休み、連れて行って欲しいところがるの』
「え?また?」
『そう、行きたいところがあるの!』
「……」
『ていうか、またって、これで二回目だよ?たったの二回目、わかってる〜?』
俺は君の恋人でもなんでもないんだけどなぁ。そう言いたい気持ちを何故か咄嗟に飲み込んで言えないでいる俺がいた。たしかに、かなり高飛車にものを言うけれど嬉しいときは本当に嬉しそうな顔をするんだ。付き合ってやってよかったって思えるのが不思議だ。
「んで、次はなに?」
『ケーキ食べたい。』
「ケーキ!?」
『だってね、だってね。聞こえたんだもん、ご飯食べてもケーキ別腹とか言ってたでしょ?』
「だれがそんなこと……」
『昨日、洋平の会社の女性たちがそう言ってた。』
おいおい……あの子たち〜、やってくれたなぁ。
いや、あの俺……ケーキだけは、ちょっと……。
「他の物にしない?蕎麦とかカレーとか!それか他に体に良さそうなさぁ……」
『やだ』
「や、やだって……でもちょっとは俺の意見も——」
『ない』
「……ですよね」
『おねが〜い。行きたい!行きたい!行きたいっ!』
「あー!もう。わかったよ、分かったって!」
『じゃあ、ケーキねっ!』
彼女はそう言うとふっとまた視界から消えた。そのとき隣にだれかが腰を掛けてきた気配を感じた。横を見やると不思議そうに花道が顔を覗かせた。やばっ、今日はこいつの練習を見に来ていた事を忘れていた。
「あ? よーへーだけか?」
「あ、ああ……ひとりだけど、どーした?」
「んー、だれかいんのかと思ってよ」
背後から話し声聞こえたと思ったんだけどなあ〜と頭に疑問符を浮かべる花道からそっと目を逸らした。
「んー。なんか最近よーへー、独り言多くねーか?」
「そ、そうか? 気にしすぎだ、気にしすぎ!」
「まあ……ならいいけどよ、あんま無理すんなよ」
「ははっ、大丈夫だって」
花道は少し煮え切らないような顔をしてコートへと戻って行った。いやいや、俺としたことが。あいつに心配されるとはね……。やべーやべー、あの子は他の人間には見えないんだった。俺が一人で話してる状態なんだよな。つい俺には見えているから話してしまうのもだれかに見られているとも限らないわけだしな。ちょっと気をつけねーと。このとき俺はそんなふうに思っていた。
*
——休日。彼女がケーキを食べたいとか言うから、俺は仕方ないと意気消沈して、とりあえず、カフェかどっかでひっそりと食べるつもりでいた。
(どこに行くの?)
「え? あぁ……あのカフェにケーキあるから」
そう言った俺に、また驚きの言葉が返ってきた。
(やだ。あそこでは食べたくない)
「……は? なんでだよ?」
(会社の人たちがバイキングって……)
「えっ!?」
オイオイ、冗談だろ……?男ひとりで、ケーキバイキングに行けっていうのかよ?
「名前、それは無理」
(なんで〜、連れて行ってくれるって言ったじゃん!ケーキバイキングがいい!)
「無理だって」
(洋平〜、ケーキバイキング〜!!)
「ダメ、カフェにしよーぜ」
(私こんな経験はじめてなんだよ?行きたい!連れて行って!!)
俺だってひとりでケーキバイキングになんか行ったことねーし。しかも、俺だってばれたら……。ここらへんは��あいつら�≠フ、テリトリーなんだよ!
酒なら「いいよ」で終わるけど、ケーキバイキングだぞ?ケーキバイキング。何度も繰り返すけど、あの��ケーキバイキング�≠セぜ?でも目の前の彼女はまた上から見ながら連れて行けってうるさいし……。あーどうしよう。
(OKしたくせに!嘘つくの?ひどい、洋平ってそう言う人だったの?)
「ケーキとしか言ってねーじゃんかよ」
(でも私の行きたいところはケーキバイキングなの)
腰に手を当てて俺に言ってるけど、それってモノを頼む態度じゃないよな?——って言っても言い返してくるだけだしな。諦め半分、仕方ないのかと溜め息を吐いた。よし、男、水戸洋平。ここは腹をくくれ。
結局彼女が言うままホテルのデザートバイキングに行くはめになった。なんで俺って断れねーんだろう。普通こんな女の子が居たら、もうとっくに退いてる。彼女が桜の精だからか?人間じゃないから?たぶん、それもあるかも知れないけど俺と出会うまで何年もの時をあの桜の木と過ごしていたかと思うと、なんだか可哀想な気もしたんだよな。
「いらっしゃいませ。お一人様でございますか?」
そんな店員さんの言葉に「ハイ……」と頷いてテーブルに案内される。キャップを深めにかぶってるけど此処でかぶってるのもまた変な話だ。仕方ないと思いつつもしばらくはかぶっていたら、ひそひそ声が聞こえてきた。……ハイハイ、わかったよ、脱ぐよ。脱ぎますよ!
そんな俺の気持ちなどお構いなしに彼女は、大盛り上がりで(あれ食べたい!あっちも、ほらあれも!)と騒いでいる様子。逆に俺の心は思いっきりへこんでいる。だが小声で「どれにすんの」とか結局、聞いている始末で。彼女が嬉々として選ぶのはチョコレート系ばかりで。2、3コで我慢して欲しいのにすでに皿には5個のケーキ。小振りだとはいえ俺にはキツイ。
たしかにケーキはうまい。嫌いだとは言わないけど甘い物がどうも苦手で。こんなに大量には入らないというのが本音だった。チョコレートムース、ガトーショコラ、チョコレートパイ、イチゴとチョコのミルフィーユ。この通り、チョコレートばっかりで胸焼け。小声で彼女にそう言うと今度は生クリームたっぷりのショートケーキに、レアチーズケーキ……。
「名前、もう勘弁してくれよ」
そう言うけど——
(あ〜ん! まだ食べたい、あのほら。おいしそうなパイも!)
あのさ……食べてるのは、俺なんですけど。しかもさらにチョコレートフォンデュまで食べたいと言いだした。もうチョコレートは一生いらない、そう思いながらも俺は口に運ぶ。なんか、ムカムカしてきた。
「マジで名前、勘弁してって、気持ち悪ぃ……」
(ええ〜、もぉ? も〜、洋平ってば〜)
「何個食ったと思ってんだよ!」
(何個?)
「えっと、10個に、さっきのチョコレートフォンデュ……?」
(え、嘘?)
「嘘じゃないよ、さすがに辛いぞこれ。」
(そう?仕方ないなぁ、もうこれでやめておくよ)
もう十分だろ?そう突っ込みを入れたくなったけど逆襲されそうでやめておいた。
「ありがとうございました〜」
店員のその声に軽く会釈をして店を出てほっと一息。胸焼けは絶好調だったけれど取りあえず俺は解放された。
とにかく部屋に帰って胃薬、そう思いながら家路を急いだ。その間も彼女はご機嫌で大満足だったみたいで(ねぇ、ねぇ洋平、今度はねぇ〜)なんてもう次の話をしてやがる。
「ちょっと黙ってて、胸焼けしてて気分悪いんだよ」
つい、カッとして言ってしまったあと、しまったと思った。思いっきりギャーギャー言われると覚悟したけど彼女は意外にも(そう)と言ったままなにも言わなかった。いやどう考えても俺に非はない。ないよ。たぶん、ない!……ない、よな?
そう思いながらも俺は、胸焼けをこらえるのに必死だった。本当に気分が悪かったんだ。
彼女がなにも言わないのが、ちょっと気にかかったけど部屋に帰るまでやっぱり何も言わなくて俺は俺で胃薬を飲んだらすこし収まった。時間と共に消化したせいもある。夕飯もいらないってな感じで、ソファで寝転がっていた。でも彼女の存在を感じないから何故か心配で自然と声をかけていた。
「——名前、居るんだろ?」
『いるよ』
体から抜け出た彼女は気配を消していたけれど俺の声に出窓に腰掛けて姿を見せた。
『大丈夫?』
「うん、楽になった」
『……そ、ならよかった。じゃ、また来るね』
「え、もう帰んの?」
『帰るよ。次の予定考えとく』
「わかった。明日は?」
『……気が向いたら部屋に来る。じゃあね今日はありがと。』
にっこりと笑って彼女はふわりと窓から出て行った。いつもよりもちょっと……おとなしかったな。
そんなふうに思ったけれど、若干残る胸焼けに俺は早々にベッドに入った。当分ケーキはいらない、って本気でそう思ったのであった。