初めての海は本当に大きくて綺麗で。洋平は、海を体験させてくれた。そんな中で、この前のことをあらためて話した。今日なら、素直になれそうな気がしたから。
あの日、遊園地で感じた気持ち。でも洋平は、私が思っていたのとはまるで違う気持ちでいた。嬉しくてドキドキした。洋平は私を否定しない。心のどこかで生まれた、不思議な気持ち。
どうして私は——��桜の精�≠ノ生まれたのだろう。��人間になりたい�=c…そう、思った。それは同時に自分でも思いも寄らない気持ちを、洋平に抱いていたことを確認させていた。洋平が好きだということを、自分でわかってしまった。そんな気持ちは、間違っているから。私は人間じゃないからと、そう思うことできっといままで否定してきたけれども、今日の私には出来なかった。しかし、洋平がそんな気持ちに気付くはずもないし叶う思いではない。そんな思いを抱えたまま、車はまた走り出す。
今度は海から山へと。なんだろう、どこか安心するのは……
「もうすぐだ」
洋平はそう言ってハンドルを切った。私が洋平から抜け出ると、その先に広がるのは桜だった。そして、目に映る無数の桜の精。
「名前? 抜け出て大丈夫か?」
『うん。仲間がいるから大丈夫、此処の桜はまだ残ってるんだね』
「この山桜は遅れて咲くから間に合うかなって思ったんだよなー」
『先に行っててもいい?』
「ああ、俺は車停めてくるから」
私はそのまま彼らの元へ向かった。桜の木がすこし疲れていた体を癒してくれる。私は、しばらく戯れたあと、枝に座り広がる景色を見た。洋平はその辺りをうろうろとして桜を見ていた。しばらくして「帰ろうか」と言うと車に乗り込んだ。「今日は楽しめた?」そう聞く洋平に(うん、楽しかったよ)と、答えて。
「名前、今日は疲れただろ少し眠ったら?」
(大丈夫……)
そう答えてみたけど、知らないうちに眠っていた。今日は無理をしたせいかも知れないけれど体が疲れていたのは感じていた。
「名前、今日はここで休んでく?」
そんな洋平の言葉に頷いて体から抜け出ると、そのままソファで眠ってしまった。遠出で無理をして洋平の体から出過ぎた、そんな感じだった。
翌日になって目が覚めると、洋平の顔が、目の前にあって——私は慌てて飛び起きた。
『寝顔を見るなんて最低!』
なんて、いきなりそんな言葉を言ってしまう。それでも洋平はくすくす笑うだけで私の高飛車な態度など気にしない。
「今日は?どっか行きたい?それとも、ここで休んでる?」
『どうして?洋平、仕事は?』
「明日まで休み。だから、行きたいとこ連れて行ってやるよ」
桜から離れすぎても良くないんだけど。三日間だけ離れてみようかな。そんな気持ちになっていた。叶わない思いを、これで断ち切ろうと思ったから——。
『じゃあー、ケーキバイキング』
「えっ? ウソだろ?」
「ウソ。」
「なんだよもうー」
くすくす笑って楽しい洋平とのやりとり。その日はなんとなく動きたくなくて、洋平の部屋でただ静かに過ごした。洋平の日常を、きちんと見てみたかった。
掃除や洗濯をしている洋平。食事をしている洋平。部屋でくつろいでいる洋平。うたた寝をしてる洋平。
「なんか見るかー?」
洋平がそう言って「なに見る?」と聞くから『洋平の親友』と答えた。一瞬だけ、目を見開いた洋平が、よーし、と嬉しそうに、親友がひたすらボールを網に投げている映像を見せてくれた。
所々、洋平の声も入っていて、これが洋平の大切な人なんだなって、私は見入っていた。
『このあいだ、体育館ってところで見た人?』
「そうそう」
『いつの? これ』
「あー、高一?だったかな……」
そう言って洋平はキッチンへ行き、何故か二人分の珈琲を入れてきた。『私は飲めないよ?』そう言った私に「俺一人で珈琲飲むのも嫌だし一応置いとくよ」といった。二人分の珈琲の湯気が、なんだか、幸せな気持ちになった。
見終えて洋平は映画のDVDをセットした。「こう言うのもみたいだろ?」って。それは恋人同士の映画でデートのシーンや喧嘩のシーンを見ながら、まるで毎日、木の上から見ていたカップルのようだと思い出したりしていた。何年もあの公園で色んなカップルを見ていた。恋なんて私には無縁だと思っていた。いま隣にいる洋平に恋をして、デートシーンでキスをしているのはいつも公園で見慣れていたから何ともなくて普通に見ていた。でも——わからないことがひとつ。洋平も黙ってしまってて。しかし目の前には、何故か裸で抱き合ってキスをしてる男女の図。
『ねぇ……洋平。どうしてこの人たちはこんな格好で抱き合ってるの?キスまでして』
「えっ?あー、名前知らないのか……だよな、知らないよな」
『なにが?』
突然、洋平の様子がおかしくて。
「名前は、ないの?したこと?」
『なにを?キス?見たことはあるけどしたことはないよ、相手だっていないし何でするのかもはっきりとは知らない』
「マジで、キスしたことねーの?」
『ないよ、理由が分からないし』
洋平は首をかしげて考えていたけれど、私はなにも考えずに『こうするんでしょ?』とそう言って洋平に近づいた。感触がないから、まったくなにがなんだかわからないけど。恋人同士がすることだけど、それは人間だけだろうし。その瞬間まで意識していなかった。
ただ、どんなモノか興味本位しかなかった。べつの思いに気付かないままで、でも——触れていないのに触れたような気になって、ドキンとした。
『よくわかんないね』
そう言って普通の顔をしていたけれど心の中がどうして、こんなに波打つのかが不思議だった。これが、キスのもたらす結果なんだろうか、と漠然と思った。でも次のシーンでベッドで抱き合ってキスをしていた恋人同士が、なにかわけのわからない動きをしていて『洋平、これってナニ?」と聞いたとき、洋平は急に動揺しはじめた。
「あ、いや……これはさ、その……」
『なに?』
「う、うーん、もっと愛し合いたいから抱き合ってるだけ……?」
そう言った。めちゃくちゃ、目を泳がせながら。
『そうなの?』
「そ、そう。名前、ほかの見よう、な?」
「お、これこれ」と、洋平が見ていたDVDを取り出して新たにセットしたのは海の映像で、昨日見たのよりもずっとずっと青い海で『綺麗……!」と。そう言った私に「いつか連れて行ってやるよ」って洋平は笑った。
そして明日はどうしたいと聞くから、海のDVDを見て、思いついたことを言った。
『洋平の、親友が見たい。」
——って。
洋平が「へっ?さっき見ただろ」って不思議そうにするもんだから『本物っ!もう一回ちゃんと!』って言ったら「アイツも名前が見えたら喜ぶだろうなー」とか言いながら、わかったって言ってくれた。