桜見る君見て照れて桜見て


 彼女からの不意のキスに、俺は驚いていた。感触はない、だけど目の前には彼女の顔があって、キスしたのはわかるんだ。
 彼女はまったくの興味本意でしたことだったけど、俺はその行為にどうしようもないくらいドキっとさせられて、思わず柄にもなく赤面して顔を背けた。そういう��キス�≠竄辯�セックス�≠フことなんか、まるで知らない彼女は、ベッドシーンがとても不思議だったらしく、いろいろ質問するけどこればっかりは実践でないと教えてあげられないから無理な話だしそもそも実践なんて出来るはずもない。更に顔が熱くなった。
 これって何?と聞かれてとっさに思いついたのは「もっと愛し合いたいから、抱き合ってるだけ」そう言う言葉だけで。これ以上は、と思って俺は、べつのDVDに変えた。それは偶然にも海特集の物で彼女は綺麗だと歓声の声を上げた。どうやら、先のDVDのことは忘れたようで安心した。
 海を見るきらきらした目に、もっともっといろんなことを経験させてあげたいと思った。もっともっと、綺麗な海も見せてあげたいなって。だから彼女に言った。「いつか連れて行ってやるよ」って。それを聞いた彼女は嬉しそうに笑った。

 どんなに高飛車で我が儘で気位が高くても、彼女の望みは叶えてあげたいなんて思っている俺がいるのもたしかだったんだ。そして、さっきの自分の心の中で起こった変化の答えを探しているのも。こんなふうに長い時間、彼女を見ていたのは初めてだった。

「こんなので楽しいのかい?」

 そう聞くと『たまにはこう言うのも楽しいよ。明日は出かけるけど』と、早速かえってきた。

「どこに行きたいの?」
『洋平となら何処でもいいよ』


 *


 翌日は一緒に散歩に出かけた。彼女の見た事のない道を歩き、見たことのない自然に触れ、空は快晴で、太陽が高く昇っていた。
 そして夜、結局彼女はまた俺の部屋に戻ってきた。

「どうする?」

 そう聞いた俺に『洋平の休みも今日までだから明日帰る』と、そう言った。

「じゃ、もう寝るか」

 そう言った俺にふわりと浮かんで後ろを着いてくる彼女がいて、どうしたんだろうと思った。

「ん? どーした?」
『なんか、一緒にいたいから、そこで寝る』

 彼女が指を指したのはこの前も眠っていた床。彼女本人にはなんでもないことなのかも知れないけれど、さすがに、床は……。
 なにが出来るわけでもないので一緒に寝ても支障はないか、そう判断した俺は、彼女をベッドに呼んだ。

「俺が気になって眠れないから此処で寝ればいいよ」

 そんなことを言って——。彼女は、なにを気にするでもなく『そう?』と言って、ベッドに横になった。ベッドがきしむわけでもなく、ただそこに居るだけで実体はない。不思議だなと思いながらもベッドで横になり、しばらく話をしていた。今度の休みは、どこに行きたい?なにがしたい?って。そして、この休みのあいだに過ごした時間の話。海が大きくて海水が冷たくて潮の匂いがいまも忘れられないとか、そんな話をしていると先に俺が眠ってしまったようで喉が渇いて夜中に目が覚めると、彼女は隣で眠っていた。感覚のない、彼女の輪郭に触れてみる。

「桜の精——か。不思議だよな……」

 そう言って見つめていた。そのとき彼女が寝返りを打って俺のほうに向いた。
 ……どうかしてる。そう思いながら俺は彼女にキスをしていた。まったく触れる感覚を感じないキスを。
 この気持ちはなんだろう。しばらく一緒にいすぎたせいかも知れない。そう、彼女は人間じゃない。このキスで、また認識する。かけがえのない、そう、友達とかそんなんじゃない。うまく言えないけれど大事な存在。俺しか経験できないことを経験させて、その、逆もある。そんな存在なんだ。

 翌朝、彼女は三日を一緒に過ごしたあと、あの桜の公園へと戻っていった。



prevnext
back┃VERTEX
VERTEX