名前ちゃんから番号をもらってからというもの何度か一緒に食事に行ったり出掛けたりと急速に俺らの関係は深いものとなっていった。
その頃から徐々に桜の精である彼女も姿を見せなくなり、たまにあれは、やっぱり��夢�≠セったのかなと思ったりしていた。
名前ちゃんはよく笑う。柔らかい笑顔で。
けれど、見え隠れする高飛車で偉そうなところに、どこか懐かしさを感じて、何故か居心地がよかった。そんなある日の夜のこと。俺は、あの木の元まで足を運んだ。季節は秋。もうすぐ紅葉も終わりを告げる、そんな時期だった。
「名前。」
久しく呼んだその名前。最近ではいつも同じ名前の��人間�≠�呼んでいるので、なんだか不思議な感覚に陥った。
返事は無い。やっぱりあれは、夢だったんだなと、その木に背を向けたときに、声がした。
『——洋平?』
咄嗟に振り返った俺の目の前に、宙に浮かぶ彼女の姿を見た。
「えっ、いたの?」
『ずっと、いるよ』
何故か気まずい空気が漂ったので、とりあえず俺はそのまま彼女の木の下に腰を下ろした。
『元気そうだね』
そう言って彼女もいつものように木の枝に腰を下ろす。久しぶりだからだろうか、何故かつづく沈黙の中彼女の笑い声が聞こえた。なんだろうと思って見上げると『気にしすぎ』なんて微笑む彼女が目に映った。そのとき——。
「洋平く〜ん!」
洋平がなにか言葉を返そうとしたとき、あの彼女が走ってきた。私と同じ名前の——あの彼女が。
「やっぱり洋平くんだ!向こう歩いてたら姿が見えたから」
「こんばんは、晴子ちゃんとのディナーの帰り?」
「うん、近くでご飯食べてたの。今さっき別れて」
「そか。」
洋平の優しい顔。見ていない間に縮まった、二人の距離に、胸がぎゅうと締め付けられた。
「わたしもここ座っちゃおうかなー」
「あ、いや、その……」
「ん? どうしたの?」
「や、なんでもない、よ……」
……やめて。
「あっ、洋平くん肩に葉っぱが付いてる」
そう言って彼女が俺の肩に手を触れた——そのときだった。
—— ビュ〜ン!!!! ——
「名前——ッ!!」
彼女が物凄いスピードで飛んでって俺は思わず立ち上がった。一瞬の出来事で、強風が吹き荒れたように木々の葉が音を立てて揺れていた。
「……洋平くん? 私、ここに居るよ?」
「あ! や、その……」
しまった、同じ名前だった!ああーもう、ややこしい!いや、そんなことよりアイツ何処行ったんだよ。
*
久しぶりに長い間、木と、ともに過ごした。洋平と出会う前と変わらない日常。土の匂いや木々の香り、色彩。
何故かすべてが新鮮で、なによりも、幸せだった。やはり自分の居場所はココなのだと実感した。いや、自分で洗脳させたと言うべきか。
洋平が見つけてしまった一人の女性。彼女の笑顔を見たときの洋平の表情は、忘れることはないだろう。私が洋平を見つけたときと、同じ顔をしていたから。見つけてしまったのだと。運命の——相手を。
一度、窓から覗きに行ったときがあった。私といろんな話をしたあのソファに、私と同じ名前の彼女が、腰を掛けていた。楽しそうに話す二人を遠くから見つめるだけの私。親密になっていく二人を、楽しそうな洋平の姿を遠くから眺めていたら何故か声をかけられなくなった。彼は人間、彼女のように私はなれない。
やっぱり人間になりたいと、心から思った。嫉妬。きっとこれは、独占欲。桜の精だって、嫉妬の感情の意味くらいわかる。
そう、あの遊園地の時と同じ感覚。けれど遊園地のときの人と同様に、彼女はとても、素敵な人だった。素直で可愛らしくて、なによりも彼女自身が洋平に、想いを寄せていることがわかった。そんなとき洋平がまた、木の下に現れた。私の名前を呼んだときすぐに飛び出してしまいたいくらいに嬉しかった。でも——彼女が来たの。洋平は無視なんて出来るはずもなく、相手をして……あの、優しい笑顔で。
……いや。触らないで。洋平に、近づかないでよ!
頭がおかしくなりそうで、その場にいられなくて、無我夢中で飛び去った。洋平の、私の名前を叫ぶ声がしたのは、聞き間違だったのかな……。