06


 かるた氏は穏やかな女性だった。"敵"とは言わないまでも、明確に"味方"とも言いがたい立ち位置ではあったが、おれたちに危害を加えることは決してなく、むしろそのどこかのんびりした雰囲気はおれたちも毒気を抜かされた。元々、彼女の上司の七武海トラファルガー・ロー氏のおかげでおれたちは再び『歩く』ことができたわけだから、その部下である彼女に信頼を置くのも、道理と言えばそうだった。

『喜べお前ら! 今日からこいつ、かるたがここの飯炊きに従事することになった』

 ロー氏はこの島に滞在することと引き換えに、ガスに体をやられたおれたちを、その能力で自由に動けるようにしてくれた。他にもなにか条件があったとの噂だが、それは下っ端のおれたちにゃわからねぇ。それと同様に、かるた氏も何かこちらの利になることをする必要がある──それが、毎日の食事の提供であったらしい。
 マスターから聞かされた時は、そんなことで良いのかと正直耳を疑った。だがマスターの寛大な御心は、その誰にでもできる雑用を条件として呑んでくださったのだ。流石は心優しく慈悲深いおれたちのマスター!
 ……なんて思っていたのも一瞬だ。実際のところ、彼女は料理がべらぼうに上手かった。そして旨かった。なんでも、ハートの海賊団ではコックを務めているらしい。今までここで食べていたものなんて目じゃないくらい、彼女の作った料理は普通に旨かったのだ。

『何か食べたいものはありますか』
『えっ!? お、おれらですか!?』
『? はい』

 その上、彼女はおれたちに時折リクエストを募ったりもした。最初は虎視眈々と取り入ろうとしているのかとも思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。媚びてる様子もなく、そもそも彼女はいつもほとんど表情を変えず、愛嬌を振り撒くことをしなかった。基本的に彼女は、人に料理を振る舞うのが好きであるらしかった。そして、常にかるた氏からは──キツめの悪人面をしたロー氏とは違い──真っ当で人畜無害な感じが醸し出されていた。
 さらに彼女は、今まではモネさんしか女性のいなかったむさ苦しいここに舞い降りた、貴重な女人だ。常にサングラスを掛け、その素顔はついぞ見たことがなかったが、女ってだけでおれたちのテンションは爆上がりだった。それに野郎共と比べて低い身長、高い声、やわらかそうな体、何もかもがおれたちとは違い、鼻の下を伸ばす他ない。モネさんとかるた氏が話してるのを、コッソリ眺めに行ってる奴が山ほどいたことをおれは知っている。知っているというか、おれもその一人だった。

 もちろん、あの馬鹿強いロー氏のそばにいる女であるわけだから、手を出すなんて命知らずは一人とていなかった。実際、邪な視線を向けていた奴が、人一人殺せそうな視線でロー氏に睨まれたという噂がある。あくまでも噂なので、真偽のほどは確かではないが、ロー氏はかるた氏に見えないところでは案外彼女を気にかけているようだったが、普段は彼女に対して極めてドライであった。
 それでもおれたちは、そんな調子でしょっちゅう彼女から日々の癒しを貰っていた。彼女とお喋りしたくて、休憩時間を潰してまでかるた氏を露骨に手伝いに行く奴もいたし、中には彼女とすれ違う時だけ、そのいい香りを嗅ぐために支給された黄色の全身スーツから頭だけ開放してる奴すらいたくらいだ。

 そう、つまり、おれたちは皆この数ヵ月で、かるた氏に完全に心を許していたわけで。

「かるたさん……!!」
「……失礼、急いでるので」

 だから、行き先を尋ねたロー氏に文字通り『バラバラ』にされた挙げ句、その後通り掛かったかるた氏にまで、おれたちの懇願を無視されるなんて思ってもみなかったのだ。人の良いかるた氏が、全身を解体されて雪面に転がるおれたちを見下ろした目は、やはりサングラスで隠れていたが、どこか憐れんでいるようにも見えた。それでもおれは腹の底から、どうしようもない熱が込み上げてくるのを感じた。
──騙された!! 裏切られた!!
──どの面下げて、おれたちにそんな目を向けてるんだ!!
──あいつらやっぱり、おれたちの敵だった!!
──畜生!! マスターに報告してやる!!
──ああでも、このままじゃ直接報告するどころか、電伝虫にさえ手が届かねぇ!!
──畜生!! 畜生!! 畜生!!
──信じてたのに!! おれは信じてたのに!!
──ああ、ああ、本当に、なんてことだ!!

────かるたさんの料理をもう食べられないなんて、まさに悲劇だ!!!







「ハートの海賊団と同盟を組む〜〜〜!?」

 メイン研究所の裏手、古い研究所の跡地。声を合わせおののく自分の仲間たちに、麦わら屋はあっけらかんと笑った。──予想通りと言えば予想通りの反応だ。もしこの場にかるた以外のウチのクルーがいたとしても、声を上げただろう。
 青ざめた長鼻の男が麦わら屋の胸ぐらを掴み、何か絶叫している。それを横目に、おれはこちらを見上げてくるかるたに顔を向けた。

「船長、本当に大丈夫なんですか? 彼らと組んで」

 かるたとは丁度、外で麦わら屋に同盟の話を持ちかけた後に合流した。おれの行動を読む、なんてこの馬鹿ができるとも思えねェ。よくもまあ、おれがそこにいたのを見つけられたもんだ。
 少し間を開けて、かるたの質問に答えてやる。

「それはやってみねェとわからねェ」
「んな行き当たりばったりな……」

 かるたが顔をしかめるのも無理はない。麦わら屋の一味がここに上陸してくることをわかっていたわけでもねェおれは、つまり、この僅か数十分でこいつらとの同盟を作戦に組み込んだわけだ。ここまでの急展開は、おれだって予想もしてなかった。

「確かにまあ、彼らは色んな意味で異色ですし、突然裏切られたり、寝首をかかれるようなことはないと思いますけど……」

 ブツブツと呟くかるたの声色は、おれに言い聞かせるというより独り言だった。何にせよ、自分の意見でおれの考えが変わるとも思っていないのだろう。当たりだ。
 そうこうしているうちに、向こうの話はある程度まとまったらしい。……いや、麦わら屋が強引に打ち切ったとも言える。代わりに麦わら屋は、堂々腕を組んで自分の仲間たちに言い放った。

「とにかく! 『海賊同盟』なんて面白そうだろ!? トラ男はおれ、いいやつだと思ってるけど、もし違ったとしても心配すんな! おれには二年間修行したお前らがついてるからよっ!」
「え!?」
「やだっ……ルフィってばも〜! 照れる〜!!」
「そりゃなおれたちは頼りになるけど!」
「よっよしルフィおれたちにどんど任せとけ!」
「うふふ」

 …………?
 和気、藹々。豪快に笑う麦わら屋と、照れと喜びを隠そうともせず盛り上がるそのクルーたち。
 なんだこの、異様な空気、そして緊迫感の無さは。この得体の知れない島に上陸し、周りにゃ敵しかいねェ状況で、和やかさを生み出すその様を肝が据わっていると言えばいいのか、阿呆と言えばいいのか。フランクさで言やァウチのクルーも負けず劣らずだが、流石にここまでお気楽で能天気な奴等ではない。なんだ、おれが可笑しいのか? おれだけこの空間で、異質な存在にすら思えてくる。
 仲間を求めてかるたを見ると、かるたは少し考えた後にコートのポケットを漁り、以前何やら作っていたべっこう飴とやらをおれに差し出してきた。帽子の乗ったその頭を少し強めに叩いておいた。

「──シャンブルズ」

 同盟に関する仲間の同意を、麦わら屋が一応得たということで、かく乱のためこいつらに施していた人格移植手術を解除してやる。この場に黒足屋がいないことで、たらい回しに遭ったナミ屋に文句を言われたが、体がない限りはどうしたって戻すことはできねェ。そう伝えると怨念の籠った目を向けられたが、そんなものは無視だ。

「あ……ねえ、ところでだいぶ今更なんだけど……」

 そんな黒足屋の姿をしたナミ屋が、不意に思い出したように口元に手を当てた。その視線の先は、おれの隣。

「アンタは誰なの? アンタ、私たちが子どもたちと外に出たとき鉢合わせたわよね?」

 かるたはきょとんとして自分を指差した。──こいつらは一応シャボンディ諸島で鉢合わせているとはいえ、そこでの印象が薄いのも仕方ないだろう。あの日はかるたに何か大きな指示をした覚えも、かるたが麦わら屋一味の前で勝手に動いた記憶もなかった。

「かるた。おれの仲間だ。お前はともかく、麦わら屋は前にも喋ったことがあるだろう」
「え? そうだっけか?」

 おれの言葉を受けた麦わら屋は、ぴょんとかるたの前に接近した。その至近距離からでけェ目を一層丸くして、サングラスを掛けたかるたの顔をじっ……と見つめる姿はガキみてェだ。いや、みてェじゃなくてガキだが。
 それにしても、こいつは本当に物理的な距離が近い。パーソナルスペースって言葉を知らねェのか。同盟を持ち掛けてきた相手とはいえ、信頼における仲間でもねェだろ。ここまで不用意に間合いに入るなんて、愚かにもほどがある。対するかるたもかるたで、とくに仰け反ることも押し退けることもなく見つめられるがままだ。麦わら屋が何か仕掛けてくるとも到底思えないが、オイ、お前も少しは抵抗して見せろ。
 麦わら屋は自分の唇をタコのように指でつまみ、うんうんと何度か唸っていたが、しばらくして「あっ!」と声を上げた。

「お前二年前、トラ男んとこの船でメシ作ってくれた! お前だったのか! えーと……カルビ!!」
「かるたです麦わら屋殿」
「あのときゃ本当にありがとう!」
「いいえ」

 アマゾン・リリーに停泊した時のことをようやく思い出したらしい。麦わら屋は目を輝かせ、その後もいくつかかるたと言葉を交わしたが、ナミ屋にそろそろ本題に入るぞと告げられたことで、ようやくかるたから離れた。
 一味を代表して、麦わら屋が話した内容は以下の通りだ。ここにいる──どういうわけか全員心地よさそうに眠っている──研究所の子どもたちは、自分たちの状況についてすでに大方気が付いているらしい。ここから出たい、家に帰りたいと泣いて懇願するこいつらを、麦わら屋の一味は助けてやりたいと考えているという。……シャボンディの時にも思ったが、こいつらは本当に面倒事に首を突っ込む才能があるな。隣からチラチラ刺さるサングラス越しの視線も相まって、とうとう深いため息が漏れた。

「こんな厄介なモン放っとけ……薬漬けにされてるらしい」
「わかってるよ! 調べたから!! ……だから家に帰してやりてェけど、薬を抜くのに時間がかかるし……何よりこんなに巨大化してる!」

 二頭身の喋るタヌキの言う通りだった。ここにいる子どもたちのいくらかは、すでに巨人族と見紛うほどの大きさに成長させられている。研究所で見た資料によれば、人の巨大化というは、兵士の量産のために何百年も前から推進されている「世界政府」の研究である。胸糞の悪い話だ。コレを成功させて、シーザーは自分を捨てた政府やベガパンクの鼻を明かそうってハラだろうが、そうそう上手くいくはずもねェ。
 おれの計画通りに事が運べば、シーザーによってこれ以上無辜な子どもらに被害が及ぶことはなくなるだろう。だが、それだけだ。すでに被害者となっている子どもらの面倒まで見てやれるほどの気前の良さも、時間も、おれにはない。だというのに、ナミ屋は意志の強い声で宣言した。

「この子たちの安全を確認できるまでは、私は絶対にこの島を出ない!!」
「? ……じゃあ、お前ひとり残るつもりか?」
「仲間が残るって言ってるのに置いてきゃしねェよ。ナミやチョッパーがそうしてェんだから、おれもそうする」

 ん?

「ああ、あとサンジがサムライをくっつけたがってたな」

 ナミ屋の代わりにおれの問いに答えた麦わら屋は、おれの理解速度を超えてさらに謎めいた文言を吹っ掛けた。
 ……? なんだ、一体、何の話だ?
 困惑するおれをよそに、麦わら屋は満面の笑みで、そしてまるで「当たり前だ」とでも言いたげな声色で告げた。

「お前、同盟組むんなら協力しろよ!」
「……?」

 ん……?
 ??????
 ??????????

「……!?!?」

 ……なんだ!? どういうことだ……!? 麦わら屋は何を言っている!?
 子どもたちを助ける。バラバラになった侍を元に戻す。それを──おれにも手伝えと?
 理解が追い付かず、可笑しな汗が額に浮く。見開いた目が閉じられない。理解不能の限界突破。頭の回転がそこで停止した。

「ああ……お前、『同盟』って、共通の目的を達成する時に限って協力し合う関係だと思ってんだろ?」

 頭を掻きながら告げる長鼻に、おれの思考は瞬時に戻ってきた。溢れるハテナをわさわさと押し退けて、説明を求めるようにそいつの話に耳を傾ける。

「あのな、言っとくがルフィの考えてる『同盟』と、お前の言ってる『同盟』、たぶん少しズレてるぞ」
「友だちみてェのだろ?」
「主導権を握ろうと考えてんなら、それも甘い」
「ほうなんだってよ」
「思い込んだ上に曲がらないコイツのタチの悪さと来たらこんなもんじゃねえ! 自分勝手さで言えば、すでに四皇レベルと言える」
「大変だァーそりゃあ」

 大して真面目に聞いている様子のない麦わら屋に、お前はもう腹くくるしかねェぞ、とでも言いたげな「やれやれ感」を醸し出す長鼻。……納得が、できない。どこの世界に、そんなガバガバの同盟があるってんだ。主導権云々の話ではないだろう。そもそも、認識する定義があまりにも異なりすぎていた。

「……だが、お前の仲間の要求は同盟にまったく関係が……」

 そこまで言って、口をつぐんだ。一ミリも悪びれる様子のない、かつ考えを曲げる気もない麦わら屋の無垢な眼球が俺を貫く──これは、駄目だ。悪足掻きでしかないことに気付く。時間の無駄だ。説得できる気がしねェ。むしろ、言いくるめるための労力と時間よりも、その私情丸出しの要求を飲んでやるほうが遥かに楽であろうことを、おれはこの瞬間察してしまったのだ。

「あの、麦わら屋殿」
「おう! なんだカルビ」
「かるたです」

 言葉を失ったおれの代わりに、今度はかるたが前に出た。呼ばれた麦わら屋は至って友好的な笑みを返しており、すでにかるたですら「友だち」認識である、その恐るべき思考回路に思わず戦慄した。

「友だちみてェのになりたいなら、最初から友だちになってくれと言いますよ。うちの船長は」
「いや言わねェよ」
「つまり友だちではなく、利害が一致した時のみ協力し合う……というものであれば、我々と『同盟』は組まない、ということでしょうか。麦わら屋殿」

 かるたの的確な問いに「んー……」と麦わら屋は口を曲げる。それから大して間を空けることもなく「だってよォ、こっちの方がなんか、良いだろ!」とまた歯を見せて笑った。その漠然とし過ぎた、しかしとても曲げそうにはねェスタンスに、おれはいよいよ観念するしかなかった。

「ああ……わかった、時間もねェ! じゃあ侍のほうはお前らで何とかしろ! ガキ共に投与された薬のことは調べておく!」

 とうとう折れたおれに、喜んだのは麦わら屋の一味だけではない。隣で小さく安堵の息が漏れたのを、おれが聞き逃すとでも思ったのか。

「……ホッとしたような顔しやがって」

 かるたは、前からガキどものことを殊更気にしてた。だから、麦わら屋たちの「助ける」という宣言に、心底安心してやがるに違いない。

「まさか。真っ当な言い分が通用せず、当初の予定が早くも瓦解しかけてて、怒ってます」

 嘘つけ。全部顔に出てんだよ。喉からまた、心底うんざりした息が漏れた。それからまた呼吸をして、妙に盛り上がってやがる一味に向かって言い放つ。

「おい、船医はどいつだ。一緒に来い。シーザーの目を盗む必要がある。かるた、お前もついて来い」
「アイアイキャプテン」

 かるたの返事を受けながら、前に見た麦わら屋一味の手配書を頭に思い浮かべた。十人弱いたはずだが、船医らしき異名を持ったクルーが果たしていただろうか。……そういえばさっき、そこのタヌキが、子どもたちの状態について「調べたからわかってる」と言っていたが──

「──悪ぃな、今おれ、動けねェから」
「……………………!!!!」

 気がつけばおれの頭には、数キロ程度の重みと生き物の温もり、やわらかさ。タヌキの高く舌足らずな声が、脳天に直接響く。
 ……なん……いや……、は……? なん、だ、これは……?

「ぶっはっはっはっはっ! トラ男似合ってんぞ!!」
「スゥ〜パ〜キュート!!」
「ンフッフフ!!」

 縄だ。縄で縛られている。何が。タヌキが。どこに。おれの、帽子の上に。奴らの憎々し気な笑い声の中、縄で縛られて、謎の合体をさせられている。今が、今日の中で、最も、理解が追い付かない。

「……あのぉ、やめてさしあげてください、うちの船長そんなに弄られ慣れてないので……」
「……お前はなんでそんなに身悶えてんだ? カルビ」
「かるたです……」

 かるたは、あとでシメることにする。




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