03
「いやはや、大変なことになってますなあ」
向かいに座る日和は、本当にそう思っているのか怪しい表情と声でそう言った。
あの後、3人はファミレスに移動した。この時代からみて一昨年にオープンしたというチェーン店で、天もよく知っているその店は、中途半端な時間の為か、はたまた最近そばにオープンしたという喫茶店が近くにある為か人は疎らで、今の彼らにとっては好都合な場所であった。
「お金ないんですけど」と入る前に天が渋い顔をすると、南沢は「最初から出させるつもりもねえよ」と返し、日和は「センパイごちになります」と真剣な顔で言った。「お前は自分で払えよ」「エッ」というやり取りが収束したのは席についてからだ。席に案内してくれた店員が苦笑いしていたことを天は見逃していない。
「しかし驚きましたぜ、てっきりセンパイと五月雨氏の隠し子かと」
「殴るぞ」
「もしくは怪しい組織のヤバい現場を目撃した五月雨氏が怪しい薬を飲まされて縮んだのかと」
「鬼城さんそれアウト」
事情を話せば日和も南沢と同じくあっさりとそれを受け入れた。彼女の場合は南沢よりもタイムジャンプという行為を身近に感じている分納得もできたが。
未来の日和は、見た目こそ大人の女性らしくなっていたが中身に大きな変化はないようだった。寧ろ自分の知る彼女のままで、天は無自覚にも安心した。
カチャリと小さな音を立てて、日和がミルクティーの入ったカップに指を掛けた。白く細い指先の1つに、キラリと光るそれがはめられていると気付いた時から、天は隙を見てはその銀の環に目をやっている。
「タイムジャンプかあ、懐かしいですなあ。中1の五月雨氏なんてプレミアものだぜ」
「いやなにがだよ」
今も2人の話を聞きながら、天は日和の指環を盗み見る。それからそっと視線を南沢の手に移した。その指先には飾りの1つもなく、天はホッと息を吐き出す。
(……ん?ホッで何だ……ホッてなんだ!?)
自分でもよくわからない安堵を吐き出してしまった天は自分に苛つき、両の拳をテーブルに乗せて深く項垂れた。
(ホッてなんじゃあ〜〜!!!)
「何こいつ」
「ご乱心ですな」
左手の、薬指に光る銀色の環。華奢でシンプルなデザインは女性らしく、変わっていないと思った日和の知らない年月を垣間見たような気がして、天は視線を下げた。
けれどすぐにそんなのは当然のことだろうと思い直す。
だって自分は13歳で、未来の2人は当然離れた歳の差だけ、過ごした月日だけ、今の自分では知り得ない2人がいる。
それを理解すると同時に、何故か自分達の時代の2人が頭に浮かんだ。
「五月雨氏?どした?」
日和の声にハッとして、天がパッと顔を上げると日和は身を乗り出して天の顔を覗き込んでいた。知っている彼女よりも大人びた日和に、天の頬に微かな朱が差す。天は思わず背凭れに背中を当てて距離を離した。
「いや、なんでもないよ!」
「お前顔赤くね?」
「そんなことないです」
天が返すと、日和は首を傾げてから体勢を戻した。それから南沢の方に顔を向ける。
「で?」
「あ?」
「五月雨氏どうするんです?」
「うちに泊める。天馬達に余計なこと言うなよ。あと」
「五月雨氏本人と舞風さんも含めて、ですね。合点承知の助」
ポンポンと進んでいく話に、天は気分が重たくなるのを感じた。明確な理由ははっきりとしない。ただ小さな靄が胸の中で緩々と渦を巻いて、確かな存在となっていくのがわかる。その靄の名前を、天は知らない。
知らなくて、わからないから、天は視線を斜め下に下げて、一度唇を結んでから開いた。
「……いえ、いいです」
口角を上げた口から出た声は自分でも予想以上に冷たくて、2人の視線が自分に注がれているとわかっているのに、目線を上げられない。笑うことは得意だ。何がなくても、何かあっても自分はいつもと同じように笑える。だから今も、同じように笑って言えばいい。
南沢が何かを言おうと口を開くのがわかった。それを遮るように口を開く。
「フェイ達を待つくらいしか僕にはできないし、それなら別に2人に気にしてもらわなくても何とでもなりますし?そもそも、2人には関係な──」
続ける言葉を喉の奥から無理やり出そうとすると、それを遮ったのは南沢だった。べちんと軽く天の額を叩いて、その軽い衝撃に天は顔を上げた。不満気に寄せられた眉が、南沢の感情を表していることは、天にもわかった。
この目を、天は知っている。
自分より2つ上の、自分が知っている南沢が時折天に向けるものと同じ色を含んでいる。いつも彼はこの目を向けて、何かを言いたそうにしているのに何も言わない。最後には飲み込むようにして「なんでもねえよ」と言うのだ。その時と同じ目をしている。
けれど、今目の前にいる彼は。
「眉間、シワ寄ってるつったろ」
「……!」
寄せられた眉は苛立ちだと思っていた。けれど少し違うものだと悟る。叩かれた額を押さえながら、天は南沢を見た。
「つくづく思ってたが……お前ってたまに凄え馬鹿だよな」
「はっ!?」
突如浴びせられた罵倒に、天は眉をつり上げる。南沢は南沢で、依然として眉を寄せたままだ。
「この状況で、1人でなんとかしようとか思ってんじゃねえよ。遠慮するような人間じゃねえだろが」
「はぁん!?僕ほど遠慮深い人間なんてそうそういませんけど!?」
「それが既に厚かましいんだよ!」
人目も憚らずギャンギャンと騒ぐ天と南沢を尻目に、日和はメニューを確認している。2人は互いに睨み合うと、ふっと南沢が目を細めた。その変わり様に、天は構える。
「いいか、この状況でお前を放って置けって言う方が無理なんだよ馬鹿、わかったか馬鹿」
言葉の節々に悪意は感じるものの、大部分が天への心配でできていることが、もう天にもわかってしまった。それを認めるのも、受け入れるのも億劫で、けれど払い除けることもできなくて、仕方なく譲歩する道を選ぶ。
「何回馬鹿って言うんですかハゲ」
「ハゲてねえだろうが殴るぞ」
「センパイ、私ハンバーグセットで」
「てめえは何を呑気にメニュー見てんだよ!!あと奢らねえからな!」
日和の方に顔を向けた南沢とハンバーグセットを指差す日和を探るような目で見ながら、何故だか懐かしいような気持ちになる。自分の知っている彼らではない2人に協力して貰うことがいいことなのか天にはわからない。
けれど目の前にいる南沢は頼れと言う。何も言わない日和も、言わないだけで同じように思っているのだろう。
(……いつの時代でも、お節介ですね)
そう、心の中で1人ごちる。
けれどこちらから願い出るのは癪で「僕プリンパフェがいいです」と言うのが天にとって最大限の譲歩だった。