05
単調だが軽快なメロディが鳴り響いた。それが南沢の携帯の着信音だとわかるまでに僅かな時間を要して、天の知らない南沢の携帯はとても薄くて、まだ天の時代では発売されていない機種なのだろうとわかる。
「わり」
「ほいほーい」
カラカラとベランダのガラス戸を開けて外に出て行く南沢の背中を見送る。ひやりとした外気が入り込んで来て、天はコタツの布団を肩の方まで引っ張った。
(……光って、る)
室内灯の光を、指の銀色が反射させる。上品な光を灯すそれは、日和の白く細い指を、より美しく際立たせる。
(普通に考えれば……剣城くん、かな)
この時代の剣城はどんな風に成長したのだろうか。日和と並んでも違和感のない青年にはなっているのだろうなとは思う。左手の薬指に贈られる指輪が特別な意味を持つことを天は知っている。つまりは日和にそういう相手がいるということなのだろう。
(剣城くんか先輩くらいしか正直思い浮かばないけど、大学生ならもっと別の人って可能性もあるんだよなあ)
そんなことを考えていると、今まで無意識に避けてきた未来が、ほんの少し拓けた気がした。
意識しないように、深く考えないようにしてきた。自分には今、訪れるかもしれない未来を知る、見る術があって、だから気にしてしまわないようにと。
けれど日和の指先から、水紋が広がってゆくように緩々とした興味に近い、けれど別の感情が浮かんでくる。
(……空)
まず最初に、未来の姉に想いを馳せた。
彼女は笑っているだろうか、何も失うことなく、穏やかな日々を送れているだろうか。
天はコタツの中でそっと祈るように手を握り合わせる。
幸せであればいい。平穏であれば、酷い不幸にさえ襲われてなければ、それでいい。細やかで暖かい毎日を送れていればいいから、どうかと手を握る。
「五月雨氏は」
「!」
日和の声に、天はハッと我に返ってパッと顔をあげた。それからすぐにお得意の笑顔を貼り付ける。
「ごめん、なに?」
「……五月雨氏は」
金色の瞳が天を映した。夜空に浮かぶ月、或いは真昼の太陽のような、光を宿す瞳が天を見て、射抜く。
「何も聞かないんだねえ、この時代のこと」
自分の知る日和よりも幾分か柔さを含んだ声で、目の前の彼女が言った。天はほんの僅かな時間、息を止める。この目も知っている。まるでこちら側を見透かすような目だ。空と少しだけ似た、けれどもっと鋭い目だ。
天は自分の未来を考えない。
未来は平等に訪れないのだと、約束された明日はないのだの気付かされてしまった時から。
例えば明日の天気だとか、やらなければいけない予定だとか、そういうことではない。自分のなりたい姿を想像しない。未来に希望を抱かない。いつもどこかで諦めて、見離している。
だからこの時代においても、天は未来を見ないようにしていた。
だってこの未来は約束されている?簡単に変わってしまうんだよ未来は。過去と違って、変えられてしまう。だから知りたくなかった。幸せになっている自分なんて想像できなくて、したくもなくて。
部屋は随分と暖まっていた。部屋が暖かいせいか、思考が上手く回らない。南沢に出されたココアの湯気が、ずっとふわふわと漂っているような、そんな感覚だけが強くなっていく。
暖かい部屋は本当に油断できない。だってほら、また口が緩む。
「どうして鬼城さんは、まだ僕といるの」
日和にされた質問を無視して、問う。日和は大きく瞬きをした。
先程の問いに似た、けど決定的に違うものだ。なんでこんなことを聞いているのか自分でもわからなかった。ただ言葉は糸を編むように紡がれて、紅茶に入れる砂糖のようにゆっくりと沈んでいく。
強い瞳から逃げるように目を伏せた。時計の音がうるさくなって、無機質な音だけで出来上がった旋律は、酷く息苦しい。
もう息は止めていないのに、酷く息苦しかった。