07


雪の舞う夜の中で青空が閉じていくのと、何もない空間に突如として閃光が走ったのはほとんど同時だった。

日和は咄嗟に自分よりも幼い天を庇うように抱き寄せ、光の強さに目を細める。何が光ったのかと、目を凝らす。光に目が慣れ、目視するよりも早く声が響いた。

「みーーいつけたあーー!!!」
「!?」

純白が舞う紺碧の空に、水色を基調とした車が空中を大きく旋回した。
その車体は見覚えがある。かつて自分も乗り込んでいていたキャラバン。

「TMキャラバン……」

呆然とした様子で日和が呟く。時空と空間を飛び越える、タイムマシン。それは記憶の中と同じまま目の前に現れた。キャラバンは旋回したかと思うとベランダと同じ高さまで降りてくる。降下してくるキャラバンの中から声が2つ聞こえた。

「ワンダバ!声が大きいって……!こんなところ誰かに見られたら……」

乗車口が開き、そこに立つ少年と目が合った。オレンジ色の、この時代から見ても先進的な服装に翡翠色の髪、髪と同じ色の瞳。その少年が、ポカリと口を開けてこちらを見ていた。瞬時にその表情が歪んで、まずいと顔に書いてある。

「……フェイ殿……」

日和がその名を小さく呼ぶと、その言葉を聞き取ったのか、唇を読んだのか、少年はハッとしたように日和を見た。それから信じられないと言うような表情で口を動かす。

「━━もしかして……君は……」

フェイの唇から、自分の名前が紡がれるのを聞いて、日和は噛み締めるように目を閉じ、頷いた。



***



「まさかそんなことになってたなんて……」

キャラバンをアパートの影になる位置まで降ろして、ベランダに降り立ったフェイが苦笑いをした。
この時代で天と出会ってからのあらましを日和が話すと、フェイは一度は頭を抱えたものの薄く笑って「でも、君達でよかったよ」と言った。

「フェイ殿、五月雨氏の具合が……」
「うん、今回のタイムジャンプでかなり体に負荷がかかっただろうから、その影響かもしれない。帰って一応アルノ博士にも診てもらうよ」
「あとこの時代の五月雨氏が今向こうに」
「え!?」

日和か天を支えていた片手でベランダの向こうを指差す。フェイは上擦った声を上げて、慌てて両手でその口を塞いだ。それから声を潜めて話し出す。

「いるの!?この時代の天が!?」
「イエス、ご対面はされてないよ」
「なら良かった……!じゃああんまり悠長にしてられないな」

フェイはベランダの手すりから身を乗り出して、キャラバンを操縦しているワンダバに何か合図を送っている。日和は自分に体を預けている天の、赤みがかった顔を見た。

元の時代に戻って休めば、きっとよくなるだろう。そう信じて、日和は天の頭を優しく撫でる。それから小さな声で、聞こえていないとわかっていて、呟く。

「……五月雨氏、」

思い返す、問われた言葉。

『どうして鬼城さんは、まだ僕といるの』

あの、光を灯すことすら諦めたような目が、酷く悲しい。
本当はわかっていた。天がこの時代のことを深く聞かない理由も、未来から目を背けようとしていることも。

どうして自分がこの未来でも天といるのか。
日和は真っ直ぐに天へと目を落とす。凛とした声は雪に吸収されて響きはしない。だからより洗練された声が、想いが、天へと落ちた。

「その答えは、もう少し先でそっちの私が教えてくれるよ」

そう呟いて、また頭を撫でる。
雪が天の頬に落ちて、その熱で溶けて頬を滑る雫を日和はその指先でそっと拭った。

ベランダの高さまで上がってきたキャラバンに、フェイと協力して天を乗せる。眠ったままの天の前にしゃがみ込んで、その寝顔を見つめる日和に、フェイとワンダバが声をかける。

「本当にありがとう。さっきも言ったけど……この時代で天に出会ったのが君達でよかったよ。下手にこの時代の人と天が関われば、過去が変わる恐れもあったから」
「全くだな。過去と未来は繋がっている!どちらか一方に歪みが生じればもう一方も歪む危険性がある!」

腕を組みながら力強く言うワンダバに、日和は「ほおほお」とわかっているのかわかっていないのか、曖昧な相槌を打った。
膝に手をついて立ち上がり、日和は2人と向かい合う。

「私も、五月雨氏と出会ったのが私とセンパイでよかったと思ってますぜ。何せ、お二人とまたこうしてお会いできましたからなあ」

日和がおちゃらけた言葉でそう言えば、フェイがワンダバはパチリと大きく瞬きをした後、互いに目配せをしてふっと柔らかく笑った。
このキャラバンも、もう乗れることなんてないと思っていたのに。そんな言葉を呑み込んで、日和は目を伏せる。いつか自分が乗り込んでいたこのキャラバンは、思い出があまりにも多過ぎて、感情は上手く言葉にならずに、胸の底で雪のように降り積もるばかりだ。

「さて、じゃあ……」
「うん、そろそろ」

静かに切り出して、日和はキャラバンから降りる。振り返ると、ワンダバか操縦席に座り、フェイかこちらを見ていた。

「じゃあ……五月雨氏をよろしく」
「うん。色々ありがとう」
「……フェイ殿」

もう久しく呼んでいなかった名前を呼ぶ。
これからも彼と、みんなと、このキャラバンに乗って色々な時代を飛び回る自分を思うと少し羨ましくなって、そしてこれから彼らが歩む道を、自分が歩んできた道を思って、言葉を紡ぐ。

「頑張ってね」

多くは言えなかった。けれどフェイも察したのか、目を細めて微笑み、頷く。その笑顔に薄っすらと口元を緩め、眠ったままの天へと視線を移した。

「━━"また"ね。五月雨氏」

タイムキャラバンの扉が閉まる。ふわりと高く宙に浮いて、嘗て何度も聞いたお決まりのワンダバの合図と共に宙に穴が開いて、キャラバンは消えていった。

キャラバンの消えた雪空を、日和は見上げる。いつの間にか降る雪は大きくなっていて、辺りは薄っすらと白く染められていた。

バタバタとした足音がと声が近付いてきたのは、変わりつつある景色に気付いた頃だ。
ガララッと勢いよくベランダの戸が開いて、同時に名前を呼ばれる。

「鬼城さん!!」

声に振り向くと、そこにはベランダの戸に手を掛けたこの時代の天が立っていた。

「……五月雨氏」

名前を呼ぶと、天は身を乗り出して日和を見た。自分と同じ年の、自分よりも背の伸びた天がそこにいる。

「何でベランダなんかにいるの!?っていうか大丈夫!?」
「大丈夫とは?」
「先輩がとうとう鬼城さんを部屋に連れ込んだから何かされてないか……!!」
「誰がそいつに手なんか出すか!」

天の後ろから顔を出した南沢が声を荒げて否定をする。天は南沢の方を向くと顔を顰めた。

「はあ?じゃあ何で連れ込んでんですか!おまけに自分から鍋誘っておいて追い返そうとするし」
「連れ込んでねーよ!そいつが上り込んだんだよ!あと悪かったって言ってるだろ!」

言い合う2人の言葉を聞きながらしながら、日和は天を見上げてぽつりと呟く。

「……五月雨氏、育ったね」
「だからあんたは……ん?え?何が?」
「立派な紳士に育ってくれて、ひよりんは誠に嬉しいでござるよ」
「え?鬼城さん?」
「ところで鍋はまだですかな?」
「お前は帰れよ」

冷静に南沢が突っ込んだが、天は訳がわからずに曖昧な笑顔を浮かべたまま首を傾げている。言い合っていた熱も冷めたのか、天はため息をついてから「冷蔵庫借りますよ」と言って中へ入っていく。その背中を見送って、南沢は声を落として日和に尋ねる。

「……あいつは?」
「先程お迎えが来てお帰りに」
「は?……なんだ、そうか」

目を丸め、心配そうに寄せていた眉を戻して南沢は薄く笑う。「じゃあ解決だな」と溢して、南沢は天の方へ歩いて行った。
天の名前を呼びながら隣に並び立つ2人の後ろ姿に、いつもの光景に、日和は心からの安堵を感じた。この未来しか自分は知らないけど
これ以上の未来などないようにも思っている。
名前を呼んで、隣に立って、笑い合える。これ以上なんてきっとないと、信じている。

日和はもう一度キャラバンの消えた空を見上げて、ベランダの戸を後ろ手に閉じた。


PREV NEXT

back
top