epilogue01


鍋の準備をしている最中に、天はコタツの傍に置いてあった帽子に気付いた。ひょいと拾い上げて、この部屋の主である南沢が普段使うような雰囲気ではないそれに、小首を傾げる。

「先輩、帽子落ちてますけど。ていうかこれどうしたんです?あんまり先輩っぽくないですね」
「ん?」

南沢が手を洗ってから天の傍へ寄る。天が持つネイビーのつばのある帽子に気付くと思い出したように「ああ」と呟き、受け取った。それから言葉を探すように首に手を当て、暫くするとふっと柔らかく笑ってから、それを天に被せた。深く被せられたそれに視界が遮られ、天は思わず「うわっ」と声を上げる。

「お前のだよ」
「はい?」

南沢の言葉の意味がわからずに、天は帽子を脱いで訝しげに眉を寄せた。そしてもう一度帽子を見る。

「いや僕のじゃないんですけど、何言って━━……」

ネイビーに、白い英字。
『I meet again in future』と刺繍された文字を改めて見る。
それを読んだ時、脳に稲妻が走ったような衝撃を受けた。
目の前で星が瞬いている。溢れ出す記憶は濁流のようで、一瞬の目眩を感じた。

I meet again in future.
意味は、『未来にて再会する』

帽子を見たまま固まり動かなくなった天を、南沢が覗き込む。「おい?」と声を掛けると洗面所にいた日和も戻ってきて「どうしたんです?」と声を掛けてきた。

天は並んだ2人の姿を見て、今まで忘れていた記憶と照らし合わせる。
そしてほとんど確証を得ながら、恐る恐る、帽子を掴む手に力を入れて2人に尋ねた。

「━━あの」
「なんだよ」
「五月雨氏?」

天は帽子で口元を隠しながら、僅かに頬を赤く染め、眉を寄せる。
それから

「━━もしかして、"僕"来てました?」

と尋ねた。
一度口にした自分の言葉は、冷静になるとあまりにも突拍子がなく、馬鹿げた問いだと思う。けれど確かめておきたい事実だった。南沢が自分を追い返そうとした理由も、日和が意味もなく寒いだけのベランダにいた理由も、全て説明がつくからだ。
天の問いを聞いた2人は、同じように目を丸めた。それから天の言葉の意味を正しく理解し、2人揃って薄く笑う。

「いやあ、可愛らしかったですぜ、五月雨氏」
「今も昔もお前は生意気だな」

日和はいつもの真顔で、南沢はからかうような笑みを浮かべて、2人が恐らくついさっきまでいたであろう幼い自分について話し出す。天は「あーーーーっ」と長いため息混じりの声を上げた。

「先輩、お酒ありましたっけ……」
「は?あるけどお前弱いんだから飲むなよ」
「飲まなきゃやってられないでしょうが!とんだ拷問ですよ!昔の自分に2人が会ってるなんて!!」
「五月雨氏、どうどう」

日和が宥めるが、天は両手で顔を覆ってしまいため息を溢すばかりだ。
しまいにはその場にしゃがみ込んでしまい、「ほんとあり得ない、勘弁して欲しい」などと呟き始めたものだから、日和と南沢は顔を見合わせた。

それから日和は天の正面に、同じようにしゃがみ込む。

「五月雨氏、おーい」

日和が名前を呼ぶと、天は漸く手から顔を離して日和と目を合わせた。その眉は未だ不満そうに寄せられている。空色の瞳と黄金色の瞳が合わされば、空に日が昇るのだ。

目を合わせると、日和は先程と同じか、それよりも柔らかく笑った。

「また会えたね、五月雨氏」

声は柔らかくて、それでいて確かに喜びを含んでいるようだったから、天は自然と力が抜けて、ぽかりと表情を失う。それから困ったように眉を下げて天もまた柔らかく笑った。


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