08

 わたしは忍者学校時代、かなりの引っ込み思案で大人しかった。とりわけ異性に対しては、ビビりに拍車がかかる。自分で言うのも何だが、容姿は決して悪くはないはずなのに全くと言って良いほどモテなかったのはそのせいだと思っている。
 だがそれは生まれつきなんてことはない。相対する人物によってはむしろ、もっと騒がしくて、快活だったと自負している。つまり、仲の良い人の前ではかなり素が出る、内弁慶というやつだった。
 そんなわたしだから、同級生の子たちとはなかなか上手く話せないことが多かった。一応女子なら、普段喋らない子に話し掛けられたって、内心狼狽しつつも返答はできる。だが大人数であったり、自分から話しかけたりするのはどうしても苦手だった。

 それを見かねてか、わたしをよく構ってくれる人たちがいた。
 一人目は猿飛あやめさん。彼女とはわたしが忍者学校に入学する前から交流があり、良くしてもらっていた。クールで大人っぽくて、あの頃はよく分からなかったが今思うと少しSっ気のある人だったから、たまにからかわれたりもした。当たり前だがそれは嫌がらせのようなものではなく、わたしを笑わせようとしてくれていたことはよく分かっている。そう、彼女のからかいなんてほんの些細な可愛いものなのだ。
 二人目は、服部全蔵さん。彼とはあやめさん経由で知り合ったのだが、これまた成績優秀なくせしてサボり癖のある、掴みどころのない人だ。いつも飄々としており、今も健在な長い前髪が完全に目を隠しているせいで、その表情さえなかなか窺えない。
 そんな彼の悪ふざけや悪戯好きに、わたしは度々ターゲットとなっていたものだから、たまったもんじゃないんだ。

 ──と、真琴が己の過去をしみじみ思い返していた理由はというと。

「だーれだっ」
「うおっ、お………全蔵さん、気色悪い」
「気色悪いはねェだろ気色悪いは」

 使い古した箒で店の前を掃いていた午後一時。突然何かに視界を覆われ、背後から語尾にハートでも付いていそうな台詞を吐かれた。この低く軽い調子の声色、分からないはずがない。
 服部は相変わらずその気配をぎりぎりまで真琴に悟らせない。真琴も忍の身ではあったが、気配の探知において元御庭番筆頭を出し抜けるわけもなかった。こうしていつもの如く──動揺は最小限に抑えたが──子どものような悪戯の餌食となったのだった。

「久しぶりだなァ、真琴。今日はなんか手の込んだ髪型してんのな」
「ああ、うん。編み込みね。可愛いでしょ」
「ったく、ホント色気付きやがって。昔からあんだけ醜女に育つよう念じといたってのによォ」
「うわっ何それ……本当にわたしが不細工になっちゃってたらどう責任取ってくれんの」
「俺が嫁に貰ってやらァ」
「よっ……バッカじゃないのォ!?」

 ぶわりと真琴の頬に赤みが差す。服部の目は相変わらず長く伸びた前髪で隠れているが、ニヤニヤと緩んでいる口元を見るところ、またからかわれたのだと察する。くっそォ、何度めだ。心の中で嘆いた。

「……まァ、何にせよ、全蔵さんにはあやめさんがいるもんね」
「え、何お前、何、え? まさかまだ俺が猿飛のこと好きだって勘違いしてんの?」
「もォー、照れなくったっていいのに」
「むしろ気色の悪さで青ざめてるわ!」
「全蔵さん前髪で顔色とかわかんないんだけど」

 それで、一体何の用で自分を訪ねたのか。そう真琴が問えば、「あァ!」と本当に忘れていたかのようなリアクションを取るものだから思わず脱力する。

「それがなァ、ちとお前さんに頼みがあんだ」
「げ」
「いや、げとか失礼なんだけど」

 そうは言っても、仕方がない。彼が持ってくる頼み事なんて、きっと碌なものではないだろうから。勿論、その頼み事とやらを引き受けるかどうかはわたし次第なんだけども。そう脳味噌に訂正を入れるが、真琴は人の頼みを断るというのがどうにも苦手だった。無事に自分の意思を押し通せるのだろうか。

「俺今さァ、とある宗教のとあるハム様に雇われてんだけどね?」
「可愛く言ってるけど何それ胡散臭! ハム様って何! 誰!」
「んだけどさァ、丁度仕事ある明日明後日、俺用事あってさァ。代理として行ってくんね?」
「絶対に嫌」

 一秒も間を開けずに断る。心配は杞憂に終わったようだ。人間の防衛本能というのは素晴らしい。こんな依頼、間違っても受けてはいけない。どうしてわたしが、そんな怪しい仕事の手伝いしなきゃならないんだ。

「まァそう言わずに。真琴が代理になってくれれば俺としてはすげェ助かるワケよ。大丈夫大丈夫危険な仕事じゃないし。っていうかお前くらいしか頼める奴いないからさァ」

 その言葉を聞いて、真琴は勘づく。お前しか、というのはすなわち、忍にしか、ということだった。
 危険を伴わないということは、恐らく護衛の仕事の類ではないだろう。となると、そのとあるハム様──恐らく教祖本人に忍としての技量を買われ、まがい物の奇跡を生みだしては教徒を増やす事をしているのだろう。これだから忍というのは。餌さえあればどんな主人であろうと飛びつく。猫のような生き物だ。殊更、彼の考えていることは理解に苦しむ。むしろする気などさらさら無いが。

「わ、悪いけど絶対やらないから。断固拒否だから」
「ふーん。どして?」
「そんなあからさまに怪しい仕事、嫌に決まってるじゃん」
「へェ……? そォ」
「……全蔵さんのそういうところ、好きじゃない」
「そらァ寂しいねェ」

 カラカラと笑う服部を小さく睨みつけた。彼は断られることを分かっていて、わざわざ自分の所まで来たに違いない。
 真琴は一度きつく目を閉じると、再度ゆっくり開き服部を見据えた。

「……わたしが忍である時は、わたしがそうしようと決めた時だけだよ」

 それを譲る気はない。そんな意思を込めて、言い切った。
 道行く人の話し声や些細な物音はしているはずだが、真琴は自分たちの周りだけしんと静まり返っているように感じた。一体どれほど時間が経っただろうか。きっとそれほど長いわけでもなかったのだろうけど、真琴にはとても長い時間が過ぎたような気がした。
 とうとう折れた服部は、頭をがしがし掻きながらわざとらしく舌打ちを鳴らした。

「……しゃあねェな、んじゃ剛にでも頼むか。アイツも確かフリーターだったしな」
「最初からそうしてくれない!?」

 何故か楽しそうに笑う服部に、思わずため息。ああ、特に何をしたわけでもないのに無駄に疲れた。全部彼のせいだ。そんな事を考えていると、それを見透かしたかのようにデコピンが飛んできた。彼は真琴の睨みをものともせず背を向ける。落ち着け、腹を立てるだけ自分が損するだけだと必死に気持ちを抑え、額をさすった。

「……本当、忍なんてくそくらえだよ」

 振り向かずにひらひら手を振る服部に、聞こえない程度の音量で、真琴はそう呟いた。