07

 春。春と言えば桜。桜と言えば花見。
 縁あって花見会場で鉢合わせした万事屋一行プラスアルファと真選組は、現在、花見場所を賭けて叩いてかぶってジャンケンポン大会を開催していた。

「至極くだんね……馬鹿しかいねーのかこの国」
「アッハハハ! 大丈夫大丈夫、常日頃から馬鹿に囲まれた雪ちゃんも馬鹿に染まり切ってるよォ! ヒック」
「散れ」
「ウオオオ総悟隊長いっけェェ! そこの美少女チャイナっちはともかくあんなモジャモジャにうちの真選組ソーセージをやれるかァ!」
「出汁巻き卵美味しい……肉巻き美味しい……」

 雪、真琴、朋子、羽月の四人は陣地争奪戦の参加メンバーではなく、外野の中でも特に女同士として、一つのレジャーシートを共有していた。しかしこの通り、真面目に声援を送っているのは朋子のみである。

「……そういえば」

 彼らの勝負はもはや視界にも入れず、自身お手製の弁当をモリモリ咀嚼していた羽月はふと箸を置き顔を上げた。

「雪さん、でしたでしょうか。何故傘を差されているんですか? こんなに良いお天気なのに」

 今日は空には雲一つなく、絶好の花見日和。にも関わらず、雪は番傘を肩に掛けるようにして差しながら酒を煽っていた。しかも一人だけシートに腰を下ろしてはおらず、持参していた折り畳みの椅子を使用している。

「日避けに決まってんだろ」
「まったまたァ〜素直に虫避けええェああああギブギブギブ!」

 雪の背中をバシバシ叩く真琴は完全に酔いが回っているようだった。しかし即座にその手を捻りあげられ悲鳴を上げる。
 羽月は「虫?」と首を傾げた。そんな彼女を見て、雪は「木から落ちてきたら気色悪ィだろ」と簡潔な説明を述べた。腰に殺虫剤を装備していたのも、近寄る虫を撃退するためなのだろう。

「なるほど、虫が苦手なんですね。だから直接シートに座るのも嫌であると……それなのに、我慢してでもお友達と遊びに来たかったということでしょうか? ……え、ちょ、ああああ私のローストポークが!! え、全部……? えっ……?」
「タダ飲みタダ食いに参加できるから〜」
「雪ちゃんホント素直じゃな〜いヒャック」

 おもむろに残りの肉を素手で口に入れた雪に、羽月は絶叫のち放心した。真琴の言う通り、大人げないことこの上ない。そんな三人に、朋子が熱気の籠った声をかける。

「お三方! 肉で騒いでる場合じゃないでっせ! 総悟隊長ォォォ近藤さんの仇取れェェいっけェェェ!」
「やだ〜ヒック盛り上がってる〜。神楽ちゃァァァん! そんな激辛ドS男に負けないでェェェ!! ヒィィィック!!」
「オイ突っ込みはテメーの仕事だろが真琴。明らかにメット被ったままじゃんけんもしてねーじゃんか。役目放棄かオイ」

 向こうで審判を務めていた新八が「だからルール守れっつってんだろォォォ!!」とシャウトしている。しかし止まるどころかどんどんヒートアップしていく沖田と神楽の勝負……というか喧嘩に、とうとう匙を投げた。
 一回戦はお妙の並外れた腕力により近藤が戦闘不能に、二回戦では双方ルールを守らず無効試合となったこの勝負。これはもう三回戦で決めるしかないと、飲み比べをしていた銀時と土方の方へ新八は振り返った。

「「オエ゙ェ」」

 そして地面に無様に手を付き、胃の中の物をぶちまけている大人二人にお約束のようにズッコケた。

「オイ酒が不味くなんだろがダブル汚物製造機。とっとと失せろ。江戸から」
「え、規模でかくね?」
「オエッ……雪、水ゥ……寄越せ……」
「あいよ水」
「アバボ!!」

 高圧的に命令する銀時の顔面に、雪はコップの水を絶対零度の瞳でぶっかけた。苛立ち半分、意識をはっきりさせる為という捻くれた親切心半分である。……否、前者8割、後者2割ほどだろう。「は、鼻にっ……!」と悶える銀時を、土方は朋子から受け取ったティッシュで口元を拭いながら嘲笑する。彼の挑発に引っかかった銀時の眉がぴくりと動いた。

「ゲホッ……女に世話させて良いご身分だなァ……天下のオマワリサンが情けねェこった」
「すげーな雪ちゃんに介抱させようとしたこと秒で忘れてるよこの人」

 土方の背を雑にさすりながら、朋子はジト目で銀時を眺める。しかしその土方もまた、銀時の挑発に見事に引っかかった。

「あァ……? 上等だコラ」
「言っとくが俺はまだまだやれるぜ……どうだここは、"斬ってかわしてジャンケンポン"にしねーか! 普通にやってもつまらねェからな!」
「上等だコラ」

 ゼーハーと荒い呼吸をしながら、土方は据わった瞳で真剣を取り出す。銀時も銀時で近くにいた隊士に刀を借りると、覚束ない足取りで土方と対峙した。

「お前さっきから『上等だ』しか言ってねーぞ、俺が言うのもなんだけど大丈夫か!?」
「上等だコラ」
「そォか……それじゃ――いくぜ!!」

「「斬ってかわしてジャンケンポン!!」」

 目の前に出されたパーと己のチョキを見て、銀時はどろりとしていた目を勢いよく見開く。眼前にあったそれが、左から右へ真っ二つに斬られた。ゆらりと地面に倒れていき、低い地響きが起きる。

「……心配するな、峰打ちだ。まァこれに懲りたら、もう俺に絡むのはやめるこったな」
「てめェさっきからグーしか出してねーじゃねーかナメてんのか!!」

 倒れた木に話しかける銀時と、定春の肉球と勝負している土方に向けられた数々の視線は、氷点下のごとくであった。

「肉球っつったらパーじゃね?」
「オメーはもう黙ってろ」







「いやァ本当、お互い妙な上司がいて大変ですね山崎さん」
「上がああだと下は苦労するもんだよ、新八くん」

 山崎は酒を飲みながら、新八は重箱に箸を伸ばしながら。先の三本勝負の審判を務めた二人は互いに同じ空気を感じ、こうして常日頃から溜まっていた愚痴を双方溢していた。
 そんな和やかな空気が漂っていた中、突如二人の背中に衝撃が走った。揃って「いだっ!」と呻き声が上がる。新八に至ってはトレードマークの眼鏡が少しずれた。

「なーに二人してシケた顔してんのォ! そんなんだからそんな幸薄い的オーラ全開になってんですよ!! ほらっ笑顔笑顔ォ!!」
「余計なお世話だけど!?」
「真琴さん今日こそは酔うまで飲まないって言ってませんでしたっけ……」

 アッハハハハ! と豪快に笑っているのは顔を真っ赤に染めた真琴だ。以前会った時のおどおどしていた彼女とは別人のようで、山崎はその豹変っぷりに少しだけ腰が引けた。

「もーそこは『ベストオブ不運のオメーに言われたかねーよ』って突っ込むとこでしょーが!!」
「何その自虐ネタ! 真琴さん向こうで休んでた方が良いんじゃね!?」
「やーだァ真琴ちゃんって呼んでくれても良いんですよォわたしとえーと、地味崎さん? の仲じゃないですかァー!!」
「山崎ね。俺がどう思われてたのか次々発覚してて辛いんだけど」

 山崎の背中をバシバシ叩き続ける真琴。山崎が顔を歪め抵抗すると、今度は真琴が表情を歪ませ山崎の肩に右腕を回した。

「えェ〜! 山崎さんはわたしのこと嫌いなんですかァ? オイオイこんないい女目の前にして見る目がないねェ〜」
「え!? い、いや、嫌いとか好きとかそういう問題じゃなくて……ちょ、新八くんっ……ていねェェし!」

 新八に助けを求めるも、すでにその姿はなかった。真琴の絡み酒を知っての賢明な判断である。
 間近に迫った真琴の赤い顔。眠たげな瞳はどこか妖艶さを纏っていて、本当に自分の知ってる真琴ではないように思えた。狼狽えつつものけ反ったが、真琴の空いてる左手が、山崎の右頬に伸びる。思わず肩がびくりと跳ねた。
 ──いやいや、落ちつけ、落ち着くんだ山崎退。真琴さんは今ベロンベロンに酔ってる。つまり悪ふざけだ、からかわれているにすぎない。なんてったって、俺は自他共に認める地味──

「アッハッハ! 至近距離で見れば見るほど印象薄〜い! わたしがお化粧してあげましょうか!」
「本当余計なお世話!!」

 山崎は涙目で訴えた。







 真琴たちから少し離れた場所で、相変わらず傘を差した雪は酒をあおりながらその光景を眺めていた。

「頑張ってください中華さん! そんな男なんかに負けないで!」
「どおォォりゃァァァ!!」
「うおおおォォォォォ!!」

 未だヘルメットを被ったまま乱闘を繰り広げているのは沖田と神楽。片手におにぎりを持った羽月は、彼らのそばで神楽に声援を送っていた。初対面の神楽を応援したいというよりは、嫌いな沖田が負ける姿が見たいという捻くれた動機だった。

「花も見ねェ酒も飲まねェ、何しに来てんだアイツら」
「所詮まだガキってことだろ。雪、酌」
「Fu◯k off」
「何でだァァァ! しかも無駄に発音上手ェし腹立つ! ウ、おぷっ……」

 勢いよく叫んだためか、銀時の脳内がぐらりと揺れた。思わず口を押さえる姿に、雪は「オメーは脳味噌も綿埃か?」と軽蔑の眼差しを向ける。酌を拒否したのは、無論銀時の体調を配慮したわけではない。女が酌するのが当たり前みたいな顔でお猪口を突きだされた事が癇に障ったのだ。
 と、眉間にしわを寄せながら、銀時に向けていた視線を何の気無しに足元へずらす。──瞬間、雪の全身にぞわりと鳥肌が走った。
 椅子のパイプ部分を、ゆっくりと這い上がっている小さな生物。
 雪は考える前に反射的に椅子から跳ね上がると、胡座をかく銀時の背中に全力で飛び乗った。番傘の空気抵抗もほぼ意味を成さず、銀時に人一人分の負荷が勢いよくのしかかる。

「うごォっ!! おっぷ、ちょ、なに、マジで、吐く、」

 顔面を青に染める銀時を無視して、雪は傘を閉じると腰に装備していた殺虫剤を容赦なく噴射した。椅子もろとも薬液に染まっていく。
 
「ヨシ……色々飲み食いしたしそろそろ帰るか。オイこのまま会場から出ろ。吐いたら殺す」
「何もヨシじゃねーんだよ! 何ンな面倒くせェこと……」
「出ろ」
「うごォォォ出る出る出る! 口から!!」

 銀時はなんとか雪の言われた通り、彼女を背負ったまま歩き出す。雪の腕は首の前に、足は腹の前に回り完全に密着した状態は、心臓というか生死を物理的に掴まれているような気分であった。

「お前ホントさァ、そんな虫駄目なら家にいればよくねェ……? ストレスマッハだろ」
「うるせーな人の行動にケチつけられるほど偉いのかオメーはよ。はー残った酒と飯が名残惜し……」
「お前が今日飲み食いしてたそれは全部人の金ですが!」

 銀時は顔をしかめてがなるが、雪は微動だにせず体を硬くしている。彼女の奥底に、あんなに小さな生き物への恐れが潜んでいるのかと思うと、何だか段々と面白可笑しく感じてきた。

「……こういうところがもっとありゃ可愛げもあんだけどなァ」
「この至近距離で聞こえねェと思ったか」
「うごおォォォ首首首絞まってるマジで死ぬゥゥゥ!」