厠革命

「……何やってんの?」

 ひとつの男子用便器によってたかっている土方、沖田、隈無。その異質な光景に、朋子はやや引いたような顔で入り口から訊ねた。

「おや朋子さん。ご覧の通りですよ」
「イヤなんもわかんねーよ」
「つーかおめーこそ何やってんでィ。ここ男子便所だぞ」
「なんか土方さんが叫んでるの聞こえたからさァ。チャックに皮でも挟んだんですか?」
「それで野次馬に来るおめーの感覚はどうなってんだ!!」
「つーかこのド汚い劣悪クソトイレは何? さっき掃除したんじゃないの? こんなん見る暴力じゃん息も吸いたくない屯所に置いときたくない爆破したい」
「そんなに?」

 口もとを押さえて顔をしかめた朋子。先ほど彼女を除いた一番隊の面々が清掃を行ったであろう男子厠は、便器まわりやタイルがすでに酷く汚れていた。

「文句があんならおめーが掃除しろィ。だいたいさっきまでは(清蔵さんのおかげで)キレイだったんでィ。それがちょっとしたらこのザマでさァ」
「だからこそ我々は厠革命をせねばならぬのですよ」
「よくわからんけど男子トイレは大変だねェ」
「ったく、厠担当なんざロクなことがねーや」
「ま、一週間で変わるからいいじゃん。あたしなんか問答無用でエブリデイ女子トイレ掃除だよ。もうトイレの神様ともズッ友マブダチだよ。おかげでこんなに別嬪さんになっちゃって」
「しっかり幸せそうじゃねーか」

 真選組では、隊ごとに週替わりで掃除当番が割り当てられる。そんな中、隊中唯一の女隊士である朋子だけは特例として、屯所設立時からずっと女子トイレ掃除を担当していた。ゆえに、よその清掃事情など知る由もなかったわけだが、この惨状を見るに男子トイレのほうは色々と問題が多いのだろう。

「つーわけで、まずは小便を溢させないようにするために、便器にあらかじめつけた汚れを狙い撃ちさせよう作戦をしているわけでィ」
「だからなんで俺の写真だァァ!!」
「真選組の汚れです」

 なるほど、男子用便器の内側に土方のブロマイドが貼られていたのはそういうわけか、と朋子は内心頷いた。つーか男は毎回用足す時そんなことしてんの? 小学生なの?

「あっ! 誰か来ましたよ! みなさん隠れて!」
「えっあたしも?」

 隈無の指示に流されるまま、四人は個室のほうに隠れ込んだ。大人が和式便所でギッシリと身を潜める光景はなかなかに奇怪だが、厠の使用者たちが出ていくまで静かに耐える。
 しばらくして、再び戸が動く音がした。談笑する声が完全に聞こえなくなってから、一同は扉を開けて表に出る。四人の大人が一つの個室トイレからぞろぞろと姿を現す光景は、やはりなかなかに奇々怪々であった。

「さて、どうでしょうかね効き目は」
「ふざけんなあんなもん効くわけねーだろ」
「あー、失敗でさァ」

 沖田の抑揚のない嘆きに、三人が写真を貼った例の便器を見ると──

「ウンコされてます」
「どーいうことォォ!?」
「効きすぎましたね。対象への憎しみが大きすぎたようです。隣の便器にいたっては写真が突き破られていますね」
「どんな小便!? どんだけ嫌われてんだよ俺ァ!!」
「まあしゃーないですよ。土方さん怖いしド厳しいしイケメンモテ男なところも憎らしいだろうし」
「本人目の前によく油注げたなテメー!!」
「あたしは土方さんのこと好きですけどねェ」
「おっ……、」

 言葉を詰まらせた土方が、朋子から外した視線をぐるりと不自然に泳がせる。一周回って朋子に戻ってくると、彼女はさぞ楽しげにニヤニヤと笑みを浮かべていた。遊ばれたと気づいたところで、土方の身を沖田の白々しいロケットパンチが襲った。

「……さて、キレイにしようってのにウンコされちゃかなわねーや。それに汚れじゃ、見落とされちゃしまいですよ」
「なかなか難しいもんだねェ。ま、ここの問題はここ使う奴らだけでどうにか頑張って」
「ん、どこ行くんでィ」
「いや、外で今落ち葉集めて焼き芋しててさーおかわりしようかなって。そういや武州でもよくやったよねー懐かしいなァ」

 だんだんと秋めいてきたこの頃、武州の美しく豊かな自然の風景は、目蓋を閉じれば鮮明に思い起こされた。目を伏せて楽しげに笑う朋子に、復活して沖田と小競り合いをしていた土方が神妙な面持ちで口を開く。

「……オイ、お前まさか、アイツらがあの手で焼いたやつを食ったのか?」
「? よくわかんないけど、羽月ちゃんが焼いてくれたの貰いましたよ。どちゃくそ旨かったから皆も無くなる前に貰いに行ったほうがオトクですよ」
「お、おおそうか……」

 何故かほっと胸を撫で下ろした土方に、朋子は首をかしげつつも扉へ向かう。

「そんじゃあたしはこれで……ってウワ何あれ!?」

 突然朋子が叫んだ。彼女の視線の先に、男衆の視線もつられて集まる。──厠の出入り口の取っ手に、うぞうぞと菌のようなものが付着しているのが見えた。先ほど、他の隊士らが用を足しに来るまではなかったものだ。

「おや、とうとう朋子さんにも見えましたか……タマ菌です」
「イヤどういうこと!? つーかなんで可視化されてんの!?」
「つまりこういうことです。朋子さん、アナタも用を足す際、股に生えたナニに触れるでしょう?」
「んなもん生えてねーよブッ殺されたいの?」
「そこで手についたタマ菌が、こうして屯所のあちこちで繁殖しているということです。だからこそ今、この真選組には厠革命が必要なのです」
「えっ……みんな手ェ洗わないっつーこと? ナニに触れてんのに? 不潔極まりなくない?」
「そういうことです」
「えっ……ちょ、近寄んないで全員触んないで」
「オウ、どこ行くんでィ」
「ちょその手で腕掴むな離せェェ!!」
「やだやだ、俺を置いてかないでくだせェ。きゅるん」
「んな胡散臭いきゅるん聞いたことねーよ! ここぞとばかりにまとわりつくなァァ!!」
「オイ朋子、俺をこいつらと一緒にすんな。俺はちゃんと洗ってるからな」
「しかしここの水道では、最後に水を止めようと汚い蛇口をひねった時に結局タマ菌をテイクアウトすることになる。ドヤ顔で手を洗っていると公言した副長でさえも、一見キレイに見えるその手にはタマ菌が……」
「隈無、お前ちょっと黙れ」
「あり得ない最悪なんだけどつまり何? もし土方さんと手繋いだりなんかしたら、間接的に土方さんのナニに触ることになるっつーこと!? どういうプレイ!?」
「だから俺で例えんなァァ!!」

 今度は土方のロケットパンチが朋子に決まった。