雪の日
「うーさびさび」
とうとう降り出した雪に、思わず身を寄せる。今日の気温は一体何度だったか。肝心の数値は忘れ、結野アナの爽やかな笑顔しか覚えてねェが、気温なんて見ちまった日にゃ余計に寒さを覚えるわけだからまあ良しとする。
視界にちらちら入り込む雪も、吐いた息も全部が白い。なんなら曇った空も真っ白だ。こうも世間がシロシロしてるってのに、ウチの家計だけはどうしてこうも真っ赤なのかね。や、染まってほしい色は黒だけど。
白菜が顔を出した手元の買い物袋を揺らしながら、雪が染みていく地面を進む。今日の夕飯は水炊き。なんなら昨日も水炊き。楽で安く済むから冬は鍋の日が多かった。安さの秘訣はもやしと豆腐増し増しなところにもあるだろう。いやァ、鍋の中身まで白い。
「あ、」「あ?」
横断歩道前の信号待ち。隣の影に思わず声を上げると、鼻の頭を赤くした白い女が嫌そうに顔を歪めてこちらを見た。オイオイ失礼極まりねーなおめーは。
おそらく、俺と同じく買い物帰りであろう雪、はすぐに俺から興味を無くしたようにふいと顔を逸らした。それから片手に持っていたものを自分の口もとに寄せる。白い紙に挟まれた、真っ白で丸くて、少し欠けたそれ。かじられた部分からは、白い湯気と赤い中身が見えた。ピザまんだ。
「……」
じわ、と口の中で唾液が分泌される。子どもみてーに浅ましくくれくれ言うつもりはない。つーか、こいつに関してはそんなことしたって分けてくれるような奴じゃないし、あったらそれこそ、雪が降る。
が、このクソ寒い中、ほかほかと湯気の上がる美味そうなそれに、じい、と視線を奪われてしまうのも致し方ないだろう。とくにジリ貧生活で、最近は依頼も全然こねーからデザートの一つも早々買えない身としては、一層魅力的に見えてしまった。
「何」
「ハイハイわーってますよ」
こちらに一瞥もくれずに一言落とす雪は、相変わらずのそっけなさだ。暗にやんねーぞと言われたようで、先手を打って返答する。ケッ。その真っ白い羽織に中身飛ばしてもしんねーぞ。
雪は黙ってもぐもぐと食べ進めていく。信号はまだ変わらない。ここの信号、一度引っ掛かるとなかなか変わんねーんだよな。雪もやむことを知らず、その間にもますます体温を奪われていく。冷えた指先に血を通わせるように、空いているほうの手を気休めにぐっぱと動かしながら、信号が変わるのをひたすら待つ。
「むぐ」
突然、口から息が吸えなくなった。口内に押し込められたなにか。条件反射で咀嚼すると、ケチャップソースやらなんやらと、とろりとしたチーズの洒落た味。舌触りのしっとりなめらかな、生地の甘さがそれと混ざり合う。飢えた舌が震えるほどの甘美な塩糖脂。熱い温度が、口から広がり、冷たい体を暖めるような心地。
そろりと隣を見れば、雪は前を向いたまま最後の一口を頬張っているところだった。
視界の端で、赤のランプが緑に変わる。咀嚼して、口いっぱいで濃い味わいを堪能して、鼻からピザの風味が抜けて、飲み込んで、喉と腹があったまって。それを見越したような頃合いで、雪は片手に提げていたレジ袋を俺に突きつけた。そうか。そりゃそうだよな。そうじゃなけりゃ、びっくりしすぎて、たぶんまた信号が赤になるまで俺は動けないでいたと思う。
拒否権もなくそれを片手で受け取ると、ずしりと肩まで重みが走った。ウチの袋とは雲泥の差だ。透けた袋からは、米の銘柄が見える。この分だとたぶん十キロ。安売りにつられたな、こいつ。あと他にも色々入っていて重い。普通にスゲー重い。手の一点に重みが掛かってきやがるから、神楽とかを抱えるほうがよほど楽な気さえしてくる。つーか何、ピザまん食ってたよな? これ涼しい顔で片手だけで持ってたの?
先を歩く雪に置いていかれないように、左右で重さの違う袋に手こずりながら横断歩道を渡る。雪は手持ち無沙汰になった手にハアッと白い息をかけていて、その人間くさい仕草がなんだか珍しく思えた。
「つーかこれ、一口じゃ割に合わねーだろ……」
「じゃ食べた分返せ」
「おめーが勝手に突っ込んできたんだろーが!」
「随分美味そうに食ってたじゃん」
え、見てたの?