隊服
真選組の隊服といえば、烏や黒猫を連想させる漆黒が印象的だ。物騒な仕事である分、血を浴びても目立ちにくいのは利点であるが、やたらと日光を吸収するそれは視覚的にも物理的にも暑いと不服の声も少なくない。
そんな彼らの隊服には、いくつか種類がある。まず局長、副長、及び十隊の隊長が身に纏う幹部服。スタンドカラーシャツに黒いベストを合わせ、首もとにきっちり巻かなければならない白いスカーフは、苦しいわカレーうどんも満足に食べられないわで、これまた隊士らにはもっぱら不評である。
銀のパイピングを施された漆黒の上着は、オーソドックスな丈のものと、地面に届きそうな長い丈のものと二種あり、各々好きなほうを選ぶことが可能だ。長丈のほうはその分重さが増すため、今のところ好んでそれを着ているのは三番隊隊長斉藤終一名だった。とはいえ彼が素早い剣戟でその丈を靡かせる様には、ひそかに憧れる隊士もいた。
次に、隊長の下につく隊士らと、監察方などの別動隊が身に纏う平隊服。こちらも幹部服同様に銀のパイピングが施された黒い外套であるが、あちらよりも派手さはなく、それ一着で完結する。丈の長さも一種類だ。インナーは首や袖から不自然に露出しなければ基本なんでも良しとされ、Tシャツなどを着込む者もいれば、サラシの上にすぐに着る者もいた。
最後に一つ、それを支給された者は現在、隊内においてただ一人。
「……なんでェ、きょう、近藤さんのお付きかなんかだったか?」
寝起き特有の舌足らずな声。沖田は寝ぼけ眼を擦りながら、自身を起こした朋子の足元に視線を向けていた。普段はトップスと揃いの黒いスラックスに包まれている脚が、今日はその肌色が惜しみ無く晒されている。
「あー違う違う。今日クソ暑いって言うからさァ。あたしたちの巡回時間いっちゃん暑い時だし。つーかお付きでスカート履いたのなんかあれっきりだから」
「ふーん」
「いいから起きた起きた。いやダジャレじゃなく。朝礼遅れたらあたしまで怒られるじゃん」
「んー……」
生返事を漏らしながら、布団に座り込んだままの沖田は依然として朋子の足元を見ていた。膝上のタイトスカートはそう短いものでもないが、スカートというだけで、パンツスタイルとはまた随分と印象が変わるものだ。彼は何気なく手を伸ばすと、傍らに屈む彼女のふくらはぎを指先で撫でた。
「なんでェ、ストッキングか」
「てオイ」
「いででで」
「あのねェ年下のイケメンだからまだギリギリ許されてるけどね、これが土方さんだったらセクハラで訴えてるからね」
「隊長に楯突く気かィ」
「いやだからセクハラなんだっつーの」
「どこぞのセクハラ官僚と一緒にすんじゃねーや」
彼女の腕や肩に不用意に手を伸ばす、肩書きだけは立派なハゲ面の親父。そういう者を、これまで少なからず見てきた。女がいると知って、今は特段地位のあるわけでもない朋子をわざわざ上と共に呼び寄せるような奴らが、誰かの上に立ち、なんらかの決定権を持つのだ。
すべての長とつくものが、近藤のような人格者であればいくらかまともな世界になっただろうに。……いや、あの甘っちょろさが飽和したらそれはそれでヤバイ世界か。というか近藤自体、十も離れた少女を陰湿に追い回すヤバイ男ではあるが。
そんなことを考えながら、沖田は今一度口を開く。
「そんな服じゃ、おめーよォ……」
「いや何、あたしも前はそう思ってたけどねェ」
彼の呟くような声を、朋子は随分と落ち着いた声で遮った。なんともないように首もとの髪をかき上げ、揺れる毛先がなんだか涼しげに見えた。
「あたしはあたしでいいわけよ。だからせっかくの特権、使えるんなら使わないと損じゃん?」
に、と上げた口角は、無理をしているわけでも繕っているわけでもない。そうか、彼女は、いつの間にか、少しずつ。
沖田は言いかけていた言葉をやれやれと飲み込んで、それから彼女の顔をしばし見つめて、ようやく布団からぬるりと這い出た。額にずらしていた愛用のアイマスクを外して、ボサボサの髪を適当に手ぐしで撫で付けていく。
「結局そんなピッチリしたもん履くならよォ、大して変わんねェんじゃねーの」
「ズボンよか全っ然涼しいんだわこれが。履いてみる?」
「履かねーよ。つーかそんなん履く必要あんのか」
「そりゃあたしだっていちいち履きたかないけどねェ、今どきビジネスマナーだのなんだのうるせーのよ世間は。生足じゃ失礼なんだってよ。どう考えてもテメーの思考の方が失礼だろーが!
「急に癇癪起こすんじゃねーや」
文句を垂れながら沖田の布団をてきぱきと畳んでいく朋子。ひとしきり作業が終わると、沖田が隊服に着替えることもあり彼女は部屋を出ていった。
一人残された沖田は、寝間着を脱ぎ捨て、相変わらず暑苦しい隊服に腕を通していく。
「おっ朋子ちゃん今日は涼しげじゃねーか」
「オッスあんま不自然にじろじろ見たら潰すよ」
「どこを!?」
不意に部屋の外から声が聞こえてきた。朋子と、声からして十番隊の原田やその部下たちだろう。
「いや〜ズボンと比べりゃ超〜〜〜涼しいよコレマジで最高」
「はァ〜いいなァ」
「履いてみる?」
「いや履かねーよ」
「ズリぃなァ朋子さんだけ〜」
「俺ら皆クソ暑ズボンで我慢してんのによォ」
「文句なら上に言いなっせ。全員我慢しようじゃなくて、しなくていい我慢なんかさせないルールを作るモンだよ」
「おっいいこと言うねェ」
「前に沖田隊長が考案したアレ、流石にパンキッシュすぎってんで上からアウト食らったけどよ、あんな感じのやっぱ欲しいよな」
あーあれな。せっかく荒稼ぎするつもりだったのに、市民からの評判も微妙とかで結局却下されたんだっけ。過去の記憶を思い出しながら、沖田は最後にジャケットを羽織って部屋を出た。
「あ、沖田隊長! おはようございます!」
「オウ。てめーらこんなとこで道草食ってっと朝礼遅刻すんぞ」
「いや隊長がドベでしたよね今……スンマッセン! なんでもないです!」
沖田の手が伸びてきたのを見て、原田の部下が慌てて平謝りした。その様子にカラカラと笑っていた原田は、今一度朋子の涼しげな格好を見て厳めしい顔つきを緩める。
「はーにしてもホント、羨ましいなァ」
「いいでしょォ! なんせ今日38度だからね」
「それは言うな!」
軽やかに笑う朋子を、傍らの沖田は夏の陽のようだと思った。