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「ねえ、そーちゃん! 遊びましょう!」
「誰がおまえなんかと……って、おい! 引っ張んなよ! わかったから!」

 のどかな風を切ってかけっこをした。地面に家族の絵を描いて見せ合って、歌を歌って、あやとりをして、家の床下を土まみれで冒険した。
 
「てめーおじいさまのこと大好きなのに、何で家出なんかしたんだ」
「……私、村から出たらダメって言われてて、外のこと何も知らなかったんです。でも、ずっと、外に何があるのか知りたくて、自分で確かめたくて……」
「ふーん……」
「初めて外に出て、怖くて、すごく後悔したんですけど……でも、やっぱり、出てみてよかった。生まれて初めて、おともだちができた」
「……とも、だち……」
「そーちゃん、私を助けてくれてありがとう。そーちゃんは、私の初めてのおともだちで、それで、赤いヒーローですね」

 戸惑う友人の手を握った、そのあたたかさを、ずっと忘れていた。

「私ね、そーちゃんにお友達ができてとっても嬉しいの」
「ミツバさんも? 私も、そーちゃんとおともだちになれて嬉しいです!」
「羽月ちゃんもそう思ってくれててよかった」
「ねえ、ミツバさんと私も、おともだちですか?」
「……ええ、そうねェ。お友達よ、私たちも」
「わあい、やった! おともだち、二人もできちゃったっておじいさまに自慢します!」
「フフ、きっとこの先、もっとたくさんできるわ」
「ほんとですか!」

 やわらかに頭をなでてくれた、そのあたたかさを、もっと早く思い出したかった。

「ねえ、羽月ちゃん」
「はあい? ミツバさん」
「お迎えが来るまで……ううん、お迎えが来ても、ずっとこの先もきっと、そーちゃんのお友達でいてくれないかしら?」

 大切な友人の願いに、とびきりの笑みで答えてみせた。そのすべてが、今に繋がっていた。

「──もちろん!」










「よーっすお勤めご苦労さ」
「ストーキング容疑で逮捕しやす」
「待て待て俺はおまわりさんに用があるだけの善良な市民だっつかお宅らだって立派なストーカーゴリラ飼ってんだろーが!」

 すっかり日の暮れた夜道。真選組屯所に続く曲がり角で待ち伏せをしていた銀時は、迷いなく手錠を取り出した沖田に即座に食って掛かった。沖田はちらつかせたそれをあっさりしまい込みながら、迫ってくる銀時を上目で見遣る。

「歩く騒音公害ストーカーよかマシでさァ。んで、わざわざ何の用ですかィ。それも俺個人にですよねィ」
「おー、話が早くて助かるわ」

 門番に声を掛けることもしなかった銀時の目的を、沖田は早々に察していたようだった。目の前の少年の相変わらずの聡さに感嘆しつつ、銀時は事のあらましを話す。──彼が沖田個人を訪ねた理由は、無論、本日請け負った依頼についてのことだった。羽月と何かと絡んでいるように見える沖田なら、彼女の家の事情について何か知っているのではないかという予測だ。しかし沖田は話を聞くや否や、怠そうな様相に拍車がかかった。

「訊く相手が間違ってまさァ」
「つってもよォ、家出娘が正直に事を話すわけねーだろ」
「本人もそうですが、俺以外にもいるでしょう。仲良しこよしのウチの部下とか」
「あのネーちゃんは過保護の気があんだろ。絶対漏らさねーだろ俺には」
「おっと、自分から立ち昇る胡散臭いオーラをよく分かってんじゃねェですか」
「部下ともども同じこと言ってくるじゃん何? そんなに俺は胡散臭いの?」
「ひろしの靴下並みに匂いまさァ」
「そんなに!?」

 くだらないやり取りが重なり、次第に話が逸れていく。終止符を打ったのは、面倒がピークに達したらしい沖田のほうだった。

「はァ……その依頼人が誰かはしらねェが、アイツは多分家族いねェですぜ」
「は? じゃああの依頼人は一体……」
「ま、ジーさんの死をきっかけに上京したってのが、そもそも嘘だったのかもしんねェが……やっぱこういうのは本人に聞くのが一番手っ取り早ェ。出てこいオラ」

 沖田が先ほどよりも声を張ると、ずり、と靴底が擦れる音がした。銀時もさして驚く様子もなく、沖田の背後の角から出てきた人物に目線を投げる。戦場に身を置くことに慣れている彼らの感覚は鋭く研ぎ澄まされており、他者の気配には人一倍聡かった。

「す、すみません。私のことを話してると気付いて、出にくくなってしまって……」
「クソガキがいっちょまえに気ィ遣ってんじゃねェよ」
「クソガキではありません、ガキです」

 角からおずおずと出てきた羽月は、口では反論しつつも決まり悪そうに視線をうろつかせている。それが盗み聞きしていたバツの悪さに起因しているのか、それとも話の内容によるものなのか。何にせよ、ここまで来たら本人に尋ねるに限る、と銀時は口火を切った。

「大体聞いてたろうから逐一説明は不要だろ。んで結局、あの依頼人は誰なわけよ」
「……その方、名はなんと?」
赤根(あかね)っつってたけど。後見人か何かか?」

 沖田の話を聞くに、羽月の祖父──おそらく唯一の家族──も、既に亡くなっていると受け取れる。だが、あの依頼人は確かに羽月を自分の娘だと言っていた。仮に込み入った事情があるとして、話がこじれないよう分かりやすく娘と偽ったというところか。
 銀時が告げた名前に薄々予想はついていたようで、羽月が大きく驚くことはなかった。彼女は少し間を空けてから、「故郷でお世話になっていた方です」とだけ答えた。よほど、詳細を答えたくないのだろう。あまりいい思い出でもないのかもしれない。あるいは、話せば「大人たち」に咎められるとでも考えているのだろうか。
 羽月が沖田の傍らを通り越し、銀時に歩み寄る。二人の間には大きく身長差があり、銀時は神楽と話すときのように視線を下に滑らせた。

「万事屋さん、私からも依頼させてください。私を赤根さんから隠していただきたいんです」
「オイオイ……家出ならさっさと帰ってやったらどうだ」
「悪いと、思っています。だけど私は、どうしても、まだ帰るわけにはいかないんです」

 そっと探るように問いかけると、思いのほか決意の籠った声色が返ってくる。「まだ」という口ぶりからしても、彼女はいずれ帰る意思があり、少なくとも、毒親に一方的に探されているだとか、親や親族を騙る犯罪者に追われて逃げてきたといった線は薄いと推測できた。それでも「まだ帰るわけにはいかない」というなら、何らかの目的があるということだ。

「……と、とにかく! お願いします! これっ、依頼金です! 足りなければ後日改めてお支払いしますので!」
「ちょ、オイッ」

 銀時が推理を巡らせている間に、羽月は懐から出した財布に手を突っ込み、確認もしないままに数枚の紙を彼に押し付けた。銀時が反射的にそれを掴んだのを見届けた羽月は、そのまま逃げるように屯所の門を潜ってしまった。

「なんでェ一体」
「……ったく、ややこしいことになってきやがったな」

 銀時の手には、五千円札一枚と、千円札二枚、それからそこそこ長いファミレスのレシートが握られていた。







 休憩中であった山崎は、記憶を辿るように顎に手を添えて。

「ああ、来ましたよ。急に潜入用のカツラを貸してほしいとせがまれたから、破棄予定だったものから一番綺麗で差し支えないものをそのままあげました。一度使ってみたかったとかで。女の子ですもん、オシャレや気分転換してみたかったんでしょうね」

 買い出し帰りだった食堂勤務の女性は、手元の袋をがさりと揺らして。

「そうそう。買い出しが必要になって〜。いつもはあの子お出かけ好きで、率先して手を挙げてくれるんだけど、今日は都合が悪そうに視線を泳がせててねェ。まあいつも任せちゃうわけにはいかないし、今日は私が行ってきたのよ」

 副長室へ向かうところ呼び止められた朋子は、足を止めて。

「あー昨晩? なんか落とし物だと思って拾ったものがかくかくしかじかだったらしくて〜。そんでその少年がその時向かったのがなんとあの吉原だったらしくてさ。いやァ〜最近の寺子屋世代は進み過ぎてんよホントどうなっちまうんだこの国は」

 そして、その晩。

「よォ、クソガキに夜遊びはちと早いんじゃねーのか」
「!!」

 右、左、右と確認しながらコソコソと移動していた羽月は、慣れた声に呼び止められて肩を震わせた。今まさに出ようとしていた裏門から足を引っ込め、そろりと振り返る。

「……クソガキではありません、ガキです。沖田さんこそ、もう上がりのはずでしょう。私服で巡回されるほどお仕事熱心な方でしたか」
「テメーこそ不良娘ムーブなんざ似合わねェ真似重ねやがって。その似合ってねェ頭も何のつもりでィ」

 羽月はいつもの綺麗な髪をしまい込み、短髪のカツラをかぶっていた。普段の調子で悪態をついていたからすっかり忘れていたらしい、慌てて頭を片手で抑えたが、意味のないことだと観念したようにすぐ腕を下ろした。

「赤根って奴への身バレ防止か? 浅はかだねィ。遥々捜しに来るような身内なら、その程度じゃすぐに気づいちまうんじゃねーのか」
「……どうでしょうね。でも、どのみちこんな時間に夜道を出歩くこともないでしょうから」
「なら、吉原のマセガキもおねんねしてんだろ」
「!? な、なんで知って……」

 狼狽する羽月に見せつけるように、沖田は懐から取り出したレシートを掲げた。昨日、羽月が銀時に押し付けた紙幣に混ざっていたものだ。沖田はもう片方の指で、人数「2」と印字されている部分を示す。

「昨日財布落とした……いや、盗んだっつーのはソイツだろ。随分仲良くなったもんだ」
「あ、いや、えっと」
「朋子になんでもかんでもペラるから漏れるんでィ。んで? 何しに行くかしんねェが、方向ド音痴のテメーがよくもまァ一人でたどり着けると意気込んだモンだねィ」

 追い詰めるように一歩、また一歩と詰め寄ってくる沖田が、とうとう羽月の目の前で止まる。今走り出したところで、すぐに彼に捕まってしまうだろう。羽月は諦めたように俯いた。

「……見逃してください。どうしても、会いにいきたいんです」
「随分とご執心だねィ。そいつにほれたか」
「何の話ですか。小さい子ですよ。私の半分も生きているか分からないような、年端もいかない子どもが……家族が、いないと言うんです。人様のお金を盗むほど、困っているんです」
「……」
「放っておけないんです……どうしても」

 決意というよりは、衝動に駆られているさなかのように、苦しみと戦っているように詰まらせた声だった。一人の少女の揺らぎに、しかし寄り添うような器量が沖田にあるはずもなく、彼は呆れたように息を吐き出す。

「世間知らずもここまで来ると憐れだねィ。今のご時世、ンなガキはゴロゴロいやがる。そいつらも全員どうにかしてやるってか? そもそもそのガキだって会ってどうする。今後一生養って食わせてでもやるつもりか?」
「そっ……それは……」
「野良猫に餌与えて肥えさして、一人で生きていけねーようにするなァやさしさでもなんでもねェ。中途半端に首突っ込むのはただの害悪だ。テメ―の出る幕じゃねェ。そのちんけな脳味噌でもちィと使えば分かんだろ」
「そ、それでも……」
「相変わらず馬鹿で呑気で短絡的だねィ。また良い子ちゃんぶって、よく飽きねェモンだ」
「違います!! 私は、ただ……私は……」

 徐々に尻すぼみしていく。ともすれば泣きそうな上擦り声だったが、羽月はぐっと拳を握りしめると、毅然と沖田を見つめた。

「知らないことを……知りたいと思うのは、当然のことだと思うんです」
「……」
「だから、私は貴方を応援しますって……貴方の味方ですって、そう言ってあげたいんです。たとえ自己満足でしかなかったとしても……だって、私は、私だったら、そう言って欲しかったから……」

 言い切って、羽月は今度こそ俯いてしまった。これ以上は弁明の余地もないようで、噛み締めた唇が再び開くことはなかった。沖田はしばし偽のつむじを見下ろしていたが、さらに数秒重ねたのちに大きく長い溜息を吐いた。

「……ソイツの名前は」
「え……わ……分かりません」
「吉原に住んでんのか?」
「分かりません……よく出入りしているということしか……」
「本当に何も知らねーじゃねェか。んなガバガバ計画でよく会えると思ったな」

 心底うんざりとした様子でありながら、彼は羽月を横切って門を出た。羽月が必死に覚悟を固めて通ろうとしていたことが嘘のように、彼はいとも容易く夜道へと歩み出したのだ。

「お、沖田さん? どこへ……」
「テメーを部屋にぶち込んだところで、どうせ目を盗んでまた出ていくんだろ。どっかで迷子だの暴漢に襲われだのしたらこっちが迷惑なんでィ」
「え……」
「貸しにしてやらァ」

 おもむろに振り返った沖田は平生通りの淡白さであったが、その双眸には消えることを心配させない光が灯っていた。