マニキュア

※真選組動乱篇その後


 薄桃というにはくすんだ自爪を眺める。見た目から舐められてはいけない、というよりは、着飾ることで冴えない自分が別人に近づいて輝き出すのが好きだった。綺麗に伸ばすためにネイルオイルを塗り込んで、時間をかけてヤスリで整えて。爪は特に、自分じゃ見えない顔と違ってほら、視界に入りやすいから。

「塗んねーの?」

 不意に掛けられた声に心臓が厭に浮いて、ぱっと背中に手を隠す。勤務中に少しぼーっとしていたのを咎めるような人ではないけれど、なんだかきまりが悪くて自然が泳いだ。

「いつもキ、テラテラさせてんだろ」
「いやキラキラって言ってよ、言いかけてたじゃん今」
「季節ごとにちまちま色変えたりしてよォ、ま、別にいーけど」

 銀さんは興味をなくしたように、食べかけだったパフェを再び口に運んだ。カウンター越しの距離感は決して遠いとは言えず、自分の心の機微がバレていないか心配になる。
 ずるい人だ。いつも女の子のオシャレなんてまるで興味ありませんといった顔なのに、言及されたことだって一度もなかったのに、そんな細かいところを見てくれていたなんて、聞いてない。
 でも、だからこそ、見てほしくないところまで見られているんだろうと気づいて、心にまた澱が重なっていく。

「……いやァ、でも……」

 手のひらから手の甲までを貫通する、見るからに痛々しい傷跡。もう完全にふさがったけれど、思い出すだけでじくじくと痛むような気がした。
 幸い──というより計算して刺した場所ではあったが──動かしづらいなどの後遺症はなかったものの、傷跡は残るだろうと、医師にも言われていた通りだった。
 綺麗に爪紅を施した、自分の手を見るのが好きだった。可愛い色やデザインを見るたびにウキウキした。だけど今は、手を掲げるたびに、生涯消えないだろう大きな傷が目に映る。

「……こんな手じゃあね」

 変に重くなった空気を、ちょっと笑い飛ばすくらいの気持ちで口角を上げたけれど、上手く声が張れなくて、構われたがりみたいな声が出てしまった。恥ずかしくて、気まずくて、虚しくて。
 雪ちゃんと山崎さんは恐らくほとんどを推理していた。途中から共にいたらしい銀さんは、どこまで知っていたんだろう。問い質していないから、わたしが知る由もないけれど。
 知られたくない。だけど隠し続けるのも後ろめたくていたたまれない。打ち明けられないことなんて、これまでもたくさんあったけれど、それでも。
 自ら刻んだこの傷は、自分の弱さと愚かさの証左だった。

「……別に、」

 かつん。スプーンがパフェグラスの内側に当たる音と一緒に、小さく溢された声。手を止めた彼は、決してこちらを見ぬまま、チョコレートソースで端を汚した口を開く。

「ただの綺麗な手だろ」

 ──心臓がまた、浮いた。今度は厭な心地ではなかった。
 雑に投げられた言葉を受け止めて、眺めて、困惑のままに咀嚼して。店内には他にもお客さんがいるのに、彼の声だけは一種の透明感さえまとって耳の中にこだましていて、ゆっくりとわたしの中に染み込んでいく。

「……そっかァ」

 何とか絞り出した声はきっと、酷く無様に掠れていた。銀さんはそれきり返事はしなかった。
 離れたテーブル席からわたしを呼ぶ声がした。はぁい、となんとか声を張り上げて、楽しげなお得意さんに駆け寄るためカウンターを離れる。
 熱を持った目元と耳には、決して気づかないふりをして。