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「朋子テメー起きやがれェェェ!!」
「ワァァァァァ!?」
【AM7:50】
楽しい夢でも見ていたのか、ニヤニヤと表情筋を緩めながら寝息を立てていた朋子の部屋の襖が、突然スパアァァァンと乱暴に開かれた。勢いがありすぎて、反動で少し戻る。
その衝撃音と聞きなれた声による怒号に、布団から飛び起きた朋子は驚きのあまり軽く息切れ状態だ。
「!?!? ちょっ、土方さんここ乙女の部屋ゾーンなんですけど何勝手にっつーかノックもなしにどういう了見で!? 局中法度第5296条あたしの部屋に勝手に入った男は反射で斬り殺されても文句を言ってはならないを知らないとは言わせな」
「ならとっとと起きやがれマジお前寝坊とか舐めてんのか八時から朝礼だろーが! 切腹させんぞ!!」
「えっ? いやいやまっさかァ! ほらちゃんと買ったばっかのオーサカグール目覚まし時計六時にセットし……アッPMになってら」
「……」
「ちょっ待って待って! 無言で抜刀しないでェ! キャー土方さんに寝起きを襲われるー!」
「デケー声で誤解を招くようなこと叫んでんじゃねェェェ!」
この数秒後、バズーカを構えた沖田が突入する。
【AM8:00】
「えー、それではこれより会議を始める。皆揃ってるな。……ところでトシに朋子ちゃん、何でそんな黒コゲなの」
「気にしないでくれ」
「とばっちりです」
遠い目で質問に答える二人に、近藤は「そ、そう?」とつっかえながらに頷き、本題に入る。
「えー、さいき《ぎゅるるるる》のき《ぐるるるる》せの《ごゅるるるる》ちょ、誰かの腹の虫煩いんだけど! 俺の声かき消すレベルの騒音って何!?」
「あ、ごめん近藤さんあたしです」
「んでそんな腹鳴んだよ! 朋子オメー起きてから10分しか立ってねーだろーが!」
「代謝が爆裂良いのかな?」
「俺が知るかっつーの!」
わざとらしく小首をかしげる朋子に今にも掴みかかりそうな土方を、近藤は慌てて宥める。
「えー、ゴホン……最近、この近辺の店で、売上の持ち逃げが多発している。その犯人が攘夷浪士だという情報が──」
仕切り直した近藤はやっとこさ本題に移る。煤まみれの髪を手櫛でとかしながら話を聞いていると、隣に座っていた沖田が肩をつついてきた。少しだけ朋子に顔を近づけ、何かを耳打ちする。それを聞きある所へ目をやった朋子は、込み上げてきた笑いを「ゴッホ!」と咳で上書きした。
「? ……えー、そのため巡回の際には店に注意を呼び掛けるよう──」
朋子の様子を疑問に思いつつも、近藤は話を進める。しかし、次々とあちこちから聞こえてくる「グフッ!」だの「んん!」だの、咳払いや息の詰まる音。終いには、近藤の隣にいる土方までも彼から顔を背けた。
もはや、この部屋で"その事"に気付いていない人間は、近藤本人のみである。
「??? えー……また、例の報告書は今日中に必ず出すように。では解散!」
珍しく全員が大人しくしていた本日の会議は、早々と終了した。解散の号令とともにどっと騒がしくなる会議室。談笑しながらすぐに部屋を後にする者は多く、数分もしない内に室内の人は疎らになった。そこでようやく腰をあげた朋子は、部屋を出る寸前で「あっ」立ち止まり、近藤の方へ振り返ると一言。
「近藤さん、ハナクソターザンになってますよ!」
「早く言ってよ!!!」
【AM10:30】
「あ、真琴ちゃんじゃんどーも!」
「え、あっ、お花見の時の……」
「そういやここのスナックで働いてるって言ってたもんねェ」
「ど、どうも……えーっと、和笠さん巡回中とかじゃないの?」
「いやんもう真琴ちゃんのいけずゥ! 朋子でいいよあたしたちの仲じゃないの」
「エッアッハイ」
仕事中にも関わらず万事屋の階段を上っていた朋子は、Uターンし買い物袋を両手に持った真琴へ近付いていく。彼女の顔には「いやどんな仲だよ」と書いてあったが、朋子は気付いていないのか気にしていないのか上機嫌のままだ。
「人間ってなァね、たまにガス抜きしないとやってけないもんさ。覚えときな」
「……朋子、の場合、四六時中ガス駄々漏れな気がするんだけど……」
「まァでも、今日はサボりに来たわけじゃないよ。新八くんに借りてたお通ちゃんのCD返そうと思ってねーあたし彼とは眼鏡同盟組んでんだよね」
「えっそれバリバリ私用じゃん……ていうか今新八たち留守だよ」
「マジでか」
「珍しく仕事入ったって言ってた。良ければわたしが返しておこうか?」
「おっ、そんじゃおねしゃーす! お礼にそれ持つよ!」
「いやもう家目の前なんだけど」
いーからいーから! と買い物袋を奪い取る朋子に、真琴は呆れたように笑った。
店内に入ったところで、「あ、そーいえば」朋子は切り出す。先程の朝礼であった持ち逃げが横行していることを警告すると、真琴の表情がぴしりと固まる。そしてぎこちなく首を回し、カウンター席に座り煙草をふかしていたキャサリンに訝しげな視線を向けた。
「……オイ、何デコッチ見テンダ。マサカ私ヲ疑ッテンジャネーダローナ!?」
「……やだなァ、そんなことないよ」
「何ダソノ間ハァァァ!!」
「あ、あんた……信じてたのに、何故そんなことを!?」
「オメーハ黙ッテロクソガキィィィ! ソノ芝居ガカッタ喋リ方ウゼーンダヨ!! ツーカ誰ダオ前!!」
「あいたたたた!! アンタこそその猫耳まったく似合ってねーんだよォォ! それ真琴ちゃんに今すぐ譲れェェェ! その方が絶対需要あるゥゥゥ!!」
「イダダダダダ! 何スンダコノクソ女ァ! 取レルワケネーダロ自前ナンダカラ!!」
「マジでか! ……あ、そういや」
「? ナンダヨ」
「持ち逃げ犯攘夷浪士の男っつってたわ」
「ソレヲ忘レテンジャネェェェェ!」
「ぺがふ!!!」
【PM1:00】
巡回の合間、適当な定食屋で昼食をとった朋子は続けざまに甘味処の暖簾を潜っていた。
昼時なだけに、先客は少ない。元々店が小さいことを考慮しても、店内はガラガラだった。朋子はレジに一番近い席に腰を下ろすと、メニューに目を通すこともなく口を開く。
「芳乃さーん、わらび餅一つ!」
「あら朋子ちゃんじゃない。お昼済んだのかい?」
「おうよ、食後のデザートさ」
「元気ねェ。渡井くーんわらび餅お願ーい」
「はーい!」
「ん? ワタイ?」
聞きなれない名に首をかしげつつも、常連客である朋子には、渡井というのが新しいアルバイトであることを容易に推測できた。
ひょいと店の奥を覗けば、思いのほか若い男が、せっせと注文の品を用意している。芳乃に聞けば、つい三日ほど前に雇い始めたらしい。実家に仕送りする為だという、在り来たりだが人間性が垣間見える理由だった。
頬杖をつきながら、まだ多少のもたつきが窺える渡井の仕事ぶりを眺めていると、それに気付いた芳乃はケラケラと笑いだす。
「なんだイ、そんなにバイト雇ったのが珍しいかい?」
「あー……そうですね。今までずっと遊吉さんと二人で切り盛りしてたし……アレ、そういや遊吉さんは?」
「あァ……あンのお人好しが、何か困ってるっつー友人の頼み断りきれねーでやんの」
「あっはは、あたしの友人にも似たような子いますよ。超の付くお人好しで〜、優柔不断で内弁慶でヘタレチキンで〜、でも凄くやさしい娘なんですよね。まァ出会って一カ月も経ってないんで半分妄想ですけど」
「妄想かい。その娘も大変そうだねェ、そんなんでさらに朋子ちゃんに付きまとわれて」
「アレ? 何か今凄い貶された気がするんですけど? しかも付きまとうって何よ友人だってば」
「一方通行じゃないのさ」
そんなことないって! アレッいや待てよ……いやでもっ……いやいやいや! と繰り返す朋子の前に、餡蜜ときな粉がかかったわらび餅が置かれた。その一瞬、朋子の丸い目が僅かに細められる。
空になったお盆を抱える渡井に、朋子はやけに元気よく礼を告げる。それから待ちわびたように三切れほどを一気に口に運ぶと、再び芳乃に顔を向けた。
「ほーいやなんか最近、ここいらの店の売上が持ち逃げされる事件が多発してるらしいですよ」
「あら、そうなのかィ? 物騒だねェ……」
「それ攘夷浪士の仕業らしくて。今はどこも不景気だし、攘夷浪士どもも資金繰り大変なんでしょうねェ。ま、すぐ
「頼もしいわねェ朋子ちゃん」
「まァそれまで用心してくださいな」
皿を持ち上げた朋子は、残りのわらび餅をすべて口にかっこみ、咀嚼。もっと味わって食べろと眉間に皺を寄せた芳乃にメンゴメンゴと軽く謝ると、一つ隣のテーブルを拭いていた渡井を見やる。
「ワタイくんもさ、気を付けないと駄目だよ」
「え? あ、はい」
「──アンタらが幕府の犬って罵る警察は、案外有能なんだからさ」
「!!」
刹那の出来事。
刀が鞘に収まる音が店内に響く。それをかき消すかのように、白目を剥いた渡井──攘夷浪士の男が、床に仰向けに倒れていった。
朋子はいつの間にか取り出していた手錠を、渡井の手首に容赦なくかけた。
「えーっとォ13時7分、渡井
「え……え? 朋子ちゃん?」
「この袖口んとこの傷」
「え?」
言いつつ、渡井の腕を持ち上げる。すると袖口から、一筋の傷痕が覗いた。
「これ多分刀による傷痕ですよ。しかもそう昔についたモノじゃない。手のひらも刀握ってる奴のモンだし。あとこの懐に隠した短刀かなァ」
「えっ嘘っ……ホントに渡井くんが?」
「店の金庫とか調べてきたほうがいいんじゃないですか? 多分、風呂敷とかにでも包んで隠されてると思いますよ。すぐにでも持ち出せるように」
「マジで!? ちょっ確認してくるわ! あと渡井テメーふざけんじゃねェぞォォォ!」
「ちょっと気に入ってるぽかったのに変わり身早っ!」
芳乃に男の急所を踏みつけられている渡井を見て、敵ながら僅かに同情の気持ちが沸いたのは秘密である。
【PM4:30】
「ガッハッハッハ! いやあ〜お手柄だったな朋子ちゃん!!」
「そりゃ〜まァあたしですから!」
「たかが一人ひっ捕らえただけで調子乗んな」
「あだっ」
土方に殴られた頭をさする。手加減されてるとはいえ、痛いものは痛い。チクショ、仕返しにToLOVEるの単行本買ってきて夜な夜な部屋に置いていってやろうか。そんなくだらないことを計画しながら、土方をじろりと睨む。──あ、と思わず声が漏れた。
「土方さん、隈酷くないですか。ただでさえ目つきクソなのに」
「あっホントだ! トシ、ちゃんと睡眠とらないと! まったくもーこの子ったら」
「なんでお母さん口調? 寝れるもんなら寝てるっつーの」
「ホラ見たことか〜だからあたしが補佐やりましょうかって前々から言ってるのに!」
「お前みたいなサボり魔はいらねーから。あとお前以外誰が総悟の暴走止めるんだよ」
「神山さんあたりが頑張ってくれるって。あたしあの人とも眼鏡同盟組んでるんだよね。つーか本当さー、土方さんは頼ろうとしないよなァ」
自分の仕事は、いくら山ほどあってもすべて自分でやりきる。それどころか局長の近藤の仕事まで、信用できないからと勝手に預かることもしばしばあった。真面目で責任感が強いと言えばそうであるし、それは土方の長所でもあるのだが、少しは自分を顧みてほしい。そんなことを本人に言ったところで、テメーはテメーのやるべきことやれと一蹴されるのだろうけど。
土方がふかす煙草の煙に「ヤニくさい」と呟けば、再び小突かれた。
【AM0:00】
(うげ……まだ仕事してんのかあの人は)
濡れた髪を肩のタオルで拭きながら自室に向かう朋子は、光が漏れている副長室の前で足を止めた。
見るからに寝不足そうだったというのに、まだ寝不足を重ねるか。その社畜精神いい加減にしないと体調崩すぞ。ついでに、マヨとニコチンの多量摂取もいい加減にしないと早死にするぞ。と心の中で悪態を吐いたって、本人には届かないのだから意味がない。かといって面と向かって忠告はしないけれど。
(お茶でも淹れてあげようかなー、食堂の利用時間過ぎてるけど)
生憎、朋子の部屋の電気ポットは故障していた。時間外の食堂利用は認められていないが、黙っていればバレないだろうと目的地を切り替え歩き出した。
万が一気付かれたとしても、土方がとやかく言うことは恐らくないだろう。朋子は土方が夜な夜な食堂でマヨネーズを啜っているのを目撃したことがあった。さすがに自分の隊規違反を棚に上げ、朋子を咎めることはしないだろう。あとは、物音に一際敏感な三番隊隊長、斉藤終にさえ気を付ければいい。
無事に淹れた茶をお盆に載せ、朋子は副長室へ訪れた。控えめに「失礼しまーす」と戸を開けば、案の定土方は文机に向かっていた。彼は少しだけこちらに目を向け、すぐ正面に戻す。
「朋子か」
「ウィースお疲れ様。お茶どーぞ」
「……悪ィな」
「なんか手伝いましょうか?」
「いや、もうすぐ終わる」
「あ、マジで? じゃあもうちょい早く来れば良かったですね」
「いンや、ありがてェよ」
「……そのたまに突然デレるのやめてもらえます?」
「あ? 何言ってんだ?」
「何でもないでーす」
普段仏頂面なイケメンがたまに素直にお礼言ったりするギャップ萌えを知らんのかと内心暴れる朋子をよそに、土方は書類を書き進める。その集中した背中を見て落ち着きを取り戻した朋子は、夜中の静まった空気に感化されたか、そっとそこに寄りかかってみた。
「……重ェんだけど」
「乙女に重いとか失礼ですね」
「どこに乙女がいるってんだ」
「重ね重ね失礼ですね。……ねェ、土方さん」
「あ?」
「……やっぱ何でもないわ」
「うっぜ。つーかなんか冷てーんだけど」
「そりゃ風呂上がりなんで」
「いやとっとと乾かせや」
「えー面倒くさい」
土方さん乾かしてよォー、と年甲斐もなく我儘を言ってみる。すると予想外に舌打ちが返ってきて、肩にかけていたタオルを奪われた。
え、と声をもらす暇もなく、頭をタオルで覆われる。そのまま乱暴にわしゃわしゃと髪を拭かれた。妙にくすぐったいような、安心するような、恥ずかしいような気持ちが沸き起こる。朋子はしばらく黙って俯いていたが、少しして「ちょっ、ストップ」と顔を上げた。
「やっぱいいっす……なんか恥ずいんで」
「我儘ばっか言ってんじゃねーよ腹立つなホント! つーか今更だろーが」
「いやそれ激激激大昔の話だし? あたしもうとっくに成人してるし? 立派な大人だしやっぱり人に髪拭かれるのはちょっと……ねェ」
「オメーのどこが大人だってんだよ。オメーもう総悟と大差ねーよ」
「マジでか! どっちかってーと土方さんと大差ない感じなのに!?」
「声デケーよお前もう部屋帰れ。さっさと髪乾かして寝ろガキ」
「そうしま……ってかガキじゃねーし!」
「俺から見たらまだまだガキなんだよ」
「失礼だなもう! お休みなさい!!」
朋子は力任せに襖を閉めかけ、夜半であることを思いだし慌てて静かに閉じる。
「……ガキじゃねーし」
拗ねた子どものように口元を曲げた朋子は、まだ水分を含む髪の毛をタオルで擦りながら、自室へ向かって歩き出した。