13
買い物の帰り道。羽月は何やら橋の近くに人だかりが出来ているのを見つけ、何事かとそこに近付いた。
人だかり──もとい野次馬から聞き取った単語は「辻斬り」「死体」といった物騒なものばかりだ。しかし騒ぎのもとを理解する前に、荷物を置いて柵から身を乗り出すようにしそこを覗き込んだ事を、羽月は後悔した。
三人の役人達が取り囲んでいたのは、仰向けに寝かされた人。しかし顔と体、それぞれに掛けられた布のおかげで、その人が今どういった状態なのかは羽月にも分かった。
たったあれ一枚を捲るだけで、そこには死に顔があるのか。
直接見たわけではないが、死体がそこにあるという認識をしたのはこれが初めてというわけではない。だが、他者に殺された人間など見たことがなかったのだ。途端にどうしようもない不安と怖れが全身を襲い、羽月は逃げるようにその場を去った。
「で、使いに出てたはずが何で手ぶらで帰って来てんだよお前は」
「……ああっ!」
屯所の門をくぐったところで、縁側に腰掛ける朋子を見つけるなり駆け寄った羽月。そこで先程の話をしたは良いが、居合わせた土方に掛けられた言葉に、思わず声を上げた。
「アリ? 今日羽月ちゃんお休みとか言ってなかったっけ?」
「他の皆さんお忙しくて手が回らなかったようなので、急ぎのお買いものだけ私が引き受けたんです。……じゃなくて! あんな所に置き去りにしていたら、副長さんのマヨネーズが野良犬の餌になってしまいます!」
「ハァ……すぐ拾ってこい」
「すみません! 行ってきます! 必ずマヨネーズは死守致しますので!」
羽月はバタバタとせわしなく門へ走り出す。その後ろ姿を、朋子はどうしたわけかじっと見つめていた。呆れというわけでも、寂しいわけでも楽しいわけでもなく、曖昧な表情で彼女の背中を眺めていたのだ。
「オイ……何ボサッとしてんだ朋子」
「……え、あァ、いえ、なんでも」
朋子は慌てて笑顔を取り繕う。まるでいつも通りの振る舞いを見せる朋子だったが、土方が覚えた違和感を拭い去ることまではできなかった。それに気付いた朋子は「……ただ、なんとなくですねェ」と控えめに続けた。
「嫌な予感っていうかァ……羽月ちゃん、ちゃんと帰ってくるよね? 的な?」
「はァ? 何アホなことほざいてんだ」
「イヤイヤあたしの勘はよく当たりますからね。いや、当たらないほうが良いんだけどもさ」
朋子はそれきり口をつぐんだ。それから、土方と、先程の自分自身を誤魔化すように話題を転換させる。
「はァー、にしても辻斬りなんてなかなか物騒な世の中ですよねー。朋子こっわ〜い」
「オイその猫撫で声やめろわりとガチで気持ち悪ィ」
「辛辣!」
*
先程の河原へとんぼ返りすると、あれだけ群がっていた野次馬も、役人も遺体もそこにはもうなかった。更に羽月が置き去りにしていた買い物袋も、運よくそのまま残されていた。中身も確認したが、奇跡的に盗られてはいない。
ホッと息をつき、羽月はそれを拾い上げた。
「あら……?」
さて帰ろうと踵を返した時、視界に入ったのは見知った二人と巨大犬、それから白と黄色で彩られた謎の珍生物だ。
羽月は彼らの元へ駆け寄りながら、頭の片隅で埃まみれになっていた記憶を掘り返し名前を呼んだ。
「こんにちは、神楽さん、吉村さん」
「おしい! よいらない! 志村!」
「あ、お前税金泥棒の所の」
「秋宮羽月です。今日は万事屋さんのお仕事ですか?」
「あ、えと、はい。そんなところです」
新八の曖昧な返事を、羽月はさして気にならなかったようだ。頑張ってください、と二人に笑いかける。それから、ずっと気になっていた、神楽の隣に仁王立ちしている白い生物について訊ねた。
「こちらの方は?」
「……あー……えっと、」
『エリザベスです』
「わあ、凄い! 看板でおしゃべりなさるんですね! 素敵です!」
エリザベスがプラカードを用いて名乗ると、羽月の目がキラキラ輝き始めた。その反応に、新八が「マジかコイツ」といった風な目を向けているが、羽月はお構い無しどころか気付くことすらなく、楽しそうにエリザベスの頭をぐるぐると撫で回していた。そんな彼女の脳天に、プラカードの角が容赦なく落とされた。
「いっだァ!?」
『気安く触れるな小娘』
「ええ……す、すみません……」
ペンギンのような見た目から、動物に対するそれのような反応を見せてしまったが、彼はどちらかと言えば人間寄りの感性であったらしい。己の失敬に気が付き、羽月は素直に頭を下げた。しかしそれにより下がった目線に、偶然エリザベスが手に持っていたものが映る。所々が赤に染まった、薄汚れた小物入れに見えるそれに、羽月はわずかに顔をしかめた。
「あの、それは?」
「あ……いえ、羽月さんは気にしないでください」
「教えてはくださらないんですか?」
「羽月はヅラのこと知ってるアルか?」
「ヅラ? カツラのことでしょうか」
「お、それなら話は早いアル」
「いや今の確実にイントネーション違ったよねハゲに被せるほうだったよね」
「カツラと言えば、最近どこかで聞いたような……」
羽月はもどかしそうにうんうん唸っている。喉元まで来ている答えが、もう少しだというのになかなか出てこない。それを見たエリザベスは、羽月の前にプラカードを掲げてみせた。
『桂小太郎さんについて、何か知らない?』
「ん? ……け、けい? こたろう?」
『かつらこたろうさんについて、なにかしらない?』
「かつら、こたろう……かつら、かつら……あ!」
平仮名に書き直された文章を読んで、羽月の桂についての記憶がようやく思い出された。
「私、最近桂さんと知り合ったんですよ!」
「真選組なのに!?」
『え、真選組?』
「はい、女中をさせて頂いてるんです」
「羽月、ヅラについてなんか情報持ってないアルか?」
「うーん……桂さんに直接関わる話かは分からないのですが、先程──」
羽月は一瞬、言うべきか迷った。
言ったところで解決するとは限らない。しかし黙っていたら確実に解決にはつながらない。少し躊躇した挙句、「この河原で、浪士のご遺体が見つかったそうです」と告げると、案の定新八は顔を青ざめさせ、神楽の眉間にはぎゅっと皺が寄った。エリザベスについては、表情の変化が不可能なため分からないが、恐らく内心動揺しているに違いない。
「……で、でも! 桂さんは朋子さんがいつも捕まえようと奮闘しているらしい方です! そんなどこぞの豚の骨か分からぬような辻斬りにやられるとは思えません!」
「いや馬ね馬」
「そうアルよ! よし、こうなったら手分けしてヅラを捜すから、羽月も手伝うアル!」
「えっちょ神楽ちゃん!? 何言ってんの!? 羽月さん真選組でしょーが!!」
「お任せください。私今日はちょうどお休みですし、問題ありません」
『そこじゃなくね?』
「じゃあ私は定春と羽月と色々捜してくるから、新八はエリーと一緒に辻斬りの方を調べるアル!!」
「では失礼します、中村さん、エリザベスさん」
「いや志村っつってんだろォォォ!!!」