15
(あ〜だりィ……世話焼かすんじゃねーよあのヘタレチキン)
静まり返った夜道で、雪は一人真琴を捜し回っていた。しかしスナックお登勢の周辺から真琴の行きそうな所までしらみ潰しに訪れているが、一向に真琴が見つかる気配はない。疲労と苛立ちは蓄積されるばかりだ。
──何があったかしらんし興味も毛頭ないが私に迷惑かけんな。なァんで要領悪ィくせにコソコソ抱え込んでんだアホか。結局周りにバレバレじゃねーか。バレねェようにやれや。
そう心の中で悪態を吐く。しかし何だかんだ考えながらも引き返すことをしない理由は、お登勢に頼まれたからというだけではなかった。
人気のない道を進みながら、雪はふと前にもこんなことがなかったかと頭を捻った。そしてすぐその正体に辿り着く。──あァ、あのクソ天パに呼び出された時か。
この状況を銀時に見られればまた、一人で治安の悪い夜道を出歩くなと煩く言われるに違いない。想像するだけで舌打ちしたくなった。うるせんだよ私はガキか。
銀時は少し過保護なところがあると、雪はそう感じている。雪だけではない。少なくとも、彼の周囲の近しい人間にはそれが伝わっているのではないだろうか。
どうにも彼には「自分が周りを護らなければいけない」と、そう考えているところがあるように思えた。そしてそれの対象は、彼が保護者代わりのようになっている神楽や新八だけでなく、真琴やお登勢たちにまで及ぶ。勿論、雪にも。
元々雪は、腕っぷしにはかなりの自信があった。公言こそしていないが、彼女はその腕を利用して用心棒の仕事などを請け負うことも多い。ちなみにそれ以外では、短期のアルバイトなどをあちこち掛け持ちしている。彼女の顔の広さは、このことが起因していた。
つまり、自分は銀時に心配されるほど柔な存在ではないのだ。だというのにアイツときたら……そこまで考えて、どうしてこんな時まで奴のアホ面を脳裏に浮かべなきゃいけないのだと我に返った。
胸糞が悪いと即座に脳内の銀時をかき消していると、何やら前方から聞き慣れた声が耳に届いた。
「……オメーら何やってんの」
「ウオアアァァァァ!? ……って、び、ビックリした……雪さんか」
「ビックリのレベルじゃねーだろ完全にビビってたろ」
すぐそばの路地裏に身を潜めていたのは、新八とペンギンに似た着ぐるみだった。後者に至っては、最近桂と共に真選組に追いかけ回されているのを見たことがあるから、彼の仲間なのだろう。
しかしそんなことはどうでも良く。雪はごみの散乱した不衛生なそこに顔を歪めつつ踏み入ると、疑問を新八にぶつけた。
「近頃辻斬りが流行ってるっつーのにこんなガキと着ぐるみで何やってんだよ。インフルエンザ菌の中に全裸で飛び込むようなモンだぞ」
「例えはいまいち分からないですけど、僕らにも色々事情が……っていうか仕事でして」
「なモン関係ねーよダメガネ。オメーの脳みそは出涸らしか? あん? オメーに何かあったらあの天パがうるせーだろが。オラ、ペンギンもどき。コイツ送ってオメーも帰れ」
『ペンギンじゃねェエリゴ13だ』
「エリゴでもゴルゴでも良いから早く帰れアホ共。それとも何、辻斬りに用があるってわけでもあるめェし」
「そっ、ういうわけじゃなくてですね! ただその、本当仕事で……」
力強く否定されたが、明らかに目が泳いでいる。もはや一目瞭然だった。「オメー嘘ドヘタクソだな、見てて虚しくなるわ」と軽く同情の眼差しを向ければ、余計なお世話だと叫ばれる。しかし直後、自ら墓穴を掘ったことに気付いた新八に、雪は表情を変えぬままため息を吐いた。
「……つーかよォ、オメーは何やってんだ」
壁にもたれ掛かり気だるそうに目を伏せた雪は、誰に向けて言葉を発したのか。今の台詞の相手は、新八でもエリザベスでも違和感が残る。
新八が「あの……」と口を開いたところで、ふいに威圧的な第三者の声が掛けられた。新八は肩を跳ねさせ、エリザベスは身構え、雪は腰の仕込み杖に手を伸ばしつつ一斉にそちらを向く。
「──何やってんだ貴様ら、こんな所で。怪しい奴らめ」
「な……なんだァ〜奉行所の人かァ。ビックリさせないでくださいよ」
「ビックリしたじゃないよ。何やってんだって聞いてんの」
『貴様に言う必要はない!』
「オメーは黙っとけペンギンもどき。つーかペンギンの皮被ったコスプレ狂」
一瞬辻斬りが現れたのかと肝を冷やしたが、予想が外れた事に安堵し一息吐く新八。そんな彼を一瞥し、呑気なもんだと再度雪は呆れた。しかしまあ都合が良い。さすがに役人直々に注意喚起されれば、仕事だろうと何だろうと帰らざるを得ないだろう。
「お前らわかってんの? 最近ここいらにはなァ……」
しかし、雪の目論見も見事に崩れることとなる。
役人の声が途切れ、一拍置いて彼がこちらへと近付いてくる──否、彼の"上半身のみ"が、雪たちのいる方へとずり落ちてくる。途端に鉄のにおいが辺りに充満し、視界の半分ほどが下から上へ吹き出す赤で染まる。雪の体を、確かな殺気が貫いた。
大量の赤が乱雑に飛び散る中、そのバックにいたのは笠をかぶった浪人だった。
「辻斬りが出るから危ないよ」
彼の手に紅色に光る刀身を見た瞬間、雪は仕込み杖に手を掛けた。しかし、突然首根っこを掴まれ、そのまま後方へ投げ飛ばされる。唖然と立ち尽くす新八を巻き込んで地面に二人倒れ込んだ。
雪と新八をかばったエリザベスに、浪人──件の辻斬りは刀を振りかぶる。
「エリザベスぅぅ!!!」
新八の叫び声が狭い路地裏に反響した。慌てて立ち上がろうとする彼を、その上に乗っかっていた雪が片手で牽制する。
何のつもりだ──新八がそう呟くより前に、視界の端で辻斬り以外の何かが動くのが見えた。それがポリバケツの蓋であると理解した時には、エリザベスに迫った白刃は高く弾き飛ばされていた。
「オイオイ、妖刀捜してこんな所まで来てみりゃ……どっかで見たツラじゃねーか」
木刀を片手に、ガサゴソとポリバケツから姿を現したのは銀時だった。「やっぱそこにいやがったか」先ほどの雪の誰に向けたか分からぬ言葉は、銀時の存在に気付いてのものだった。
「ホントだ……どこかで嗅いだ匂いだね」
辻斬りが笠を外す。それを見て雪は思わず顔を顰めた。紙面越しだが、過去に見た事のある顔だ。
岡田似蔵。
件の辻斬りの正体は、盲目の身ながら居合の達人であり、人斬りの異名をとる男だったらしい。また面倒なことに巻き込まれるのかと思うと、さすがの彼女も表情を歪めざるを得なかった。
「……でェ、本当何でオメーはここにいんだ天パ」
「そりゃこっちの台詞だ雪。何でお前がここにいんだよ、三十字以内で簡潔にこ」
「死ね」
「理不尽んん!!」
「で、オメーは妖刀捜しっつったか。別にそれ見つけたって願いは叶わねェぞ」
「分かってるわァァ! 依頼だっつーの依頼!!」
雪と銀時がふざけたやり取りをかわす間に、似蔵は弾かれた刀を拾いに踵を返していた。地面に突き刺さっていたそれを再び手に取ると、振り返り愉快そうに笑い出す。
「……コイツは災いを呼ぶ妖刀と聞いていたがね、どうやら強者を引き寄せるらしい。桂にアンタ、こうも会いたい奴に会わせてくれるとは、俺にとっては吉兆を呼ぶ刀かもしれん」
「桂さん!? 桂さんをどうしたんだお前!!」
「おやおや、おたくらの知り合いだったのかい。それはすまんことをした」
当たり前だが一切悪びれる様子もなく、似蔵は懐から何かを取り出す。黒く艶のあるそれは、綺麗に結ばれた毛束だった。
「ホラ、せめて奴の形見だけでも返すよ。記念にとむしりとってきたんだ。……しかし、桂ってのは本当に男かィ? このなめらかな髪、まるで女のような……」
──力強い衝撃音が鼓膜を刺激する。似蔵の言葉を遮って彼に斬りかかった銀時は、普段の腑抜けた表情からは考えられない、強い憤りに満ちた表情をしていた。
「ヅラはテメーみてーなザコにやられるような奴じゃねーんだよ」
「クク……確かに、俺ならば敵うまいよ。だが奴を斬ったのは俺じゃない。俺はちょいと身体を貸しただけでね」
メキメキと不可解な音が鳴り響く。『それ』を目の当たりにした銀時らは、雪でさえも、表情を変えずにはいられなかった。
「なァ、紅桜よ」
似蔵の腕から、細長い無機質な何かがいくつも生え、奇妙に蠢きながら刀と共に腕全体を覆う。
紅桜に侵食されたそれは、まるで生き物かのように大きく、強く、脈を打っていた。