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「いなァァァい!」
「うるっせェェよテメーはァァ!!」

 スパァァァンッと鋭い音を副長室の襖で鳴らしたのは、息を切らした朋子だった。加えて彼女の大声という最悪のハーモニーに、土方は書類を書く手を止めて叫ぶ。彼にわざわざ足を向けて寝ていた沖田は、煩わしそうにアイマスクをずり上げた。

「土方さん羽月ちゃん見なかった!? どこにもいないんだけど! 最近辻斬りも横行してて物騒だから暗くなる前に帰ってくるようにってめちゃくちゃ言っといたのにィ!」
「とりあえずテメーは声のボリュームを絞れ」
「いーだだだだ耳取れる耳取れる! もれなくホウシチになる!」
「芳一な芳一。……そういや、確かにアイツ見てねェな」

 朋子に制裁を加えながら、土方は記憶を辿る。言われてみれば、羽月の姿は彼女が忘れた買い物袋を取りに戻って以来ずっと見ていない。休日である以上、必ずしも屯所にいるとは限らないだろうが、そもそも彼女は日が落ちてから遊び回るような性分でもない。小学生ないし幼稚園児のような健全な生活を送っている羽月が、未だ帰ってきていないというのは、些か違和感があった。

「夜遊び……まさか夜遊びか? どっかのチャラブタ男が羽月ちゃんを誑かしてるんじゃあるまいな!?」
「どっかでつまみ食いして腹でも下してんじゃねーの」
「とかなんとか言って〜総悟隊長だって羽月ちゃん心配でしょ? 毎日のように顔付き合わせてはいがみ合ってんだから」
「はァ? だァーれがあんなチビゴリラの心配なんざするか」
「またまた〜素直になれない挙げ句暴言吐いちゃう思春期男子かこのこの」
「…………」
「アアアア指折れる指折れる! そっちは曲げちゃいけない方向だからァァ! じゃなくて! あたしの可愛い羽月ちゃんはホント一体どこ行ったわけよ!」
「いやオメーのではねーだろ気持ち悪ィ」
「あらやだっもしや嫉妬ォォオオごめんごめんってばァァァ離してェェェ!」

 必死にもがき倒して、朋子はなんとか沖田から逃れた。ゼーハーと呼吸を整えながら、まったく悪びれる様子のない彼を見て思う──どうにも、沖田が羽月を気に掛けているといった類いの言葉を発すると暴力が飛んでくる気がする。それがまるで図星であるようだということに、果たして彼は気付いているのだろうか。
 というか、彼は何故にそこまで羽月が気に喰わないのだろう。確かに馬の合う性格同士とはお世辞にも言えないが、だからといってそこまで嫌悪感をむき出しにする必要などあるのだろうか?
 それ以前に、そういえば沖田は羽月の女中採用の件で、後押しのように口添えをしたというじゃないか。あれは一体どういうことだったのだろう。沖田が羽月のことを嫌いだと仮定すると、ますます訳が分からない。丁度つじつまが合う理由など──……あ。

「ねェ、総悟隊長ってさ」
「あ?」
「もしかして、前に──」

 朋子が言葉を続けようとした時、外から一声掛けられると共に襖が開かれた。姿を現したのはお盆にのせたお茶を持った女中だ。
 丁度良い。女中のことは同じ女中に聞くべきだ。そう思い立って羽月のことを訊ねてみると、予想外の言葉が返ってきた。

「ああ、羽月ちゃん? あの子なら友達の家に泊まりに行ってるらしいわよ?」
「……エッ? 友達? 泊まり?」
「あらっ……ごめんなさいね〜! そういえば渡すの忘れてたわ!」

 女中は慌てたように懐を探ると、二つ折りの紙切れを取り出し朋子に差し出す。
 そこには確かに、羽月の教科書体のような整った筆跡で「お友だちの家にお拍まりしてきます。明日には帰ります。羽月」と書かれていた。朋子は思わず赤ペンを持ち出して、「てへんじゃなくてさんずい」と添削したい衝動に駆られた。

「おつかいから帰ってきたあの子にねェ、朋子ちゃんに渡すよう頼まれてたのよ〜。でも私らもなかなか忙しかったもんだからすっかり忘れてたわ……」
「あ、いや、いいんすけどね……にしても友達って誰んとこに……神楽ちゃん? いや真琴ちゃんとか?」
「そこまでは私も聞いてないのよ〜ごめんなさいね」

 お茶を置き、空になった盆を抱えた女中は頭を下げ退室する。朋子は彼女の背中から手元に残された羽月のメモに視線を移し、再度読み返すと眉間に皺を寄せた。

「アホが何難しい顔してんでィ」
「いやだってさァ、友達んとこ泊まるなんて初めてだしあたし一言も聞いてないし……っていうか何気に失礼じゃね?」
「なァんで予定を全部オメーに教えなきゃなんねーんでさァ」
「いやだってわざわざ屯所に一回帰ってきてんのに書き置きっておま……完全にあたしと顔合わせたくない的なアレを感じない!?」
「お前に外泊止められたら面倒だってことだろィ」
「そそそれってやっぱり男!? いつの間にそんなんできたわけ!? 許しません、朋子ちゃんは許しません!!」
「あーうるせェ付き合ってらんねェ。書類も出したことだし、俺ァ戻りまさァ」
「オイコラ総悟テメーは食い散らかした菓子片付けてから帰れ」

 襟首を掴まれた沖田は、「死ね土方」とぼやきながら怠そうに包装紙を拾い集めた。土方もこめかみに青筋を浮かべつつ、再び書類と向き合う。彼らの様子に、朋子は不満たらたらの顔で押し黙る。

「…………」
「…………」
「……何なんだよお前は。うだうだと結局何が言いてェんだよ」
「いやァ……だってコレッ、不自然極まってんじゃん? 本当は土方さんも総悟隊長も分かってんですよね? 心配じゃないの? 微塵にも?」
「ハテナがしつけェ」
「うぇ」

 沖田が朋子の頬に人差し指を突き刺した。じゃれつくと表現するにはなかなか真面目な威力があった。

「仮にアイツがなんか誤魔化してるとして、自分で解決できると踏んだからそうした訳だろィ。アイツはまァ馬鹿で自分の力量も把握してなそうだが、自己犠牲タイプでもないからねィ」
「……総悟隊長、なんやかんやちゃんと羽月ちゃんのこと信用してたんだね。ちょっと感動したわ」
「誰があんなチビゴリラ」
「なんという手のひら返し! ……いや、だけどさァ、でもなァ〜……」

 それでも朋子はまだ不服があるようで、頭を掻きながらうんうん唸っている。いつもより数段面倒な彼女の様子に、土方は短くため息を吐いた。

「アホがごちゃごちゃ考え込んでんじゃねーよ。んなことよりお前は溜まってる報告書出せや」
「……ふぁーい」

 朋子は妙に気の抜けた返事をした。彼女が立ち上がるより早く、沖田はお菓子の包装紙をごみ箱代わりに朋子の頭に乗せ、部屋を後にした。
 頭上のごみを微妙な顔して取った朋子は、自室に戻るべくのろのろ立ち上がる。しかしすぐに退室はせず、手元の書面と睨めっこしている土方の背中を見つめた。
 相変わらず素っ気ないが、その態度が遠回しに心配しすぎだ、仲が良いというなら少しは羽月を信用しとけと言っていることくらい分かってる。それは分かっているのだが。
 でも、だけど、

「……待ってたって、迎えに来てくれないことだってあるのに?」

 ──ぽつりと小さく呟いたそれは、微かにでも、彼に届いたのだろうか。