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「ねェ、おねーさんもしかしてサムライ?」
戦艦内で襲い来る浪士たちを返り討ちにしていた雪は、一風変わった服装の男に声をかけられた。
「は?」
「いやァ、それにしても強いんだね。見掛けない顔だけど、俺と
「何言ってんだオメーさん」
「いや、違うかな。色白だし強いけど、その傘はどう見ても安物だし」
黒と白で構成されたチャイナ服。そこから覗く腕は随分と白く、手には紫の番傘が握られている。
どこか食えない雰囲気を放つその男を前に、雪の脳は彼と関わってはいけないという指令を早急に出した。ニコニコと喋り続ける彼に対し無視を決め込み、雪は警戒心を最大限にまで引き上げたまま横を通り過ぎる。
途切れる喋り声。攻撃は飛んでこない。──かと思えば、刹那、桁違いの殺気と圧力が背後から雪を襲った。
両者の視線が交わる。
互いの首元には、仕込み杖の刃先と、傘の先──銃口が遠慮なく突き刺さっていた。さらに雪の片手は壁に縫い付けられており、対する男の片足は雪のヒールに容赦なく固定されている。
「オイ……何の真似だクソガキ」
「そっちこそ」
ぎりぎりと掴まれた手首が悲鳴をあげる。到底、振りほどけるような力ではなかった。どちらにせよ、下手に抵抗すれば手首の前に喉を抉られるに違いないが。
男はさぞ楽しそうな笑みを見せているが、それは年相応のものなどではない。そこには途方もなく歪んだ──あるいは、一周回って恐ろしく真っ直ぐな感情が揺らいでいた。
一触即発。指先で僅かにつついただけで爆発しそうな均衡。限界まで張り詰めた空気が一帯を支配する。
「……オイ貴様ら! 何者だ! そこで何をしている!」
それを破ったのは、不幸にも二人の姿を捉えてしまった鬼兵隊の浪士だった。
抜刀した浪士がこちらに斬りかかってくる。それより先に動いた男は、バッと雪と距離を取ったかと思うと弾けるように浪士に飛び掛かった。
僅か一秒。
不快な音と共に、無残にもただの肉塊と成り果てた浪士。男は傘に付着した鮮血を振り払うと、凍るような目付きでその血だまりを見下ろす。
「邪魔しないでよ……今楽しいところだったんだからさ」
これは、厄介な奴に絡まれた。
男は再び笑みを浮かべると、雪の方へ振り返った。顔に飛び散った返り血をそのままに、元の声色に戻し口を開く。
「さて……それじゃあ続きしようか」
「一人でやってろ。私ァ忙しんだよ」
「あ、それとも一発ヤる? 俺昨日良い部屋見付けたんだよね。丁度布団が敷いてあってさ」
「話聞け」
「でもその時は女が寝てたっけ……まだ今もいたら邪魔だなァ」
「……女?」
その単語に、雪はピクリと反応を見せた。
こんな戦艦内だ、女など数えるほどしかいないだろう。それも、他人が易々入れるような部屋で眠りこけてるような、間抜けな女ときた。
「そうそう、女。なんかしてやろうかとも思ったんだけど、もの凄い形相で魘されてたからね、ドン引きしてすぐ部屋出たんだ」
「……そら随分無様な姿晒してんなァ。一度拝んでみたいもんだ」
「そんな必要ないよ〜、ホントにただのつまんない女だったし」
「へェ……どんな?」
「えー? 確かー……」
男は記憶を探るように斜めに視線を向ける。雪は瞬時に逃亡できるような体勢を気付かれないように作りながら、次の言葉を待った。
「普通の着物着てて〜」
「(アイツか……?)」
「長身で〜」
「(アイツだな……)」
「幸薄そうな顔面で魘されてたヨ」
「(最早疑う余地もねェわ)」
やはり、彼が見たというのは現在捜索中の真琴のことだろう。集まった情報を脳内で纏め、雪は確信した。
そうなれば話は早い。さっさと真琴を回収し、この船から離れれば良い。……最も、その前にこの戦闘狂のような男を撒くという最難関が立ち塞がっているが。
「……なァるほどね、確かに何の変哲もねェ女だ」
「でしょ? だからさァ……」
その瞬間、男は雪の視界から消えた。
何てことない、単純な跳躍だ。だがその動きはあまりに速すぎる。人間が……否、『地球人』が簡単に成せる技ではなかった。
雪は紙一重で男をかわす。彼の着地点の床が勢いよく破壊された。
(この馬鹿力……それに、)
異様なほど高い戦闘力に加えて、並外れて頑丈な番傘。さらに透けるような肌の白さ。
雪の頭に最悪の仮説が下りる。天人の中でも傭兵三大部族と名高い『夜兎族』……雪の知識にある彼らの特徴と、目の前の男は限りなく一致して見えた。
(冗談じゃねェ)
男はどう見ても戦闘経験の高い手練れだった。速さでは敵わず、パワーも遠く及ばない。その上技術まで己の上を行くとなれば、真っ向勝負で勝てる道理はない。ならばどうする。
しかし、雪が打開策を編み出すより早く、男は雪に飛び掛かった。
男の傘が眼前に迫る。雪はそれを防ぐことはせず、相討ち覚悟で刀を薙ぎ払った。
「は、」
あろうことか、男は傘を手放した。それから、呆気に取られた雪の刀身を素手で受け止めると、手が斬れることもいとわず無理矢理奪い取って後方へ放り投げる。そして、
雪の頬から、ちゅ、と軽いリップ音。
「……は?」
「俺はそういう女より、アンタみたいな奴の方が好みなんだよね」
「……は?」
「というわけで、俺と本気で手合わせしない?」
「……は?」
「って言いたいところなんだけどね、残念だけどそろそろ帰らないと。俺はござる口調のお侍さんに勝手に着いてきただけだから、阿伏兎怒ってるだろうし。あんまりうろついてここの連中に見付かっても面倒だしね」
尋常ならざる嫌悪感を露にしている雪に気付いているのかいないのか、男は投げ捨てた傘を拾いながらヘラヘラと得意の笑みを浮かべ続ける。
「あ、そうそう。俺は神威。アンタは?」
「死ね」
「つれないなァ。じゃあ当ててあげようか?」
「知るか」
「んー…………雪サン?」
笑顔のままこてりと首を傾ける男、神威に、ぞくりと背中が粟立った。
何故だ。何故ばれている。当てずっぽう……とは考え難いし、かと言って自身の名前についての情報がどこから漏れたかなど、皆目見当も────
「あ、当たった? さっき言ってた女がさ、『雪ちゃん〜ヘルプ〜』って呻いてたから。もしかしてそうかな〜って思って」
「(アイツ殺す)」
怒りの矛先が真琴へと若干傾く。そんな中、般若を背負った雪に背を向けた神威は、船内にも関わらず閉じていた傘を差した。
「それじゃあ、またね雪サン」
神威はひらりと手を振ると、編んだ髪を揺らしながらゆったり歩き出す。勿論雪はそれを追うことなどせず、懐から取り出したポケットティッシュで頬を拭う。──彼の長い髪を見て、不意に雪の隣に住む少女の顔が脳裏にちらついた。浅緋色の珍しい頭髪が、よく似ていると気付いた時には、彼の姿はもう見えなかった。