25
はぐれた羽月を捜しがてら、真琴の捜索も続けている中、真っ先に雪が出会ったのは新八と神楽だった。どうしてこうも知り合いが居合わせているのか、考えるのすら面倒になりながらも、敵方の幹部と戦闘を繰り広げていた二人に野次を飛ばす。新八が「手を貸してくれるとかはないんかいィィィ!!!」とシャウトしたところで、突如天井が崩落し光が漏れ出した。
同時に降り立ったのは、もはや完全に自我を失った似蔵だった。紅桜に身も意識も乗っ取られ、さながらその姿は改造人間か化け物のようだ。
それだけでない。大きく脈打つ触手の先には、だらだらと止めどなく血を流した銀時が捕らわれていた。
「銀ちゃん!?」
「……あららァ、大集結じゃねェの」
一度ならず二度までも。この短期間で、この男のこんな姿を見るとは。思わず笑いさえ込み上げてきそうだった。
「似蔵さん……?」
新八と刀を交えていた武市が似蔵を呼ぶ。雪は不用意に呼ばない方が身の為だと思ったが、敵を助ける義理など一片もないしそもそも時すでに遅し。赤々と目をぎらつかせた似蔵は、理性など完璧に吹き飛んでいるようで、味方である武市に一撃を食らわせた。続けて、自分に向け2丁拳銃で発砲してきたまた子を壁に叩き付ける。鈍く呻き声を上げたまた子は、そのまま力なく地に伏せた。
「ッチ……面倒くせェな」
紅桜に乗っ取られた似蔵は、獰猛な野生動物のような動きばかり繰り返している。攻撃が推測できない分、非常に分が悪い。
雪は仕込み杖に手を掛けると勢いよく抜刀し、似蔵に向かって駆け出した。
「雪さん!?」
「雪!!」
新八と神楽が自分を呼ぶ。だが雪は足を止めない。
銀時を持ち上げ、今まさに刀を振り下ろそうとしていた似蔵は、その殺気に気付き標的を即座に転換させた。
紅桜と仕込み刀、二つの刃が交わる。雪はその重さに、びりびりと腕が痺れるのを感じながらも口を開いた。
「よォ……ちィと見ねェうちに随分とでけェ図体になったじゃねーの。動きがのろくて助かるわ」
果たして今の似蔵に挑発は通じるのか。それは分からないが、雪はどうにかして銀時を解放させようとしていた。彼が捕まったままだと、盾に使われないとも限らない。そうなれば後ろの二人が騒ぎ立てるに違いなかった。
たったの一撃で、全身の力が削がれるようだった。力尽きる前に、雪は刀を引き鍔迫り合いに終止符を打つ。そのままこちらを薙いでくる紅桜を半身でかわし、似蔵の心臓目掛けて刀を突いた。
「グ、アアアァァ!」
意味を持たない呻き声を上げて、似蔵は危惧していた銀時を盾にする行動に出た。だが、雪は表情を崩さない。
予測済みだったその動きに、瞬時に刀を宙で逆手に持ち変える。その流れに乗って、刃先を背中に大きく回し反対側の紅桜の侵食元である右腕──とすらもう言えない、触手の束へと突き刺した。
怯む似蔵が思わず銀時を捕らえていた触手を下ろす。その隙を逃さず、雪はベルトに残っている鞘を引き抜くと似蔵の眉間あたりに容赦なく打ち込んだ。
じわりと額に鮮血が滲み、頬を流れ、顎から地面へと落ちていく。雪は追い打ちを掛けるように、似蔵の腕から刀を引き抜くと再び心臓に向かって突き刺した。
「ガアアァァァ!!!」
──今度は先程の呻きとは違い、雄叫びに近い何かだった。刀が心臓を抉る前に、雪に振りかぶられる紅桜。
だが雪は余裕を崩さない。それどころか、口角こそ上がってないものの、心なしか不敵な笑みを浮かべているようにも見えた。
似蔵の上に、突如影が掛かる。
ぽっかりと穴の空いた天井から飛び降りてきたのは、不釣り合いにも刀を構えた鉄子だった。その全体重を掛けた鋒が、似蔵の腕に勢いよく突き刺さる。
やはり痛覚は残っているらしい、悲鳴を上げた似蔵は痛みに身悶える。それにより、雪の刀は惜しくも心臓を逸れたが、代わりに左の肩口を貫いた。
「死なせない! コイツは死なせない! これ以上その剣で、人は死なせない!!」
鉄子の切望のような叫びが響く。それは誰に向けての言葉か。
似蔵が咆哮しながら鉄子に狙いを定める。今まさに振り切ろうとしていた紅桜を、今度は神楽が蹴り飛ばした。
「で〜か〜ぶ〜つ〜……そのモジャモジャを、」
「離せェェェェ!!!」
続けざまに、新八も似蔵に刀を突き立てた。四人からの攻撃を一身に受け、似蔵はひたすらに振り払おうと暴れ狂う。
そんな中、鉄子がとうとう力押しに負けて地面に振り落とされた。その姿を標的と定め、似蔵は紅桜を構える。
それを見た雪は、貫通させていた刀を強引に半回転させると、そのまま真上に斬り上げた。飛び散った血が頬に跳ねる。だが似蔵は止まらない。伸びてきた触手の束が、邪魔するなと言わんばかりに雪の喉元へ勢いよく飛びついた。避けようとして、大きく体勢を崩す。
それを見やった似蔵が、鉄子に向かって高く紅桜を振り上げる。一際大きな衝撃音が、辺りを包んだ。
「……ゲホッ、ゴホッ!!」
咳き込むその声は、紛れもなく鉄子の声。間もなくして、つんと鼻をついたのは鉄のようなにおい。
砂塵が晴れたそこには、赤々と染まった地面に身を伏せた、鉄子の兄──鉄矢の姿があった。
「あっ……兄者!」
窮地に追い込まれた鉄子を庇ったのは他でもない、彼女の肉親だった。彼女に続き天井の大穴から飛び降りてきた鉄矢は、鉄子を突き飛ばし紅桜の軌道から逸らせていた。
咄嗟に駆け寄った鉄子が鉄矢を抱き抱えるも、力なく項垂れるだけ。
「ああああああああああああああああ!!!!」
激しい慟哭。それは普段の彼女からでは考えられないような、痛々しいほどに悲痛な声だった。
鉄矢の息の根を完全に止めるつもりなのか、似蔵が再び二人に近付く。それに気づいた雪は刀を握り締めるが、直後、"それ"を感じ取った。
物理的なものではない。もっと深く、魂に直接触れるような、眩しいほどの銀色の光。
銀時を捕らえていた触手が弾け飛ぶのと、似蔵の目の下が横一直線に切り裂かれるのはほぼ同時だった。
「銀さん!!」
「銀ちゃん!!」
似蔵は絞り出すように叫びながら、後方によろめいた。一方銀時は、反動で背中から倒れ落ちる。
「これァまた……随分遅いお目覚めじゃねェの」
神楽と新八が銀時の名を呼ぶ中、雪はヒールを鳴らしながら肩で息をする彼に歩み寄る。それから唐突に銀時に刀を向けたかと思うと、彼に絡まっていた残りの触手を切っ先で器用に取り払った。それを訝しげな顔で手に取りつつ、ちらりと鉄子たちに視線を向ける。
「兄者っ! 兄者しっかり!!」
「げほっ……クク、そういうことか」
吐血した鉄矢は苦しそうに、しかし確実に笑みを浮かべながら鉄子の頬に自身の手を添える。
「剣以外の余計なものは捨ててきたつもりだった……人としてよりも刀工として、剣をつくることだけに生きるつもりだった……だが最後の最後で、」
鉄子の瞳がたゆたゆと涙で覆われる。溜まった雫が、頬を滑り落ちた。
「お前だけは……捨てられなんだか」
鉄子は顔を歪ませ、愛しそうに鉄矢の手に自分の手を重ねた。
「こんな生半可な覚悟で、究極の剣など打てるわけもなかった……」
「──余計なモンなんかじゃねーよ」
弱々しく話す鉄矢に、よろめきながらも立ち上がった銀時は強く言い放った。
「余計なモンなんてあるかよ……全てを捧げて剣をつくるためだけに生きる? それが職人だァ? 大層なこと抜かしてんじゃねーよ。ただ面倒くせーだけじゃねーかてめーは。いろんなモン背負って頭かかえて生きる度胸もねー奴が、職人だなんだカッコつけんじゃねェ」
ゆらりと、銀時の前に似蔵が立ちはだかる。
「見とけ。てめーの言う余計なモンがどれだけの力を持ってるか」
銀時は鉄子から受け取った、龍の装飾の刀を構える。
「てめーの妹が魂込めて打ち込んだ
刀身が、打ち込まれたその強さを象徴するかのように強く光を放った。
似蔵が、銀時に向かって駆け出す。対する銀時も、柄を強く握り締める。
兄妹が打った二つの刀が、交わった。
くるくると弧を描いて、折れた銀色の刀身が地面に突き刺さる。
──パキン、
息絶えたように亀裂が幾重にも入り、それから音を立て砕けていった紅桜。あの目が眩むような淡い紫は、もう放ってはいなかった。