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「羽月ちゃんおっかえりィ!!」
真選組屯所に一つの叫び声が響く。それを受けた羽月は、にっこりと笑みを浮かべて応えてみせた。
「もうほんっとさァ、めちゃくちゃ心配したんだからね! 辻斬りに合わなかった!? 大丈夫!?」
「すみません朋子さん、ただいま帰りました」
「ちなみに友達んちに泊まりって聞いたけどまさかどこぞのブタ男じゃないよね? 違うよね?」
「えっと、実は前々から真琴さんのお部屋で夜通しお喋りする約束をしていたんです」
「エッ何それいいな〜聞いてない! 次はあたしも誘ってよ!!」
「ふふ、じゃあ次は是非皆さんで」
羽月の肩をさんざん揺さぶっていた朋子は、それを聞くと満足そうに笑みを見せ手を離す。にこりと会釈をし、ゆっくり遠ざかっていく羽月の背を眺めていると、背後の気配に気付いた。
「どうだ、朋子」
「……いや、わざわざ聞きますか」
煙草を吹かしながらそう問うたのは土方だった。朋子は土方をじとっと睨み付けるが、彼はそれを意にも介さず紫煙を燻らせる。その動作には、「答えろ」と言わんばかりの圧力があった。
「……どうもこうも、不自然丸出しでしたよ。多分新品の着物、比べて配慮が行き届いてなかったのか下駄には汚れだのすり減りだのがありました。あと、昨日まではなかった手の傷も」
しぶしぶというように口を割った朋子は、それから苦々しく顔を歪めた。彼女の予想した通り、土方は「聞いたな、山崎」と影で聞き耳を立てていた山崎に調査を促す。
「……土方さァん、ほんとに羽月ちゃんを疑ってんですか?」
「元々あいつには不明瞭な点が多すぎる」
「ま仰る通りですけどォ……ほら、タイミングがめちゃくちゃ悪かっただけかもしれないし? それに羽月ちゃんまだ子どもですしおバカで可愛いしあと超可愛いし」
「後半はどうでもいいが、ガキだから可能性が無いってか?」
朋子は返す言葉が見つからず押し黙る。分かっている、分かってはいるのだがどうにも認め難いのだ。まだ幼い──朋子にとって『17歳』はまだまだ大人が護るべき子どもであった──女の子が組織内で疑いを掛けられることが、朋子は不憫でならなかった。羽月が何かしらを隠していることはほとんど確かではあったが、それが真選組に仇なす『何か』であるとは、朋子には到底思えなかった。
もどかしそうに唸り声を上げた朋子は、腹いせに山崎の頭をはたいた。
──その様子を遠くから眺めていた男は、呆れ混じりのため息を吐いた後、何か思い立ったように踵を返した。
*
玄関先で朋子と別れた羽月は、壁に背を預けると深く息を吐いた。
あらかじめ真琴に念入りすぎるほどの説明と注意を受け、さらに雪から教えられた言い訳の台詞を何度も脳内に刻み込みながら、羽月は屯所へ帰宅した。所々汚れや傷がついてしまった着物も帰る途中で着替えた。台詞もほぼ教えられた通りに言えたはずだし、表情も崩さないよう気を張った。朋子も別段いつもと変わらない様子に見えた。恐らく、何もバレていないに違いない。
しかし、羽月が無意識に吐き出していたのは少なくとも安堵の息ではないことを、彼女自身気付いてはいなかった。
「オイ」
不意に声をかけられる。振り向いた先にいた人物に、羽月は思わず顔を歪めそうになった。
「……何か御用ですか?」
至極事務的な言葉を紡いだ羽月。対して、相変わらずのポーカーフェイスを貫いている沖田。
今度は一体何を言いに来たというのか。何にせよ、いつも通り喧嘩を売っているとしか思えない嫌がらせの類いではあるだろうが。
「オメー、その手はどうしたんでィ」
「……躓いて転んだ時、咄嗟に手をついてしまったんです」
違う。彼は自分を疑っているのだ。
羽月の心臓がどきりと跳ねた。とにかく、自分が攘夷派の抗争に巻き込まれた──というより、もはや自ら巻き込まれに行ったことを、真選組の誰にも知られてはいけないのだ。
「へー……んじゃあ、その着物はどうしたんでィ」
「……昨日、真琴さんに選んで頂いて購入したものですが」
「女中の仕事は」
「昨日と、それから今日の午前も半休を頂いてます。なのでこれからお仕事に取り掛かります」
大丈夫、まだいける。まだ誤魔化せている。だが、元々嘘を吐くことが苦手なのは自覚済みだ。そろそろボロが出てもおかしくはなかった。
「あの、ご用件はそれだけですか? 私これからお洗濯に……」
「なァ、オメーはなんで
は、と声が漏れた。何故、今その質問を? わけが分からない。自分のことを嫌いなくせして、あろうことか興味は持ってる、なんてわけじゃあるまいし。ならばどうしてこうも根掘り葉掘り質問してくるのか。じろりと睨みつつ沖田を見やるが、いつも通りの無表情からは何を考えているのかちっとも読み取れなかった。
「……ずっと私を育ててくれたおじいさまが亡くなって、それで私はちゃんと自分で生活していけるように、しっかりとした働き口を探してました。それから上京して、その時真選組で女中を募集していると知ったんです」
「本当にそれだけか?」
「……何をおっしゃいたいんですか?」
「オメーを疑ってる奴が、
「…え、」
羽月が言葉を紡ぐ前に、沖田は台詞を続けた。
「オメーみてーな小娘がこんな対テロ用組織……しかも男所帯の女中、さらに住み込み希望なんて前代未聞なんでィ。朋子っつー前例と、あと俺がいなけりゃ追い返されてたぜ」
「そ、それは、」
「今朝港の方で攘夷派がドンパチやったって言うじゃねーか。で、その騒ぎが収まった後にお前がのこのこ帰って来やがった」
「…………」
「あとなァオメー、資料室は隊士以外立ち入り禁止なんでィ」
羽月はぎくりと肩をふるわせた。まさか、数日前のことがバレていたなんて。気付きさえしなかったし、沖田に言われなければ知らないままだっただろう。
「ここまで色々重なってりゃ、『真選組からなんらかの情報を得るためにやって来た攘夷派の人間』なーんて疑われても仕方ねーよなァ?」
「わ、私は、ただ、」
しどろもどろになりながら慌てて弁解しようとする羽月をよそに、沖田はフラフラと彼女に近づく。すると今度は無遠慮にその顔をがしっと鷲掴みにした。
「オメーが何を知りてーのか何に足突っ込んでんのかは知んねーしミジンコほどにも興味ねーが、やんならもちっと上手くやれっつーの」
それだけ言うと、沖田は羽月を向こうに押しやるように乱暴に手を離した。何するんですか、そう少しだけ赤くなった頬を手で擦りながら、羽月はきつい眼差しを向けた。しかしそれを軽くかわし、沖田は背を向けこの場を去ろうとする。そんな彼の背中を、羽月は「沖田さん」と呼び止めた。
「……どうしてそれを私に? 嫌いな人に助言してくださるほど貴方は親切ではないと、思っていましたけど」
「んなの決まってんだろ」
沖田は顔だけ振り返ると、腹黒そうな、羽月の癇に障るような笑みを浮かべ一言落とす。
「──オメーに貸しを作る為でィ」