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「任務?」
沖田の口から聞かされた単語を、羽月はきょとんと復唱した。別段、それ自体は不思議な話ではない。ただ羽月は、ほとんど考えずともすぐ行き着くような一つの疑問にぶつかっていた。
「……何故沖田さんだけお残りに?」
「は?」
「朋子さんは、貴方の隊に所属しているのでは?」
「あァ……違ェよ、俺だけ残ってんじゃなくて、一番隊からあいつだけ駆り出されたんでさァ。土方コノヤローにな」
「え? 何故?」
「さァねェ。そこまでおめーに教えてやる義理はねェよ」
沖田はそっけない態度のまま、その身長差を利用して彼女を見下ろした。
「羽月、おめー自分が真選組の一員になったと勘違いでもしてんのかィ」
「え、」
「おめーはただの女中で、それ以上でもそれ以下でもねェ。
「……知らないことを知りたいと思うのは、そんなに悪いことですか?」
「そうじゃねーよ。んだが……おめーに"情報収集"する理由なんざねーもんなァ?」
羽月ははっとしたように口をつぐんだ。羽月が知りたいと思えば思うほど、真選組の人間たちは彼女に不信感を募らせるのだと。彼は暗にそう言っていた。
真選組には、羽月を疑っている人間が少なからずいる。それを聞かされたのはつい最近のことだ。忘れるはずもない。酷く衝撃を覚えたことも。
羽月がそれはお門違いだと、声を大にして否定したって、その言葉を完全に受け入れてくれる人たちは今、この真選組にどれほどいるのだろう。
心臓が嫌に脈打つ。きゅっと結んだ口から吐き出せる言葉など、どこを探しても見当たらなかった。
「とにかく、朋子だけ駆り出されたわけなんざおめーが知る必要ねーだろ。これ以上何か教えてやる気はねーんで、諦めるこった」
「いや別にそれは教えたげたって良くね? ただのカムフラージュだし」
「だーからそもそも内容の問題じゃ……、」
沖田の言葉が途切れた。はて、今第三者の声が聞こえたような……
ゆるりと後ろを振り返る。そこに立っていた人物を確認した沖田は、さして大きなリアクションを見せることもなく口を開いた。
「よォ……随分早ェお帰りじゃねーかィ朋子」
「あ……朋子さん、お帰りなさい。お仕事お疲れ様でした」
「ちょ、二人ともそこは『ウオオびっくりさせんじゃねェよ!』とか『きゃあっ! 朋子さんいつの間に!?』って驚くとこでしょ」
「その中途半端な声真似やめろ」
「あだだだだスンマッセスンマッセ! え何か総悟隊長機嫌悪くねェ!? もしやそんなにあたしがいなかったのが寂しかったのかな!?」
「はァー……もう俺突っ込む気にもなれねェや」
「いだだだだ突っ込んでるゥゥ! 鼻フック突っ込まれてるゥゥゥ!」
じたばたともがき何とか魔の手から逃れる。じんじんと痛む鼻を労りながら、朋子は追撃を逃れるためサッと羽月を盾にした。それから、沖田が戦闘体制を解いたのを見てから、彼の疑問にざっくりとした答えをぶつけた。
「土方さんと現場に潜り込んでたんだけど、やっこさんらすーぐ尻尾出しやがったんでね。外に隠れてた奴らもろとも一網打尽よ」
「俺らが嗅ぎ付けてたことに気付いてなかったんですかィ、ったく、間抜けな連中だねィ」
「それで、何故そちらの隊から朋子さんだけ出動なされたんですか?」
羽月がずっと気になっていたその問いに、朋子はああ、と頷いた。
「普通の民間人もいるわけだから、大手切って乗り込んで人質なんか捕られたらたまったもんじゃないってんでね。でも野郎同士で潜入してコソコソしてたら怪しいことこの上ないし、かといって一人で通信機に呼び掛けたりしたら不自然だし第一危険でしょ? っつーわけでこの朋子ちゃんの出番ってわけよ」
「変装のコンタクトごときでぎゃーぎゃー喚いてた奴がふんぞり返ってんじゃねェよ」
「それはそれこれはこれ! それにあたしと土方どんのコンビネーションは前代未聞、空前絶後との呼び声も高い、まさに神がかったものと謳われるほどのサンシャイ……」
「盛りすぎにも程があんだろ一昔前のギャルかてめーは」
「ぶった切ってくねェ!!」
不服の異を唱えた朋子はそれから、はあっと重く息を吐いた。首に手を当てぐるりと解すように回すと、今度は珍しく気だるそうにひらりと手を振る。
「じゃ、あたしは報告書書いてから一休みするから。そんじゃねェお二人さん」
去っていく朋子の背中は、仕事終わりだからかその覇気もいつもの二割減だった。真選組内でもとくに世間に顔の知れている朋子が、変装のためドレスやウィッグ等で品の良い貴婦人──という設定では一応あった──を装っていたことが、女性らしい装飾なんぞ滅多にしない彼女の英気をどれ程奪ったかは想像に難くない。
遠ざかる背中をしばし見つめていた二人だが、不意に沖田が歩き出したことでその沈黙は破れた。
「……じゃあ俺も先に局長室行くんで、お前はさっさとそれ淹れ直してこいよ、猫被りちゃんが」
「え?」
羽月は手元に視線を落とすと、思わずあっと声をあげる。盆の上のお茶がすっかり冷めてしまっていたことに気付いた彼女は、すぐさま厨房に向かうべく沖田とは反対方向に駆け出した。