32

 ──ピンポーン

 やや音割れし、くぐもった安っぽいベルが鳴り渡る。その余韻が途絶え、しかし中からは物音すら聞こえないことに、再びそのくすんだ呼び鈴に指をのせた。

 ──ピンポーンピンポーン

 続けざまにボタンを押す。だが、それでもやはり家主は現れない。

 ──ピンポーンピンポーンピンポピンピピピピピピピンポーン

 怒濤の連打に忠実に、喧しくチャイムを奏でるインターフォン。押している当人ですら、煩わしく顔を顰めるほどの騒音に観念したのか、ようやく足音が近付いてきた。
 扉から一歩半離れ、いつでも防御できるよう腰のものに手をかける。だが予想に反し、引き戸は小さく開かれたかと思うと、怨念を最大限にまで濃縮させたようなおどろおどろしい瞳がぎょろりと現れた。

「うるっっっっせんだよピンポンピンポンピンポンピンポン……オメーの目玉にお返ししてやろうか」
「怖ェェェよ!」

 普段とは段違いに低く重々しい声の家主、雪に、来訪者の銀時は本気で血の気が失せていくのを感じた。普段より輪をかけて乱れたその髪型が、彼女の言葉の物騒さに拍車を掛けている気さえする。般若さながらのその様子に思わず顔をひきつらせつつ、今にも刺し殺さんばかりの気迫を背負った雪に本題を切り出した。

「お前、回覧板止めてんだろ。ババアが皺増やしてたぞ眉間に」
「……ああ、そういや。でオメーはパシられたんだ」
「ちっ……がいますゥ、銀さんはホラ心優しいから」
「おらよ、ついでに渡しといて」
「聞いてる? つか何、なんか声枯れてない?」
「ただの酒焼け」

 腑に落ちないながらも、押し付けられたそれをしぶしぶ受け取る銀時。どうにも彼女とお登勢には下手に逆らえない。……いや、基本的に自分と縁のある女性は、逆らわないほうが得策だと言わざるを得ない猛者ぞろいなのだが。見た目だけは華々しい、男顔負けの面々を頭に浮かべ、スッと気持ちが冷えていくのを感じた。
 回覧板を半ば無理矢理預けた雪は、用は済んだろ帰れと言わんばかりに扉に手を掛けた。それが閉じられる寸前に、銀時はブーツを滑り込ませる。それほど力を込めていなかったのか、思いのほか衝撃は小さかった。靴の横幅分できた隙間から覗く瞳が、さらに鋭くなる。

「……オイ、何の真似だ」
「まーま、せっかく来てやったんだから門前払いなんてケチ臭いことせずにさァ〜」

 二人の手によって、左右両方に力の掛かった扉がガタガタ悲鳴を上げる。だが、純粋な腕力の差で雪が銀時に敵うはずもなく。力技で強引に扉を解放した彼は、家主の制止の声も聞かずにあろうことかずかずかと侵入していった。

「オメー何勝手に人ん家……」
「雪ちゃんだって勝手に俺ん家上がることあんだろ。お互い様だお互い様」
「依頼人が店に上がり込んで何が悪い」
「依頼人は人んちの冷蔵庫物色してプリン持ち出したりしませんんん!!」

 食いかかるように切り返しながら、台所らしき部屋を見つけると銀時はその前で立ち止まり、呆れ混じりの顔で振り返った。雪の白い頬が、普段よりほんの僅かに紅潮しているのを蛍光灯の下で再び確認し、口を開く。

「とりあえずお前は寝てろ。熱あんだろ」
「は……」
「可笑しいとは思ったんだわ。こんだけ日ィ照ってるっつーのに洗濯物すら出てねェし。寝間着だし声枯れてるし俺への反撃もねェし。極めつけはバーさんの前で回覧板止めてると来たもんだ。ものぐさなお前が、わざわざバーさんに突かれるようなことするはずねェもんなァ」

 乾燥した唇から、図らずして間抜けな声が漏れた。勝手に人様の炊飯器を確認する銀時を止める余裕すらなく、雪はただその広い背中を唖然として見つめる。──彼の「それ」は、万事屋への依頼を通じて培ったものか、天性のものか、はたまた過去の経験に基づいたものなのか。いずれにせよ、このどこまでも聡い男が、一体どこまで気付いているのか、わかったもんじゃない。恐ろしささえ感じるほどのその冴えた勘に、雪は微かな身震いさえ覚えた。

「……何、洗濯物とか確認してんの。ストーカーかよ」
「あんなメス豚やゴリラと一緒にすんじゃねェェェ! ……とにかく、どォーせお前のことだから朝飯も食ってねーんだろ。粥でも作ってやっから寝とけって」

 勝手に探し出した鍋を片手にした銀時に、軽く肩を押し退けられ台所から出されてしまう。いつもならそんなことで引き下がるはずもないのだが、力の入らない今の状態では彼をつまみ出すこともままならなかった。

「……オメーがチャイム連打で起こしたくせによォ……ほんっと死ねばいいのに……勝手に部屋入ったら殺すから」

 もそもそと連ねた文句は、了承と同義だった。諦めたように踵を返した雪は、銀時の間延びした返事を背に受けながら寝室へ向かう。元々家事すらままならない状態だ、気力も限界が近かった。
 階段の段差がやけに高く感じる。手すりに体重をかけながら、ゆっくり一歩ずつ踏みしめる。途中、後ろ髪を引かれるように振り返ると、ガチャガチャと固いもの同士がぶつかる音が聞こえてきた。溜め込んでいた食器を洗っているのだろうか。どうやら彼は、とことん雪の世話を焼くつもりでいるらしい。
 それなりに付き合いの長い彼なら、どんなに恩を売ろうと雪からのお返しなど期待できないことは百も承知のはずだ。こんなところで呑気にタダ働きなんてしているから、万事屋の家計は年がら年中火の車なのではないか。

 彼の手は、人に差し伸べることのできる手だ。だからこそ、万事屋などという店は天職と言えばそうなのだろう。しかし、取るものは取っておかねば、その手には何も残らない。それどころか、いつかその甘さ故痛い目を見たって可笑しくはない、と雪は思う。しかし、もしかするとそれが、人が彼を放っておかない理由の一つであるのかもしれない。
(まあ、どうでも良いけど)
 ようやく部屋に着き、自身の高い体温が残る布団に潜り込む。頭が酷く重い。怠さの残る瞼を閉じると、ふわふわ頭の節介焼きな闖入者が浮かんできた。
 何もかも不愉快だった。何が悲しくて、好き勝手し放題のあいつを野放しにしたまま、呑気に夢の世界へ旅立たねばならないのだ。そうは思っても、鈍く痛む頭はこれ以上働いてはくれない。そもそも、勝手に玄関に入ってきた時点で、力を振り絞ってでも蹴り出せばよかったのに、何故そうしなかったのか。今にも止まってしまいそうな思考回路では、答えを見つけることなんてできるはずもなく。
 それからほとんど間を開けずして、雪は眠気と倦怠感に従い眠りについた。






 もうもうと湯気の立つ粥を盆にのせ、銀時が雪の部屋に向かったのはおよそ一時間後のことだった。その間に冷蔵庫の中を確認して買い出しを済ませたり、真琴を呼びつけて洗濯物を一任したりしていたのだが、果たしてどのラインから雪の怒りに触れるのか……いや、そもそも最初に押し入った時点で、彼女の体調が優れていたら得物を振るわれていたことだろう。その光景が容易に想像できることの、なんたる虚しさか。
 トン、トンと階段を上がれば、古びた床板がほんの少し音を立てる。武家屋敷や平屋や高層ビルが混沌と立ち並ぶこの御時世だが、そんな中雪の住まいはやや洋風で、二階建ての小さな借家だった。付き合いの悪い前の住人が突如逃げるように出ていった一、二年ほど後に雪は越してきた。彼女が言うに、どうにもここはいわくつきで、その為破格の家賃で借りているらしいのだが、一体前住人に何があったというのだろう? そういえば聞いたことも考えたこともなかった。……そこで銀時は嫌な仮定を立ててしまい、全身が震え上がるのを感じた。……いやいや、ないないない。あり得ないって。
 誰にともなく首を振りながら、部屋の前にたどり着く。位置取りからして、二つの部屋のうち万事屋に面したこちらが彼女の寝室のはずだが。

『……勝手に部屋入ったら殺すから』

 雪の言葉がリフレインする。部屋、とはどうしたものか。自身が眠るここのことを言っていたのか、もう片方の部屋か、はたまた両方か。
 外からそっと彼女の名を呼び掛けてみる。返事はない。しばし逡巡したのち、銀時は意を決したように扉に手をかけた。

「お、お邪魔しまーす……」

 なるべく音を立てず、ひっそりと戸を開いてすぐ、ベットで横になっている雪の姿を捉えた。抜き足で近くによれば、規則正しい呼吸音が聞こえてくる。銀時はそっと顔を覗き込み、その目が完全に閉じられていることを確認してからふーっと張り詰めていた息を吐いた。

「……こーして黙って寝てりゃカワイイんだがねェ」

 それは勿論、鋭い毒舌も反撃も飛んでこない今の状況に対してでもあるが、男としての下心も含んだ上での独り言だった。性格が"あれ"なため到底いい女とは言い難いが、それでも顔立ちだけ見れば雪は十分に整っている。白い肌や細く柔らかそうな髪の毛も、彼女の容姿の良さを引き立てるポイントに成り得るのだろう。……もっとも、彼女の櫛も通してなさそうな髪型は常にもっさりしたシルエットを持っており、その良さをこれまた相殺しているわけなのだが。

 どこか幼ささえ感じるその寝顔の、頬でもつついてやりたい衝動を抑えつつ、銀時は盆を持ったまま静かに部屋を後にした。ここに置いていっても良かったが、起きる頃に冷めてしまっていたらそれはそれで文句が出るに違いない。と、やれやれと言うように首を振っていた時だった。

 ガタンッ。

「……は?」

 階段を下りる直前。雪がいない方の、もう一つの部屋から、勘違いとは到底思えないほどはっきりとした物音が聞こえてきた。だが、今二階にいるのは雪と自分だけのはず。真琴は一階にいるだろうし、実は雪は一人暮らしじゃありませんでした、なんて無理やりな展開が待っているはずもない。ペットの線も、雪の異様なまでの動物からの嫌われ様を考えると雲散霧消、跡形もなく立ち消える。では、一体、何の物音だったというのだ。
 ──不意に、この家は「いわくつき」故格安で借りている、との話を思い出した。思い出して、しまった。

「……いやいやいやいや、ナイナイナイナイ」

 浮いた冷や汗がだらだらと流れ顎を伝う。健康的な肌色が、救急車沙汰かと思わせるほどに蒼白に染まっていく。膝はがくがくと小刻みに震え出し、大人の威厳も男の甲斐性もあったものではない。

「んんんんだコルァァ、んなことあるワケねェェェだろナメんじゃねェぞコルァ!」

 誤魔化しようのない程に震えた声で、己に言い聞かせるように虚勢を張った銀時は、雪の言葉も忘れ戸に手を掛ける。そんなことあるはずがないのだ。真選組屯所での幽霊騒動も、結局は紛らわしい天人の仕業だった。だから、あるわけがない。絶対に何かの間違いだ。その予測を確固たるものにしたくて、一刻も早く安心感を得たくて、意地と恐怖と混乱が混沌とした頭で彼は戸を一気に開いた。

 その小さな小さな相貌とかち合った時、銀時は極限まで張りつめていた息をどっと吐きだした。

「んだネズミか………………アイツが見たら喜びそうだな」

 チュウ、と銀時をあざ笑うかのように一鳴きしたネズミは、そのままどこかに逃げ去ってしまった。普通の女性だったらネズミとの共存などゴキブリと同レベルに鳥肌ものだろうが、動物好きの性質を持つ彼女の前にはそんなこと無関係だろう。

 銀時は癖の強い髪を掻きながら、音の正体が「アレ」ではなかったことに安堵する。それから何気なく顔を上げたところで、喉に空気が詰まるような感覚を覚えた。
 唯一ある小さな窓はカーテンが閉まっていて、部屋はかなり暗かったが、それでも隙間から漏れた日差しや目が慣れてきたことで、しっかりとそれは彼の目に映った。

「こいつァ……」







「あ、銀さん。様子どうだった?」
「あー、おう。あいつまだ爆睡してたわ」
「そっか。まあ無理に起こすのも可哀想だし、自然と起きてくるの待った方がいいね」

 客間に戻ると、ソファに腰を下ろしていた真琴は目を伏せながら笑った。そんな彼女を横目で見やりながら、持ち帰ってきた盆をテーブルに置く。

「にしても雪ちゃんってさ……風邪とかひくんだね」
「いや雪をなんだと思ってんの? 馬鹿だと思ってんの?」

 何故か感動したようにしみじみと呟く真琴。いや、確かにわからないでもないが。あの泰然自若、傍若無人な雪が、ウイルスごときに蝕まれるなんて今の今まで想像すらつかなかったのだから。──いや、俺こそ雪をなんだと思ってんだ? 妖怪?

「……ねえ、銀さん。雪ちゃんって前からああなの?」
「あ?」
「銀さんってわたしが雪ちゃんと会う前から知り合いだったんだよね? その頃からあんなにそっけなかった?」
「あーそういう……」
「わたし未だに、雪ちゃんについて全然知らないんだよね」

 女はよく話が飛ぶというが、真琴はその最たる例なのではなかろうか。出し抜けに問うてきた彼女は、縮こまるように俯きながらぽつぽつと話し出した。

「雪ちゃん人と関わるの好きじゃなさそうっていうか、一線引いてるっていうかさ。家上がらせてもらったのだって今日が初めてだし……っていうか、勝手に上がり込んでるし」

 彼女はいつもそうだ、と言いたげに、真琴は視線をさらに落とす。

「わたしたちのことが嫌いなんてことはないと思うけどさァ……いや、うん、ないない。絶対雪ちゃんわたしのことは少なくとも好きだって、ウン」
「オイなんだその俺はさておきみてーな言い草は。オイッ目ェ合わせろ真琴オイッ」

 ナチュラルに失礼極まりない態度をとる真琴の肩を揺するが、徹底的に顔を背けられる。銀時は諦めたように手を離し、椅子に深く座り直すと「そーだなァ」と雪がいるあたりの天井を仰いだ。

「あいつァ前からずっとあんなんだよ。何考えてるかわかりゃしねェし、何をこそこそしてんのか、未だに少しだって手の内見せねェ。んだが、つまりはそういう奴なんだろうよ、あいつは」

 真琴は驚いたように顔を上げる。背もたれに身を預け、大きく顎を逸らしている彼の表情はほとんど窺えなかったが、それでもその言葉はすとんと真琴の中に収まった。

「気取ったみてェに一歩退いた位置が好きで、淡白でセコくてスカした野郎。それが雪なんだろ」

 確かにその通りだ。雪について知らないことだらけだろうがなんだろうが、それでも何も知らないわけじゃない。今まで過ごしてきた時間の中で、少しずつ、積み重ねてきたものがちゃんとある。
 真琴はくしゃりと目を細めて笑った。

「……うん、そうだね。気取り屋気分屋で、ものぐさでセコいのが雪ちゃんだもんね」
「へー、そんな風に思っててくれてたんだァ〜」

 ぴしり。
 と、二人の動きが石のように硬直する。ドッドッと急上昇していく心拍数。二人が首を回し、入り口付近からこちらを真っ直ぐ射抜いている雪の姿を確認したところで、彼らはさあっと顔を青くした。

「……ちょっとわたし急用思い出したからこれにて失礼!」
「あっ真琴テメ何裏切ってゴエッホゴッホ!」
「真琴オメー人ん家で何やってんだオイ」

 流石忍と称賛すべきか、即座に床に叩きつけた煙幕と共に姿を消した真琴。幸い雪の元へは煙は届いておらず──無論、真琴とていくら慌てていたからといえ、近くに病人がいる時に煙幕なんて使わないだろうが──それどころか一点に吸い込まれていく。恐らく真琴が逃走の際に窓を使ったのだろう。開け放したそこから煙は漏れていき、すぐに視界は晴れた。青筋を浮かべた雪は、仄かに残る煙も全て排除しようとして、他の窓を開けるために動き出す。

「のやろ……次、会ったら……」

 どこか急に重くなった語調に銀時が首をかしげる前に──雪の体は糸が切れたようにふらりと傾いた。

「オイ!」

 重力に従い、崩れていく彼女の体に、弾けるように駆け出した銀時の手が伸びる。床に倒れ込む前に、その背中に腕を回され、しっかりと抱きとめられた。

「うお、熱っつ……」

 ぽすりと彼の腕の中に収まった雪は、どこかぐったりと目を伏せている。高い熱と同時に、男とはまるで違う柔らさが背中から腕に伝わり、銀時は顔をしかめた。
 しおらしくさえ感じる彼女を目の当たりにして、これはぱっつァんの目には毒だな、と聞こえないくらいの声で独りごちる。銀時はそのまま膝の後ろに片腕を回すと、その体をゆっくり持ち上げた。雪はそれに睨みを利かせることすらない。もはや別人かと疑いたくなるほどの変わり様だ。

「ったくよォ……お前熱何度あんのよ」
「私ァ病は気から派なんだよ……んな数字なんて見てられっか」
「あァ? じゃあ何、お前心配事か何かでもあったから風邪ひいたってか」
「……それはそれ、これはこれ」
「キレ悪ぅ! 怖っ! 誰お前!」

 いつものキレがまるでない受け答えに、流石の銀時も恐怖を覚えた。やはり、さっさと治していつもの雪に戻ってもらいたい。身震いしながら、銀時はなるべく揺らさないように雪を寝室へと運んだ。
 軋む階段を越え、扉を器用に足で開くと、ベッドの上に静かに横たわらせる。それからすぐに部屋を後にしたかと思えば、1、2分後に再び戻ってきた。右手には粥やコップ等がのった盆を、左手には2リットルサイズのペットボトルが握られている。

「ポカリ買ってきてやったぞ。水分補給しろ」
「……私アクエリ派」

 言いつつも、雪は注がれたドリンクを受け取ると素直に口つけた。その喉が上下に動くのを眺めながら、銀時はぼんやりと思考を回す。
 真琴の言うことを、まったく考えなかったわけではないのだ。すぐ隣の家に自分や新八や神楽がいて、真琴やお登勢たちもいて。にも関わらず、家事や買い物さえままならないというのに、何故雪は自分たちを頼ろうとは思わないのだろう。まさか、迷惑を掛けたくないなんて殊勝な心が彼女にあるとも思えない。弱みを見せたくないのか。借りを作りたくないのか。柄じゃないと思っているのか……素直な返答で人の胸を刺すくせに、変なところで意地っ張りな彼女のことだから、その辺を考えてだろうか。……それとも、

「……何いつものアホ面しかめてんの」
「あ? ……うるせーよ。オラッ、粥作ってやったからとっとと食って寝ろ」
「食欲ねーんだけど」
「食って汗かいて寝るのが風邪にゃ一番効くんだよ。おら、薬も飲んどけ。ここ置いとくから」

 風邪薬は銀時が先ほど買ってきた市販のものだ。雪はそれを手に取り、まじまじと観察すると──その箱を銀時に突き返した。

「いらない」
「……はァ? いや、いるいらないじゃねーよ。飲めって」
「いらねっつってんだろ」
「だーから何駄々こねてんの? ガキじゃあるまい……し……」

 銀時ははたと気付いた。普段の彼女であれば、風邪ごときに時間食われてる暇なんかねェ薬でもなんでも飲んで寝てさっさと治してやんよ、くらいの気概は見せそうなものだが……はて、もしや。

「え……何まさか雪お前、薬が苦手なんていうんじゃ……」
「苦手じゃない、錠剤が嫌いなだけ」
「……へえーふぅーんほぉー?」
「おい何ニヤついてんだ、気色悪い」
「いやー? お前にもガキみてーな可愛いとこあんだなーとォ? なんなら仕方ねーし俺が飲ましてやろうか雪ちゃあ〜ん……お?」

 下卑たニヤけ面を見せていた銀時だったが、すぐに眉根を寄せた。いつもの雪ならここまでおちょくられて大人しくしてるはずもないのだが、やはり本調子ではないらしい。それか、またお得意の「面倒くさい」が発動したのか。長いため息を吐き出した雪は、観念したようにそれをしっかり受け取った。
 本当に、こっちの調子が狂うな。
 押しに負ける雪など、今まで一度でも見たことがあっただろうか。だがまあ、受け取ったのならこれ以上何も言うまい。銀時はよっこらせと腰を上げると、粥を軽く指さした。

「じゃ、しっかり食ってしっかり飲んどけよ。終わったら呼んでくれや、それ洗うから」
「……」

 返事はなく、そっぽを向いてしまった雪。先ほど調子にのってからかったことをやはり怒っているのか、と思ったが、それほど険しい顔にも見えない。別の何かを考えているのだろうか。そんなこと、銀時がいくら頭を捻らせようとわかるはずもないのだけれど。
 あまりじろじろ見ていると拳でも飛んできそうだ。そろそろ部屋から退散しようと、銀時は彼女に背を向けた。

「……と」

 ──ふと何かが耳に届いた気がして、銀時は振り返る。だがそこにはお粥を黙々と咀嚼する雪しかいない。気のせいか、と目を伏せ、それからすぐに部屋を出ていった。