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「ひィィィじきゃっさァァァん!!」
「オイ総悟救急車呼べ」
「まてまてまてまて! 正気だから土方さん落ち着いて!!」
「お前がな」

 息荒く副長室に転がり込んできたのは、豪快に髪の毛を荒らした朋子だった。朋子は煎餅を貪る沖田から流れるようにそれを一枚拝借し、勢いを殺さないまま土方の前へスライディングを決めた。

「それよりねェェェ近藤さんがバブルス様落としちゃったって聞いたんだけど! つまり何、このまま行けばゴリアンドゴリの最強いや最凶タッグ完成? あたしら全員これから姐さんの為にゴリ語習わないといけないの!?」
「まだ決まったわけじゃねーだろアホ」
「イヤァァァ! いくらストライクゾーンがジャングルのごとく広大なあたしとて日本語の美しさを裏切ってゴリランゲージに染まらなきゃいけないなんて耐えられないィィ!!」

 爆発した感情を、煎餅を噛み締めるという行為にぶつける。「お前は言葉の心配だけかィアホ」と沖田の揶揄も届かない。

「でもさーもう打つ手なくない!? 唯一の望みの妙ちゃんにだってバッキバキに断られた挙げ句イケメン幼馴染みの許嫁とかいう二次元限定だと思ってたウルトラハイスペックセレブに捕られちゃったんでしょ? うがあァァァやはり我々はバブルス姐さんを一生敬わねばいけないのか! 運命のゴリラはもう回り始めてしまったというゴリか!」
「土方さんコイツぁもう駄目でさァ。すでに染まりきってやがる」
「あァ。そんじゃコイツは留守番ルート確定だな」
「ってちょと待てちょと待てお兄すァん」
「いや古ィよ」
「留守番ってなに、まさか乗り込むなんて言うんじゃないよね!?」

 土方に掴みかからん気迫で、朋子は身を乗り出す。至近距離で叫ばれた土方は、煩わしそうに顔を歪めたが朋子はやはり気付いていないのか、見えてないふりをしているのか。それより否定の言葉が返されないところを見るに、朋子の推測は正しかったらしい。

「あたしも行く! そんな面白そうなのに着いていかない理由なんてないでしょ!」
「お前せめて少しは包み隠せよ」
「こないだもさーあたしがちょおっと総悟隊長と悪戯じゃねーやお喋りしてる間に皆でどっか行っちゃって、その柳生んとこのセレブくんと戦ったんでしょ? しかも土方さん負かすほど強……いーだだだだ!」
「負けてねェっつってんだろしつけーんだよ」
「あたしはまだ一回目だけどォォ!?」

「──話は聞かせて頂きました!」

 スパァァン! と、二人のやり取りを打ち切るように、鋭い音を立てて襖が開かれる。元々朋子が開け放していたはずだから、わざわざ閉めたあと再び開いたのだろう。こんな無駄な演出のためわざわざそんなことをするのは朋子か、最近連続ドラマを食い入るように見ていた羽月くらいしかいない。
 案の定そこに立っていたのは羽月で、敷居を跨ぎ静かに戸を閉めると、上品な動作で土方の前に正座した。

「私も行きたいです」
「駄目だ」
「?? 何故ですか?」
「いや逆に何でだよ。お前は一生涯真選組の女中なわけでも柳生に借りがあるわけでもねーだろ」
「だいたいおめェは戦えねーだろィ。ついてくる意味なんてこれっぽっちもねェでさァ」
「貴方には話し掛けておりません」

 横から割り入ってきた沖田を横目ですら見ること無く一蹴し、羽月は土方に懇願するようにすがる。

「お願いします副長さん。私だって、申し訳ないのですがあのゴリラさんが局長さんと祝言を挙げられることには反対なんです」
「えっそーなの? 羽月ちゃんが?」
「ゴリラはそれはもう恐ろしいほどよく食べると聞きます。そんなことがあっては、あのゴリラさんが屯所にお越しになる度に、私のご飯を減らさざるを得ないではないですか……!」
「オメーは結局飯かァァ!」

 もし土方の前にちゃぶ台があったら、星一徹よろしく見事に返されていたに違いない。つんざくように叫んだ彼は、それでも正座も表情も崩さないままじぃっとこちらを見つめる羽月に居た堪れなくなり、ため息とともに大儀そうに座り直した。

「んだがなァ……碌に戦えねェお前がいたって邪魔なだけなんだよ」
「それは、武力にものを言わせる、ということですか? …………お巡りさんなのに」
「オイ、聞こえてんぞ」
「あ、ですがそれなら薙刀があれば多少はお役に立てます」
「お前に帯刀許可はねーだろ」
「んぐ……」

 押し黙る羽月に、沖田はおちょくるように鼻に親指をあてヒラヒラ手を振る。羽月がこめかみに血管が浮くほど怒り任せに顔に力を込めたところで、朋子がフォローに入った。

「まあまあ、羽月ちゃんも行きたいって言ってることですし、連れていってあげましょうや」
「はァ? お前は何面倒なこと言って……」
「ヤッタネ羽月ちゃんそうと決まれば早速出陣の準備だ!」
「はい! ありがとうございます!」
「何でだァァァお前はなんでいつも朋子の許可だけで解決すると思ってんだよ!」

 怒鳴り散らす土方はもはや視界の外のようだ。意気揚々と立ち上がる羽月は、完全に着いていく気満々の様子で目を輝かせている。そんな彼女に、朋子はちょこちょこと近寄ると耳元でそっと囁いた。

「羽月ちゃん、薙刀は持っていけないけど、代わりに"アレ"持っていくといいよ。多分役に立つから」
「アレ……?」

 羽月は目をぱちくりと瞬かせた。







 さて、そんなこんなで見事彼らに同行することに成功(半ば無理やりついてきたとも言えるが)した朋子と羽月。降り注ぐ雨も湿気も弾け飛ばすような雰囲気を纏わせている女性陣に、土方と沖田は最早真顔を貫いていた。

「いやー実に興味深いですなァウチの隊士共を一瞬でなぎ倒すほどの剣の使い手とは!」
「フフ、そうですね。遠足みたいでとても心躍ります!」
「あれー噛み合ってないぞ」
「あんまり騒ぐんじゃねェぞお前ら」
「あっそうだ羽月ちゃん。いい? あたしたちは真選組ではなく、ゴリラ侍の付き人的な感じで行くわけだから、そのスタンス忘れちゃ駄目だよ。局長さん副長さん呼びは無しだからね。ネッ総悟隊長!」
「オメーがねィ」
「(やっぱ置いてくりゃ良かった)」

 ──その一方で、真選組の面々と同様に柳生の門を目指す影が、彼らとは反対方面の道に、三人。

「ねェ本当に行くの……?」
「嫌ならお前だけ帰りゃいいんじゃねーの」
「そっちから声かけたくせに……でもお妙ちゃん泣いてたんだよね?」
「笑ってバイバイしてたらこんなとこに来てないネ」
「じゃあやっぱ行くしかないでしょ。嬉し泣き以外で女の子を泣かせる男に碌な人いないって……多分」
「何アルかその自信のなさ……あ?」

「え?」
「は?」
「あら」
「あ゛ァん?」

 両者が門の前で、鉢合わせた。