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冷たい雨が地面を叩く。どこかで宿敵同士が鉢合わせしている同時刻、万事屋銀ちゃんの玄関でもまた、ある意味宿敵同士の者たちが鉢合わせしていた。
「よォワン公」
「………」
相も変わらず冷めた目線の雪は、ワン公──万事屋のもう一人のメンバー、定春をじっと見つめている。対する定春は、完全に無視を決め込んでいた。目を合わせないようにして家の中へ引き返そうとするが、瞬時に傘を手放した雪に手……というか肉球を掴まれ阻止される。敵意むき出しの唸り声が喉から漏れた。
「飼い主様直々に面倒見ておいてくれって頼まれてなァ、まあ無視するわけにもいかねェだろ」
言いつつ、雪はきょろきょろあたりを見回し、誰にも見られていないことを確認するとどこからともなく何かの袋を取り出した。
「……定春くん、美味しいジャーキーあるんで、どうぞお食べになってくだせェ」
密輸の如く小声で告げた雪は、封を切ったそれを定春の前に差し出す。くんっ、と大きな鼻が動いた。それから数秒ののち、食らいつくように彼女の手からそれを奪い去っていった。その命の危険さえ感じるほどの形相と勢いにも、雪は全く動じない。それどころか、満足そうにさえ見えた。
器用に袋に鼻先を突っ込み、がつがつとジャーキーを貪る定春。その動きに合わせて小さく揺れる白い背中に、雪はしばし逡巡した後、思い切りモフリと抱き着いた。一瞬恐ろしいほどの、今にも噛み殺さんばかりの表情を見せた定春だったが、すぐに目の前の美味しい匂いに絆され、再び袋の中へといざなわれていった。白い毛並みを堪能する雪は、オッさんのうめき声のような低く唸りを上げる。傍から見たら通報案件の不審っぷりだ。
しばらくして、ジャーキーの袋が完全に空になる。ぺろりと口元のカスまで舐めつくした定春は、己の背中に身をうずめている雪を蔑んだような目で見やると、はふっ、と鼻で笑うかのような、はたまたため息のような息を吐いた。それから彼女を乗せたままゆっくり立ち上がると、どこか目的地があるかのように淀みなく歩き出す。
「お……あ? 定春くん?」
流石の雪も、彼の背中で上下に揺れながら困惑した様子を見せる。しっかり傘は拾い上げていたところを見るに、そこまで慌ててはいないらしいが、それでも動揺しているようだった。そんな中定春は、ずっと鼻を動かしながら、時折地面のにおいを確認しつつのしのしと歩みを進めた。
よくわからないが、ジャーキーのお礼に背中を貸してやる、あるいは一緒に散歩でもしてやる、ということだろうか。
今まで空回っていた愛がようやく伝わったということか。心のどこかで「いや違ェだろ!」と突っ込む眼鏡を粉砕しつつ、雪は奇跡のようなこの時間をフサフサの毛並みと共にただひたすら堪能した。
──しばらくして、ようやく揺れが収まると、雪は名残惜しげに顔を上げた。目的地に着いたということだろう。ずっと顔をうずめていたため、ここがどこなのかすぐに判別できなかった雪だが、背中から降りてすぐそばに構えていたその門を確認すると、はっと目を見開いた。それから、すぐさま定春に視線を合わせる。彼はさぞかしつまらなそうに、あるいは興味無さそうに、はたまた雪と目を合わせないように、そっぽを向いていた。
「……本当、お前はお利口なわんころだねェ」
普段よりどこか優し気な声で、わしゃわしゃと定春をなでる雪の頭が、彼の口によって丸呑みされた。
*
雨はいつの間にか上がっており、湿った土のにおいがあたりを仄かに包む。あの後無事それぞれの仲間、新八と近藤に合流した一行は、目的の人物、柳生九兵衛に決闘を申し込んだ。
恒道館陣営──真選組より五名、万事屋より三名、それから彼らに声をかけられて共に来た真琴。
柳生陣営──柳生九兵衛と、柳生四天王を名乗る東城、北大路、西野、南戸の四人。
柳生家の広大な敷地に、彼らは立ち並んでいた。
「君達の側から無理矢理押し掛けてきたんだ。ルールは柳生流に従ってもらう。異存はないな?」
その小柄な体躯とは裏腹に、九兵衛は凛と張ったよく通る声で言い放った。新八らの中で異を唱えるものは、無論いない。
九兵衛の話を説明を纏めるとこうだ。勝負はこの屋敷全体を使った六対六のサバイバル戦。首級の意味をもつ皿を各々身体のどこかにつけ、敵の大将を先に討った方を勝ちとする、というものだ。
「ちょっと待った! 六対六って、そっち五人でこっち九人じゃん! 朋子ちゃんはそう簡単には騙せねーぞコルァァ!」
「そうアル! 五対九って、こっちの方がめちゃくちゃ有利アルよ! ……アレ? 有利アルよゴリラァァ! どうするアルか!」
「さっ……さっき言ったことはナシの方向にしろコノヤロー!」
茶番を繰り広げる三人はさておき、確かに彼らの言う通り圧倒的に人数差があった。これをどう埋めるつもりなのか。銀時が目線を寄越すと、九兵衛は目を伏せて笑った。
「我々の大将はこの五人の中にはいない。すでにこの屋敷のどこかにいる。我々を相手にせずそいつを探して倒せば勝てるぞ」
「なにを……」
「おっと、そちらの大将を教える必要はないぞ。それに君達の人数も気にすることはない。一人二人増えようが、どのみち僕らは全員完膚なきまでに叩き潰すつもりなんでね」
「「だとコラァァァ!!」」
「一人二人じゃなくて三人アルよコラァァァ!!」
完全にこちらをみくびり、おちょくり、煽っている柳生の態度に、近藤と銀時、それから神楽は揃って叫んだ。そんな、今にも飛び掛からんばかりに苛立ちを募らせる彼らの傍らで、何やら考え込む素振りを見せる者が一名。
「……うーん、こんなにこっちばっかハンデ貰っちゃったら、敵の力量を見て測ることすらできない柳生さんが可哀想だね!」
ぴくり、と。僅かだが確かに、朋子の大声に柳生陣営は反応した。一方の恒道館陣営も、驚いたように朋子に視線を向けている。そんな中で、彼女は近くにいた羽月と真琴の腕をそれぞれ掴むと、一気に駆け出した。
「つーわけであたしらは人数合わせのために撤退撤退!」
「えっ? 朋子さん?」
「ちょっ!? 朋子待いだだだだ腕! 変な方向曲がってる!」
騒ぎながらその場を駆け抜けていく三人。呆気に取られる新八らだったが、柳生側が数名、怒りで顔を引きつらせているのに気づくと、余裕を取り戻したように捨て台詞を吐いてからその場を去っていった。
「はあっ……はっ……ね、ねェ朋子……なんで自ら撤退なんて言ったの?」
「確かに、ワギュウの方たちにお会いするまではあんなに戦いたそうにしてらっしゃいましたのに……」
「柳生ね柳生! ほら、やっぱ勝負はフェアにいかないと……それにさー」
「え?」
「なァんかとんだ茶番だったんだもんよォ」
「ええ……?」
「これがわかっちゃうんだよねェほらあたしおねーさんだし」
「いや、全っ然意味わかんないんだけど……」
彼らから離れ、人気のない場所まで来た朋子たちは、ゆっくり歩きながら呼吸を整えていた。軽く引いたような表情を見せる真琴に、朋子はケタケタと笑い返す。
「そういうわけだし、あたしはこっから好き勝手動かさせてもらうから! んじゃまた来世っ!」
「あっ待ってください朋子さん! 私もお供致します!」
「えっ!? ちょっ待って待って何そういう感じなの!? バラバラなの!? えわたし一人とかとてもじゃないけど身が持たないんだけどちょっとォォォ!?」
不意を突いて走り去っていった朋子に、慌てて羽月が続く。体力が持たず完全に出遅れた真琴が、見知らぬ敷地内で一人ぽつんと取り残されてしまったのと時を同じくして、開戦の狼煙は上げられたのだった。