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 その二人が惹かれ合っていることは、傍から見ていても、十分すぎるほどにわかっていた。誰が入る隙も無いほど、強い想いがあったことを、知っていた。
 気持ちを言葉に乗せぶつけた彼女。言外に彼女を大切にしていた彼。
 そんな風に、不器用ながらも強く想い合う二人が、大好きだった。
 ──大好きだと、そう思っていないと、とてもじゃないがやってられなかった。

(だって、そんなの、悲しすぎるじゃん)

 なんで? どうして? 惚れてたんでしょう、互いに。じゃあどうして、突っぱねたりしたの。どうして、受け入れなかったの。
 いつ死ぬとも知れない身だから? もしも命を落として、彼女を深く悲しませることになるくらいなら。最初から、一生そばにいて、彼女を護ってくれる人と幸せになってほしかったの?
 そんなの、ただ臆病なだけだ。
 テメーに自信が無かったんでしょう。幸せにする自信が。彼女が一番の幸せを手にするためには、貴方が必要だったのに。それなのに、きっと互いにそれを分かっていたはずなのに。どうして。なんでよ。
 もっと、もっと我儘になればよかったのだ。二人とも、もっと、貪欲に、こうしたいこう有りたいと、素直な気持ちを吐き出していればよかったのだ。無理やりにでも、ついていけば良かったのだ。その手をとって、引いてあげればよかったんだ。そうして二人で歩んでいけば良かったのに。どうして。どうしてなんだよ。

(馬鹿ばっかりだ)

 ──誰より結ばれるはずだった二人を差し置いて、誰かが横やり入れることなんて、一生できるわけもなかった。彼女には、もう、誰も敵うことがない。彼女の上を行く人間はもう、絶対に現れないのだ。
 彼らは、彼らじゃないと、駄目だったのに。そう、ずっとずっと思っていたのに。

(あたしも、その馬鹿の一人だって、わかってんだよ)

 言いたいことがあるなら、全部吐き出してしまえば良かったのだ。彼がやらないなら、あたしが引っ張ってくればよかったのだ。
 わかってる。わかってるんだ。わかってるのに、何もしなかったことが、今更悔しくて仕方がない。胸が押し潰れてしまいそうなほど、苦しい。

「真選組覚悟ォォ!」

 ──血を流し過ぎたせいだろうか、余計な思考に侵されていた頭は、敵の怒号によってようやく引き戻された。

 向けられた銃口。その引き金が引かれるよりも早く、朋子は隠し持っていた拳銃でその胸を撃ち抜く。浪士はうめき声と共に、鮮血が飛び散った地面へと倒れていった。
 これで何人殺しただろうか。殺さず、生かして捕らえるには、あまりに大きい人数差。それでも朋子が、傷を負いながらも未だ両足で立っていられるのは、その圧倒的戦闘力と長期戦を得意とする持久力にあった。朋子が現在所属しているのは一番隊、何の役職も持たない平隊士であるが、彼女の強さは本来、そこに収まりきるようなものではないのだ。

 だが、そうとは言えど、ここは武器の密輸現場。一対多であることに加え、相手の手元には、高性能な重火器が腐るほどあった。先ほど撃ち抜かれた足が、ガクガクと震える。掠った肩も、痛みを訴えている。それらを無視し、後ろから襲いかかる浪士を右手の刀で斬り伏せた。その隙を狙ったコンテナ上からの銃撃に、掠った頬から血が流れる。すかさず左手の拳銃で撃ち殺すと、今度は正面からの斬撃。それを身を反らし間一髪で回避、その頭に容赦なく銃弾を撃ち込んだ。

「……ックソが、」

 ──大方の商人たちは、朋子より先手かつ、派手な爆破まで起こした土方の方へ向かっているのだろう。それでも彼女は、依然として敵に囲まれていた。埒が明かない。それに、息つく間があまりに無さ過ぎた。顔を歪ませた朋子は、隠し持ったもう一つの煙玉を地面に叩きつけると、白煙の中を足を引きずながら駆け抜けた。

 意識が朦朧とする。息も絶え絶えで苦しい。頭がクラクラと可笑しな感覚を伴っている。血と汗がこめかみを伝い頬を流れ、顎から垂れていく。夏の蒸した空気が全身に纏わりついた。

『ねえ、朋子ちゃん』

 ああ、暑い。

『朋子ちゃんは本当に強くて優しい、素敵な女の子よ』

 暑くて暑くて、余計なものまで見えてしまう。

『朋子ちゃん、自分の選んだ道を真っ直ぐ歩いていってね』

 耳を塞ぎたいのに、力が入らない。

『──自分に嘘は、ついちゃ駄目よ』

 痛い。
 痛くて仕方がない。
 けれど、痛むのは傷ではないことを、朋子はわかっていた。

 自分にだけじゃない。周りにも、今までさんざん嘘を吐いて逃げてきた。そのツケが回ってきたのだろう。
 ──それでも。

(行かなきゃ)

 どれだけ血を流しても、体を引きずってでも、彼のもとへ。

 前方に多くの背中が見えた。何かを取り囲むように、大きく円を作っている。その人影の奥、円の中心から紫煙が上っているのが見えると、朋子は薄ら笑いを浮かべた。
 余程中央の人物に意識を取られているらしい、浪士たちは朋子の足音にも気付いていないようだった。
 刀を持った右手に、拳銃を構えた左手を載せ安定させる。照準を定め、引き金を引いた。血が弾け飛び、浪士が倒れると共に辺りが一気にざわめく。間髪を入れず、その奥の浪士も撃ち殺し、敵の作る円に穴を作った。
 浪士が武器を構え、こちらへ駆け出す。朋子は微塵の揺らぎも見せることなく、拳銃を腰のホルスターに戻すと、代わりに取り出したのは、手に収まる小さな──手榴弾だ。

 そのピンを歯でくわえ抜き取ると、浪士たちが蜘蛛の子を散らすように退いていく。朋子は足を引きずりながらも、開いた道を──中央にいる、彼までの道を歩いていく。
 天高く投げられる手榴弾。それは丁度最高点まで到達した所で、計算されたように爆発を起こした。その爆風で、コンテナ上で重火器を構えていた浪士たちが吹き飛んでいく。

「……よォ、そこの二枚目のおにーさん」

 巻き起こった風で髪がぶわりと大きく揺れ上がる。ゆっくりと口を開けば、彼の驚愕に満ちた瞳が朋子に向けられた。

「こんなところで一服たァ、なかなか粋じゃない」

 今度は後方から、再び大きな爆発音が轟いた。浪士の慌て様を見るに、それは相手方の攻撃ではない。遠くから、仲間の声が聞こえる。

「良かったら、あたしにも一本頂戴よ」

 いつもの彼を真似たような、ニヒルな笑みを浮かべた朋子。しかしその顔が、どうしてだか泣いているように見えて。その男、土方は、どうしようもなく笑いがこみ上げてきたのだった。